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『ルポ 新大久保 移民最前線都市を歩く』 著・室橋裕和

 山手線の駅で新宿の次にある新大久保は、かつてコリアンタウンとして全国的に有名になった。今でももちろん韓国の店は多いが、ベトナム人やミャンマー人など東アジアや南アジア、インド系の人々、中東からのムスリムなども増え、住民の3割から4割が外国人だという。ここはいまや300万人近くにもなった移民たちの社会と日本人社会との、いわば「コミュニケーションの最前線」。そこでいったいなにが起きているのか、生活者として、隣人として体験しようと、ライターの著者は新大久保に引っ越した。

 

 著者は引っ越し初日、ベトナム料理店に入り、生ビールとともにチャージョー(揚げ春巻き)とバインセオ(ベトナム風お好み焼き)をいただく。ここでは韓国レストランのチーズタッカルビがブームになったかと思えば、屋台のハットグ(韓国式アメリカンドッグ)に観光客が押し寄せたりする。イスラム横丁では、ケバブ屋の軒先でトルコ人らしき兄貴が民族衣装を着て「おいしいよー」と声を掛けている。ネパール人留学生に愛される500円定食は、熱々のダル(豆スープ)とこんもり盛られたバート(コメ)が定番だが、それは日本でいうご飯と味噌汁か。

 

 若いベトナム人のたまり場になっているエッグコーヒーでは、「ここではみんな兄弟のようなんだ」との声も。都内に住むベトナム人の多くは留学生で、日本語学校から専門学校や大学をめざすが、実家の経済的負担は大きい。彼らは都内の居酒屋、コンビニ、ホテルの清掃、スーパーやファストフード店の欠かせぬ労働力だ。

 

 留学生だけでなく、新大久保では多彩なレストランやカフェ、食材店、民族衣装店や美容室、国際送金の店、外国人相手の不動産屋などが店を連ね、そこで働く外国人経営者がどんどん増えている。店先では値段交渉の末、ざっくりと値下げしたりと、まるで昔の日本の商店街のようだ。長くタイで生活した著者にとっては、緩やかで伸びやかな、活気のあるアジアの下町そのものだという。

 

 かつてバブル崩壊前から新大久保に住んでいたのは、韓国や台湾、中南米から来た歌舞伎町で働くホステスが中心。この時期、「暗い、汚い、怖い」のイメージが覆ったそうだ。その後、日韓ワールドカップと韓流ブームで、観光地としてのコリアンタウン化が進んだ。東日本大震災の後は、東南アジア、南アジアの留学生やムスリムの商売人も激増。一方、これに対して日本人の住民のなかでは「街が外国人に乗っとられる」と引っ越す人も出たし、2013年の竹島問題を契機にしたヘイトデモもあった。

 

 外国人と地元の日本人との軋轢や対立。しかも外国人は若いが、地元の日本人は多くが高齢者だ。これをどう乗りこえるか。悩みに悩んだ地元の結論は、「いっそのこと、商店街に入ってもらおうじゃないか」「まず顔をあわせること、お互いを知ることが大切」「そうすればもしかしたら、外国人を斜めに見ている人も気持ちが変わるかもしれない。外国人も話せる連中なのかと思う人が出てくるかもしれない」。この街で異文化を相手に試行錯誤している商売人たちの意見だった。

 

 こうして2017年に発足したのが、新大久保商店街の「インターナショナル事業者交流会」で、今のところ日本、韓国、ネパール、ベトナムの事業者が参加しているので「四カ国会議」ともいう。現在、商店街加盟160店舗中、半分が外国人事業者だ。

 

 2、3カ月に一回開催し、商売繁盛の工夫と地域貢献(住民が住んでよかったと思える街に)を論議する。その論議のなかから、真夏の「多国籍フェス」が生まれた。日本人と国籍の違う外国人同士が、一つのイベントに向けて力をあわせるのだ。著者はその日の様子を詳しくルポしている。

 

 このフェスでは参加者誰もが民族衣装を着こなして、各国の料理を屋台で出し、またそれぞれの歌や踊りを披露する。ベトナム人の空手の演武やブラジル人の格闘技カポエラの披露もある。クライマックスは、サリー姿のネパール人、浴衣の日本人、アオザイのベトナム人留学生、チョゴリの韓国人…みんなが輪になって踊る盆踊りだった。

 

 そこで生まれた思いは様々な分野に伝播し、つながる。新大久保図書館には外国の蔵書が23言語・2300冊ある。異国の幼稚園に通う子どもたちのために絵本から多言語化を進め、今では多言語の読み聞かせの会もある。また、外国人スタッフもいるので地元の駆け込み寺でもある。あるとき、牛丼屋のチラシを持った中国人母娘があらわれ、「明日が面接なので、メニューを日本語で覚えたい」と。スタッフは丁寧に教え、「頑張って!」と送り出した。

 

 新宿大久保郵便局のそばには、東京で唯一の24時間保育をおこなう認可保育所、エイビイシイ保育園がある。歌舞伎町のそばなので事情を抱えた母親も多いし、子どもの3割は外国人だ。福岡県出身の園長はいう。「子どもはみんな、幸せになる義務があるでしょう。国籍がなんだって、親が夜働いとったって、昼働いとったって、みんな幸せにならんといかん」。

 

 しかし今、コロナ禍がこの街も直撃している。飲食店街はゴーストタウンと化し、留学生たちはバイト先が休業したりシフトが大幅に減らされたりして毎日の生活がままならない。そのうえ政府の支援策は外国人置き去りだ。多国籍フェスも中止になった。それでも皆、前向きな生き方をあきらめない。

 

 新大久保商店街の日本人の八百屋さんの言葉が印象に残る。「生きてきた環境も文化も全然違うんだからさ、一緒にやっていくのはたいへんだよ。でもね、わかりあえる部分はたくさんあると思うんだ。日本人も外国人も、お互いいなきゃ困るんだ。そういう街なんだからさ、両方が努力していかないとね」。日本の為政者は外国人労働力をまるで部品と同じように扱うし、米国には屈従するのに近隣のアジア諸国には居丈高になるというお粗末な状況にあるが、それとはまったく違った感情がここには流れている。    

 

 (辰巳出版発行、B6判・366ページ、定価1600円+税

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