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完全に破綻した原発政策 海外輸出は頓挫し核燃サイクルも建前崩れる

 フランス政府が日本と共同開発していた高速炉「ASTRID(アストリッド)」開発を凍結することを明らかにしたのをはじめ、東芝が海外の原発事業で大損失を出したのに続いて、トルコで三菱重工業などが受注していた原発4基の建設計画中止し、日立がイギリスで進めていた原発2基の建設計画も断念を視野に検討に入っている。トルコやイギリスへの原発輸出は安倍首相のトップセールスで進んできたもので、原発輸出を成長戦略の柱に据えたアベノミクスの失敗を象徴するものだ。また、アストリッド開発凍結は核燃料サイクルの要が頓挫することを意味しており、日米原子力協定にもとづく日本の原子力政策の根幹を揺るがしている。

 

 2011年の福島原発事故で、「原発の安全神話」は崩壊し、世界的に原発からの撤退がすう勢となるなかで、安倍政府はその流れに逆行し、福島事故の反省もなく原発再稼働を強行し、原発輸出に奔走するというあるまじき政策をとってきた。だがここまできて、ことごとく破たんをきたしている。本来であれば福島原発事故を教訓にして日本が先頭に立って原発から撤退すべきであったが、その選択は日米原子力協定によって阻まれた。だが、国内外の原発反対世論が圧倒するなかで、原発建設の持つ反社会的な問題点がますます浮き彫りとなり、日本の原子力政策の抜本的な見直しが迫られている。

 

 日本の原発輸出計画は、2011年の福島原発事故を契機にまずベトナム、リトアニアで頓挫した。

 

 ベトナムへの原発輸出計画は90年代から官民一体となって推進していた。ベトナム政府は2009年に4基の原発建設計画を承認し、14年に着工する予定であった。日本側は電力九社と原子炉メーカー3社、それに政府出資で設立された「産業革新機構」が株主となって「国際原子力開発」を設立して受注合戦をくり広げ、2011年9月に2基の原発建設受注にたどりついた。

 

 だが、ベトナム国会は2016年11月22日に原発立地計画を中止する政府案を可決した。理由として、福島事故を受けて建設コストが2倍に高騰したことや住民の反対の強まり、原発の使用済み核燃料の処理・処分の未解決などをあげた。

 

 リトアニアでは09年に浮上した2基の原発建設計画を日立製作所が受注した。事業規模は約4000億円で、12年に議会が承認した。だが、福島原発事故を受けて反対世論が高まり、野党が原発計画の是非を問う国民投票議案を提出し、12年10月に実施された。その結果建設反対が6割をこえたが、国民投票は法的拘束力を持たないとして政府は計画を中止しなかった。しかし、同時におこなわれた議会選挙で野党が勝利し、次期首相候補が原発建設計画の見直しを明言し計画撤回となった。

 

トルコ中止 英国断念へ

 

 2012年末に登場した第2次安倍政府は、成長戦略の柱に原発輸出を掲げ、安倍首相のトップセールスでトルコやイギリス、インドなどへの売り込みに奔走した。

 

 トルコへの原発輸出は2013年に安倍首相がトルコ訪問をくり返して政府と合意し、三菱重工業を中心とした旧アレバなどの日仏企業連合が黒海沿岸のシノプに原発4基を建設する計画だった。当初は17年に着工し、23年に1号機の稼働を目標としていたが計画は遅れに遅れた。

 

 その過程で当初加わっていた伊藤忠商事は今年4月に建設計画から離脱した。事業化調査の過程で、安全対策費の大幅な増加によって総事業費が当初の2倍強の5兆円超に膨らむことが判明し、計画中止に追い込まれた。

 

 イギリスでも日立製作所が受注する予定であった2基の原発建設計画が頓挫寸前になっている。日立は、12年にドイツの大手電力会社から取得したイギリスの原発事業会社「ホライズン・ニュークリア・パワー」社の買収費用や工事の準備などに約2700億円を投じた。日立はこの子会社を通じてイギリスに原発2基をつくる計画だったが、安全基準の厳格化などで、当初1兆7000億円程度と見込んでいた総事業費は、最大で3兆円程度になる見通しである。

 

