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オール沖縄vs東京司令部の真っ向勝負 沖縄県知事選の争点と展望

対米隷属日本の進路問う

 

 名護市辺野古への米軍新基地建設を最大の争点とした沖縄県知事選が、9月30日に迫っている。辺野古新基地建設阻止の立場を最期まで貫き、日米両政府と対峙してきた翁長雄志知事が急逝したもとでの選挙であり、その遺志を引き継ぎ、沖縄戦から70年以上続いてきた米軍基地支配にどのように向き合い、そこから脱却して新しい沖縄を築いていくかが問われる選挙となる。それは同時に、対米従属の下で主権を失った国家として漂流している日本社会の進路を問うものとして、全国的な注目を集めている。沖縄県内での取材をもとに今回の知事選の中心争点と展望について論議した。

 

オール沖縄が擁立する玉城デニー氏の事務所開き(8月31日、那覇市)

  今回の知事選は、翁長雄志知事の急逝によって投開票日が約2カ月くりあげられ、1カ月間という超短期決戦になっている。選挙構図をみると、自民党、公明党、維新の会が推薦する佐喜真淳・前宜野湾市長と、翁長知事の支持母体である「オール沖縄」が推す玉城デニー・衆議院議員による事実上の一騎討ちの様相だ。

 

 4年前の前回知事選からの変化としては、辺野古基地反対の立場で「自主投票」だった公明党が、早くから自民党が推す佐喜真氏と政策協定を結んで「全面支援」を約束し、同じく前回は「県民投票で決着を」といって立候補した下地幹郎の「日本維新の会」も相乗りした。これまで「平和の党」を標榜したり、「国にもの申す」かのような野党的立場をとってきた勢力が、その仮面をかなぐり捨てて、翁長知事亡き後の知事ポスト奪取のために一致結束しているのが特徴だ。票割りがおらず、むしろ素直に野合した真っ向勝負の選挙でもある。名護市長選からこの構図は表面化していたが、本丸である知事選に際してムキ出しの形であらわれている。辺野古新基地建設を進めるためには、知事ポストを握ることが絶対条件だからだ。

 

  翁長知事の逝去後、8月11日に開かれた県民大会には風雨をついて7万人の県民が集結していた。そして遺志を引き継いで、辺野古新基地建設阻止を貫く意志を内外に発信した。さながら追悼大会のようでもあった。「棺を蓋(おお)いて事定まる」(死後、はじめてその人の真価が決まる)というが、沖縄の運動の象徴的存在として、多くの県民に慕われていたことを示していた。

 

8月11日の県民大会

  与野党を問わず、選挙のときだけ耳触りの良いことをいって、議席を得たとたんに公約を放り投げ、保身のために有権者を裏切る政治家は多い。いまやそれが当たり前のようにさえなっている。そのなかで、地方自治の精神に立ち、誰を守り、誰のための政治をやるかという点で譲らなかった政治家として、沖縄のみならず全国の人人の記憶に刻まれた知事だったのではないか。死の間際での埋立承認撤回表明など、沖縄県民のために身体を張った姿が目に焼き付いている。「もともと保守政治家でありながら、日米政府に物怖じすることなく最期まで立ち向かった。本当に沖縄県民のために身体を張った人だった」「亡くなってから初めてその偉大さを知った」と語る人も多く、翁長知事に対する県民の尊敬の念は生前にも増して高まっていると感じる。

 

玉城デニー氏

 その県民世論に押し出される形で、翁長県政の後継者として自由党衆議院議員の玉城デニー氏が「翁長知事の遺志を継ぎ、辺野古新基地建設阻止の立場を貫徹する」と宣言して出馬した。翁長知事を軸に結束してきた「オール沖縄」にとっては真価が問われている。ただ、運動の象徴でもあったリーダーの逝去であり、失ったものは大きいが、残された者がしっかりと隊列を固めていくんだという気迫が、玉城氏の出馬会見ではみなぎっていた。島ぐるみのたたかいを引き継いでいく途上で、新しいリーダーを押し立てていく知事選になる。また、基地問題とあわせて翁長知事時代から進めてきた「21世紀ビジョン」や「アジア経済戦略構想」、すなわち東アジアの交流起点として、その経済成長と連動していく経済政策がどうなっていくのかも注目されるところだ。

