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煽られるウクライナ危機 米国の一人芝居じゃないか 足並み揃わぬNATOと緊張してない当事者

 旧ソ連崩壊直前の1991年に独立宣言したウクライナ国境にロシアが昨年10月から10万人規模の軍隊を展開し、今月中旬に演習目的で隣国ベラルーシに軍隊を配置したことをめぐり、米国が軍を急派する態勢をとり「ロシアがウクライナに侵攻すれば大量の犠牲者が出る!」とメディアを総動員して煽っている。だが当事国のウクライナ自身が米国の対応に「大げさで誤り」と反発している。ウクライナとロシアの問題は旧ソ連圏のウクライナをNATO(北大西洋条約機構)に引きずり込みたい欧米諸国と、それに反発するロシアとの矛盾が根底にあり、軍隊を派遣して対峙したり和解したりという対応をくり返してきた。米国は「侵略者からウクライナを守る」と善人面をしているが、意図的に軍事緊張を煽って「漁夫の利」を得ようとする薄汚い魂胆があらわになっている。

 

 

 米国が「軍事緊張を招いた発端」と主張するロシアによるウクライナ国境付近への軍隊展開は昨年10月のことだ。この軍隊配備についてロシア側は「NATOがウクライナを軍事的に支援し、ウクライナもロシアとの国境地帯に軍を集結させている」と主張。さらに昨年12月10日、ロシア外務省は「2008年NATO首脳会議の決定(ウクライナとジョージアの将来的なNATO加盟を認める内容)」のとり消しを求める声明を発表した。同時にNATOがこれ以上拡大しない確約や国境付近での軍事演習停止も求めた。

 

 もともとロシアもウクライナも旧ソ連では一つの国であり、民族的、経済的、文化的な関係は密接だ。経済面ではウクライナ側が石油・天然ガスの供給をロシア側に依存する一方で、ロシア側は石油・天然ガスの欧州向け輸送路はウクライナに依存する関係でもある。しかもウクライナは東欧政変後にNATOへ加盟したルーマニア、ハンガリー、スロバキア、ポーランド、NATO加盟を準備するモルドバに隣接しており、いわばNATOとロシアが対峙する緩衝地帯である。そのウクライナを一気にNATO側に引きずり込んで軍隊やミサイルを配備することは、ロシアの喉元に銃口を突きつけるような動きであり、ロシアが猛反発して牽制に乗り出したという関係だった。

 

混乱乗じ市場奪取狙う

 

 しかし米国務省はそうした事情を知っていながら「ロシアによるウクライナ侵攻の危機」を煽り続けた。

 

 アメリカのブリンケン国務長官は1月20日にドイツを訪れ、ベルリン・ブランデンブルク科学・人文アカデミーでの演説で「(ロシアの行動を見過ごせば)全面戦争の脅威がすべての人の頭上に漂っていた、もっと危険で不安定な時代に引き戻されることになる」と強調した。

 

 即座にNATOが東ヨーロッパへ艦船や戦闘機などの増派を決定した。米国もウクライナに武器を提供し、東ヨーロッパに8500人規模の米軍を派遣する準備に着手した。米ホワイトハウスは「ウクライナの主権と領土保全への支持」を表明した。さらに1月24日には米国務省がウクライナの首都キエフにある米大使館員の家族や滞在中の民間人に国外退避を命じた。同省は声明で「ロシアがウクライナに対する重大な軍事行動を計画しているとの報告がある」とし、現地情勢について「予測不能で短時間で悪化する可能性がある」と主張した。英国も1月24日に大使館員の家族と一部大使館員の退避を決めた。日本政府もウクライナ全土の危険情報をレベル3の「渡航中止勧告」に引き上げた。

 

 こうしたなかブリンケン米国務長官は1月26日の記者会見で、ロシアが要求しているNATO不拡大の法的確約を正式に文書で拒否したと発表した。ロシア側はそれまで「ウクライナへの侵攻計画はない」と否定し、米国側がNATO問題に文書で回答するのを待つ姿勢だった。しかし米国が拒否したためロシア側は「ロシアの根本的な懸念を考慮したものではない」「内容を注意深く検討して次の行動を決定する」と表明した。

 

 米国はその後も「ロシアがウクライナを攻める!」と煽り続けた。

 

