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『ルポ どうなる?どうする?築地市場』 著・永尾俊彦

 

 ルポライターの著者が、築地市場の豊洲移転は何が問題なのかをそもそものはじめにさかのぼって明らかにし、大企業優遇の東京都政を問い、築地が食と歴史と文化の場として再生する方向を探っている。

 

 そもそも東京都は、築地市場の現在地でのリニューアルを1986年に一度決定している。工期14年、総工費2380億円の予算で91年に着工した。

 

 築地市場など現在11ある都の市場は、都民の税金が財源の一般会計とは別建てで、仲卸業者の使用料などが財源の市場会計によって運営されている。だが当時はバブル経済がはじけ、都の一般会計は税収が落ち込んで火の車となり、財政再建団体への転落すらささやかれた。そのとき都は築地の再整備の金があることに目をつけ、市場会計から一般会計に金を貸し出した。96年度400億円、99年度2000億円。市場会計はそれで経常赤字に転落し、リニューアル工事は96年に中止となった。

 

 同時にこの時期、臨海副都心開発を進める都の港湾局が築地市場の臨海部への移転を打診し始め、都の市場当局が実地調査をおこなっている。東京都中央卸売市場の番所市場長(当時)は、市場移転の理由について「これからの市場は、大手スーパーの大量注文にも対応できるよう零細な仲卸を統廃合しなきゃならん。仲卸は赤字の業者が多く、移転に消極的だった。だから移転を契機に統廃合を進めようと考えた」と著者の取材に答えている。そして都は98年8月から三菱総合研究所に委託し、東京ガスの豊洲の土地の調査を開始した。この時期、都は築地市場を利用する業界6団体(水産卸、水産仲卸、青果、売買参加人、関連事業者、買出し人の組合)の幹部に揺さぶりをかけ業界の希望として「移転」の声を上げるよう工作しつつ、「移転ありき」で事を進めていたのだ。

 

 2000年代に入り、石原都政の浜渦副知事の下で事態が一気に進む。2000年12月、浜渦の腹心の部下といわれる赤星政策報道室理事が、浜渦の指示として「“土壌Xデー(2001年1月の東京ガス豊洲の汚染調査発表)”を迎えれば土壌問題が噴出し、豊洲の地価が下落する。石原知事が安全宣言で救済するから(莫大な費用がかかる汚染除去ではなく覆土する拡散防止でよしとする)早急に結論を出してほしい」とするメモが東京ガス側に渡された。それが今年、東京ガスの提出資料から見つかった。そして2001年2月、浜渦と東京ガス・伊藤副社長との間で移転の「覚書」が交わされている。

 

 さらに、この「覚書」「基本合意」とセットでそれぞれマル秘と押印された「確認書」があることが明らかになった。都側も東京ガス側も名前の直筆署名はあるものの、役職名も公印もない。そこには、汚染土壌について汚染のひどい所のみ掘削除去するが主として盛土で汚染の拡散を防ぐという安上がりな計画が記されるとともに、東京ガスから都が土地を買いとる価格は「汚染を考慮しない時価相当額を基本」にすること、東京ガスなど開発者が負担するはずだった防潮護岸の負担金330億円もゼロにすること、が決められていた。東京ガスにとっては破格の条件で、浜渦は「豪腕」ではなく大企業の使用人にほかならなかった。東京ガスの売却価格は推計1661億円となった。

 

 この確認書が、のちのち東京ガスの汚染処理をきわめていいかげんなものにしていく過程も本書は追っている。土壌汚染を解決するには300億円以上かかるとされたが、東京ガスが都に売却前に払った土壌汚染対策費は102億円。合意書や確認書には契約後に新たに汚染が発覚したさいに事業者に負担を求める条項がなく、それが大きな社会問題になると、東京ガスはねぎりにねぎって追加負担78億円で都と合意し、同時に「今後一切の負担を求めない」という免責明文化まで勝ちとった。

 

政府の規制緩和策の先取り

 


 これに対して築地市場の仲卸業者が立ち上がって「市場を考える会」をつくり、豊洲移転反対デモを5回おこない、反対署名も6万筆集まった。2007年の都知事選前に同会でアンケートをとると、水産仲卸797業者中、585業者(73・7%)が反対だった。移転の合意などまったく得られていないことが明らかになった。

 

 2009年の都議選で業者たちは民主党を応援し、民主党は都議会第1党になった。しかし民主党は、2010年3月都議会で豊洲の土地購入費を削除する予算修正案を準備していたが、自民党との密室協議の末に投げ出し、豊洲購入費を含む予算賛成に転じた。翌年の3月都議会で移転関連予算の否決が期待されたときも、築地に関する特別委員会委員長だった民主党の花輪都議が、自民党から世田谷区長のポストをちらつかされて寝返り、予算案は可決された。そのなかで「市場を考える会」は自然消滅した。

 

 だが、スーパーや大手量販店に有利な市場の規制緩和の動きは、以前に増して強まっている。内閣府の規制改革推進会議の農業ワーキンググループは昨年10月、「卸売市場法という特別の法制度にもとづく時代遅れの規制は廃止する」「卸売市場、卸売業者については、国は抜本的な整理合理化を推進する」と提言した。豊洲移転はその先取りであり、仲卸の淘汰が狙われているのだと著者は強調している。

 

 そのなかで再び業者が結集し始めた。目的は消費者のもとに安くて新鮮な魚を届けることであり、農業者や漁業者の生産を振興することであり、そのような「みんなの市場」を守り、発展させることである。本書はこのような新しい息吹も克明に伝えている。(浩)

 

 (岩波ブックレット、79ページ、620円+税)

 

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