いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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「COVID19を封じ込めた韓国の底力―市民社会の活動から選挙結果まで」 PARCが第2回オンライン公開講座

 「COVID-19時代を生きる――グローバル・クライシスと市民社会」と題してオンライン公開講座を連続的に開催しているアジア太平洋資料センター(PARC)は6日、第2回目のテーマを「COVID-19を封じ込めた韓国の底力――市民社会の活動から選挙結果まで」とし、韓国ソウル在住の市民活動家・姜乃榮(カン・ネヨン、地域ファシリテーター、慶熙大學フマニタスカレッジ講師)、日韓交流活動に携わってきた白石孝(日韓市民交流を進める希望連帯代表、PARC理事)の両氏をオンライン上でつなぎ、ウェブ会議システム「Zoom」による公開講座を開催した。韓国では新型コロナ対策として徹底したPCR検査を含む早期の防疫措置をとり、現在の感染者数は激減しており、欧米諸国、日本と比べてもその成果が際立っている。両氏は、韓国政府のコロナ封じ込めの措置に連動して自治体や市民団体、地域コミュニティがどのようなとりくみをおこなってきたのかについて、最新情報を交えて報告した。

 

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 講座は、PARC共同代表の内田聖子氏がコーディネーターを務め、ソウルの姜氏と、白石氏がテーマごとに語り合い、随所で参加者からの質問にも答える形式で進行した。
 はじめに姜氏の報告をまとめて紹介する。

 

■姜乃榮氏の報告

 

 先月末から韓国での新型コロナ感染は安定期に入っており、今日(6日)まで3日連続で新しい感染者は発生していない。現在いる数人の新規感染者はすべて海外から来た人で、国内は安定的な状態だ【グラフ参照】。

 

 韓国政府が今回のコロナ対応をめぐって世界から絶賛された一番の理由は、情報・政策の透明性と公開性だ。政府疾病管理本部の情報を公開する特設サイトcoronaboardにアクセスすれば、誰もがリアルタイムで感染状況についてすぐに把握できる。韓国だけでなく、世界の状況について、いつでも誰でも把握できることが重要だ。

 

姜乃榮氏

 韓国政府や自治体のコロナ対策について、市民や国民はどのように評価しているだろうか。


 京郷新聞社の世論調査(3月27日~28日)を見ると、政府のコロナ対応について「よくやっている」が77%、「よくない」が22%。さらに、コロナにともなう経済危機への政府対応については「よくやっている」が62%、「よくない」が35・5%だった。とくに、多くの人が経済危機でとても苦労しているので評価は下がると思われたが、6割以上が評価しているのは注目される。大統領の支持率も、コロナ以前までは50%以下だったが、右肩上がりに伸びて60%に達した。これは、その後の総選挙の結果にもあらわれた。

 

 自治体の措置についても、ソウル市を含む京畿(キョンギ)道では評価が高い。韓国では当初、「新天地イエス教会」という新興宗教の信者が中国から入ったことで集団感染が発生し、それを発端に大邱(テグ)市全体に感染が広がり、全国的に拡大した。このなかで、ソウルや京畿道が自治体としてこれに迅速に対応したことが評価された。それによって京畿道の李在明(イ・ジェミョン)知事の支持率が上がり、次期大統領の候補に名前が挙がっているほどだ。

 

 李知事は「災害基本所得」として市民に商品券(地域通貨)を配り、商店街や困っている飲食店、小売店を救う政策を実施し、自治体の独自予算でこれを補てんした。当初は賛否があったものの、道内の世論調査ではこれを評価する人が89%にものぼっている。

 

 全国的には、環境保健市民センターが国民の意識調査をしている。「社会的距離の確保が必要」と考える人が94・5%、それを「実践している」と答えているのも同率であることを見ても、高い市民意識が確立されていることがわかる。

 

 韓国では、政府が個人が持つスマホや携帯電話のGPS(衛星による全地球測位システム)を使って感染者(匿名)の位置情報や移動経路の詳細を公開した。これによって感染拡大の可能性を低下させたといわれている。国民意識調査では、この詳細公開について「不可避な措置」とする意見が88・3%、「人権侵害」という意見が7・9%だった。だが、コロナの感染状況が安定してくると「人権侵害」という声が増えてきているのも事実だ。危機的状況下では仕方ないと見なされても、平時に個人のプライバシーをいかに保護するかが論議になっている。

