いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『ごみ収集という仕事』 著・藤井誠一郎

 著者は1970年生まれの大東文化大学准教授で、専門は地方自治である。2016年6月から9カ月間、東京の新宿東清掃センターの「一現業職員」として、ゴミの量がピークを迎える年末年始をはじめ、暑い日も寒い日もゴミ収集に当たった。本書はその体験記で、表舞台には登場しないが市民の生活を守るために汗を流している自治体の現場の労働を可視化しようとする試みである。

 

 新宿区の人口は約34万人で、うち12%が外国人。約22万世帯のうち6割以上が単身世帯で、事業所は3万5000程度あり、飲食店や宿泊業、卸売・小売業が多い。区役所本庁舎は日本有数の繁華街・歌舞伎町の真ん中にある。新宿東清掃センターはこうした街の多種多様なごみを集める4拠点のうちの一つで、主な業務内容は家庭用廃棄物を可燃ごみ、不燃ごみ、資源に区別して6696カ所の集積所で収集し、清掃工場や処理施設に運び込むことだ。この仕事は2000年に都から区に移管された。

 

 著者は5年目の若手職員と2人1組で小型プレス車(投げ込んだごみを押し板で圧縮しながらタンクに積み込む、よく見かけるごみ収集車)に乗り込み、可燃ごみの収集作業を担当した。新宿区では作業員2人で午前中に4台分、午後2台分、つまり1日6台分(1台当たり最大2㌧)を積み込むよう作業量が決められている。そのためには、ごみを積み込む作業員と清掃車を運転する運転手とのチームワークが欠かせない。

 

 作業をくり返すなかで、著者は収集業務の奥深さを発見する。相方の若手職員は片手で45㍑サイズのごみ袋を2つ、つまり1回の作業で最低4袋をつかみ、結び目をつかんで投げ入れると同時に次の動作に入っている。流れるような無駄のない理想的な動作だが、そうしなければ身体に過度な負担がかかり腰痛になってしまう。ごみをただ投げ込んでいるのではないのだ。

 

 また、ごみがプレスされてタンクの中に均等に押し込まれるように、頭の中でタンク内の状況をイメージして、左右のバランスをとりながら投げ込んでいる。というのも東京では家庭ごみは一度に3袋まで無料で出せるため、年末年始や引っ越しシーズンなどごみ出しが集中するときにそうした作業をしないと、ゴミを積み残してしまい、他の清掃車の応援を求めなければならなくなるからだ。

 

 そして、ごみが集中する年末年始の「修羅場」や、少し動くだけで汗が噴き出し、熱のバリアに阻まれる炎天下での作業の過酷さなどの描写もさることながら、現場の作業員の姿のなかに著者が見ているのは、暮らしやすい環境を住民に提供するのだという、公共サービスを提供する者としての使命感である。それは些細なことのように見えるが、ごみ袋が破裂し水分が飛び散ったとき、通行人や周辺の建物に飛び散らないよう身を挺して盾となり飛散を防ぐ態度や、ごみの出し方について訪ねられたときの丁寧な回答の仕方や、不適正にゴミを出す住民や事業者に対して「お願い」をベースに真摯に向き合う姿勢としてあらわれていた。

 

 1日の作業終了後、翌日に備えて異臭のする清掃車をきれいに洗って磨きあげることも、「住民との目に見えないコミュニケーション」だと著者はいう。また、ごみまみれになり、臭いが染みついた身体を洗身施設で職員が一堂に会して洗うが、そのときにその日の作業で出くわしたエピソードや問題点、明日の作業への引き継ぎ事項をやりとりし、チームワークが醸成されていた。

 

行革による民間委託で変化

 

 しかし行政改革によって清掃現場でも業務の民間委託が進み、こうした状況は大きく変化している。現場では、業務を委託された民間清掃会社の正社員や非常勤社員は少なく、9割は清掃業者に派遣される日雇いの派遣社員である。そこでは次のようなことが起こっている。

 

 ふつう作業を進めるさい、現場で微調整をおこない、創意工夫しながらより効率的な仕事をめざす。たとえば道路工事で当初のルートを変更せざるを得ないとき、運転手と作業員が打ち合わせして、清掃工場への最適なルートを考える。だがそこで運転手が派遣社員なら、清掃職員が運転手に指示を出せば偽装請負になる。

 

 また、清掃職員は毎日の作業をつうじて、狭小路地や抜け道を熟知し、リアルタイムの地域の状況を把握している。だが、運転手が派遣社員の場合、清掃工場への道すら知らない人が来る場合がある。その派遣社員自身、公共サービスの担い手でありながら、昇級や賞与、退職金や年金はなく、将来に不安をかかえ、家族を養うのが困難な状態におかれている。数値目標を掲げたコスト削減第一主義が、数字にあらわれない大事なものを喪わせているのである。

 

 行政側がいくら駅前再開発や賑わいプロジェクトを華華しくうち出そうと、目に見えないところでその街を清潔に保ち、木造住宅密集地の狭小路地に出された可燃ごみを残さず処分して火災を防ぐというような仕事がなければ、街そのものが成り立たない。本書はそういうことを考えさせる。


 (コモンズ発行、B6判・261ページ、定価2200円+税

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