いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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金正恩体制と米朝首脳会談後の東アジア情勢  朝鮮大学校准教授・李柄輝 ②

①からつづく

 

難航した朝米交渉
ハードル吊上げる米国強硬派

 

ボルトン大統領補佐官

 ここまできて朝米会談は順調であろうと4月半ばまでは楽観視していたが、その後の推移を見ると思いのほか難航した。当初、訪朝したポンペオ長官は「米朝首脳会談の目的は米国への核兵器の脅威について話すことだ」といっており、喫緊の課題は米本土に届く長距離弾道ミサイル(ICBM)問題であり、朝鮮側の保有核兵器の放棄については中長期的スパンでやっていくと見られた。

 

 しかし、5月に入ると米共和党のボルトン首相補佐官と日本の谷内安全保障局長との会談後(5月4日)、ボルトンの口から、金委員長とポンペオ長官のあいだでとり決めたライン以上のハードルを提案する発言が目立った。いわゆる「リビア方式」であるとか、核だけでなく大量破壊兵器すべてを放棄するために「すべての軍事施設への検証が必要」であるとか、「永久的かつ検証可能で不可逆的」な放棄(PVID)、つまり二度と核開発ができないように科学者の海外移送したり、核開発プログラムを米国の目の前で廃棄させ、濃縮ウランやプルトニウム再処理技術のすべてを放棄させるべきだなど、一気にハードルをつり上げた。


 朝鮮側は5月に入ってからのこの動きに批判を強め、2回目の電撃訪中(5月7日)をおこなった。そして習近平主席は、トランプ大統領との電話会談で、「北朝鮮の合理的な安全保障上の懸念」を考慮し、北朝鮮の非核化については段階的な行動をとるように求めた。


 この電話会談のころには、すでにポンペオは2回目の訪朝に出向いており、その会談の様子は『労働新聞』に大きく報じられ、その後「満足のいく合意に至った」という金委員長の言葉が伝えられた。そして朝鮮系米国人3人を釈放し、トランプ大統領は感謝を表明し、6月12日のシンガポールでの首脳会談開催日程が発表された。

 

朝米会談の展望
朝鮮側が示す非核化5原則

 

 朝米のあいだでは、朝鮮半島の非核化と朝鮮戦争の終結および恒久的な平和体制を構築するプロセスについての包括的合意はできあがっている。朝鮮側は「必ず核を放棄する」と米国側に唱えている。


 朝鮮が求めているのは、あくまで「朝鮮半島の非核化」だ。2016年7月6日、朝鮮は政府声明で5原則を示している。①南朝鮮の核兵器の公開。1958年に米国が持ち込み、91年に盧泰愚(ノムヒョン)政権が「核不在宣言」をしたものの、今も韓国に戦術核兵器が配備されていないのかを国際的に検証することだ。そして、②南朝鮮のすべての核兵器と基地の撤廃、③米国が周辺国から核を搬入することを禁止することだ。

 

朝鮮半島有事を想定して自衛隊との共同訓練をする米空母カールビンソン(2017年4月)

 5月の米韓空軍訓練で朝鮮が反発したのは、米軍がグアムからB52を投入しようとしたことだった。24時間以内に平壌に核爆弾を投下できるような戦略資産を、わざわざ朝米会談を控えたこの時期になぜ投入するのか。朝鮮にとっては「われわれの核の放棄もあるが、米国は韓国に核を戦略資産として持ち込むな」ということを強く要求している。


 そして、④朝鮮に対する核兵器不使用の確約、⑤韓国において核の使用権を握っている米軍の撤収だ。ただ米軍撤収については、朝鮮に敵対せず、朝鮮半島の平和と安定に寄与することができるのなら、韓国駐留に目をつぶることができるということを金日成時代からいっているので交渉の余地はある。


 さらに、朝鮮戦争を完全に終えることは、停戦協定が効力を失うことを意味する。停戦協定が効力を失えば当然、停戦協定の締結主体である国連軍司令部は解体される。すると国連軍司令部と日本政府とのあいだで1954年に結ばれた、国連軍の日本国内の基地使用に関する地位協定もなくなる。国連軍司令部がなくなれば、横田基地にある国連軍後方司令部も解体されなければならない。


