いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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「かかってこい!」といきがる愚かさ

 総選挙では一言も改憲なんて争点にしていなかったくせに、選挙が終わると自民党、維新、国民民主を中心とした改憲勢力がかたまりになって「緊急事態条項」の創設など前のめりな発言をくり返している。それに対して野党第一党である立憲民主党の党首選でもすべての候補者が改憲議論には応じる(審議拒否はしない。「やられた~…」「押し切られた~…」の茶番が関の山)という対応で、まるで詐欺みたいなことが起こっている。自民党のみならず、毛色の違う第二自民党とか第三自民党みたいなのが野党共闘ならぬ与党共闘みたく寄せ集まって、国会のコップのなかでは、その頭数においていつでもGO! できる体制が整ったというのである。やれ「新しい資本主義」とか叫んでいたかと思ったら本丸は改憲だったわけで、人だましにもほどがある。


 この改憲の最大の狙いはほかならぬ緊急事態条項の創設であり、憲法は国家権力を縛るものから国民を縛るものへと変貌することは以前から指摘されてきたことだ。自民党改憲草案とは、戦争放棄を謳った9条を書きかえて武力参戦を可能にするのみならず、そのために創設する緊急事態条項においては「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も(中略)国その他公の機関の指示に従わなければならない」とし、逆らえば逮捕投獄も可能というものだ。コロナ禍に乗じて緊急事態条項の必要性を説いているのもまるで詐欺で、その意識している緊急事態とは戦争・有事にほかならない。要するに76年の歴史を逆回転させて、国民弾圧体制をつくり上げることが最大の狙いなのだ。


 東アジアでは近年、中国と米国の覇権争いが激化するなかで、一方は日本列島・南沙諸島を盾にして軍事的にも中国包囲網を形成し、一方も負けじと軍事力を強め、武力衝突の危機がかつてなく高まっている。台湾を巡る矛盾といっても、本質的には中国と米国の覇権争いにほかならないが、そこに米国のポチ(属国)こと日本も「台湾有事の際は自衛隊も武力参戦する」みたいなことをいって、なんだか駆り出されそうな気配すらある。そして実際には現憲法もどこへやら、戦争放棄なんてなし崩しで解釈変更してしまい、かなり前のめりに武力参戦への準備は進行しているのである。自衛隊は米軍の二軍すなわち鉄砲玉として駆り出される体制も早くから進められ、その指揮命令系統のトップに君臨するのは米軍である。


 改憲の狙いとは「戦争ができる国にする」のだという。ただ、日本が中国との武力衝突の最前線に駆り出されたとして、この現代にボカスカとミサイルを撃ちあうような戦闘・戦争というのが現実的に可能なのだろうか。冷静に考えると余りにも愚かすぎやしないかと思うのだ。まず核を撃ちあうだけで当事国同士は終わる話であるし、日本列島はそれこそ54基の原発を抱え、1カ所にミサイルが被弾するだけでも国土は壊滅的な被害に見舞われる。それはまるで腹にダイナマイトを巻き付けて、「かかってこいや!」といきがっているような光景にも見えて、正直バカではあるまいか? とも思うのである。あるいは石油コンビナートであったり、様々な工業施設もしかり、ミサイルが飛んでくれば壊滅的な状況に直面することは目に見えている。ライフライン一つとって見ても、それこそ何年か前に周防大島町と本土をつなぐ橋に貨物船が衝突して送水管が破壊されたことがあったが、橋一つぶっ壊れるだけで水の供給がストップし、何万人もの暮らしが脅かされる。そうなると戦争どころではなく、水運びが一大事になることは容易に想像がつく。地震・津波ですら大変なのに、国土を戦場に晒すことがいかにバカげているかだ。さらに食料自給率が低くずいぶんと中国に依存しているのに、「かかってこいや!」をやるのもなにか違う。貿易はじめ経済的にも中国依存なのに、どうしてアメリカにいわれたらどこまでもいいなりになるのか? である。


 軍事的緊張や喧嘩腰外交ではなく、東アジアの近隣諸国として友好平和の道を歩むことがもっとも現実的な選択といえる。「ミサイルが飛んでくるかもしれない…」ではなく、対米従属の鎖を断ち切って独自外交を展開し、ミサイルなど構えなくてよいように平等互恵の関係を切り結ぶことこそが、東アジアに存在する国として最善の道だと思う。極超音速兵器であるとか電磁波攻撃であるとか、76年前よりもはるかに凄まじい兵器が出てきているなかで、それらを人間同士が向けあうこと自体が愚かといえる。


           武蔵坊五郎                   

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