 イギリスでは2011年の福島原発事故以後、原発事業からの電力・ガス大手などエネルギー関連企業の撤退があいついだ。踏みとどまったのは、「原発大国」を標榜してきたフランスのEDFなどだが、仏電力最大手のEDFでさえ、単独事業では二の足を踏むほどの苦境に追い込まれていた。イギリス、ドイツやスペインの電力大手がプロジェクトから逃げ出した空白を埋めたのが、日立や東芝の日本勢だった。

 

 今年8月には、この原発建設工事の中核から、アメリカの建設大手ベクテルが撤退した。建設費の高騰で採算がとれなくなっているためだ。日立は福島事故の翌年の2012年に子会社を買収し、イギリスに原発を丸ごと輸出する計画を進めてきた。安倍政府の肝いりによる原発輸出計画であり、日立のイギリス子会社には国際協力銀行(JBIC)や日本政策投資銀行が総額1兆円規模の投融資をおこなっていた。日本政府は日本側の全額補償を謳い文句にして原発輸出をおこなっており、原発の建設が中止となれば、国民負担となる。

 

 日立にとって原子炉から建屋、関連施設を網羅した原発全体の建設を統括するのは初めてだった。そのため16年に、アメリカで原発建設にかかわってきたベクテル、エンジニアリング大手の日揮と三社連合を結成して設計と建設を引き受け、その中核的な役割をベクテルが担う方向で進めていた。ベクテルが事業から撤退したことで原発建設計画自体が宙に浮いた。

 

 ベクテル社はアメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコに本拠を置き、総合建設業を営む多国籍企業で、世界最大級の建設会社だ。年間実質売上五兆円をこす世界最大の企業であり、世界では「謎の巨大政商」とも呼ばれ、「政府がらみの巨大受注」を柱にしている。日本の原子力発電所のメンテナンスを実質的に支配しているのもベクテル社といわれている。ベクテル社の原発の工事実績は、アメリカ国内で1位、世界的にも1位の実績を誇っている。ちなみにベクテル社の日本支社は青森県六ヶ所村の再処理工場の建設も請け負っている。

 

 ベクテル社の受注獲得のために日立や日本政府が利用され、見通しが立たなくなればベクテル社はさっさと手を引き、つけは日立や政府、つまりは日本国民に回されるという結末が見えてきている。

 

 福島原発事故によって周辺住民はふるさとを奪われ、今にいたるも避難生活をよぎなくされるなど、甚大な犠牲を被った。2011年当時の民主党政府は「2030年までに原発ゼロ」の方針を閣議決定しようとしたが、アメリカ政府から日米原子力協定をたてに阻止された。その後登場した安倍政府は、「世界でもっとも安全な原発を提供する」などといって原発輸出に奔走し、国内では原発再稼働強行に懸命になっている。

 

 だが、政府丸がかえによる原発輸出も原発撤退の世界的な流れのなかで思惑通りには進まず、どの国からも相手にされずに失敗続きとなっている。

 

あふれる使用済核燃料

 

 さらに、今年は日米原子力協定の期限が切れる年であったが、日米両政府は自然延長し、ひき続き日本を縛りつけている。日本の原子力政策は日米原子力協定にもとづき、核燃料サイクル確立を柱として推進してきており、その要は高速増殖炉「もんじゅ」だった。だが、技術的には先進国のアメリカをはじめフランスやイギリスなどでも未確立で、重大事故やトラブルがあいつぎ2016年に廃炉を決定した。もんじゅの廃炉は実質上核燃料サイクルの破たんを物語っていた。

 

 だが、政府は核燃料サイクル確立の方針は変えず、フランスの高速炉=アストリッドの開発に200億円を投じてつじつまをあわせてきた。今回フランスがアストリッド開発を凍結したことは、日本の核燃料サイクル確立を柱とする原子力政策の完全な破たんを明確にした。

 

 核燃料サイクルとは、ウラン燃料を原発で燃やしてできた使用済み核燃料を再処理工場で再処理してプルトニウムを抽出し、そのプルトニウムを燃料として高速増殖炉で燃やすというもの。高速増殖炉は燃やした以上のプルトニウムを生み出す「夢の原子炉」であり、資源の少ない日本にとって、そこで生産されたプルトニウムは「準国産」の燃料だなどという宣伝もやってきた。日米原子力協定では、プルトニウムを生み出す再処理工場を持つことを、核保有国以外では日本だけに認めている。

 