 つまり、1953年の停戦成立以降、米韓をまたぐ米国を主体とする国連軍編成というものがなくなってしまうわけだから、東アジアに展開する米軍は戦術変更をよぎなくされる。この米国の東アジアにおける軍事プレゼンスに手を加えることに、米軍部の強硬派や軍産複合体が承服するか否かが危惧される。前述した朝鮮側の要求が充たされなければ、現存の核兵器は放棄できない。だが米国側は「まず北が核を放棄せよ。話はそこからだ」という態度をとっている。ここに現在の焦点がある。

 

シンガポール会談の実施を表明したトランプ大統領

 5月以降の駆け引きのなかで、トランプ大統領は「私はリビア方式を考えたことはない」と否定し、米韓合同訓練ではB52を韓国領空には入れなかった。そしてトランプ大統領は、朝鮮に対して「体制保証と経済協力を約束する」「ただ、首脳会談がなければ次の段階に進む」といっている。


 5月21日にはペンス副大統領が「トランプ大統領を侮るな」というと、朝鮮の崔善姫(チェ・ソニ)次官が「また核対核の対決に戻るのか」と強硬発言をした。同月24日、トランプ大統領が「もう会談を中止する」というと、金桂冠(キム・ゲグァン)外務次官が「残念だ。まだまだ時間を与えるので、われわれは扉を開いておく」。そして、トランプ大統領が「6月12日、やるかもしれない」等等…今後の動きは流動的だが、朝米首脳会談が頓挫すれば、原則的には2017年の状態に戻り、力と力のぶつかりあいだ。朝鮮がミサイルを一本でも打ちあげれば、トランプ大統領は軍事オプションに踏み込むほかなく、すると朝鮮側は米国本土を狙えるとしたものの、真っ先にソウルや東京を狙わなければならなくなる。東アジアは火の海になってしまう。これは何としても避けなければならない。


 したがって朝米交渉が行き詰まったさいは、周辺国の介入と仲介が必要になってくると考える。シンガポールで朝米会談があったとしても、まだまだ今後、シビアな状況は続くだろう。私は、朝鮮戦争を終わらせる枠組みは4者で進め、朝米の共同声明を履行する長いプロセスにおいてはロシアや日本も含む6者の枠組みで進めていくべきだと考える。この5カ国は、朝鮮を包囲する5カ国ではなく、朝米会談を他の4者が保障する「2+4」の6者でやっていかなければならない。


 ロシアが参加することはなんの問題もないくらい朝ロ関係は非常に良好だ。金日成総合大学では、これまで掲げていた毛沢東の肖像画がプーチンに変わっているくらいだ。ただ5者ではバランスが悪いため、ロシアが入るのなら日本も必ず入らなければならない。私は、日本が「蚊帳の外」であってはならず、今こそ独自外交力を見せて、この6者の枠組みを先導していくべきだと思っている。なぜならば、朝鮮戦争の終結は、法的には南北と米中だが、中国人民志願軍(中国)は、すでに国連軍の16カ国プラス韓国と国交を結んでいる。朝鮮人民軍(朝鮮)は、16カ国のうち米仏を除いたすべての国と国交がある。16カ国に入っていないが当時、国連軍司令部は東京にあったのだから、実質日本も参戦国だ。つまり朝米の国交正常化(朝鮮戦争の終結)とともに、日本は朝鮮和解プロセスの当事者として入らなければならない。


 南北朝鮮が朝鮮半島の非核化を宣言したのだから、憲法9条と非核3原則をもつ日本が、日本だからこそができる朝鮮半島と日本の東アジア非核化構想を発表すれば、国際社会における株は一気に向上するだろう。「2+4」の枠組みで朝米が揉めても韓国、中国、日本がそれを仲裁する関係ができてこそ、65年続いた戦争を終えることができると考えている。

 

日朝関係の行方
立ち戻るべき平壌宣言

 

「平壌宣言」を発表した日朝首脳会談(2002年9月17日、平壌)

 そのため朝鮮と日本は平壌宣言(02年)、ストックホルム合意(14年)のラインに立ち戻らなければならない。


 平壌宣言ほど、朝鮮が軍事問題について米国以外の国と踏み込んで明記した外交文書は他にない。これは日本外交にとっては成果だった。4項では、朝鮮と日本が非核化と朝鮮半島の平和のために手を繋ぎ、「関係諸国の対話を促進し、問題解決を図る」ために頑張っていこうとのべている。ここに平壌宣言の画期性がある。