 

  基地問題に隠れがちだが、翁長県政では沖縄の経済的自立をはかろうと経済政策に力を注いでいた。ANAの国際物流拠点として日本国内からの海産物や農産物を沖縄に集積してアジア圏に24時間以内に持って行けるようにしたり、その逆にアジア圏から物産が24時間以内に届けられ、沖縄を経由して本土に送ったり、「日本とアジアの架け橋」として地政学的な利点を生かして機能し始めている。取扱量は当初の100倍以上という。それにともなって観光客数も激増しており、ハワイをしのぐほどになっている。年間1000万人に手が届くそうだ。そのことで沖縄が国に納めている国税の額は3000億円をこえている。さらに、情報通信産業の集積が進んでいるのも特徴で、その経済規模は観光産業にも迫ろうとしているようだ。「沖縄は国の予算に甘えている」などというメディアや評論家もいるが、実際には国から表彰されるべき国家財政への貢献をしている。

 

  「沖縄は基地によって潤っている」という定説も真逆で、県民総所得における基地関連収入の割合は、復帰直後(昭和47年)の15・5%から、平成27年には5・3%にまで低下している。基地返還後の土地の民間利用によって、那覇の新都心(米軍牧港住宅地区)は32倍、同じく小禄地区では14倍、北谷町の桑江・北前地区では実に108倍も基地の時代よりも経済効果が増加している。普天間基地だけでも返還された場合の直接経済効果を試算すると、現在の32倍に跳ね上がる。沖縄にとってもっとも良好な土地を基地が占領しており、基地が経済振興にとって阻害物になっていることがわかる。

 

 これでミサイルが飛んでくれば経済活動もなにもあったものではない。中国との丁丁発止でもしようものなら、最前線基地として1、2発のミサイルが着弾しただけで嘉手納、普天間などは吹き飛んでしまう。ミサイルが飛んでくる場所には観光客ももちろん来ない。だから、沖縄がアジアの架け橋として経済成長を遂げていく道筋においても、軍事的恫喝の拠点として存在するのか、そうではない道を選択するのかは相容れない矛盾になっている。この間、力を入れてきた産業振興をさらに本格化させ、沖縄の未来を切り開いていくうえでも、戦後からこの方居座り続けている米軍基地の問題は回避できない関係だ。米軍基地が沖縄発展の桎梏になっているからだ。従って、いわゆる「反基地」とか「反安保」といったイデオロギーとしてではなく、沖縄県民の暮らしに根ざした問題意識から「基地はいらない」と訴えている。睨み合いの最前線ではなく、友好平和の架け橋になるんだというまっとうな願いだ。

 

米軍普天間基地

  オール沖縄について野党共闘の代名詞のように捉える向きもあるが、それは東京目線の浅薄なもので、まるで事実とも異なる。政党政派やイデオロギーをこえて、沖縄のアイデンティティーを貫くという思いでつながった組織として機能してきた。「腹八分ではなく、五分、六分」でわかり合おう、つまり「小っちゃいことをいうな」と大同団結している印象だ。いわゆる政党が主人公の組織ではない。仲井真前知事の大裏切りであるとか、政治の欺瞞をこれでもかと見せつけられ、沖縄では有権者がその度にきっちりと灸を据えている。このオール沖縄を押し上げる原動力となっているのは、まさに下からの県民世論だ。

 

  翁長知事の言葉の力であったり人徳も確かにあるとはいえ、この島ぐるみの底知れぬ力が今の沖縄情勢を揺さぶっている。短時日に10万人以上集めた県民投票署名もそのことを物語っているように思う。スーパー前などで直接県民の胸元に飛び込んでいき、県民一人一人の力に依拠して全島に根を張っていく手法をとっていた。署名数も確かに重要かも知れないが、県民の手から県民の手へと広がるこの過程こそが意味深いのかもしれない。

 

