いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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「平和戦線」「平和の斗士」の報道より 50年8・6斗争担った労働者の斗い

 日本を戦場にした原水爆戦争の危険が日ましに強まり、緊迫した情勢のなか、平和運動の主体を担うべき現役世代、とりわけ労働者が原爆反対、戦争反対を高くかかげてたたかうことが今日、緊要な課題となっている。朝鮮戦争のさなかに弾圧をはねのけてたたかわれた1950年8・6広島平和斗争の中心には、中国地方の労働者が先頭にたち、広範な平和勢力の統一戦線の力で、朝鮮戦争で原爆を使わせないたたかいとして発展、全国、世界に急速に運動を広げ、その五年後には原水爆禁止世界大会を広島で開くまでに発展した。そのようなたたかいのなかで重要な役割をはたした新聞『平和戦線』『平和の斗士』から、当時の労働者のたたかいの一端を紹介したい。
 
 戦争阻止する最大の力
 『平和戦線』は1950年4月24日に創刊された。
 第1号に掲載された「発刊に際して」は、日本の「軍事基地化、植民地化は急速にすすみつつある。それは単に、特定の軍事基地が設営されつつあるということではない。あらゆる工場が軍需産業にきりかえられつつある」ことを指摘し、「このことは、国際帝国主義者の軍事冒険が、日本の売国奴との結託によってなされつつあることであり、日本を再び戦火の巷においこみ、日本人を肉弾とする危険をもっている」。そして、「このような政策の発展は、日本の労働者にアメリカ的職階制と低賃金、あらゆる自由のハク奪、失業者のはんらんなど植民地的ドレイ状態をもたらしている」ことを明らかにし、「かくて、すべての斗いは平和と独立と民主主義と生活の安定のために斗われねばならぬ」と強調。『平和戦線』が「全中国の労働者のこのような斗争を中心に、全人民の斗争の速報を、当面中心にする」ことをうたった。
その後、『平和戦線』では、青年を先頭に労働者が職場で、あるいは街頭に出て、ストックホルム・アピールにもとづく平和署名の活動をすすめて急速に運動を発展させていったこと、産業の軍事化やアメリカ式労務管理を暴露してたたかう活動、あるいは「祖国を軍事基地化する悪税」に反対する農村のたたかいなどを伝えている。
 『平和戦線』が弾圧されたあと、その後継紙としてただちに発行された『平和の斗士』第5号(7月3日付)は、中国地方青年代表者会議が7月25日、広島造船労働者クラブで開催され、「中国地方各労組青年部、民主的青年組織など21団体代表四十数名が集まり、白熱的討議のあと、今までの運動の誤りを確認、①反帝反戦斗争を基本とし、日常斗争はその一環であること、②今までの経済主義的斗争を改め、階級的宣伝と国際的連帯性を強化すること、③朝鮮民族解放斗争を支持する態度を明確にしこれを行動に移して共通の敵と斗うなどの方針を決定、特に青年行動隊の編成と幹部の勇敢な行動が重要であることを確認」したことを報じた。
 同紙面では、8月5日に予定されている青年平和大会のスローガンが「①原子兵器の禁止、②最初に原爆を使用する政府を戦犯とする、③民族独立を実力でかちとれ、④朝鮮に原爆を使うな、⑤青年を肉弾にする戦争反対」をかかげたことも紹介。二七日には、 広島県労協が拡大執行委員会を開き、「現在世界の労働者の最大の課題が平和擁護斗争であり、中心部隊が労働者の革命的統一戦線であることはいうまでもない、当面の斗争の目標は反戦、平和の斗争であり、これを軸としてあらゆる職場の要求をかかげて斗うことを確認し、8・6カンパニアに最大の努力を払って動員結集することを決定した」ことを明らかにしている。

 職場ストで86斗争斗う
 また、この号には「8・6反戦平和擁護大会に総決起せよ」と題する「論説」を掲載。「平和は労働者階級を先頭とする平和愛好全人民の実力をもってしか斗いとることはできない、いかなる平和にたいする願望も、これがブルジョア的平和主義におちいるかぎり、たんに平和を守ることができないばかりでなく、人民の実力をもってする平和のための斗いに水をかけることによって帝国主義者に奉仕するのである」と強調している。
 「論説」はつづけて、「すでに敵の手先どもは八・六を中心に、平和祭の名によって、あの恐るべき残虐な歴史的事実、それが何者によってなされたかをゴマ化そうとし、その同じものが今日本を基地として朝鮮をはじめ全アジアさらに全世界において世界戦争の挑発をしつつあることをゴマ化そうと計画している」とのべ、労働者を中心に力のある運動を発展させるためには、日和見主義との決別が決定的になっていることをつぎのように指摘している。
 「さらに重要なことは、革命的な偽装をこらした右翼日和見主義者が、真実の平和のための英雄的反帝斗争を分裂させ、お祭り騒ぎの集会にすりかえることによって、帝国主義者に奉仕しようとたくらんでいることである。それは、革命的な偽装をこらしているだけに、最も危険な要素をふくんでいる。われわれはこのいずれをも徹底的に粉砕しなければならない、そのためにはわれわれの手で、全中国のすみずみから革命的労働者を先頭に学生、農民、市民、朝鮮人、とくに広範な青年を動員結集しなければならない」「それによってのみ、広範な民族統一戦線の組織を飛躍的に高めることができる」
 8・6大会直前に発行された『平和の斗士』(8月6日付)は、「再び広島の悲劇をくり返すな/8・6をストで斗え」の見出しで、全労連の各単産にたいして、「①それぞれの条件に応じて8月6日はスト、職場大会、デモで斗い、戦争反対の決議をすること、②ストや大会のできないところは全員1分間の黙祷をすること、③最初に原爆を投下された8月6日午前8時15分(広島)、また8月9日午前11時2分(長崎)あらゆる工場、列車、電車はいっせいに汽笛、サイレンを吹き鳴らすこと、④この斗争の中で全員ストックホルム・アピールにたいする平和投票をおこなうとともに平和擁護委員会の組織運動をすすめる」ことを要請したことを伝えている。
 50年8・6平和大会は、いっさいの平和のための集会が禁止された戒厳令下の広島で、こうした中国地方の労働者を中心にしたたたかいを結集して1000人以上を集めて開催された。大会の勝利を報じた『平和の斗士』第8号(8月9日付)は、大会が弾圧をけって、「戦争反対、原子兵器の禁止、アメリカ帝国主義打倒、日本朝鮮労働者提携万歳、朝鮮の解放斗争の支持」を決議し、果敢にデモを敢行したことを報じている。
 同紙面では、この日のたたかいが広島市民に深い印象を残して大きな勝利をたたかいとったことをつぎのような記事で裏づけている。
 「その日の広島市民――福屋デパートの周辺はガリ刷りの小さなビラでいっぱいだ、それを拾って泥を落とししわをのばし丹念に読む勤め人、学生たち――チョゴリ姿の朝鮮人のおばあさんは、きけばわざわざ平和大会に参加しようとおもって出てきたそうで、弾圧に屈せずビラをまいた日本の青年たちの気持ちも祖国で斗っている人民軍戦士の気持ちもまったく同じだとビラを大切に持ち帰った。電車の中では、例年のお祭り騒ぎの行事が今年はなくてよい、だが、この警官隊が広島市を占領した格好ではどうして何十万の犠牲者が冥福できるかと憤慨の声がきかれた」

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