 ただ2項の「両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの既存原則に従う」については朝鮮人にとっては議論がある。朝鮮側にある請求権とは、日本の加害責任を問う賠償請求もあれば、強制連行された朝鮮人への未払い賃金などの戦前のさまざまな請求権だ。私としては、今後の朝日関係においてこれを放棄するという文脈に異論はない。


 しかし、ここでは「日本にも朝鮮に対する請求権がある」という前提になっている。これは日本が植民地時代に朝鮮において所有していた不動産や工場などだ。これは、朝鮮では「収奪」といわれてきたものだ。なぜなら当時、朝鮮の主権を日本に譲るという条約は、強制されたものでありフェアな交渉で決められたものではない。よって36年間の植民地支配は、強制占領(強占)したうえでの収奪であり、「日本側に請求権はない」というのが従来の立場だった。しかし、平壌宣言の2項は、36年間の植民地支配は合法であったことが前提になっている。ここまで譲歩してでも、金正日委員長は日本との国交正常化を進めようとしたわけだ。とりわけ私たち歴史学者は、これを疑い、反問した。しかし、平和が先行されてこそ過去の問題を論じることができるとの解釈もできる。


 しかしながら日本では、このことは全く論じられることなく、拉致問題一辺倒になってしまった。拉致問題は当然解決されなければならないが、朝鮮民族にも植民地時代の大きな傷がある。日本側も朝鮮側も加害者であり、被害者である。民衆が負った傷を両国政府が治癒していくプロセスに入るべきなのに、この拉致問題が、蓮池透氏(家族会元事務局長)いわく「政治的に利用されてしまっている」。これが解決を遠のかせてしまっていると思う。

 

【主な質疑応答】


  平和協定後も在韓米軍の駐留は続くのか?


  1953年の停戦協定によって国連軍司令部が東京からソウルに移された。この国連軍司令部は、国連憲章第7章によって構成される国連が司令権をもつ国連軍とは別物だ。1950年6月の国連安保理決議で、韓国に攻め入った北を侵略者規定し、米国が軍事介入するので「米国を手伝うものは集まれ」という決議をした。それにより米国が指揮権を持つ多国籍軍に「国連の旗を貸す」というのが、朝鮮における国連軍の実体だ。


 1957年、国連軍司令部の解体決議がされている。すると米国が国連軍の旗を使えなくなるため、国連軍にゆだねられていた米韓軍の軍事司令権を米韓連合司令部に移した。在韓米軍の司令官は、韓米連合司令部の司令官であり、国連軍司令部の司令官でもある。現在、米韓軍の戦時の指揮権は米軍にあり、平時の指揮権は韓国軍に返している。その3つの司令部機能のうち、国連軍司令部はなくなり、韓米連合司令部の扱いが議論されることになる。ただ在韓米軍司令部は、54年の韓米安保条約によって駐留が認められているため、政治判断として撤収するか、残すかが論議されることになる。


  北朝鮮は核放棄を決めているのか?


  トランプ大統領は「最大限の圧力があったから朝鮮が対話に出てきた」「だが習近平との会談で中国を後ろ盾につけて生意気に出てきた」と考えているようだが、それは見当違いだ。核武装にギアを上げれば、国際的圧力が強まることは当初から想定されており、朝鮮はみずからの体力と相談しながら何年以内に米本土に届くミサイルを開発し、何年以内に非核化交渉に移るという計画を立てていた。


 現在は実際行動をともなって「これ以上新たには作らない」という意思表示をしているが、問題になっているのは現存する核兵器をどうするかだ。これは米国との交渉でのみ解決する。核武力は国防の最後の要であり、そう簡単には手放せない。平和が担保されたうえで手放すということになる。


  経済制裁の影響はあるのか?


  やはり基幹産業では影響が出ているようだが、人民生活には及んでいないようだ。国外に水産物が売れないので、国内市場には水産物が溢れ、高級なマグロやエビを平壌市民は食べている。朝鮮と中国の国境地帯の貿易商たちは、「われわれは、ずっと制裁の網の目をくぐってやってきたので、国際社会がいかに制裁しようともこたえない」と語っており、制裁で白旗をあげることはないだろう。


  各国との経済協力によって、どの分野の振興策が進むのか?