 これは、「支持率○%」「反対○%、賛成○%」とかのメディア発表の数値で世論の動向に一喜一憂するのとは訳が違う。基盤の乏しい根無し草ではなく、みずからの手と足で確実に世論を捉え、対面して支持をお願いするというものだ。選挙でも昔の政治家は「辻説法5万回、戸別訪問3万軒」等等の課題を課して、徹底的に世論を捉えることで鍛えられたのだと何かに書いてあったが、似ているように思う。組織していくという努力は具体的だ。個個バラバラでは疑心暗鬼になったり、各個撃破をくらって自信がなくなったりしがちだが、県民の力の「見える化」というか思いを横につなげ、確信を与えるものとして果たした役割は大きかったと思う。島ぐるみの力の具体的な組織化のようでもある。切り崩されそうな局面において、県民世論を背に押し返していくという意味でも、すごく高度な判断が動いているのだろうと感じていた。よその県で同じように「島ぐるみ」的な動きが起こりうるかというと、なかなかそうはいかない。「県民が一つになった時には比類のない力を発揮する」という言葉の意味を考えさせられる。その信頼があるから働きかけられる関係だ。

 

沖縄県庁前での署名活動(7月23日、那覇市)

基地分捕る為の沖縄戦 ペリーの時代から狙っていた米国

 

  沖縄の基地問題なり、「日米安保」を考えるうえでは、その前提となった第2次大戦、そのもとでの沖縄戦とは何だったのかを考えない訳にはいかない。日本の敗戦がもはや濃厚だった終戦末期、米軍は沖縄に1500隻もの艦船と55万人もの兵力を集中させ、畳一枚に100発分ともいわれる膨大な量の艦砲を雨のように撃ち込んだ。あの広大な中国大陸に100万人の軍隊を置いても植民地支配できなかったのが日本だが、米軍は小さな島に55万人で総攻撃を仕掛けた。そして、艦砲射撃で焼け野原にしたうえで上陸し、銃弾や火炎放射器で住民を追い回して文字通りの皆殺し作戦を実行した。それは沖縄県民を解放するためでも、戦争を終結させるためでもなく、土地を奪い取って基地をつくるという明確な狙いのもとでやられた。生き残った住民たちが収容されているなかで、勝手に金網を張って一等地を奪っていった。まさに略奪だ。

 

壕に火炎放射攻撃をかける米軍。住民が隠れた壕には火炎放射器、手榴弾、毒ガスなどが投げ込まれ、無残に殺された

洞窟に隠れているところを米兵に見つけられ、銃を突きつけられている住民

艦砲射撃で家を奪われ、ふらふらする足どりで避難していく年寄りや子どもたち

墓の中に放置された幼い姉弟。多くの子どもが親のない孤児になった

  アメリカはペリーの黒船襲来の時期から沖縄の地政学的な重要性については目をつけていた。そのことはペリーの『日本遠征記』からも読みとることができる。イギリスやフランスなど欧米列強がアジアの国国を次次と植民地にしているなかで、各国の艦船は食料や水、燃料の薪炭を求めて琉球にも寄港した。ペリーは上海から浦賀に向かうわけだが、その際にも沖縄に寄っているし、あわせて5回寄港して85日間滞在している。武装兵を引き連れて首里城にあらわれ、そこを根城にして測量から動植物、天候や民族性にいたるまで綿密に観察調査している。沖縄戦の際に読谷に上陸したのも偶然ではなく必然で、ペリーが90年前に来たときの調査に基づいたものなのだという。第2次大戦で日本の敗北が既に明らかになっていた時期に、満を持して沖縄戦をしかけ、本土では経験しなかった血なまぐさい地上戦まで展開して奪っていった。それがアジアでの地政学的なポイントであり、「架け橋」ではなく軍事的脅威を与える場所として適地だという判断からだ。

 

  沖縄戦では米軍の無差別殺戮によって県民の4分の1におよぶ12万人が犠牲になった。その後は銃剣とブルドーザーによる強制的な土地接収がやられ、米軍基地として広大な土地を奪われた。さらに復帰後も治外法権同様の米軍支配のもとにおかれてきた。事件事故は絶えず、居直りなどは日常茶飯事。こうした沖縄の戦後からこの方の歴史的経験を根底にして「いい加減にしろ」という世論が噴いている。みずから提供したわけでもない奪われた土地にずっと米軍が居座っているからだ。