 

 次に、コロナ感染拡大の根本的な原因について、「気候変動」「生態系の破壊」とする意見がどちらも八五%近くに達した。大規模感染を起こした理由については「生態系を破壊し、そこに人間が接触したこと」が37・2%、「感染症対策と衛生管理大系の失敗」とする意見が31・6%と高かった。

 

 今後コロナ関連対策として急がれる政策としては、「医療体系などのシステム構築」が25・8%、「生態系の保護」と「衛生管理などの生活習慣を変える」がともに約25%を占めた。

 

 国民が評価する公開性と透明性という点では、専門家や医師が政府の政策決定や発表の前面にいたことが重要なポイントだった。日本ではコロナ対策の発表を政治家がやっているが、韓国の疾病管理本部の鄭銀敬(チョン・ウンギョン)中央防疫対策本部長は女性の医師だ。彼女が登場してからは国民の信頼度が増し、専門家がわかりやすく事態を説明し、冷静に対応することを呼びかけることで世論は冷静さを保った。

 

 当初、集団感染が起きた大邱では野党(保守系)が「政府が中国との国境を封鎖していないからだ!」と騒ぎ、メディアも激しく政府を攻撃した。だが海外のメディアは政府対応を評価し、外側からの客観的な声が聞こえるようになって国民世論は落ち着いた。

 

 世帯あたり最大100万㌆(約9万円)を支給する「緊急災害支援金」についても、野党が「絶対に新規国債(政府の借金)の発行は許されない」と反発し、当初は全世帯の七割のみを対象にしていたが、最終的には上位3割以上の高所得者には「自発的な寄付」を呼びかける形で全世帯への給付を通過させた。

 

公共医療の優位性示す 韓国の防疫政策

 

PCR検査キットで検体を調べる調査員(韓国)

 今回のコロナ対応で、韓国の国民としての自負心が上がったといわれる。とくに、韓国が常に学ぶべき「先進国」とみなしていた米国、イギリス、フランス、日本などの対応を見ると、国境閉鎖や都市封鎖、外出禁止などの政治主導の抑圧的な措置が目立つが、韓国では市民の自発的な参加を呼びかける形でやった。これが「韓国式」と国際的に認知されるほどになり、国民も自国に対する意識が変わった。

 

 医療面の対策では、公共医療システムや医療保険制度の優位性が改めて確認された。所得や地域間の医療格差を是正する公共医療システムは、民主党の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権のときにつくられた仕組みだが、その後の李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権の保守政権時代に民営化されていた。

 

 そこで現在の文在寅(ムン・ジェイン)政権になってから再び公共医療を強化し、「ムンジェイン・ケア」とも呼ばれる。このコミュニティケア政策は、生活圏の中での医療ケアを市民と行政が一緒にガバナンス(統治)していくのが特徴だ。区に一つだった保健所を細分化して区内のあらゆる場所に増設し、生活環境に合致するように拡大した。これがコロナ対策に活用され、克服の重要な核になった。

 

 具体的には、開放的で透明性のある民主的システムを維持することを基本にし、迅速に診断キットを開発するためにあらゆる規制を排除した。効率的な検査をするため、軽症者と重症者を区別して治療した。

 

 また、世界初となる生活治療センターの運用を開始した。治療段階とは区別し、自己隔離や治療が終わって家庭に戻る前に一定期間様子を見るための療養施設だ。これらは必ずしも医療施設でなくてもいい。すべてを医療施設で収容すれば足りなくなる。だから、郊外の研修施設など民家から離れた場所にある建物を借り上げ、自己隔離ができる施設として使えるように政府が補償した。

 

 さらに米国のように検査や治療費が高くて受診できない人を生まないように、治療費を原則無償にした。感染者が増えた大邱市ではロックダウン(都市封鎖)が議論になったが、結果的に封鎖に踏み切らずに収束させた。大邱市は「保守王国」といわれる地域で、政府与党としては、選挙もあるので刺激的な措置は避けたいという思惑もあったと思うが、最終的には「封鎖しなくても対処できる」とした専門家の判断に従ったことが功を奏した。

