いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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ドキュメンタリー映画『はじめから烙印を押されて』 監督 ロジャー・ロス・ウィリアムズ

 当欄で紹介したイブラム・X・ケンディ著『人種差別主義者たちの思考法 黒人差別の正当化とアメリカの400年』を原作に、米国で製作されたドキュメンタリー映画である。昨年9月、トロント国際映画祭でワールド・プレミア(世界初上映の試写会)がおこなわれ、5分間の喝采を浴びた。現在は、Netflixで配信されている。原題は『Stamped From the Beginning』。

 

 昔の写真の中の人物が動き出す独特のアニメーションと、時々のニュース映像や映画・アニメの場面でつなぎながら、研究者や作家、議員の発言を紹介し、私たちが教えられ、当然とみなしてきた米国の人種差別の歴史に関する常識を検証するもの。米国の過去400年の歴史を振り返り、誰が意図的に人種差別思想を流したのか、それはなんのためなのかについて問題提起している。

 

 映画のメッセージはこうだ。人種差別とは、肌の色や髪質の問題ではない、それは植民地主義と奴隷制の問題だ。奴隷制を正当化するために、一握りの権力者たちがもっともらしい理由をつくり、その思想を流布し人々の頭の中に刷り込んだのだ。

 

作られた白人の特権化

 

 黒人という人種は、初めから存在したわけではない。アフリカに住んでいたフラ族、イボ族、ヨルバ族、アンディンカ族などが米国に連れてこられてから、一つの共同体を形成した。

 

 アフリカ人が奴隷の主力になった事情は、イギリス人が米国に入植する約200年前にさかのぼる。1444年、ポルトガルが大西洋奴隷貿易を始めた。同国のエンリケ王子が、それまで奴隷として使役していた東ヨーロッパのスラブ人より、アフリカ人の方が逃亡も住民のなかに紛れるのも難しいと判断したからだ。そのときエンリケ王子は、アズララに王室の歴史を編纂させたが、その内容が「アフリカ人は人間より劣った獣で、野蛮で怠惰に暮らすだけの存在だ。彼らをキリスト教に改宗させることで魂を救った」というものだった。

 

 ポルトガルがやっていることは誘拐や虐殺やレイプなので、それを正当化するもっともらしい理由が必要だった。この本が欧州で大量に売れ、人種差別思想が普及した。つまり、「黒人は奴隷にふさわしい」という物語を発明したわけだ。

 

 次に白人の特権化がはかられた。17~18世紀、米国には黒人以外の奴隷がいた。ヨーロッパから渡ってきた年季奉公人だ。ところが彼らは同じ境遇の黒人と団結し、ベーコンの反乱を起こす。これを恐れた白人の地主は、同じ白人ということで年季奉公人に土地を与え、もうけた金で黒人奴隷(かつての同志)を買うことを認めた。白人という概念を強調することで、貧しい白人の怒りを黒人に向けさせ、真の略奪者を見えなくさせるためだった。

 

 映画はこうして、歴史的につくられてきたさまざまな幻想、欺瞞のベールを引き剥がす。「受け入れてほしけりゃ、アフリカの文化を捨てて白人になれ」という同化主義。黒人女性は性欲過剰だというウソ。黒人男性は凶悪な犯罪者で麻薬常習者だという刷り込み。

 

 もっとも大きな刷り込みは、建国の父に関する神話だ。ジョージ・ワシントンもトーマス・ジェファーソンも、大勢の奴隷を抱える奴隷主で、奴隷主が「自由」や「民主主義」を唱えるところに米国の矛盾が象徴的にあらわれているともいえる。

 

 このような心理戦争がTVニュースやCM、映画やSNSで毎日のように流され、レーガンもヒラリーも、つまり共和党も民主党も同じように主張する。ハリウッド映画『キングコング』や『猿の惑星』も、人々の黒人に対する先入観に働きかけるメディア操作だった、と専門家は指摘する。

 

 黒人に対するステレオタイプのイメージを広めることで、黒人に対する暴力が肯定される。こうして、若い黒人男性は若い白人男性に比べ、警察官に殺害される割合が21倍も高く、さらに黒人は白人より刑務所に収監される割合が5倍も高いという結果が生まれる。刑務所内での現代の奴隷労働を維持するために。

 

詩、音楽で声上げた黒人たち

 

アフリカ系アメリカ人として初めて詩集を出版した詩人フィリス・ホイートリー

 そしてこの映画は、黒人差別に最初に声を上げたのも、奴隷解放運動の中心を担ったのも、いずれも黒人の男女だったという事実を伝えている。通常、学校教育などでは、リンカーンなどの白人の救世主があらわれ、黒人を奴隷の身分から救い出したと描かれるが、その描き方は白人至上主義とセットなのだ。

 

 そうした勇気ある黒人の一人、フィリス・ホイートリーは、黒人女性として初めて北米で詩集を何冊も発行した。数年前にアフリカから連れてこられた10代の彼女が、芸術に対する造詣が深く、アフリカ人の心情を深くあらわしていることに、当時の米国社会はショックを受けたという。「植民地に必要なのは労働力であって、芸術じゃない!」という遅れた観念があったからだ。1773年に著名な白人たちが彼女を呼び出し、自分が書いたことを証明せよと迫った記録が残っている。

 

 ハリエット・ジェイコブズも、奴隷制に対して黙っていなかった。彼女が1861年に出版した『奴隷少女の生涯の出来事』は、自分自身が体験したことの証言で、「“黒人女性は性欲過剰”という刷り込みは、白人が奴隷をレイプしたときの口実にするために広めたものだ」ということを、南部の黒人女性200万人を代表して訴えたものだった。

 

 黒人に対するリンチの嵐が吹き荒れた19世紀末には、ジャーナリストのアイダ・B・ウェルズがその実態を調べて『南部の恐怖 リンチ法その全貌』という本を出版した。そのなかでは、地元の新聞がある黒人の飲食店を「暴徒の巣」とする記事を載せ、それに煽動された白人たちが無実の黒人を殺したこと、それは財産を得た黒人を抹殺するためだった、と明らかにしている。

 

 人種差別をなくすということは、「優しい心で隣人を愛せよ」といった一人一人の心がけの問題で済ませることはできない。歴史的事実を直視し、そのなかで生まれた苦しみや悲しみを理解し、それを生み出した社会的根源をはっきりと認識することだ。そうした問題提起をこの映画から受け止めた。

 

 日本において天皇制政府による中国人や朝鮮人の強制連行、関東大震災での朝鮮人の虐殺、そしていまだにそれが正しく解決されていないことも合わせて考えないわけにはいかない。

 

(2023年制作、上映時間92分)

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