いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『侵略する豚』 青沼陽一郎 著

 ジャーナリストの著者が、豚肉を中心に据えてアメリカの日本に対する食料戦略をあばいている。豚肉といえば、TPP交渉において安倍政府が「関税撤廃を認めない重要5品目」に含めながら、その後なし崩し的に市場開放を進め、トランプ政府のTPP離脱後も全米の牛肉・豚肉生産者団体は日本に対してさらなる市場開放要求を突きつけている。実はアメリカは世界一の豚肉輸出国で、日本の市場が最大のターゲットなのだ。

 

 本書は、幕末の安政の不平等条約と桜田門外の変から始まる。

 

 江戸時代、五代将軍綱吉の「生類憐れみの令」で動物の殺傷が禁止され、それに長年の仏教の教えが加わって、日本では肉食が広がらなかった。ただし「生類憐れみ」といっても、魚は対象外、鳥やウサギも例外であり、その他「薬喰い」、つまり体に良い薬だといって、シカやイノシシ、サルの肉は、江戸のど真ん中や参勤交代の街道筋で店まで出して食べさせていた。彦根藩は牛の屠畜と牛肉生産をおこない、薩摩藩は琉球文化の影響もあって豚肉を食べており、江戸の薩摩藩邸でも豚を飼っていた。

 

 幕末にペリーがやってくると、幕府への最初の贈り物は牛肉だった。その後、米国船への食料補給のために横浜に最初の屠畜場が設置された。駐留外国人が増え、そのための食肉加工が広がった。次第に日本人の食卓に肉が並び、国内にも畜産業が広がるようになった。それでも数年前まで、日本人は肉より魚を多く食べていた。

 

 一つの大きな転機が、日本国内で「安保」闘争が高揚していた1960年に起こる。この年の1月20日、米国空軍の巨大輸送機C130が羽田空港に降り立った。出てきたのは35頭の豚だった。米国のアイオワ州から「伊勢湾台風で被災した山梨県への贈り物」として空輸されてきたのだ。当時、マスコミは「戦争の憎しみをこえた美しい物語」として報じたが、この35頭がその後50万頭に増え、全国に広がり、今では日本の豚のほとんどがこのアイオワ豚の遺伝子を持つという。

 

 つくられた美談の裏には悪だくみが潜む。実は豚の空輸を支援したのは全米トウモロコシ生産者協会(NCGA)で、日本に米国式養豚業を植えつけることで、飼料としてのトウモロコシ市場を広げようとしたのである。アイオワ州は米国コーンベルト地帯の中心で、当時、大量の余剰トウモロコシのはけ口を探していた。そして同年に改定された安保条約は経済条項を含み、それに沿って翌年には「選択的拡大」「畜産3倍」を謳う農業基本法ができた。結果、トウモロコシや小麦、大豆の輸入急増となり、今ではこれらの作物はほぼ100%が輸入である。食料自給率も、当時8割近くだったのが今では4割を切っている。1980年代には牛肉とオレンジの輸入自由化もあった。

 

 さらに1995年以降、米国の豚肉産業は急成長し、世界一の豚肉輸出国になった。米国の豚肉の輸出量は217万8484㌧にもなる(2014年)。その米国がもっとも多額の取引をしているのが日本で、日本は世界最大の豚肉輸入国だ(82万9000㌧で、世界全体の輸入量の2割)。豚肉の自給率は51%で、半分を輸入に、それも米国に頼っている。

 

TPPの土台に日米安保

 

 著者はミズーリ州にある、豚肉加工販売で米国内シェア第3位、シーボードフーズのトライアンフ工場を取材している。工場の面積は東京ドームの4・5倍あり、1日当たり2万1000頭の豚を肉に加工している。東京都中央卸売市場食肉市場では1カ月の平均取引額が1万8000頭なので、それ以上を1日で処理していることになる。

 

 窓のない巨大な空間を白い電灯が照らす。何百という豚が、大型の機材運搬用エレベーターのような箱形の機械の中に放り込まれるのを待っている。二酸化炭素で瞬時に失神させられた豚は、後ろ足をチェーンでくくられ、一列になって天井から逆さに吊されて前に進む。血抜きをし、左右からの炎で皮を焼かれ、巨大な湯釜で煮られ、やがてシンクロナイズドスイミングのように再び姿をあらわす。

 

 無気味なのは、その何百何千という吊された豚に個体差がなく、大きさも形もみな同じだということだ。日本向けにロースが長い豚に品種改良し、食べ物なのにまるで工業製品のように、飼料をはじめすべて統一的に管理しているという。米国式大量生産・大量出荷方式だ。

 

 2010年4月、先の「豚の空輸」50周年を記念して、当時のオバマ政府の農務長官ヴィルサックが来日して山梨県を訪れた。彼は「究極の目標は市場の完全な開放だ」と公言してはばからず、鳩山内閣の赤松農水相と会談してBSE(狂牛病)による米国産牛肉の輸入制限緩和を求めた。会談の2週間後、宮崎県で発生した口蹄疫の対応の遅れから、赤松は農水相をクビになった。そして6月に菅内閣が発足し、菅はTPP交渉参加に踏み出していく。

 

 こうした歴史を踏まえて著者は、元大統領ブッシュが米国の若手農業者を支援する機関で次のように演説したことを取り上げている。「君たちは、国民に十分な食料を生産自給できない国を想像できるかい? そんな国は、国際的な圧力をかけられている国だ。危険にさらされている国だ」。

 

 米国政府は、巧妙な手口で日本を「食料植民地」の状態に置き、日本人の胃袋を握っている。その危険性は、2008年の世界食料危機で、食料を輸入に頼る国で餓死が発生したことを見るまでもない。本書は、現在進行しているTPPや日米FTAの土台に日米安保条約があり、60年に安保改定を実行した岸の孫が、現在より一層の農産物の市場開放に踏み出していることを暴露している。
 (小学館発行、B6判・254ページ、定価1400円+税

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