 

 そして、国内が安定化してからは国外に視野を広げ、政府や国としての国際的な存在感を上げた。米国による経済制裁で十分な対策ができないイランや貧困国に人道的援助をしたり、韓国戦争(1950年の朝鮮戦争)で兵士を派遣した国には優先的に医療品を提供した。また、診断キットを海外に運ぶときには、帰りの便に在外韓国人を連れて帰るなどの措置もとった。とくに養子縁組などで海外に在住する韓国人は「国から見捨てられた」と感じていたが、マスクを政府が提供するなどし、韓国人であることに誇りを感じるようになったという。市民団体では「ここまで政府がやれば私たちはやることがない」という冗談も飛ぶほど、非常に細かいところまで政府が力を注いだ。

 

市民が主体として動く 市民社会のとりくみ

 

 なにより重要な点は、市民一人一人が防疫の対象ではなく、主体として動いたことだ。毎日、疾病管理本部がメディアに登場して今日の感染状況を話すが、市民は集会・行事・イベントを自粛した。とくに韓国では教会の宗教行事などが多いが、それをオンラインにしたりして、みんなが自発的に社会的距離を置いた。また、世界ではティッシュや食料品などの奪い合いが見られるが、韓国では当初は店に行列ができたりしたものの、政府が買い占め禁止令を出してからは、買い占めは見られなかった。

 

 感染者が最も多かった大邱市には、全国から医師や看護師がボランティアとして入った。光州市は病床を提供した。マスクが足りないので、マスク工場を24時間フル稼働させるため、ボランティアがマスク工場にも駆けつけて生産ラインを動かした。大家が家賃を半減したり、いろんな自発的な行動が積み重なって市民意識を向上させた。

 

 市民の団結力だけでは無理があるが、政府が専門家を通じて透明性のある情報を提供し、それに基づいて市民自身が自発的に判断して、「韓国式」のコロナ克服の構造ができていったと思う。

 

 3月31日には、コロナによる経済・社会的危機に対応するため、労働組合・宗教団体・市民団体など383団体が連名で、政府に対して以下7つの政策を提案した。

 

 1、経済的被害を受けた人や脆弱階層(社会的弱者)のための特別災難支援金の支給
 2、社会的セーフティーネットの早期整備
 3、総雇用の維持
 4、量的・質的公共保健医療の強化
 5、気候変動の危機に根本的な省察と積極的な対策づくり
 6、防疫対策が立てられない国がないように国境を越えて協力
 7、コロナ克服のため市民連帯の必要性(特定地域、宗教、人種、国籍などでの差別禁止)

 

 「総雇用の維持」については、韓国は1980年代の通貨危機でIMF(国際通貨基金)の管理体制に入った時期にかなりの企業がリストラしたことが背景にある。政府から補助金が投入されたにもかかわらず、企業は労働者の首を切った。そのため政府は今回、公的資金を注入するときには雇用維持を条件にした。打撃の大きい航空関係に対しても妥協しなかった。これは非常に重要なことだ。

 

 6と7の項目は、韓国だけでなく国境をこえて「世界市民」としての考え方がなければ成り立たない。欧米では「東洋人がつくったウイルスだ」と責められる事例もあり、韓国内でも最初に大量感染が起きた大邱を排他的に攻撃する論調も見られた。だが、危機のときこそ感情的にならず、この危機をどのように手を繋いで乗りこえるかを論議したことが大きなポイントだったと思う。

 

農漁業振興のとりくみ 市民的連帯の力で

 

 韓国では、以前は全体の5%しかなかった親環境農産物(オーガニック)の生産割合が近年伸びている。これを牽引したのが学校給食だ。現在のソウル市長は「学校給食の無償化」を掲げて当選した人だが、市内の小中高校の給食はすべてオーガニック(無農薬野菜)を使用するという条例を定めた。そのため無農薬の有機農家が増加した。

 

 ところが、コロナ禍で一斉休校になり、学校給食がストップしたため農家は納品できず、この余剰農産物をどうするかが問題になった。これに対して、政府、自治体、市民社会がそれぞれのとりくみを企画した。

 