 米軍トップのミリー統合参謀本部議長は1月28日の記者会見で、「ロシアの軍備増強は、最近では見たことがないほどの規模と範囲で大きく戦力が集結している。これほどの規模を見るには、冷戦時代に遡らなければならない」「これがウクライナに対して発動されれば大変なことになる。大量の犠牲者が出る」「密集した都市部や道路などがどのような光景になるかは想像がつく。恐ろしい事態、悲惨な事態になる。民間人が多大な犠牲を被る」と主張し、ロシア側に侵攻ではなく外交路線をとるよう促した。

 

 オースティン米国防長官も同日の記者会見で、「ロシア軍が軍事侵攻する準備はすでに整った」「複数の都市や大規模な領土を奪取可能だ」と強調し「紛争は避けられないものではない。外交のための時間と余地はまだある」と主張した。

 

 バイデン大統領にいたっては1月27日にウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談をおこない「ロシアが2月にウクライナに軍事侵攻する可能性は十分ある」「軍事侵攻があれば、アメリカは断固として対応する用意がある」と伝達。翌28日には「東欧とNATOの国々に米軍を近いうちに送る」と発言した。米国政府が「ウクライナ侵攻への対抗措置」で、ロシア主要銀行との国際取引を停止し金融界をまひ状態に陥れて打撃を与えるプランを具体化していることも表面化した。

 

 同時進行で米国のバイデン大統領は28日、欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長と「エネルギー安全保障での協力を強化する」という共同声明も出している。これは表向き「欧州の天然ガスの主要な調達先ロシアとの対立激化で、供給が不安定化したときの危機に備える」という内容だ。実際にEU圏は使用する天然ガスの約四割をロシアからの輸入に依存しており、ロシアがウクライナに侵攻し、米欧が経済制裁を科すなら、ロシアからの天然ガス供給停止措置もあり得るという想定だ。共同声明は「ロシアによるウクライナへのさらなる侵略などで生じる供給ショックを避けるため、世界中からの天然ガスの継続的な供給に向け協力している」と主張し、米国とEUが2月7日にエネルギーに関する対応を協議することも明らかにした。米国からの液化天然ガス(LNG)の購入拡大や中東やアジアからの調達ルートの構築などを検討する方向だ。だがこれは「ロシアのガス供給がストップするかも知れない」と煽り、ロシアがEUに供給しているエネルギー市場を「供給が途絶える時の備え」と称して、欧米資本が根こそぎ奪っていく方向に直結している。

 

欧州各国も静観の構え

 

 こうした米国と対照的なのは当事国であるロシアとウクライナの対応だ。ロシアのラブロフ外相は1月28日、ウクライナ情勢に関し「ロシアの側からいえば戦争はない。われわれは戦争を望んでいない」とのべ、欧米が危機感を煽るロシアのウクライナ侵攻計画自体を改めて否定した。NATO不拡大を拒否する米国の回答についても、「欧州での短中距離ミサイル配備凍結など、以前ロシアが提案したが欧米側が応じなかった問題を討議する用意があると書かれており、合理的な内容を含んでいる」と評価し「今後も外交交渉が続く」という見方を示した。

 

 ウクライナのゼレンスキー大統領も同日、米政府やメディアの大げさな対応が、同国経済に悪影響を与えていると海外メディア向けの記者会見で指摘している。同大統領は「戦車が街中を走っているわけではないにもかかわらず、メディアはまるでウクライナが戦争をしており、軍隊が街中にいるような印象を与えている。そのようなことはない」「現在の状況が以前よりも緊迫しているとは考えていない」と指摘した。またバイデン米大統領との電話会談で「米国側が大規模戦争が起こるリスクを過度に強調するのは誤り」と伝えたことを明かし、米英による大使館職員退避についても「誤りであり大げさだ」と指摘した。そして「われわれはタイタニック号ではない。ウクライナは前進している」とのべた。さらにウクライナにとっての主なリスクは「経済危機を含む内部からの不安定化だ」と主張した。

 

 ウクライナ情勢をめぐってはEUやNATO内でも足並みは揃っていない。アメリカがウクライナに武器を供与するなか、ドイツはウクライナへの武器提供を拒否している。フランスも仏、独、露、ウクライナによる四カ国協議の枠組みを復活させ、対話による緊張緩和を目指している。ドイツ海軍のシェーンバッハ司令官が「ロシアがウクライナを侵攻しようとしているなど、ばかげた発想だ」「プーチン大統領が本当に求めているのは敬意で、それを与えるのは簡単なこと」と発言して辞任に追い込まれたが、欧州各国の軍事的な力関係で見ればロシアがウクライナ侵攻を望んでいないというのが常識的な見方になっている。

