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人口減少数が全国ワースト4位の下関 少子化が著しい中心市街地

 人口減少数が全国の自治体のなかでもワースト4位の下関市では、現役世代の流出にともなって少子化がかつてなく深刻なものになっている。空洞化している中心市街地の学校のなかでは、いまや1学年1クラスという状況もざらで、中学校になると部活動の選択肢が狭まるなど、様様な弊害が浮き彫りになっている。

 

 全国的な趨勢を見てみると、昭和25年には総人口の5%にも満たなかった高齢化率が年年上昇を続け、現在は27・3%(平成28年10月1日現在)にもなっている。なかでも下関市は高齢化率34・4%(4月1日現在)で、人口に占める高齢者の割合はよそと比べても高い。そして15歳以下が人口に占める割合は11・6%で、全国の12・4%と比べても少ない。

 

 下関市は、ピーク時には児童数3万1539人(昭和56年)、生徒数1万5629人(昭和61年)だった子どもの数が、今や児童数1万2418人、生徒数5741人となり、ピーク時の約3~4割にまで減っている【グラフ参照】。

 

          

 特に著しく減少しているのが下関駅界隈の中心市街地だ。地価が高いことや、車が入れないような高台が多いことも影響して、若者は王司、清末、川中、伊倉、安岡等の郊外に造成された住宅地に出て行き、かつてマンモス校だった中心部の向洋、名陵、文洋という3つの中学校は急激に生徒数が減っている。今年は3校とも新1年生が36人以下で、1クラスしかなかったことが地域でも話題になった。

 

 駅裏の竹崎や新地等、商業の華やかな地域を擁していた文洋中学校は、多い時には2790人(昭和37年)も生徒が在籍しており、学級数も60クラス近くあった。それが今では生徒数は154人、学級数も5クラスとなっている。生徒数はピーク時のわずか5%だ。文洋校区にあった神田小学校も一番多いときには児童数1546人ものマンモス校だったが、児童数の減少が進み、最後は1学年が10人以下というような状態だった。そして2017年3月に隣の桜山小学校に統合された。

 

 マンモス校だった当時を知る男性は「中学校は50人以上の生徒が教室にぎゅうぎゅうに詰め込まれているような状態で、それでも教室が足りないくらい子どもが多かった。長屋が多い地域だったので、家を出ればあちこちに同じ年くらいの子どもがいて、みんなで一緒に遊びながら大きくなった。今はスポーツチームにでも入らないと同年代の子どもたちと外で走り回って遊ぶということがなくなってしまった」と話す。

 

 そして「同年代の友人たちもみな実家を出て、自分を含めてあの近辺に残っている人は誰もいない。みんな市外に出たり、市郊外に住んでいる。あの地域には高齢者しか残されていない状況だ」といった。

 

 モータリゼーションの荒波をもろに被った地域でもある。ひしめきあった長屋や住宅から、かつて徒歩で中心市街地の職場に出かけていた生活様式は変化した。さらに勾配のある土地に建てられた民家は、道路から距離があるため現役世代が住みたがらない。そうして高齢化率が50%をこえるような地域が出現したり、廃屋だらけになってしまった地域も出てきた。人口の偏在も下関特有のものがある。高齢者で資産のある人たちは平地のマンションに移り住んでいるのも特徴だ。

 

 向洋中学校もピーク時には2304人(昭和37年)もの生徒数がいたが、現在は131人。名陵中学校も1961人(昭和30年)だったのが現在はわずか121人となっている。既に10分の1以下で、戦後のベビーブーム時に学校が枝分かれしていったのとは対照的な状況だ。

 

部活動の維持すら困難に

 

合同チームで練習する中学生たち(下関市内)

 少子化の影響は細部に及んでいるが、なかでも各学校で部活動の維持が困難になっており、子どもたちにとって選択肢が乏しくなっている。サッカー部など人数を必要とする部活は廃部になっている所も多い。廃部ではないものの、野球部やサッカー部、バスケ部の部員が各学校に3~4人ずつしかおらず、試合に出られないため、2、3校が一つになって合同チームをつくっているケースも多い。毎日の放課後の部活は学校ごとにおこない、土日に他校のチームメートと一緒に練習して試合に出場するという手法だ。子どもたちが好きな野球であったりサッカーのために、平日の放課後になると3~4人でもくもくと練習している光景がある。合同チームは近隣同士とも限らないため、例えば川中や長府方面の学校と合同チームを結成した場合、子どもだけで移動するには時間もカネもかかってとてもではない。引率する大人の確保をどうするか、車を誰が出すのか等々、これまでになかった問題もクリアしながら、スポーツに触れあう環境を維持している。

 