 

  国土面積のわずか0・6%にすぎない沖縄に米軍施設の70%以上が集中している異常さに加え、新たに辺野古の海を埋め立て、2本のV字滑走路と軍港機能を併せ持つ耐用年数200年(米国防総省)の基地をつくらせることは、沖縄を半永久的に基地に縛り付けるものだ。危険とわかっているオスプレイを配備して墜落事故が起き、宜野湾では小学校や保育園の頭上にもヘリの部品が落下する事故が頻発するが、日本政府は米軍に対して飛行停止はおろか飛行ルートを遵守させることすらできない。翁長知事は「もはや日本政府には当事者能力がない」「安倍首相は“日本を取り戻す”というが、その中に沖縄は入っているのか」と厳しく日本政府を断罪していた。

 

  米軍なりアメリカからすると沖縄は「米海兵隊の島」であり、血を流して力ずくで奪った戦利品みたいに見なしている。「ワシらのものだ」と彼らは思っている。こうした我が物顔の占領をいつまで続けるのかだ。

 

  もともと沖縄の反基地闘争に保守も革新もない。沖縄戦による皆殺し作戦から続く異民族支配に対して、歴史的に「島ぐるみ」でたたかってきた。サンフランシスコ講和条約による見せかけの独立後、本土が日本政府による間接統治に移行したのに対して、沖縄ではその後も米軍による直接統治下に置かれ、土地は強制的にとりあげられ、撃ち殺されても文句もいえず、生存権も財産権もない屈辱的な占領状態を27年間も経験した。本土で「アメリカ民主主義」がもてはやされていた頃、沖縄で実行された「アメリカ民主主義」とは銃剣とブルドーザーにほかならなかった。

 

 だからこそ復帰闘争では、日の丸を掲げて独立を求める大規模なたたかいをくり広げた。基地労働者たちも全島で数万人規模のストライキをして、米軍の銃剣に立ち向かった。そのたたかいは、米軍は解放軍でもなければ、日本を守るものでもないことを暴露した。独立を求める本土のたたかいとも呼応していた。

 

1969年、全軍労2万人が24時間ストに突入。銃剣を持った米兵にひるまず立ち向かった

  沖縄国際大学の前泊博盛教授が、復帰当時の米民政官が「基地を守るためには沖縄を日本に返し、日本の警察権力によって基地を守らせた方がいい」「ミルクを欲しいからといって牛を飼うバカはいない。牛のエサ代だってバカにならない。ミルクはわれわれがとってやるから、牛は持ち主に返してやれ」と語っていたことを講演で明かしていた。牛とは沖縄のことであり、エサ代とは沖縄に対する補助金や基地建設費のことだ。それを日本に肩代わりさせるために沖縄を返還し、ミルクである基地は維持してやるという話だ。本土復帰によって日本国憲法の庇護の下に入ったが、占領期と変わらず基地も核もそのまま維持された。そして、復帰したはずの本土自体も主権を放棄した属国であり、属国の統治機構がアメリカの下請になって辺野古新基地建設であれ何であれ、前面に躍り出て襲いかかる。主権を放棄した情けない日本の為政者が、米軍のために犬馬の労をとるときにはやたらとハッスルする。これが属国日本の戦後からこの方の現実だ。

 

山口県阿武町や佐賀の闘い 地に足つけた揺るがない力の台頭

 

  日米同盟が対等なものではなく、アメリカの要求を丸呑みにする関係であることはすっかり暴露されている。奴隷みたいなものだ。「日米安保」も日本の防衛ではなく、アメリカの侵略戦争や米本土防衛のための「不沈空母化」であることが誰の目にも明らかになっている。日本が米軍基地に守られているのではなく、逆に日本が米軍基地を守らされ、そのために国民が報復ミサイルの標的に晒される関係にほかならない。

 

