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『リニアが壊す南アルプス』 編著・「ストップ・リニア!訴訟」原告団南アルプス調査委員会

 リニア中央新幹線はJR東海が総工費9兆円をかけておこなう事業で、最高時速500㌔で品川―名古屋間を40分で、また品川―大阪間を67分で結ぶ「夢のプロジェクト」と宣伝されてきた。

 

 だがその後、大規模開発による環境と住民生活破壊の事実が明らかになって反対世論が沸騰し、静岡県内のトンネル工事は知事がストップをかけて、2027年開業は困難になっている。

 

 本書は昨年1月のシンポジウム「南アルプスにリニアはいらない」を受け、ストップ・リニア!訴訟原告団の南アルプス調査委員会が詳しく調査してまとめたもの。南アルプスの自然環境を具体的に明らかにし、リニアがなにをもたらすかを一般の人々にもわかりやすく整理した。

 

 

 南アルプスは日本列島のほぼ中央に位置し、富士川と天竜川にはさまれる南北に100㌔以上、幅50㌔にわたる山岳地帯の中核の山脈だ。ここには富士山に次いで日本第二の高峰である北岳(3193㍍)をはじめ、3000㍍をこえる高峰が13座ある。

 

 南アルプスの最大の特徴は、「山地の隆起と崩壊」だ。なかでも赤石山脈は現在でも年間約4㍉以上の速度で隆起しており(世界でもトップレベル)、またその作用にともなって山地が削られる速度も世界有数である。

 

 

 この隆起は1500万年前、日本海が開いて西南日本弧が太平洋側に移動したときに、伊豆・小笠原弧と衝突したことに起因するという。このとき南アルプスは北へ60㌔移動し、40度左回転して、折れ曲がる形でねじれた。

 

 問題はその地層で、多くは深海底に堆積した泥岩だが、砂岩、緑色岩、石灰岩などが不連続に混在している。同時にここには、糸魚川―静岡構造線や中央構造線をはじめとしてたくさんの断層破砕帯がある。このような成り立ちから地層の連続性がなく、きわめて崩壊しやすい。だから大地震などを契機に多数の崩壊地が発生している。またこの崩壊と隆起作用のために、谷が鋭角状に切りとられるようになり、V字谷が南アルプスの一般的な地形になっている。

 

 これに日本でも屈指の多雨地帯という気象条件が輪をかける。太平洋の湿った大気が壁のような南アルプスにぶつかり、大量の雨を降らせるのだ。この大量の雨が南アルプスの周辺に大小たくさんの河川を走らせ、それが富士川や大井川、天竜川に注ぎ込む。またこの雨が南アルプスを支える山に地下水を蓄え、豊かな森林植生と豊かな生態系を支えている。その特異な植物相や動物相、そして景観については本書に詳しいが、氷河期の時代から生き残った動植物も多数生育しており、日本の代表的な高山帯生態系の南限の特徴をもったものとなっている。

 

 静岡、山梨、長野の3県10市町村は、南アルプスの世界自然遺産登録をめざし、2014年にはユネスコのエコパーク登録を実現した。南アルプス国立公園の利用者は年間50万~60万人にのぼる。

 

 リニア新幹線はこの南アルプスに約25㌔のトンネルを掘って突き抜ける計画だ。調査委員会は主に、トンネル掘削などによる建設発生土の処分と、地下水系に端を発する水問題の二つをもっとも重要な問題として検討している。

 

 第一に、莫大な建設発生土が南アルプス山中の大井川源流部分に廃棄されることだ。それも発生土の97%が燕(つばくろ)沢に集中するという計画になっている。燕沢には広大な落葉松林があるが、これが伐採されて、そこに高さ60㍍、幅300㍍の発生土が700㍍にわたってうずたかく積まれることになる。

 

 それは生態系や景観を根底から壊すだけではない。この発生土処分地は地滑りが大井川に達しているような脆弱な地盤の場所であり、したがって大地震のさいには発生土が崩落する危険性があるし、豪雨災害にでもなれば大井川の土石流を含む土砂流出の危険性は否めず、下流域の住民の生活や生命が脅かされることになる。

 

 第二に水問題だが、トンネルを掘ればかならず地下水に大きな影響が出ることは、山梨県におけるリニア実験線のトンネル掘削でも証明済みだ。それは複数箇所の地下水を分断し、井戸や河川の水の枯渇や突発的な湧き水をもたらしている。南アルプスに25㌔もの長大なトンネルを掘れば、この山脈の水瓶はいったいどうなるのか?

 

 実はこれについて昨年7月、JR東海が突然、トンネル本坑周辺の地下水の水位が350㍍以上低下すると発表した。環境アセスで一言も触れていなかったこの問題を、着工目前のこの時期に明らかにしたことで、住民からごうごうたる非難が巻き起こったそうだ。専門家は、そうなると地下水位低下で森林状態が変化し、深層崩壊や崩落を招く危険性すらあると指摘している。

 

 大井川水系に与える影響も甚大だ。アセス評価書は、大井川の源流において水量が毎秒2㌧減少する可能性を認めており、それに加えてJR東海は、本坑等のトンネル掘削工事で毎秒3㌧弱の水が漏水する可能性を認めている。この大井川の水は、流域の住民約62万人の生活用水であり、また農業用水や工業用水として利用されている。とくに川根本町の茶葉の生産者にとっては死活問題となりかねない。

 

 さらに、大井川の伏流水への影響が心配されている。伏流水が減少すれば、流域の井戸水を生活用水とする住民や、それを利用している日本酒醸造業者などへの影響が大きい。

 

 このリニア新幹線をめぐっては、安倍前首相の号令で葛西名誉会長のJR東海に3兆円の財政投融資が投入されており(しかも無担保で、30年間元本返済猶予)、「第三のモリカケ」と揶揄されていることも見逃せない。一部の者のカネのために自然環境や人間の生活と生命がないがしろにされるのはごめんだと、地域住民が声を上げている。 

     
        
 (緑風出版発行、四六判並製・112ページ、定価900円+税

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