 全国的な少子化の流れのなかで、20年前の平成10年より、競技力の向上を第一の目的とするのではなく、「少人数の運動部に大会参加の機会を与える」ことを目的として、合同チームが認められた。ただ、いくら合同チームで試合に出ることができても、生徒数の少ない学校はそれだけ教師の数も少なく、顧問をできる教師がいないため、部活数の維持が困難になっている。

 

 名陵中学校は、男子はソフトテニス部と軟式野球部、女子はバスケットボール部とバトミントン部、その他に文化部としては吹奏楽部、美術部があり、臨時で柔道部と水泳部も存在している。運動部は男女ともに二つしか選択肢がない状態だ。

 

 向洋中学校は昨年サッカー部が廃部になり、野球部も昨年の新入部員がいなかったため今年の夏で廃部になるという。部活を廃部にすることで余計に子どもたちが地域の中学校に進学せず、希望の部活がある中学校に越境入学で移って行き、ますます生徒数が減る悪循環にもなっている。

 

 文洋中学校は運動部は男子が野球、サッカー、バスケ、ソフトテニス、卓球、柔道(臨時)があり、女子はソフトテニス、卓球、バレーがあり、文化部で美術部が存在する。吹奏楽部は楽器の購入などにお金がかかるため、何年も前に廃部になったという。

 

 中学校の教師の1人は「中学校の生徒指導と部活は切っても切り離せない関係だ。部活の苦しい練習を乗りこえるなかで上下関係や人間関係を学び、仲間と一緒になって目標に向かって努力する大切さも学ぶ。勉強が苦手な子にとっても、学校の部活というのは自分の力を発揮できる場所だ。学校は勉強だけをする場所ではない。人間的に成長させる場所だ。だから部活を廃部にして数を減らすことはできるだけ避けたい」と話していた。

 

 現在は、中学校の部活と地域の社会人チームが一緒に活動をおこなっている所もある。生徒は二重に登録し、中学校の部活以外にも社会人チームの試合にも出場できる。少子化で同年代チームを編成できないという事情のなかで、いかにしてスポーツに触れあう環境を維持するか、試行錯誤は続く。

 

スポーツ少年団の変遷

 

 中学校の部活だけでなく、小学校のスポーツ少年団でも少子化の影響でチームがなくなったり、統合したりしている。

 

 養治小学校は数年前まで350人ほどの児童がいたが、近年急激に子どもが少なくなっているという。スポーツ少年団もミニバレー、ミニバス、サッカー、ソフトボールがあったが、現在残っているのはソフトボールのみだ。養治ファルコンズといえば、中心市街地の小学生たちが「あそこは強い」と一目置くような有名なソフトボールチームで、野球が上手な所属選手である子どもたちは「ジュニアの子」と呼ばれていた。全国大会にも何度も出場した名門だ。6年生で編成するトップチームのファルコンズ、その下のイーグルスやベアーズなど、一つのスポーツ少年団のなかに年齢ごとのチームが存在していた。多いときには50人以上の団員がいたが、今では13人。そのうち養治小学校の児童はわずか6人しかいないという。

 

 指導者の男性は「昔は6年生、5年生、4年生と1学年ずつに1チームあり、1、2、3年の低学年で1チームで合計4チームあった。それだけ子どもがいた。今は人数が減っているので、3年生までレギュラーで試合に出ている。今の養治小学校は118人しか子どもがいない。5年生は19人で男子は5人。これではチームができない。養治小学校は子どもが少ないからクラス替えもなく、親が子どもの少なさを懸念して、養治校区に住んでいるのに隣の文関小学校に入れるケースもある」と話す。少人数の学校がますます少人数になり、子どもの多い近隣校に吸収されていく傾向が強まっている。隣接の名池小学校、王江小学校とて同じだ。

 

 ファルコンズはチーム結成から今年で40周年を迎える。関係者に配られた記念誌にはその活躍の足跡が丹念に綴られている。同時に、全盛期から1年ごとに変わりゆくチーム事情や子どもの数の変遷は、近年の少子化の波を思わずにはおれないものがある。しかし、そのような逆境のなかで、今年も3年生から6年生で編成するチームは全国大会に出場し、1勝して爪痕を残してきた。女の子もレギュラーを張って頑張るチームだ。

 

 少子化は全国的に急ピッチで進んでいる。この下関においても、20年前、30年前には想像もしていなかったような変化が各所であらわれていながら、なかなか現状認識が共有されぬまま、個別がたじろいでいるような傾向が濃厚だ。人口は毎年2500人規模で減少し、もうじき15歳以下の人口は1割を割り込む。対して高齢者の人口は4割突破も視野に入ってきた。

 

 「子は宝」という認識が統治機構に乏しく、日本社会全体がよその国と比較しても異常極まる少子高齢化に直面しているが、このなかで子どもを産み育てるという営みをいかに地域や自治体あげてバックアップするかという課題と同時に、超高齢化社会を支え合うのかが問われている。

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