  山口県では萩市むつみにイージス・アショアの配備計画が持ち上がり、住民たちが必死に反対している。どうして南北対話が進み始めたこの時期に、北朝鮮からミサイルが飛んでくる前提で配備しないといけないのかと住民たちはみなが思っている。情勢は変化しているのに、ロッキード・マーティン社を潤わせるためだけにトランプの押し売りに屈したのが日本政府だ。そんなことのために苦労して築いてきた農業地域をダメにしないでくれと住民は声を上げている。イージス・アショアは萩市むつみと秋田市に配備される計画だが、北朝鮮からその直線上をたどっていくと、むつみの先にはグアムがあり、秋田市のはるか先にはハワイがある。つまり、米軍の出撃拠点を守るために、手前に位置する不沈空母(日本列島)から迎撃するというものだ。「オマエたちは弾よけになっておれ」というひどい話だ。

 

 萩市近隣の阿武町で取材していると、沖縄と同じように住民たちがその暮らしに根ざして反対していることや、同じように国策とたたかっている地域との共闘を求めているのがわかる。小さな村や町だけでは跳ね返せないからだ。同時に、いわゆるプロ市民といわれる人人との空気の違いというか、失礼ないい方かも知れないが「戦争反対」「反基地」がお経や念仏みたいに風化している人人との距離感であったり、切実感の違いみたいなものがどうしてもある。地に足をつけて住民が「イージス・アショアなど配備するな」「やめてくれ」と訴えるのに対して、イデオロギー先行型では肌が合わない。

 

 根無し草だと、どうしても論に溺れた自己主張型であったり、観念的な空中論議になりがちだ。それで説教を始める輩までいる。いわゆる左翼にありがちなこのようなタイプについて、「スカンク型」と命名しても良いのではないか。時として、一般の住民たちが近寄りがたい「異臭」を放って、周囲や運動本体に迷惑をかけるケースすらあるからだ。沖縄で本土からの「応援団」が逆効果なのも、そのあたりの事情がおおいに関係しているのではないかと思う。「みんなのため」であるとかの配慮が足りないのはどうしてなのだろうかと思う。

 

  佐賀でもオスプレイ配備反対で住民たちが頑強に反対運動を展開している。農漁業に従事している生産者がその主力だ。佐賀県の山口知事が20年100億円で受け入れ合意を表明したが、肝心要のオスプレイ配備の予定地は漁協が大半を所有しており、「売らない」と決議を上げている。上から手続きだけごり押しして、あきらめを煽っている。ただ、仮に20年100億円、つまり年間5億円が漁協に入るといっても、有明海のノリ漁師たちは2000~3000万円もの水揚げを誇る家庭などざらで、漁協といっても空港に近い南川副支店だけで年間の水揚げ高は45億円もあるという。カネで釣るにしてもはした金だが、買収できると見なす国や県に対する怒りは強い。農業や漁業、住民としての暮らしに基盤を持って、みんなが横につながって住民集会を開催し、結束を大切にしている。

 

 このあたりはイージス・アショア配備に反対している阿武町とも重なるものがある。沖縄の島ぐるみ闘争とも共通の質を感じる。みんなのために、みんなが大同団結してつながり、共通の敵と対峙するから揺るがない力に結実する。好き嫌いとか小さなことをいっていても始まらないのだ。

 

2018年4月に開催されたオスプレイ配備反対の住民集会(佐賀市川副町)

  阿武町にしても佐賀にしても、沖縄の島ぐるみ闘争に激励されてみんなが知事選の動向を注目している。山口県には厚木基地からの空母艦載機移転によって極東最大の基地と化した岩国もあるが、住民たちは沖縄のたたかいに熱い視線を注いでいる。岩国では「辺野古移設」「辺野古移転」というインチキ論法について、まるで岩国と同じだという実感が強い。本土では「辺野古移転」という表記が主流だが、沖縄の闘争のなかでは「辺野古新基地建設」と表現されている。これは普天間が返還される確証などなく、まさに人を欺すようなやり方で「新基地建設」が動いているからだ。岩国も「基地の沖合移設」「騒音軽減のため」などといって事業が始まったが、蓋を開けてみたら「移設」によって返還されると思っていた基地手前側は戻ってくるどころか、基地面積は1・4倍にも拡張されて滑走路も増えた。「移設」ではなく「拡張」だった。そして、夢の住宅団地を謳っていた愛宕山開発(埋立土砂として削り出された)も「赤字なので米軍住宅にします」などと売り飛ばしてゲートを設置し、野球場付きの基地の飛び地に変貌した。最近では厚木からの艦載機が移ってきて、騒音が凄まじいことになっている。「騒音軽減」も「移設」も大嘘だったのだ。あのような人欺しを平気でやる。

