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イランとサウジアラビアの国交正常化が示すもの 分断でなく地域内和平へ 衰退する米国の中東覇権

国交正常化に合意したサウジ代表(左)とイラン代表。中央は仲介した中国の王毅元外相(10日、北京)

 イランとサウジアラビアが3月10日、7年ぶりに国交を正常化することで合意し、2カ月以内に双方の大使館業務再開、主権尊重と内政不干渉、外相会談実施などを含む協定に調印した。これは中国の仲介でおこなわれたが、それ以前からイラクやオマーンが両国の国交回復に努力してきた。今中東でなにが起こっているのか、中東研究者に意見を求めた。

 

 

 サウジアラビアがイランとの国交断絶を発表したのは2016年1月のことだ。サウジ政府がシーア派指導者の死刑を執行し、それに反発してイランの首都テヘランでデモ隊がサウジアラビア大使館を襲撃したが、サウジはそれを口実に断交を発表した。

 

 これはアメリカのイラン封じ込めの一環だった。その後の2018年5月、トランプ政府はイラン核合意を一方的に反故にして経済制裁を強化し、イランが暴発することを期待した。サウジは1979年のイラン革命で王政が打倒され、アメリカが叩き出されて以来、アメリカに依存する政策をとり、米軍需産業の最大の顧客の一人となって石油収入を米国製最新兵器の購入に費やしてきた歴史がある。

 

 サウジは2015年から、イエメンで勢力を拡大するシーア派武装集団がイランの支援を受けているとして、イエメンに対する執拗な空爆と経済封鎖をおこなってきた。この8年間の空爆によって1万8000人以上が死亡し、346の発電所と3095の貯水池が破壊され、1700万人が飢餓状態に陥る「世界最大の人道危機」(国連食糧農業機関、国際児童基金、世界食糧計画の共同声明)がもたらされた。にもかかわらず、アメリカはサウジを非難しなかった。

 

 一方、サウジとともにアメリカとの同盟関係を強化してきたイスラエルは、パレスチナ自治区への軍事侵攻と入植地拡大をくり返しており、昨年1年間でパレスチナ人が170人以上殺害され、うち30人以上が子どもだという。それは今年に入ってからも続いている。だが国内では、裁判所の権限を弱めて三権分立を形骸化させ、首相権限を強める司法改革に対し、1月から毎週末に反対デモがとりくまれている。10週目となった3月11日にはデモに約50万人が参加し、運動は法曹界や軍隊、予備役兵にまで広がって、極右政権は風前の灯火となっている。

 

 それに加えて20年前の2003年、アメリカは国連安保理決議なしにイラクに対する戦争を開始し、数万人を殺害し、フセイン・バアス党政権を転覆した。だが、口実とした「大量破壊兵器」はなく、占領後の治安悪化のもと、米国製兵器で武装したIS(「イスラム国」)が北部を支配下において残虐行為をくり返した。アメリカはアフガニスタンに対しても爆撃をくり返してタリバン政権を打倒したが、ついに昨年、アフガニスタンから叩き出され、タリバン政権が復活した。こうした経験も周辺諸国の人々にとっては大きかったようだ。

 

西側の介入なく問題解決

 

 こうしたなか、「民主主義か専制国家か」「敵か味方か」という二元論で一方に対する制裁や排除、他方に対する全面支援をおこない、それが生み出す緊張や紛争を利用して大量に武器を売りさばき、軍産複合体が莫大な利益をあげるというアメリカのやり方に、中東諸国が批判を強めている。

 

 「アメリカはみずからの利益のために地域の緊張を高めることしかしていないという現実は、中東諸国にとっては明白なことだ」「中東諸国は西側諸国の介入なしに、容易にみずからの利益や目的に向け行動し、問題を克服することができる」という論評も出されている。この地域の複雑な矛盾の解決は容易ではないものの、明らかなのはアメリカの力の衰退である。

 

 イランとサウジの国交回復について、アラブ諸国は歓迎する声明をあいついで発表した。イラクやオマーンはもちろん、エジプト外務省も「合意が地域の緊張を緩和し、アラブの安全保障の安定と維持に貢献することを望む」と表明した。一方、イスラエルは孤立が浮き彫りになり、ラピド前首相は「外交の完全かつ危険な失敗だ」と現ネタニヤフ政権を批判し、現政権の高官は「米国の影響力が弱いために起きた」と、バイデン政権への恨み節をのべている。

 

中東研究者に聞く――

 

▼黒木英充・東京外国語大学教授(談)

 

 両国の国交回復について、現地の人たちはおおむね歓迎している。最終的には中国が仲介したわけだが、それまでイラクとオマーンが横からサポートしてきた。

 

 サウジ側には、これまで介入してきたイエメンの戦争をなんとかしないといけないという問題意識があり、バイデン政権になってからアメリカと疎遠になってきた経過がある。イラン側も、いつまでも対立を続けていくことのマイナスを考えたのではないか。

 

 これまでスンナ派vsシーア派という形で対立してきたが、その結果、地域は今どういう状態に至っているのか、まさに崩壊といえる状況ではないかとの認識が広がっていると思う。イラク戦争による被害やイエメンの戦争による人道危機。レバノンはレバノンポンドが紙切れ同然になるハイパーインフレに襲われ、貧富の格差が絶大なものになり、国民が預金の返還を求めて銀行に殺到するような状況であり、イスラエルと一緒になってイランを締め上げる政府の政策の見直しが迫られている。

 

 もう一つは、昨年からのウクライナ戦争で、アメリカやイギリスがNATOを東方へ拡大し、敵対関係を将来にわたってどこまでもおし進めていくやり方を目の当たりにして、グローバルサウスのなかで「いいかげんにしろ!」との声が高まっている。アメリカとロシアの代理戦争に乗ってはいけない、このまま紛争をいつまでも続けるとなにが起こるかわからない、との危機感が高まっていると思う。

 

▼長沢栄治・東京大学名誉教授(談)

 

 両国はこれまで、水面下で交渉を続けてきた。イラクやオマーンも両国の国交回復に向けて外交努力をしてきた。今回のことを契機に、シリアとサウジも関係を修復する動きがある。ただ、中国が仲介したことからアメリカの力が衰えているといえるが、ウクライナ危機を利用してアメリカが大量の武器を湾岸諸国に売る方向はエスカレートしている。

 

 両国の国交回復による影響で一番大きいのは、イエメンの問題だろう。サウジはイエメンのシーア派武装集団がイランの支援を受けていると考えてイエメンへの空爆をくり返し、それが最悪の人道危機をもたらしている。イエメン内戦が終息に向かえば、この問題も解決に向かうのではと期待できる。

 

 日本ではイランの脅威ばかりいわれるが、現地ではイスラエルの核兵器が最大の脅威だ。1973年の第四次中東戦争のさい、イスラエルは「核兵器を使うぞ」との脅しをおこない、アメリカの軍事援助を引き出してきたし、実際に使う可能性もある。しかし世界に目をやれば、アフリカ諸国もラテンアメリカ諸国も東南アジア諸国もそれぞれの地域で非核兵器地帯条約を締結し、核兵器を使わせない方向に進んでいる。そこから私は、湾岸地域を非核地帯にすべきだと主張してきた。

 

 今回のことを契機に、そういう方向に向かえばいいと思う。中東の人たちは広島、長崎に関心が高い。唯一の被爆国である日本の政府こそ、大使館に原爆コーナーをつくるなどして被爆の実相を伝える非核外交を展開し、それに貢献すべきだ。

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