 日本では1965年に最初の原発が運転開始をしてから今日までに、使用済み核燃料をフランスやイギリスに委託して再処理し、47㌧のプルトニウムを保有している。これは原爆6000発分にも相当する。ロシア、アメリカ、イギリス、フランスに次ぐ4番目の保有量だ。プルトニウムを大量に保有していることに対して、「潜在的な核大国」との国際的な批判が高まっている。

 

 日本はプルトニウムを高速増殖炉「もんじゅ」で使うとして国際的な批判をかわしてきていたが、もんじゅ廃炉でそれも頓挫した。そのため国の原子力委員会はプルトニウム保有量の削減に向け新たな指針を決め、プルトニウムとウランを混合してつくった「MOX燃料」を原発で再び使う「プルサーマル発電」をプルトニウム削減の柱に据えた。

 

 電力業界は全国の原発で16~18基のプルサーマル発電の導入を目指すが、ペースは大幅に遅れている。東京電力の福島原発事故の経験を踏まえて策定した新規制基準のもとで再稼働した原発は全国で5原発9基だが、このうちプルサーマル発電の原子炉は関西、四国、九州の各電力の4基にとどまっており、プルトニウム削減はおぼつかない。このほか、電源開発が建設中の大間原発(青森県)は、全ての燃料をMOX燃料とするプルサーマル発電を目指しているが、本格工事は中断している。

 

 また、日本原燃が1993年に着工した使用済み核燃料の再処理工場(青森県)は、当初は1997年に完成予定だったが、あいつぐトラブルや設計変更などで完成予定時期を大幅に延期してきた。現在は2021年度上期完成としているものの、予断を許さない状況にある。

 

 プルトニウム大量保有に対する国際的な批判が高まるなかで日本政府がアストリッド開発に参画したのは、「もんじゅ」とは違ってプルトニウムを増殖するのではなく、効率的にプルトニウムを消費することを主眼とした技術に目をつけたためだ。アストリッドでのプルトニウムの使用がなくなれば、プルトニウム大量保有の理由はなくなり、核燃料サイクル計画も完全に破たんする。

 

 青森県は、核燃料サイクルが破たんすれば六ヶ所村の再処理工場から「使用済み核燃料を全国の原発に送り返す」という方針を示しており、日本中の原発の核燃料プールが使用済み核燃料であふれ、原発が動かせなくなる事態が発生する。とりわけフランスとの「アストリッド」共同開発計画は、日本の原子力政策の生命線ともいえるもので、その凍結は核燃料サイクルの完全な破たんを示している。

 

 世界の原発事故と原発撤退のすう勢について見ると、1979年のアメリカでのスリーマイル島原発を受けて原発撤退を表明したのは北欧・スウェーデンだった。国民投票を実施し、1980年に脱原発の方針を決定した。(ただし2010年に法改定し、新たな原発の建設を容認した)。アメリカでは新規建設計画が中断した。

 

 1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故では、イタリアが国民投票を実施し1988年に建設凍結を決定し、1990年に全基が閉鎖されて現在に至っている。ベルギーも1988年に建設計画を撤回し、2003年には建設禁止を法制化した。

 

 2011年の福島原発事故を受けて、ドイツ、スイス、台湾、韓国が脱原発を表明した。スイスはチェルノブイリ原発事故を受けて一時期凍結していた建設を2000年代に入って容認していたが、改めて脱原発の方針を決定した。

 

 国際原子力機関(IAEA)は今年9月、世界の原発の発電容量は老朽化による廃炉などによって2030年までに10%以上減るとの予測をまとめ、「原子力産業は競争力の低下に直面している」と指摘した。国際エネルギー機関(IEA)の調べでも、2017年の世界の原発投資は対16年比で45%減少した。とりわけ新設への投資額が7割減った。

 

 エネルギー政策専門家グループが作成した今年の「世界の原子力発電所産業現状報告」では、原発産業の衰退基調は1980年代以降変わっておらず、速度は早くなっているとしている。原発の建設開始の数は1976年の44基(22基は中断)から今年中盤には2基まで落ちている。また、多少の誤差を前提に2063年には全世界が「原発ゼロ」に達するとの予測も出している。

 

 こうした世界的な原発撤退の潮流のなかで、安倍政府はアメリカの意向に盲従し、流れに逆らって原発推進、核燃料サイクル推進を掲げて暴走した挙げ句に行き詰まっている。

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