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何もしなかった3週間

 新型コロナウイルスの感染者が全国的に増え続け、この16日には「勝負の3週間」もついに最終日を迎える。結果として、過去最多の感染者数があちこちの都道府県で記録されるなど、3週間前よりもさらに事態は深刻なものとなり、地域によっては最も心配されていた医療崩壊を招いてしまったところすらある。「勝負の3週間」では封じ込めに至らなかったばかりか、むしろ第3波の山は右肩上がりなままなのである。


 ではこの「勝負の3週間」のなかで、いったい誰が何と勝負したというのだろうか? 政府としてはGoToキャンペーンはあくまで継続し、自粛への補償もろくに打ち出さないまま、これまでと変わらず国民の自助努力に感染防止を委ねただけであった。マスクを配るわけでもなし、学校を休校するわけでもなし、2度目の10万円支給をするでもなし、あるいは検査体制を拡充するなり隔離を徹底するわけでもなし、これといった政策など何もしていない。そうして無策でありながら「勝負の3週間」という緊張を煽る標語だけを一人歩きさせて、日本列島は引き続き新型コロナに対してフルボッコ状態に置かれた。何もしないなら、「緊張の3週間」でも「危険な3週間」でも「○○の3週間」の修飾語など何でもよかっただろうと思うし、結果を踏まえたより正確な表現にすると「何もしなかった3週間」となったのである。そして、重症患者を抱えきれない医療現場は阿鼻叫喚の現場となって、欧米と同じように新自由主義政策のしっぺ返しに苦しんでいる。


 それにしても、大阪府知事による医療従事者への「吉村賞」創設であるとか、小池百合子の「コロナかるた」発表とか、事態の深刻さと比較してトップに立つリーダーの悪ふざけが過ぎて、なんとも言いようのない思いに駆られて仕方がない。首相がインターネット番組に出てきて「ガースーです」と自己紹介したのもしかり。危機でこそ政治家なり為政者としての実力が問われ、その真剣さはいかほどなのかをみなが凝視しているなかで、また誰もふざけていないなかで、「ガースーです」などと笑いをとろうとしてくる無神経さにイラッと感じた人も多かったと思う。パンケーキプロモーションと同じノリなのか何なのか、この期に及んでふざけているのである。内閣支持率の急落が物語っているように、アベノマスク2枚の安倍晋三にも増してコロナ危機にリーダーシップを発揮できるような人物ではないことを思わせるには十分であった。


 緊急事態や非常事態では政治リーダーの有能さや無能さが赤裸々に暴き出される。否、政治リーダーだけでなく、官僚機構も含めた統治機構全体の実力がそのまま試される。仮に完璧で有能な者でなくても、このコロナ禍においてはせめて国民生活の心配をできる者が指揮権を振るわなければ、社会全体の傷跡はますます深いものになりかねない。失業や倒産、飲食店の廃業はじめ巷ではリーマン・ショック時期とも比較にならないほどたいへんな状況が出てきているのに、脳天気な自民党政権のもとで放置されるというのではあんまりだ。

      
 武蔵坊五郎               

 

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