 政府農林部はオンライン企業とコラボして無農薬野菜を商品化し、ネット販売を開始した。自治体には、域内の農家を守る直接的な責任がある。商品開発だけでは間に合わないので、農家から野菜を買いとり、子どもがいる家庭に直接配送するための予算を付けた。

 

 市民社会としては、農家と同様に深刻な状況にある漁業者を守るために、魚介類を商品化して販売した。ドライブスルー方式で新鮮な魚や刺身などが買えるようにしたら、予想以上に反響があって市民が買い求めたという事例もある。

 

 私が暮らすソウル市江西区地域では、コロナ対策に従事する医師や看護師、公務員、清掃、貿易関係、宅配の人たちの苦労をねぎらうための「応援ボックス」をつくり、市民にネットで募金を呼びかけ、その資金で食品、マスク、消毒剤などの必要物資を袋詰めして届ける活動をおこなった。子どもから大人まで市民が一体となった共同作業を「人間ベルトコンベアー」と呼び、商品を医療現場などに届けた。公務員の人たちからも「市民から褒められたのははじめて」と喜ばれ、これまで距離があった行政と市民との絆が深まった。

 

 また、韓国では、企業収益よりも地域課題の解決や公共福祉など「社会的価値」を重視する基準を満たした企業や非営利団体を「社会的企業」として認定しているが、これらの企業も苦境にある。そこで自治体の「社会的経済支援センター」が、市民と一緒に社会的企業を守るため、必要な物資を入れた「サンクスボックス」を商品化し、感謝したい人にプレゼントするというキャンペーンもおこなっている。

 

市民の寄付で医療従事者に物資を届ける「応援ボックス」のとりくみ(ソウル市)

 また、卒業式や入学式などお祝い行事の中止によって苦境に陥った花屋さんを支えるために、ソウル市の共同体地域センターなどが農家と組んで「春の花を分かち合う」というイベントを始め、申請した家族にあじさいの花を贈り、選択できる3段階の寄付割合の区分をつくって地域の花屋さんを助けた。

 

 その他、自宅待機などで深刻な状態ではあるが、ユーモアをもって危機を乗りこえようとする市民の知恵で、ネット上で一緒に歌ったり、ダンスをしたり、孤立するのではなく、みんなが気持ちを共有して、繋がっていることを確認する試みも多くあった。

 

4月の総選挙について 保守野党の自滅

 

 コロナ対応の真っただ中にあった4月15日、韓国では4年に1度の総選挙がおこなわれ、与党が圧勝した。的確なコロナ対応が文政権に追い風になったという見方が強いのは事実だが、背景にはそれまでの国会運営に対する幻滅もあった。

 

 第20代国会(2016~2020年)は、韓国では「過去最悪の国会」ともいわれ、世論調査でも約七八%が否定的な評価を下している。野党の無条件反対、与党の無気力、国民生活に直結する民生法案への無関心が主な理由だ。足の引っ張り合いで何も前に進まず、もはや国会は機能していないとみなされた。

 

 このなかでコロナ危機が発生し、この対応をめぐって与党側が評価された。今総選挙の判断基準として、「与党への審判」か「野党への審判」かがぶつかった。最初は「与党が無能」と見なされて支持率低下が起きていたが、コロナ対応のなかで野党が足を引っ張っているだけであることが明らかになり、最後は「野党審判論」が優勢になった。国会停滞の主犯は野党であり、選挙結果も野党の自滅だった。

 

 具体的にいえば、韓国では、保守系誌『日刊ベスト』の論調をそのまま野党(保守系)議員が使うことが多い。これまでは主に「レッドコンプレックス(反共主義)」を活用して自分たちを政治的に有利にしてきたが、今回はそれが逆風になった。コロナ危機のなかで野党は「中国との国境を封鎖していなかったから感染が広がった」という憎悪の感情を煽ったが、中国と接していないイタリアをはじめ世界中で感染が広がり、中国との関係を遮断すれば、逆に韓国は経済的に苦しくなっていくことを多くの国民が理解していたので浸透しなかった。

 

 また野党は、古くから保守政党の集票組織であるキリスト教会などと結託して政治的な発言をしてきたことも、「政教分離」という観点から国民の反発を受けた。

 