  金正日時代の「食いつなぐための援助」では、「核と食料」「核と経済」という取引だったが、金正恩時代は「安保」には「安保」の交渉だ。安全保障問題において停戦体制が解除されないままの援助というのは「毒まんじゅう」とみている。


 停戦体制を終わらせ、国交を結ぶなら、おのずとビジネスの交流がはじまる。朝鮮が優先するのはインフラ整備であり、ポンペオ長官がそれを明かしている。すでに日本の経団連、韓国の全経連、米国の商工会議所が、朝鮮に対する民間投資のためのシンポジウムを5月15、16日にワシントンで開いているという情報もある。


  北朝鮮は「拉致問題については解決済み」という声明を出しているが、安倍政権が続く限り相手にしないという意味なのか? 日朝間に対話チャンネルはあるのか?


  朝鮮側の立場は、安倍首相であろうが誰であろうが、政策を変えれば誰でも朝日会談できるといっている。だが、安倍首相は世界のどの首脳よりも「圧力」を口にした。世界でもっとも強硬なのは「ボルトンか、安倍首相か」というほどだ。他国は朝鮮の核武装を批判しながらも「対話が重要」といってきたが、安倍首相は「対話すべきでない」といってきた。その立場を「対話すべき」と改めれば、朝鮮側は一貫して「過去を白紙化する(とらわれない)」というのが原則だ。現実に「老いぼれ」と批判していたトランプ大統領に対してもいまは「大統領閣下」だ。だが、パイプがあるのかどうかは、いまのところ見えない。


  朝鮮の和平プロセスにはプーチンの関与が強いのか?


  プーチン大統領は昨年来の危機のなかで、朝鮮の内在事情を最も理解する指導者といえる。彼の「朝鮮は草をかじってでも核開発をするであろう。彼らの安保脅威に想像を働かせるべきである」といった言葉にあらわれている。東アジア情勢を俯瞰し、「朝鮮半島に危機が起きればみなが困り、喜ぶのは米軍産複合体だけかもしれない。ロシアも極東の開発に力を入れているので、やはり平和を求める」と。経済援助として、朝鮮のソ連時代からのロシアへの債務をすべて帳消しにしたうえで、パイプライン、石油、流通、鉄道建設で提携・援助し、朝鮮における影響力を確保していく。今は後ろに下がっているが、今後プーチン大統領が表に出てくれば、大きな転換の流れになるのは疑いない。


  最大の敵国要人であるポンペオCIA長官を受け入れた背景は?


  確かにポンペオ氏は強硬派だが、CIA長官就任後に「コリア・ミッションセンター」を設立した。通常、地域単位で作るものを朝鮮一国のために作り、情報を蓄積し、理想主義では対応できないことを悟ったと思う。ボルトンに比べても、妥協してでも本土に飛んでくるミサイルを除去するべきだとトランプ大統領に助言している。


 金委員長とポンペオ長官が笑顔で握手している写真を見て驚くのは、少し前まではポンペオ氏に課せられていた最大のミッションは目の前の金正恩委員長を殺すことだったはずだ。それが、殺しに来た人間を笑顔で迎えた。やはり戦争のリアリティを持っている者同士だからこそ、戦争を回避する道を選ぶのかと思う。そう考えると「強硬、圧力」という派は、やはり戦争のリアリティがないといわざるを得ない。


  朝鮮戦争時、カーチス・ルメイが「石器時代に戻す」といってやった空爆について朝鮮の人々はどう捉えているのか?

 

861日間に渡る連続爆撃を受けた朝鮮東海岸の元山市

  朝鮮戦争研究は、これまで「北が攻めたのか、南が攻めたのか」の応酬だったが、最近は「国家権力と民衆」という視点で研究がはじまっている。朝鮮戦争は、敵味方が殺し合うだけでなく、自国の大統領に国民が虐殺されるという側面もあった。さらに、地上でおこなわれた虐殺よりもさらに大規模な虐殺が米国の空爆だった。停戦協定が結ばれたのが7月28日午前10時で、協定発効は12時間後の午後10時だ。米国は直前の午後9時59分まで爆撃をやった。死者も多かったが、最後はプラントやインフラを狙い、生き残った人間が生活する手立てを奪ったうえでの停戦だった。それを朝鮮人民は忘れていないし、家族代代伝えられている。よって朝鮮国内にも、米国と和解することに反対する強硬派はおり、とくに労働党の上層部に多い。それは理念的なものではなく体験に基づいたものだ。その米国と核を放棄してまで交渉するのだから、外務次官の口から出る強硬発言はその人民感情を強く意識したものだ。  (了)

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