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『保育園を呼ぶ声が聞こえる』 著・猪熊弘子、國分功一郎、ブレイディみかこ

 この本は、就学前の子どもの福祉と教育を追ってきたジャーナリストと、哲学専攻の高崎経済大学准教授と、イギリス在住の保育士でライターの、3人の対談集である。みずからの親としての経験もふまえ、日本の保育の現状を整理し、イギリスと比較しながら日本の抱えている問題をあぶりだそうとしている。

 

 これほど少子化がいわれる日本で、保育園の入園者数はこの十数年間で45万人増え、保育園も保育士も足りず、保育園に申し込んでも入れない待機児童数が一向に減らない現状がある。そこには長時間の低賃金労働や非正規雇用が広がって、保育園に子どもを預けて夫婦2人で働き続けなければ生活が成り立たない現状があり、国のきわめて貧困な保育政策がある。

 

 保育士の労働環境が劣悪だから保育事故が増え、親がブラック企業で働かざるをえないから認可外保育園に子どもを預けねばならず、世界の中でも異常な労働環境の悪さと保育のひどさはリンクしていることを、著者たちは訴えている。首都圏では仕事が忙しいために0歳の赤ちゃんを夜8時、9時まで預ける人が多く、子どもが病気のときにも休めないが、こうしたことは遅くても夕方6時までにはお迎えが終わるイギリスでは考えられないという。

 

 前半は、猪熊氏とブレイディ氏が、保育や保育行政は国内でもかなり高いレベルにあり、同時に待機児童数も4年連続日本一の東京都世田谷区で、5つの保育園を訪ね、イギリスの現状と比較している。

 

 そこでわかったのは、子どもの数に対して日本の保育士の数が極端に少ないこと。

 

保育士数はイギリスの半分 都内を調査

 

 日本の認可保育所で保育士一人が見られる子どもの数は、0歳児は3人、1、2歳児は6人、3歳児は20人、4、5歳児は30人。一方イギリスでは、0歳時は同じだが、1歳児は3人、2歳児は4人、3~4歳児は8人だ。面積基準も、0歳時のハイハイする場所を「3・3平米」としているが、それは1948年の敗戦直後の「最低の最低」の基準のままだ。

 

 また、当初認可保育園には必須だった園庭も、2001年の規制緩和で近くの公園で代用してもよいとされ、都内では約3割の保育園に園庭がない。都内で増えている東京都認証保育園(認可外だが、都が指定し助成をしている)は、雑居ビルの一階で、庭もなく、夏は入り口の狭いスペースでプールに水を張って水浴びさせているのが典型的なスタイルだ。最近ではコンビニの転用も多いという。

 

 園庭で遊べない子どもは、走ったり、跳んだり、体のバランスをとったりする身体的能力だけでなく、開けた場所でボールや三輪車などを使って遊べないから空間認識能力の発達が遅れてしまう。子どもの成長にとっては大きなマイナスだ。

 

 さらに「横浜市の待機児童数ゼロに貢献した」といわれるのが某電鉄グループが運営する保育園だが、それはなんと線路の高架下につくられており、しかも高架下保育園が市内に七カ所もある。

 

 この本では保育士の低い賃金と社会的に低い地位の問題も指摘しているが、そのことを含めて、人生の基礎となる就学前の大切な時期を形づくる場なのに、すべての子どもに等しく豊かな保育を受けさせるという理念とはあまりにもかけ離れた現実が浮き彫りになる。

 

 加えて安倍政府の待機児童対策は、規制緩和によって保育の質を落とすものばかり。待機児童が多いなら、自治体が予算をつけて保育士1人あたりで見る子どもの数を減らしているのを「国基準に戻せ」(1人当たりたくさんの子どもをみろ)といったり、「定員の弾力化をせよ(定員の25%まで増やせ)」といって園のぎゅうぎゅう詰めを推奨したり、保育士資格を持っていない人に保育をやらせようとしたりしている。

 

規制緩和で更に保育を劣化 政策の貧困突出

 

 そしてその背景には、主要先進国のなかでは日本だけが、義務教育が始まる6歳以前に子どもに適正な保育や教育を受けさせる法的な保障がないという問題がある。イギリスでは3歳から無料で保育を受けられる制度があり、5歳からは義務教育だ。ドイツでは3歳以上6歳未満の子どもに保育を受ける権利が認められていたが、最近それが1歳からに拡大された。だから国がそれを保障しなければならない。日本でも義務教育である小学校に入れない子どもはいないが、とくに保育園の場合は法的な保障がないため必ず入れるわけではない。少子化といいながら、いかに日本は国の保育制度が貧困かである。

 

 この本のもう一つの特徴は、この現状をどう変えるかをめぐって自由な議論を交わしていることだ。

 

 それは「過労死ラインの100時間残業を労働組合である連合が認めている」「リベラル系の人たちがこれまでのよき保育制度を壊している」「日本もイギリスも左翼がドア・トゥ・ドア(一軒一軒訪ねて話し合う)をやらないから弱い」「今は世界的に右対左でなく、下対上の時代だ」という現状認識のもと、「保育園落ちた日本死ね」の運動に参加してきた若い母親たちのたくましさにふれたうえで、こうのべている。保育園は子どもだけでなく地域のさまざまな職業の親が集まり、親が教育される場でもあるのだから、また子どもの教育にはどの親も真剣になるのだから、そこで緩くつながって子育ての喜びとともに政治を変えようと発信していく場にもなるはずだ、と。
      
 (太田出版発行、B6判・193ページ、定価1500円+税

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