 選挙結果は、全300議席のうち、与党(共に民主党、市民党)が180議席、野党(旧ハンナラ党系)が103議席、左派政党の正義党が6議席、無所属5議席(野党系4、民生党系1)、与党系の「開かれた民主党」が3議席だった。憲法改正には200議席が必要であり、すでに与党は協力政党を含めて190議席を確保している。あと10議席あれば、憲法改正をうち出すことができる勢力となった。

 古くからの地域性もあるが、野党の得票が多かった地域は、保守の基盤である慶尚(キョンサン)南道(韓国南東部)に集中し、ソウル近郊では高所得者層が多い瑞草(ソチョ)区や松坡(ソンパ)区に限られることが浮き彫りになった。

 

 コロナ禍の外出自粛で、普通なら低下しておかしくない投票率が、66・2%(1992年の総選挙の71・2%に次ぐ28年ぶりの高水準)に達したことも、現政府が力を付けて、これまで以上に強力に対策を進めることに対する国民の期待があると思う。

 

■白石孝氏の解説

 

 白石孝氏は「新型コロナウイルスに関わる日韓の雇用・労働政策の比較」について、以下のように解説した。

 

◇           ◇

 

白石孝氏

 韓国のコロナ対策について、日本では「韓国には検査キットがたくさんある」などの結果だけが報道されているが、文在寅政権が目指す政治は、かつての保守政権(軍事独裁政権を含む)がやってきた方向性を大胆にチェンジするもので、民主化後に定められた大韓民国憲法第一条の民主共和制に基づいている。それを実践しているのが市民社会であり、自治体や政府に要求したり、ただ批判するだけでなく、市民社会が主体になってみずから築き、それに政治が応えるというキャッチボールができていることも反映していると思う。それは日本の安倍政権とは真逆であり、日本社会が目指す方向性を考えるうえで大きな示唆を与えるものだ。

 

 新型コロナ対応にかかわる韓国の雇用・労働政策について、厚労省の外郭団体・労働政策研究センターの呉学殊研究員の論文にもとづいて整理した【表参照】。

 

 韓国政府が全世帯向けの「緊急災害支援金」として、単身世帯40万㌆(約4万5000円)、4人以上世帯に100万㌆(約9万円)を支給することはすでに日本でも知られている。この支援金は申請から2日後には市民の銀行口座に振り込まれる。これとは別にきめ細かい対策が立てられていることは知られていない。

 

 とくに韓国では、現職労働者の雇用を維持する、「クビにするな」という政策に力を入れ、企業にかなりの資金を出している。失業者・求職者向けや、フリーランスや女性、高齢者などの脆弱階層向けなど、各ケースに応じて経済的支援をおこなっている。

 

 雇用維持支援金では、大企業よりも中小企業に手厚く、労働者の休業・休職手当ての90%を国が補償している。この制度の適用要件に「労使雇用維持労働協約を踏まえる」という条件があるというのは驚きで、日本では考えられないことだ。これによって52万人の労働者の雇用が維持されている。

 

 2018年に文在寅政権は最低賃金を大幅に引き上げたが、日本ではこれで「中小企業が苦しんだ」「失敗策だ」といわれた。だが、政府は賃金を大幅に上げた零細企業には助成金を出しており、今回その助成額を70%引き上げている。

 

 また、休校措置にともなって子を持つ親への休業補償として、1日あたり5万㌆(約5600円)を5日間(シングル家庭は10日間)支給する。

 

 失業者・休職者、無給休業者への支援では、それぞれ状況が地域によって違うため、自治体が中心になって具体策を立て、それに対して政府が約200億~300億円規模を拠出するやり方になっているのが特徴だ。

 

 また、低収入労働者を指す脆弱階層(フリーランス、保険外務員、塾講師、配達運転手、演劇・映画人など)への支援として月額50万㌆(約4万8000円)を最大3カ月支給する。日雇い労働者、さらに小規模事業者には経営維持だけでなく、廃業するための資金にも支援をする。

 

 青年手当てといわれる「青年休職活動費」の要件緩和に加え、高齢者雇用の公共事業が中断しているので、復活を前提にして高齢者に給料を先払いしている。

 

失業対策の「雇用創出」も 55万人規模

 

