いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『世界を貧困に導く ウォール街を超える悪魔』 著 ニコラス・ジャクソン 訳 平田光美、平田完一郎

 消費者も、零細商店や中小企業も苦しめる消費税10%。「税金は弱い者からしぼりとるのではなく、とれるところからとれ!」との声は多い。しかも消費税は福祉のためにはほとんど使われず、法人税の減税の穴埋めとなって大企業に奉仕している。株の配当など金融所得課税の税率もきわめて低い。かくして富める者はますます富み、庶民は毎日の生活もままならない。世の中はなぜこんなにも不平等なのか?

 


 その背景には、1980年代以降の新自由主義のもとで肥大化した金融資本主義の搾取・収奪システムがある。イギリスのジャーナリストである著者は、この「金融」をキーワードに、世界経済でなにがおこってきたのかを振り返りつつ、イギリス社会を舞台にした格差の構造の全貌を描き上げている。


 イギリス人は普通、ネットで電車の切符を購入するときトレインラインを使い、予約手数料75㌺を支払う。この75㌺はその後、どこに行くのか?


 トレインライン(本社・ロンドン)は、トレインライン・ホールディングスという持ち株会社が所有しており、さらにその上に4社の親会社がある。75㌺はこの5社を経て、英仏海峡をこえてジャージー島へ、そこからロンドンに戻って再度5社を通り、今度は欧州大陸に飛んでルクセンブルクへ、さらにカリブ海のケイマン諸島へ行く。三度タックスヘイブンを通過することで納税を回避したうえ資金の流れの全体像を隠し、そうして世界中の資金の流れに合流し、まとまってアメリカの巨大投資会社KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)とその株主の口座に吸い込まれる。つまりトレインラインはKKR帝国の一構成員にすぎない。


 かつて企業の存在意義は、利益をあげること、そして従業員や地域社会、国家に貢献することと定義されていた。しかし金融自由化が進んだ現在、世界にあり余るマネーの多くは、実体経済において価値を生み出す生産活動には投下されず、短期間で簡単に利益を増やせる株などの金融商品に回されるようになった。ビジネスの目的は株主利益の最大化となり、そこから実体経済は沈滞し、貧富の格差は拡大し、公共サービスは劣化し、政治の腐敗は度外れたものになった。

 

税金吸上げるPFIの仕組み 直接発注の3倍に

 

 彼らが社会を食い物にする手口を見てみたい。まず、日本でもおなじみのPFI。イギリスでは2002年、政権をとったブレア労働党がロンドンの警察訓練センターをPFIで建て替えた。PFIでは、民間企業が必要な資金を銀行などから借り入れてインフラを建設する一方、政府がその企業から長期間リースする契約を結び、企業は長期の安定的収入を得ることができるという仕組みだ。


 警察訓練センターの場合、請け負ったのはストラスクライド・リミテッド・パートナーシップという特別目的会社で、その会社がバルフォア・ビーティという建設会社に発注した。問題は、この特別目的会社の上層にもタワーのように親会社がそびえ立っていることで、そのなかにはインターナショナル・パブリック・パートナーシップス・リミテッドという巨大インフラ・ファンドがおり、さらにその株主として米巨大銀行BNYメロンの子会社がいた。


 そして政府からPFI共同事業体へ渡る金は、25年間の契約期間で毎年約400万㍀を優にこえ、総額1億1200万㍀にのぼった。ところがもし政府が直接、建設会社に発注していたら、総額3700万㍀ですんだ。その3倍もの税金を吸いとられ、投資家らが山分けしたわけだ。


 イギリスにおける700余のPFIプロジェクトの約半分は、インフラ・ファンド九社が握り、政府を意のままに操っている。しかもその上位5社はタックスヘイブンに金を流し、2011~15年まで税金を一切払っていない。

 

企業転売し巨利を得る手法 責任は他人に被せ

 

 また、「他人の金で遊ぶゲーム」と呼ばれる、プライベート・エクイティという手口がある。それは、みずから作った資本のプールに外部の投資家などの投資を呼び込み、そうして集めた資本を使って企業を安く手に入れ、企業価値を高め、その企業を売却して利益を得るというものだ。新たにキャッシュフローを絞り出すためによく使われるやり方がコスト削減で、従業員を削減し、賃金を引き下げ、年金受けとりの権利を縮減したりする。


 もしその企業が倒産しても、所有者は自分の投下資本額を限度とした責任しかとらず(そのために投資する自分の金は最小限に抑える)、残りの債務は従業員や他の債権者という「無知な凡人」に被せて逃げていくのだ。


 イギリスでは介護保険事業でこの被害にあった例が多いようで、サザンクロス・ヘルスケアの場合、アメリカのブラックストーンらプライベート・エクイティ3社の手を経た後に倒産し、介護施設とそこに暮らす3万人の高齢者は丸ごと売りに出された。高齢者やその家族への影響、従業員の雇用と生活などはお構いなしだ。


 そのほか、「企業の財務状況をチェックし社会全体を守る」ことが建前の監査法人が、守るべきヒツジ(国民)を、狼である大銀行や投資家と一緒に襲って食べている現実も報告している。監査法人は、金融機関の詐欺行為にお墨付きを与え、税を回避するスキームを構築したりして手数料を稼ぐとともに、しばしば政府の一員となって金融資本に有利なように国の法律を変えている。


 さらに、累進課税に反対し法人税の減税を進めるために、オックスフォード大学の研究機関が「法人税を10%減税するとGDPが180億㍀増える」「海外からの投資が増え、新たな雇用を生み出す」と発表した。だがそのデータはねつ造であり、この研究機関はゴールドマン・サックス最高幹部の口添えで、多国籍企業グループからの寄付によって設立されたことも本書のなかで明らかにしている。


 著者は、こうして肥大化した金融セクターがイギリス経済にもたらした損失の総額は、約4兆5000億㍀(約690兆円)と試算している。それはイギリスのGDPの2年半分だ。金融資本主義は社会に寄生して生き血を吸い、社会の発展をおしとどめる寄生虫にほかならず、全世界の市民が団結してとり除く以外にない段階にまできていることを示している。



 (ダイヤモンド社発行、四六判・486ページ、定価2200円+税)

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