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『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』 著・山極寿一

 40年間にわたってアフリカでゴリラの研究に勤しみ、2014年から6年間は京大総長として大学改革を現場で実行する側にいた著者が、みずからの体験をもとに「国立大学法人化は失敗だった」と断じている。そのことを1980年代の臨教審以来の大学改革の経過を振り返り、欧米の大学のあり方と比較しつつ論じている。

 

 まず目に止まったのは、著者がドイツで開かれた28カ国39大学の学長会議(2015年)に参加したとき見聞したことだ。

 

 ヨーロッパの大学は歴史が古く、最古の大学は11世紀に創立されたイタリアのボローニャ大学だという。それは学生の組合が教師を雇って学びの場をつくることから始まった。それが産業革命をへて民族国家が生まれる過程で、未来社会を支える人材を育てるために、若い世代に授業料を免除して広く高等教育を受けさせようと国が責任を持つようになった。

 

 こうした流れを汲み、EU諸国の大学は授業料が無料であるものが多い。とくにドイツの大学は授業料が原則無料で、EUに加盟しているどの国の学生でも入学することができる。ドイツは国や州から大学への交付金を毎年増やしており、中小企業との産学連携を推進している。

 

 他方、1980年代からのグローバル化の波のなかで、米国式大学運営が台頭する。企業や個人の投資や寄付によって大学が自己資金を集め、その運用益で大学の運営費を調達するようになった。資金運用のプロが雇われ、経営陣にも企業からの出向者が増えた。大学は授業料を引き上げ、その支払能力のある学生を呼び込むとともに、授業料免除枠をもうけて海外から優秀な人材を集めた。また、企業はもうからない基礎研究の切り離しを進め、学生の起業を促してベンチャーに多額の支援資金を与えた(シリコンバレー方式)。

 

儲からない基礎研究は軽視

 

 著者は、この米国式運営を日本の国立大学に持ち込んだことが大きな誤りだったとのべている。

 

 小泉政府は2004年に国立大学の独立法人化をおこなった。国の運営費交付金を毎年削減する一方、「選択と集中」「競争と評価」を掲げて財界や国の求める研究で業績をあげた大学に資金を集中するようになった。大学は教職員の数を減らさざるを得なくなり、基礎研究は衰退した。しかし、期限付きの補助金で大学間の競争を煽った結果、補助金打ち切りでその研究は途絶え、研究者は雑用が増えて研究論文が書けなくなった。

 

 続いて安倍政府は学校教育法と国立大学法人法を改定し、それまで人事や予算決定の権限を持っていた教授会からその権限を剥奪し、学長のリーダーシップを強めた。また、財界が必要としない教員養成系や人文系学部の廃止や転換をうち出した。次いで昨年3月、国立大学法人ガバナンス・コードを作成し、学長選挙は「教員の意向投票によることなく」おこなうと明記した。

 

 しかし、いくら学長の権限を強めたところで、現場の教職員がそっぽを向けば大学運営などできるわけがない。独法化によって日本の学術の惨憺たる劣化があらわになっている。

 

多様な学問の集合体が大学

 

 これに対して著者は、大学はジャングルのようにあらねばならないとのべている。

 

 ジャングル、すなわち熱帯雨林は地上でもっとも生物多様性が高い場所だ。多種多様な植物、昆虫、爬虫類、鳥類、そして哺乳動物が共存している。人間に系統的に近い猿たちの種類も、赤道直下の熱帯雨林がもっとも多い。

 

 この膨大な数の植物や動物たちは、お互いのことをよく知らない。しかし一つの生態系として安定を保っている。植物が提供する葉や果実や樹液を食べている食植動物たち、その動物たちを食べる肉食動物たち、動物たちの排泄物や死骸を食べる微生物たちが調和を保っている。洪水や嵐にあったとしても、すみやかにその変化は修正され、調和と安定をとり戻す。

 

 大学も多種多様な学問から成り立っている。京大には10学部、18大学院、35の研究所や教育研究センターがあり、3000人の教員が教育・研究をおこなっている。お互いよく知っている人も、まったく知らない人もいるが、まったく関係なさそうな学問でもどこかでつながっている。それまで無縁だった発生学と医学が結びついてiPS細胞研究という新しい学問が生まれ、山中伸弥氏がノーベル賞を得たように。

 

 様々な学問が出会い、教員たちが自分の領域をこえて対話し、新しい考えを生み出そうとしていることが大事なことであり、目先のことばかり追い求め、外から目標を与えられて駆り立てられ、自由な発想が生まれない大学になれば、学問研究は衰退するほかないと著者はいう。その発想の元となる、40年間のフィールドワークの経験を記した部分は興味深い。

 

 著者は日本学術会議の任命拒否問題についても触れているが、これも20年来の大学改革の流れの中で出ている問題であるし、とくに学者たちが安保法制に反対して積極的に発言したり、学術会議が軍事研究に反対する声明を出したことと切り離して見ることはできない。科学技術立国として貢献するのでなければ日本の世界の中での存在感はないし、ひいては対米従属下での戦争動員を許すのかどうかという日本の将来にかかわる問題である。国立大学法人化の性質を広く国民に訴え、国民とともに行動することが知識人の使命であると思う。

 

 (朝日新書、236ページ、定価810円+税)

 

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