いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

『大分断――教育がもたらす新たな階級化社会』 著=エマニュエル・トッド

 フランスのゼネストの大波は為政者が社会の統率力をなくしていること、一方で労働者こそが新しい時代を開き建設する能力を兼ね備えた階級であることを、誰の目にもくっきりと焼き付けている。フランスの著名な歴史人口学者、エマニュエル・トッドは、『大分断――教育がもたらす新たな階級化社会』(2020年、PHP新書)で、今日の事態を予測するかのように、フランスにおける知性を失った無能な為政者(エリート)と高い知性と能力を持つ下層の労働者の対立を直視し、階級闘争の新たな到来が必然であることを説き明かしている。

 

 トッドはとくに、2018年にフランス全土で巻き起こった「黄色いベスト運動」(燃料税の引き上げ反対から始まった国民的デモ)から、このことを浮き彫りにしている。「仏大統領マクロン派の権力側と“黄色いベスト”たちの対立」としてあらわれた運動だが、その内実は「高等教育を受け、非常に頭が良いとされながら実際には何も理解していない人々と、下層に属する、多くは30代から40代の低収入の人々、高等教育を受けていないながらも知性のある人々の衝突」であったという。

 

 こうした「学業と知性の分離」は今日、世界の階級構造を普遍的に特徴づけるものとなっている。トッドはこれを、これまで抑圧支配されてきた人々が道徳や知性の面で力をつけていることを示すものとして、肯定的にとらえている。「黄色いベスト」でも「彼らの中で自分たちのエリートを見つけている」という。そして、大衆が優秀な人材をとり戻したという流れが、フランスにおける革命の可能性につながっていると見るのだ。

 

 こうした状況はフランスのみならず、日本における腐敗堕落しきった為政者と良識のある下層の大衆(とくに選挙にいったことがないといわれる人々)との関係にも見てとることができるだろう。トッドはそのうえで、搾取と被搾取の階級的な対立は生活水準や生産手段のなかでの位置づけにおいて世界に共通したものだが、それは一律ではなく各国で歴史的に形成されてきた文化の特殊性をも考慮する必要があることを強調している。たとえば、フランスと日本の違いについて、次のようにのべている。

 

 「フランスでは、伝統的に階級同士の真っ向からの対立が起きます。その中で最終的に、利得あさりをしていた人が断罪され、例えばフランス革命の際には斬首されたわけです。今のフランスでは、エリート層がフランスの大衆と完全に分断した状態を作り出していて、エリート層のフランス人は自らを“(イギリス・アメリカなどの)アングロ・サクソンのエリート層の方がフランスの庶民よりも我々に近い”と言って憚らない」

 

 さらに、「日本についてはそこまで詳しくない」と前置きしたうえで、「日本は文化的にヒエラルキー、序列を尊重する傾向にあります。……これはフランスでは見られない点です。例えば日本では東大卒のホワイトカラーと、農家や漁師たちが罵り合いながら対立するというようなことは考えにくいでしょうが、フランスではそれがありうるのです。各社会にはそれぞれ、その社会における階級同士が対立する時の型があります。それによって階級の対立も異なったものになる」と続けている。

 

 このことは、戦後長期にわたって形成された日本型雇用システム――年功序列・終身雇用制、企業内労働組合――が、その存立基盤から成り立ちえなくなっている現在においても、思想・文化・教育の面で影響を保っていることとも深くかかわっているだろう。

 

 トッドは、フランスにおける高等教育を受けたエリートと、そこから排除された大衆との間における「知性の転換」という現象について、その要因を高等教育が「学ぶ場というよりも、支配階級が自らの再生産を守るため」のもの、「被支配階級の子供たちよりもどれだけ上の教育を受けられるか」というものになってしまったことに求めている。「高等教育の機能の一つが、社会を階級化し、選別するものになってしまった」という指摘だ。

 

教育は権力世襲の道具に 社会の階級化促進

 

 教育が「資格」を得るものとなり、高等教育の学費の大幅な値上げは「教育の格差」を拡大、定着させた。権力と特権、そしてお金を持った富裕層は子どもたちをその能力にかかわらず、超エリート校に入学させている。支配的地位を世襲することが至上命令の彼らは学問的な成熟ではなく、「いかに自分が従順で、忍耐強く、順応主義者であるかを見せつけるために高等教育を受ける」のだ。トッドはこうした「教育と知性の分断」から生まれるのは「愚かものでしかない」と断言している。

 

 一方、大学への進学率の上昇とその停滞は、エリート校から見下される多くの学生を生みだした。かつてのように高等教育を受けて貧困から抜け出すという保証がなくなったことは、「学生ローン」に縛られたアメリカや日本の若者を見るまでもなく明らかだ。トッドは、こうした高等教育の階層化から「階級闘争の再到来」が不可避なことを見てとっている。

 

 教育と階級間の対立をめぐるトッドの指摘は、日本における学校教育の欠陥と本来の教育をとりもどす論議に重要な示唆を与えるものとなっている。

 

 (PHP新書、224ページ、900円+税)

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。