いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『移民クライシス』 著・出井康博

 安倍政府が「特定技能」という新しい在留資格をつくったため、今年4月から外国人が単純労働を目的に入国できるようになった。しかし同じく4月以降、日本の大学を卒業した留学生の就職条件が緩和され、単純労働の人手不足対策にされようとしていることはあまり知られていない。留学生はいったん就職すれば日本で永住する権利を得たのと同じで、それは日本の移民国家化に直結する。

 

 これまでも「外国人技能実習制度」の問題点は指摘されてきたが、それ以上にひどいのが留学生の扱いで、多額の留学費用を借金して来日した彼らは、その返済のため、人手不足だが実習生の受け入れが認められていない仕事--コンビニやスーパーで売られる弁当や惣菜の製造工場、大手通販サイトの深夜の仕分け作業など--に明け暮れる。「週28時間以内」という入管法の上限をこえる違法就労でも企業は見て見ぬふり。それでも日本語学校が学費で吸い上げるため、借金はなかなか減らない。

 

 この出稼ぎ留学生が急増した契機は、安倍政府が日本再興戦略で掲げた「留学生30万人計画」だ。この目的を達成するため、政府は留学ビザの発給基準を大幅に緩和。留学生は安倍政府の6年半で14万人以上増え、現在32万人をこえており、出稼ぎの目的を果たすどころか、借金を返すまでは母国に帰れない、まさに人身売買と見まがうような現代の奴隷労働を強いられている。この「偽装留学生」の実情を明らかにするのが本書の目的である。

 

 この問題はメディアではほとんどとり上げない。なぜならメディア自身がその構造に深く組み込まれているからだ。

 

 著者は東京都内の朝日新聞販売所で密着取材をおこなった。大手新聞各社とも、配達現場で目立つのがベトナム人で、都内では配達員すべてがベトナム人留学生という販売所もあるという。

 

 ベトナム人のファット君(仮名)は、区域統合で朝刊400部、夕刊250部を週に6日配る。かさばる元旦の新聞は自転車に乗せきれず、販売所との間を10往復以上して5時間以上かかった。しかし彼らの給料は「週28時間以内」の就労が前提の固定給だ。いくら仕事が増えても法律を逆手に残業代を支払わないしくみである。著者はベトナムで「日本への留学ブーム」をつくったのが朝日新聞だったことも暴露している。

 

留学生30万人計画の犯罪性

 

 しかし留学生全体から見れば新聞奨学生として来日できる外国人はごく少数。その他大勢の偽装留学生の待遇はもっと劣悪だ。そのしくみは、要約すれば次のようになる。

 

 ベトナムでは「日本に留学すれば、月20万~30万円が簡単に稼げる」という噂が広まっている。それは現地では豊作の年の農家一軒の年収に匹敵する。だが留学するためには日本語学校の初年度の学費、寮費6カ月分の前払い、渡航費、ブローカーに支払う手数料など、総額約150万円が必要だ。それで多くの留学生は、親の家や田畑を担保に銀行から借金をする。

 

 普通、留学費用を借金に頼るような者は、本来なら留学ビザの発給対象にはならない。だが、日本政府は留学のための経費支払い能力のない留学生にまでビザを発給している。そのカラクリで重要な役割を果たすのが現地のブローカーで、彼らは親の年収や銀行預金口座がそれぞれ200万円以上になるよう証明書を捏造し、行政機関と銀行の捺印を得る。32万人をこえる留学生のうち、少なくとも半数程度がこうした偽装留学生の可能性があると著者はいう。

 

 このブローカーと提携している日本語学校が近年急増して全国711校となり、9万人の留学生を抱えるまでに膨れ上がった。だが勉学条件は劣悪で、バイトの必要のない富裕層指定の上級クラスと、バイトに明け暮れ授業中は机に突っ伏して寝る中・初級クラスに二極化し、ひどい学校では寮も一部屋に8人詰め込んで1人1カ月2万5000円というぼったくりがあるという。一方、学校間で留学生の奪い合いが起きて、ブローカーは留学生1人につき10万円程度のキックバックを受けている。

 

 日本語学校の設立には学校法人以外に株式会社も参入できることから、人材派遣会社や塾産業大手が留学生ビジネスに乗り出している。政府は「適正校」に1年で5割の定員増を認めており、定員を6年間で4倍にし授業料収益を4倍にした東京の大手校もある。

 

 近年、学費を払えなくなって失踪し、不法就労に走る留学生が急増しているが、それを防ぐためにパスポートや在留カードを留学生からとり上げている日本語学校すらある。失踪・不法残留者が5%以上になると「非適正校」になり、定員を増やせないからだ。こうして8割以上の日本語学校が偽装留学生を受け入れて経営を成り立たせている疑いがあると著者は指摘している。

 

 さらに大学や専門学校も、本来なら日本語能力試験N2合格が入学の必要条件だが、少子化のもとでそれをかなぐり捨て、偽装留学生を受け入れて生き残りをはかっているところがある。文科省も以前は、専門学校における留学生の割合を学生全体の50%以下にするよう決めていたが、この規制を撤廃した。

 

 そして、日本語能力試験を統括する独立行政法人・国際交流基金は、国籍別の合格者を発表していない。それは、合格者が韓国や中国などの漢字圏に偏り、ベトナムなどアジア新興国から急増する留学生が偽装だということがバレてしまうからだという。

 

 このように見てくると、留学生問題はたんに一部の悪徳ブローカー・企業の問題ではなく、国策としての国境をこえた労働力流動化政策、移民国家化が背景にあることが浮き彫りになる。ロスジェネ世代の貧困、高齢者の貧困、先進国一高い母子家庭の貧困率など、日本人の貧困問題と同根の問題といわざるをえない。


 (角川新書、303ページ、定価920円+税

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