 さらに「雇用創出策」として、公共部門では非対面・デジタル雇用として、公共関係データ構築、防疫・環境保護、行政補助(週15~40時間勤務)の枠をつくり、若者を中心に約10万人を雇用する。さらに、脆弱階層の公共雇用として、防疫、山林災害予防、環境保護など屋外勤務(週30時間)の短期雇用で、失業者や廃業自営業者など約30万人を雇用する。計40万人。

 

 民間部門の雇用創出も、政府が後押しする。若者デジタル雇用(企業のIT企画、記録電子化、脆弱階層へのIT教育など)で若者を雇用すれば、1人1カ月あたり最大180万㌆(約15万6000円)を政府が支援する。若者仕事経験支援(採用余力はないが、仕事経験者を企業が受け入れる)では、1カ月あたり80万㌆(約7万円)を支給。中小企業採用補助金として週15~40時間の枠で雇用すれば、1カ月あたり100万㌆(約8万7000円)を支援する。これらの支援は、それぞれ5万人の若者雇用が対象で、最大6カ月間としている。これで計15万人。

 

 公共と民間を合わせて55万人の新規雇用を創出する。その割合を韓国と日本の人口比で換算すると、日本では150万人規模のスケールとなる。これらの4つのパッケージがあるから、仕事を休んでも、失っても希望が持てる。だから社会的距離を置くことも、営業を自粛することも、個々人が強制され、嫌々やるというのではなく、「自主的に」という動きが主流になる。自粛と補償はセットでなければ成り立たないということだ。

 

 一方、日本政府の対コロナ政策で雇用・労働に限ってみると、現在のところ、①傷病手当(保険事業)として標準報酬日額の3分の2を補てんする、②休業手当(直近3カ月の平均賃金の60%以上)、③小学校休業等対応助成金(日額8330円、フリーランス4100円)しかない。

 全世帯一律給付の特別定額給付金10万円、生活費支援としての緊急小口融資、総合支援資金(無利子融資)、さらに2009年から始まっている制度を適用緩和しただけの住居確保給付金、事業者支援(法人200万円、個人100万円)を含めても、あまりにお粗末というほかない。

 

 しかも韓国は現在進行形であるが、日本はまだ議論の段階で給付すら始まっていない。私は、東京を中心に「新型コロナ災害緊急アクション」にメンバーの一人として加わっているが、ネットカフェを追い出された人たちの収容、路上生活を余儀なくされている人たちの相談や緊急支援など、本来は国や自治体がやるべきことを市民団体がサポートしている状態だ。市民と行政を含め、社会的な連帯と分かち合いにまで到達しなければ、市民社会としてこのコロナ危機に立ち向かうことはできない。

 「過度の補償による財政危機」を心配する人もいるが、全世界で経済成長率がマイナス2桁台に達しているなかで、韓国はマイナス1%台という状態だ。そのあたりも根拠のない推測ではなく、実態に即して冷静に見る必要がある。

 

■質疑応答

 

 その後、参加者から質問で「休校中の子どもたちはどのように過ごしているのか?」との質問に対して、姜氏は「すでに学校は段階的に開校する運びになっている。受験戦争の国・韓国では高校3年生が一番大変だ。だから学校も自発的に防疫対策をするようになっている。これまでもまったく外出しないということはなく、あくまで自己判断で遊ぶときは遊ぶ。ただ学校開校時は、窓を開けること、マスク着用の義務化などのルールがある。寮生活では寝るときにもマスクを着用するという。トイレの時間を制限したり、細かいマニュアルをつくっている」とのべた。

 

 また、「外出自粛でDV(家庭内暴力)や精神的に追い詰められている人への対策は?」の問いには、「これについては報告はあまりない。完全に家に封じ込めているわけではなく、自己隔離すべき海外渡航者以外は、みんな自律的にやっている。強制的な禁止措置をとっているわけではないので、それほどストレスは問題になっていない」とのべた。

 

 最後に「日本の対応を見てどう思うか?」という質問には「市民の力を信じるしかない。、政治がすべて解決することも難しく、市民だけで解決することも難しい。危機だからこそ手を繋いで解決しなければいけないというのが韓国の教訓だ。全国の情報を集めて公開するのは政府の役割であり、解決のために市民の力、自治体の力が問われている。一人一人が主体であり、この国の主人であるということを経験することが重要だと思う」とのべた。

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