いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

『サル化する世界』 著・内田樹

 著者は神戸女学院大学名誉教授。著者のいう「サル化」とは、中国の春秋戦国時代(紀元前8世紀から同3世紀)の、宋の説話「朝三暮四」のサルのことだ。

 

 狙公はサルを何匹も飼っていた。だが、懐具合がさみしくなり、餌代の節約が必要になった。それまでは餌のトチの実を朝四つ、夕方四つ与えていたが、「これからは朝三つ、夕方四つにしたい」と提案した。するとサルたちは激怒した。「では、朝四つ、夕方三つでは?」と聞くと、サルたちは大喜びした。サルたちとは、その場の欲望を優先し、未来に飢えているかもしれない自分を想像できない人たちのことである。

 

 つまり「サル化」とは当期利益第一主義のことであり、「今だけカネだけ自分だけ」という考え方のことだ。こんなことを続けていればいつか大変なことになるとわかっていながら、大変なことが起きた後の未来を想像することができないまま、刹那的な欲望に抑えがきかない人たちのことだ。公文書を勝手に改竄したり廃棄したりする人たちのことであり、国民の年金を投機に回して溶かしている人たちのことだ。そういう人たちが国の政治・経済・学術・メディアで大きな顔をしている状態を、著者は「サル化する社会」と呼んでいる。

 

 サル化した社会は、自然災害やパンデミックやテロ・戦争といった国難的事態にきわめて弱い。それは、新型コロナウイルスの蔓延に直面する今が示している。国難的事態に備え、その被害を最小化するために制度設計をしていないからだ。教育や医療、農林水産業や社会保障、公共インフラといった、50年、100年先を見通して国民の生命と財産をいかに守るかというところから考えなければならない分野について、大企業の四半期利益を最優先するような政策を次々とうち出して破壊してきたからだ。

 

教育も医療も介護も商品化

 

 本書ではこの問題を、著者の最近の論評や、ジャーナリスト・堤未果氏との対談のなかで深めている。

 

 教育とは、その社会がこれからも継続して、人々が健康で文化的な生活ができるためにおこなう社会的事業であり、教育の受益者は社会そのものである。ところがこれに市場原理が持ち込まれると、子どもたちは教育という商品を購入する顧客になり、教師個人の教育力が数値で評価され、報償や処罰が用意される。

 

 文科省は2004年、株式会社立大学という制度を導入した。特区にいくつか大学ができたが、今ではほとんどがつぶれた。高い授業料をとりつついかにして教育コストを減らすかに腐心し、教員を雇わず職員に授業させたり、ビデオを見せて授業の代わりにしたりしたからだ。

 

 大学の独法化以後、学長のトップダウンが強化され、周囲に無能なイエスマンが集められる一方、アメリカ式の相互評価やPDCAサイクルが持ち込まれ、現場の教員は会議と書類書きに忙殺されて、教育と研究に集中することができなくなった。以前のように「教員は海の物とも山の物ともつかぬ研究を何年も続けることができ、そのなかからノーベル賞級の学術的アウトカムが出る」という状況はなくなり、日本の学術水準の低下は国際的にも話題になっている。

 

 また、医療はそれを求めるすべての人に分け隔てなく、最高の質の医療を、国民に負担を与えないやり方で、できれば無償で提供することを理想としている。それはアメリカの医学部卒業式で宣誓する「ヒポクラテスの誓い」にも書かれている。だが、これが市場原理主義で壊されている。

 

 たとえば昨年5月に保険に収載された「キムリア」という白血病の薬は、前後に必要な検査費用や入院費、抗がん剤なども入れると、1回の投与で4000万円をこえる。潜在的患者数1万人といわれるなか、製薬会社は取りっぱぐれのない国保に入ることを利益とし、患者も保険証があれば自己負担数十万円ですむのでそれを望むが、それでは国保が持たない。しかし外資やグローバル製薬企業は続々とその後に続こうと狙っているという。一方、同じ薬で名古屋大学が開発したものは費用が100万円程度ですむので、国産の方が有利なのはまちがいない。

 

 また、2015年に介護報酬が大幅に引き下げられ、国内の介護事業者が戦後最大の倒産件数を記録したが、その多くを外資が買収し、「五つ星投資商品」といわれる日本の介護分野への参入を狙っているという。

 

 著者はこのようになっている背景に、日本が主権国家でなく、アメリカの属国に成り下がり、アメリカの国益を優先的に配慮できる人たちが政官財を牛耳っていることがあると指摘している。

 

サル化した社会の対処法は

 

 「サル化した社会」、つまり新自由主義は、1980年代からわずか数十年で世界をこれほど痛めつけたのだから、その感染力は新型コロナウイルスどころではない。だが著者によればその対処法はシンプルで、首都圏一極集中を改め、お互い様の精神で支えあう小さなコミュニティをたくさんつくり、食料や教育、医療・介護が循環していくシステムをつくること、またイデオロギーと金もうけを排除して50年、100年先の国のあり方を考えることなどを提案している。

 

 ただそのためにはみずからサル化を脱して、本来の人間らしさをとり戻すことが不可欠だ。それもこうすればよいというワンパターンの解答ではなく、そこに至るまでの深い思考の過程こそ意味があるのだということを、本書から読みとることができる。

 

文藝春秋発行 B6判・326ページ ¥1500+税

 

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。