いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

『コソボ 苦闘する親米国家』 著・木村元彦

 アメリカが「自由」「民主主義」を掲げ、国連安保理決議のないまま主権国家に軍事介入した例として、イラクやアフガニスタン以前におこなわれたのが、本書がとりあげる1999年のユーゴ空爆だ。しかもこのユーゴ空爆は、非人道兵器であるクラスター爆弾や、飛散する放射性物質によって甚大な健康被害をもたらす劣化ウラン弾を多数使用し、多くの民間人を殺している。著者は1998年以来24年間、コソボに足を運び続け、そこでなにが起こったかを本書にまとめた。「国際社会はコソボで起こった現実をなかったことにしないでくれ!」との、現地の人たちの切実な訴えに背中を押されてのことに違いない。

 

ソ連崩壊に乗じた策略

 

 1999年3月、アメリカはNATO軍を主導してセルビア全土に空爆をおこなった。どうしてこうした事態に至ったのか?

 

 かつてコソボは、ユーゴスラビア連邦におけるアルバニア人たちの自治州だった(人口の9割がアルバニア人)。1980年代になると、コソボ内少数派のセルビア人たちに対する迫害が多発した。

 

 ソ連・東欧の崩壊と連動して、ユーゴも1991年から内戦が始まり、6つの共和国は次々と独立した。セルビア共和国内の自治州であったコソボのアルバニア人たちも分離独立を要求し、これに対してセルビアのミロシェビッチ大統領が自治権を剥奪した。公教育から母語を奪われたアルバニア人たちの反発は大きく、武力による独立をめざすアルバニア人山岳ゲリラKLA(コソボ解放軍)とセルビア治安部隊との内戦になった。

 

 99年1月、アルバニア民間人に対する殺害事件が起き、米英独仏伊ロによる調停がおこなわれた。見逃せないのは、起草された調停案のなかに、ユーゴ全土においてNATO軍の駐留、自由な軍事行動、訴追と課税の免除を求める内容をアメリカが入れていたことだ。アメリカの植民地になることを望まないミロシェビッチがこれを拒否すると、和平交渉は決裂し、「ミロシェビッチによるコソボのアルバニア人への迫害を止めるため」という大義名分でNATOが空爆を始めた。いわば軍事介入ありきの策略だったわけだ。

 

 これに先立つ90年代には、米国の戦争広告代理店ルーダー・フィン社やテレビ局CNNなどが「セルビア勢力だけが一方的な悪者」という「セルビア悪玉論」を世界中に流したこともわかっている。

 

 91年にコソボのアルバニア人たちが一方的に独立を宣言したとき、これを承認する国はなかった。国際法では、植民地が宗主国から独立する条件は共和国であることで、コソボは自治州なのでその条件を満たしていないからだ。ところが99年の空爆後、アメリカがこの国際法を覆した。2008年2月17日、コソボは住民投票もないまま一方的に独立を宣言し、翌日、後ろ盾であるアメリカが即座に承認した。現在でも国連加盟国の半数近くはコソボの独立を承認していない。

 

 99年の空爆当時、現地の日本大使館は「この空爆は不当である」と外務省に打電したが、「重要なのは日米安保」と返事がきたという事実がある。この空爆でアメリカはセルビア治安部隊をコソボから撤退させ、中東と欧州の狭間にあるコソボに米軍基地をおき、親米の傀儡政権を誕生させた。国際法を踏みにじり、自治州を独立させ軍事行動で侵略・支配するやり方はアメリカが先鞭を付けたもので、このときからNATOの東方拡大は始まっていた。

 

かいらい政権の「民族浄化」

 

 問題は、その後コソボでなにが起こったかである。西側のメディアは「空爆によってコソボは平和になった」といい、以後コソボの報道はピタリと止んでしまった。著者は次の事実をあげ、注意を喚起している。

 

 アメリカはコソボを統治するに当たって、民心を得て初代大統領候補と目されていた「コソボのガンジー」ことイブラヒム・ルゴバを排除し、山岳ゲリラKLAを政権に据え、彼らに潤沢な経済・軍事援助を与えた。かつて警官をテロで殺害したり、資金調達のために覚醒剤やコカインを密売していた連中である。

 

 その下で、コソボのマイノリティーであるセルビア人が「民族浄化」の標的となった。空爆前、州都プリシュティナに約20万人いたセルビア人は、ほとんどが難民となった。KLAはそのうち約3000人を拉致し、トラックに乗せて隣国アルバニア北部にある「黄色い家」に運んで監禁し、そこで内臓を摘出して殺し、その内臓を外国の富裕層の患者に密売していた。この臓器移植ビジネスの実態を国連検事カルラ・デル・ポンテが暴露した。本書ではカルラが捜査の最大の壁であったアメリカ政府高官と対峙する場面なども描き、著者がアルバニアを訪ねて事実を跡付けている。しかし、コソボ政府はこれを「でっちあげ」だといい、戦争犯罪人は誰も逮捕されていない。

 

 後半には、NATO空爆20周年の2019年6月、プリシュティナで、空爆を主導した当時の米大統領クリントンと国務長官オルブライトを招いておこなわれた祝賀式典の場面が出てくる。コソボの独立を祝う式典ではなく、多くの民間人が犠牲になった軍事介入を祝う式典だそうだ。まるで、日本全土への無差別空襲を指揮した米軍のカーチス・ルメイに勲章を与えた、日本政府の卑屈な態度とウリ二つである。

 

 コソボは2019年の総選挙で、アルバニアとの合併を公約に掲げる自己決定運動党が第一党になった。「力による現状変更(国境線の変更)」そのものだが、ロシアや中国を非難するアメリカはそれを黙認し、援助を続けるダブルスタンダードを実行している。

 

 本書の中には、元日本代表監督だったイビツァ・オシム氏をはじめ、多くのユーゴのサッカー選手が著者のインタビュー相手として登場する。いずれも大国による民族の分断と対立を激しく憎み、異なる民族同士が仲良く平和に暮らせる未来を切望している。みせかけの大義名分の陰で何がやられているのか――ウクライナ戦争に直面するわれわれにとって決して他人事ですますことのできない問題だ。

 

 (集英社インターナショナル発行、四六判・256ページ、定価1800円+税)

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。