 

 こうした一連の動きが示すことはロシアとウクライナの軍事緊張が高まっているというより、「攻められた時の備えが必要!」「ロシアが攻めてくる!」と一方的に煽り立て、軍隊の増派、経済制裁をエスカレートさせていく米国の「一人芝居」が、ウクライナ国内の経済や内政を不安定化させ、ウクライナ・ロシア間の軍事緊張の解決も遠ざけている現実だ。加えてこうした旧ソ連圏、欧州を巻き込んだ軍事緊張や政情不安を激化させながら「多様な供給ルートが必要」と主張してロシアと関係の深い欧州市場も横取りしていく米国の思惑も浮き彫りになっている。

 

ウクライナめぐる経緯

 

 ウクライナはソ連末期の1991年8月に独立宣言し、親ロシア派の大統領のもとで米国を中心にした軍事同盟であるNATOとは距離をおく政策をとっていた。ソ連崩壊時のNATO加盟国は16カ国(米、英、仏、独、伊、蘭、ベルギー、カナダ、デンマーク、アイスランド、ルクセンブルク、ノルウェー、ポルトガル、トルコ、ギリシャ、スペイン)にとどまっていた。だが1997年頃からNATO内部で東欧諸国への加盟国拡大を目指す動きが活発化した。そのもとで1999年にはポーランド、チェコ、ハンガリーを加盟させ、2004年にはスロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニアに加えて旧ソ連のバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)まで加盟させたことでロシアがNATOへの警戒心をあらわすようになった経緯がある。

 

 ウクライナでも欧米諸国の介入が進み、2002年にはクチマ大統領が同国の将来的なNATO加盟希望を表明した。2004年には親EU(欧州連合)・NATOを掲げるユーシェンコ大統領が当選(オレンジ革命)し、NATOとの接近を強めた。

 

 2008年4月のブカレストNATO首脳会議では「ウクライナとジョージアが将来的にNATO加盟国になる」と宣言した。ドイツやフランスが「時期尚早」「ロシアを不必要に刺激する」と反発するなか、米国が強引に押し切る宣言だった。

 

 だがこうした動きにウクライナ国内でも反発は強まり、2010年には親ロシア派のヤヌコーヴィチ大統領が当選した。同大統領はウクライナがいかなる政治・軍事同盟にも属さないという内容を盛り込んだ法律を発効させた。しかし同大統領が2013年11月にEUとの関係を強化する連合協定締結交渉を停止すると、EU加盟を目指す親欧米勢力がヤヌコーヴィチ政府の汚職を批判する大規模な反政府デモを展開し、キエフ中心部の独立広場を占拠した。2014年2月には治安部隊と衝突して多数死者が出る事態になり、ヤヌコーヴィチはロシアに亡命した。こうした流れを経てクリミア半島では、2014年3月の住民投票でロシアへの編入が承認されロシアが併合した。ドンバス地方ではロシアへの編入を求める勢力が「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の独立を宣言した。ウクライナ政府はこれらの勢力を反政府武装勢力とみなし戦闘状態に入ることになった。

 

 こうした動きのなかでウクライナは東部地域の情勢悪化を受け、徴兵制の復活や軍備増強を進めた。2019年2月には憲法を改定し、将来的なEU・NATO加盟を目指す方針を明記した。このもとで2019年5月にゼレンスキー大統領が就任した。同大統領は基本的には親EU路線をとるがロシアとも対話する姿勢をとっており、2020年7月にはウクライナと親ロシア派武装勢力間で停戦合意が実現している。しかし欧州地域や旧ソ連圏での戦争を渇望する勢力が執拗に軍事緊張を煽り続けている。

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この記事へのコメント

  1. 夏原 想 says:

    国家間の対立となると、メディアは客観的立場を捨て、自国政府の応援団と化す。都合の悪いことは、一切記事にしない。例えば、ロシアのクリミア併合と書き立てるが、そこに、クリミアは過去にはロシア領だっとこと、住民の多くはロシア帰属を望んでいることは、書かない。思い起こせば、アメリカの対イラク戦争も、ニューヨークタイムズもワシントンポストも、軍事侵攻を支持したのだ。
    ブログ「政治的理由で危機は煽られる」参照。https://blog.goo.ne.jp/1917lenin/e/008acee14d81fd1238ef38a4f51751a4

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