 

空母艦載機の移転に反対して開かれた集会(2007年12月、岩国市)

米軍住宅へと変貌した愛宕山

  沖縄に対する安倍政府のやり方があまりにもひどいと、全国的にも注目度は高い。横田基地にもオスプレイを配備することが発表されたが、日本全土の基地化を進め、対米隷属国家を鉄砲玉にしようとしているのが現実だ。そのようななかでオール沖縄という形で運動体が誕生している沖縄は先駆的だが、日本全国で同じような質と基盤を持った運動を横につなげていくことが求められていると思う。「沖縄頑張れ!」の他人事ではない。本土の側も「沖縄と一緒に頑張ろう!」でやらないといけない。メディア報道がほとんどされず封殺されたなかで各地がバラバラだが、フェイクニュースに惑わされずに見極めようと目をこらしている人も多い。

 

翁長知事の弔い合戦に 

 

 C 知事選は、まず翁長知事の弔い合戦になることは疑いない。4年前の選挙では、「辺野古容認」を唱えた仲井真前知事が自民党の組織票に支えられながらも、翁長知事に10万票の差をつけられて叩き落とされた。自民党政府も公然とは「基地容認」を訴えられないほど県民の反対世論は強烈なものがある。辺野古問題を焦点にすれば勝ち目がないため争点をぼかし、あとは水面下で権力と金力をフル動員した組織の締め上げや、宗教団体や企業を全力投入したたたかいになることが予想される。誹謗中傷やデマもすごいことになるのかもしれない。

 

  国が全力で市長ポストを奪いとりにきた2月の名護市長選では、電通などの大手広告代理店が介在してビラを作成したと語られていた。現職だった稲嶺前市長に対する虚実ない交ぜのネガティブキャンペーンはすごいものがあった。また創価学会トップの原田会長が告示前から沖縄入りして檄を飛ばし、ナンバー2の佐藤副会長が名護現地に常駐して陣頭指揮を執るなど、「平和の党」を標榜する宗教勢力が相当に前のめりでかかわった。全県・全国から学会員を総動員し、200台のレンタカーを借り切って期日前投票にピストン輸送したのだと語られていた。まるで「CIAばりのテロ選挙」といわれていたが、知事選となるとさらに大規模で手の込んだものになることが予想される。東京司令部と沖縄県民の真っ向勝負になる。

 

  県民の中では「ただ選挙に勝つだけではなく、前回以上の大差を付けて日米政府に対して沖縄のアイデンティティーを示さなければならない」「翁長知事に圧勝の報告ができる選挙にしなければいけない」と意気込みが語られている。大がかりな陰謀選挙になることは容易に想像がつくが、それを跳ね返す島ぐるみの力を見せつける場になる。

 

 選挙とは1票1票を積み重ねる具体的行動の蓄積が肝で、フワフワとした幻想に惑わされては足下をすくわれる。選挙参謀の責任は重大だ。運動のシンボルであるオール沖縄が手綱を締めて、県民のなかにぐいぐい浸透していくことが鍵を握っていると思う。選挙の真っ向勝負、真剣勝負というのはある種の戦争だ。名護市長選のときのように、本土からやってきて街頭で歌ったり踊ったり「平和」とか叫んで大騒ぎをする者については、「それよりも1票拾ってこい!」と指示するくらいしてもいいと思う。選挙応援とはそういうことだ。自己満足の遊びではないのだ。そのような沖縄のたたかいを本土に伝えるのが私たちの仕事でもあるし、期間中は沖縄各地を走り回るので是非取材に協力して欲しいと思う。

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この記事へのコメント

  1. 守屋 次郎 says:

    はじめて読ませてもらいました。故翁長知事の意志を引き継ぎ、日米政府を相手にメディア・学会等とも対峙して、玉城氏が当選するよう、万全の体制で勝利してください。

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