いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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記者座談会 大収奪社会を先取りする東北 被災者置き去りにした復興

 東北地方を襲った未曾有の地震、津波、史上最悪の原発事故から四年を迎えた。「絆」「がんばろう東北」「花は咲く♪」等等、メディアでは“可哀想な東北”を励ますといった調子で、様様な言葉をちりばめながら標語や歌が氾濫した。しかしいまだに22万9000人が仮設住宅をはじめ避難生活を余儀なくされている。4年たっても住民生活の復興は置き去りにされたままで、これが先進国かと思うほど何も進んでいない現実がある。本紙はこの4年間、十数回にわたって現地に記者を派遣し取材にあたってきた。四年を経た被災地はどうなっているのか、何が復興を阻害し、住民生活を破綻に追いやっているのか座談会を持って論議した。

 核のゴミ捨て場にされる福島

  まず現地の状況から見てみたい。
  今回は福島側から取材を進めた。福島第1原発の近隣自治体である南相馬市に行ってみると、20㌔圏内の警戒区域は津波に襲われたままの状態だった。瓦礫こそまとめられていたが、建物や道もそのままで時が止まったようだった。20㌔圏内の住民は、日中は帰れるが泊まってはならない状態が続いている。住宅再建のために戻ってきている人もいたが、四年間戻れない状態が続いたおかげで若い人たちは出て行き、戻ってくるのは年寄りしかいない。しかも町は住める状況ではない。ボランティアや全国の人人の支援に背中を押され、住宅を建て直してきた人のなかでも「帰らないほうが良かったのかもしれないと思うようになった…」と不安が語られていた。廃炉作業や除染作業で街はバブル状態になっている一方、人口流出が深刻で労働力がいない。若い人たちはいわき市などに家を建てて出ていった。
 福島県内の医療機関では看護師、介護士の不足から病棟が閉鎖したり、複数の病院で看護師を融通しあったりしているが、とても間に合うものではないと実情が語られていた。急性期を退院したら在宅しか選択肢がないが、戻ったとしてもヘルパーがいない。こちらも人手不足で医療が成り立たなくなっている。
 あと、5年目を迎えるなかで各種助成金のうち切りが始まっていた。福島ではこれまで警戒区域外の農地は「全量生産出荷管理区域」に指定し、作付けを自粛しても農家に1反当り6万7000円の休業賠償が支払われてきた。これを「全戸生産出荷管理区域」へと変更し、休業賠償を打ち切る方向を示している。現地では放射性セシウム量が比較的下がったが、昨年は上がっており、その原因も究明されていない。農地除染も終わっていない。農作物をつくってもやっていける保証はないが、あくまで作付けに向けて突っ走っている。「大丈夫」だから作付けするのではなく、休業賠償をうち切るための作付けが強行されようとしている。コメを生産したとしても「福島県産」は風評被害にあって敬遠されている。それをいいことに商社やセブンイレブンが二束三文で買い叩いていることも話題にされている。東電による補償もいずれうち切られることは目に見えており、こうして梯子を外していく動きがあらわれている。
 原発や津波被害にあったのは太平洋に面した浜通りで、基幹産業は農業・漁業だ。山側の飯舘村も農業が盛んだった。この再建のメドがまったく立たない。そして傍らでは、南相馬市の小高区では、除染作業や廃炉作業とかかわったロボット製造工場(東京・菊池製作所)ができて、原町区ではカゴメや電通がかかわったトマト大規模植物工場が建設される予定になっていた。住民生活が再建されないもとで、大企業を中心とした新規参入組が乗り込んでいく構図がある。

 「帰還」で補助切る 動き出した土地の接収

  20㌔圏内の警戒区域は28年3月に「解除」となる。周辺の「避難指示解除準備区域」「居住制限区域」に指定され避難している自治体でも「解除」や「帰還」がいわれはじめた。そして、「解除」され帰還した1年後には東電から支払われている月10万円の補償金はうち切りになる。被災者は放り出されることになる。福島県内では2万4000人が仮設住宅で生活しているが、思いもよらぬ原発事故によって着の身着のままで避難し、仮設住宅に押し込められて4年がたった。高齢者の衰弱がひどいものになっている。帰郷を待ちわびてきたがかなわず、今になって避難先から追い立てられるように「帰還」がいわれるようになった。しかし、帰ってからの生活の目処がない。住居は四年空けたために痛みが激しく、新しく建てようにも財政的な裏付けはない。
 帰還といっても地域コミュニティーは破壊されたままで、帰りようがない。四年たって線量は一定落ちても、長いあいだ人がいないから家は荒れた。イノシシやシカ、タヌキ、サル、ネズミなどが出て家や敷地を荒らした。飯舘村では1200軒中500軒が解体申請を出している。建てるとなればその費用は自己負担になる。原発事故のパニック状態の最中に国が強制的に追い出して、帰れないようにしてしまった。そして中間貯蔵施設や仮置き場として農地が収容されていった。震災前から、岩盤が強固な飯舘村は核廃棄物の処分場として目を付けられていたが、国がその方向に誘導していった。これは意図的にやっていることだ。
  原発周辺はニュースでもたまに映像が出てくるが、震災直後とまるで違う光景になっている。中間貯蔵施設や汚染水タンク置き場のために、はてしもなく用地が造成されて、後背地が拡大している。事故対応ともども収拾がつかない状態だ。放射能汚染を理由に原発立地町の大熊町、双葉町など周辺一帯が中間貯蔵施設やタンク置き場として収容されていこうとしている。まさに原発の墓場にしてしまった。大熊町は会津若松市に役場ごと移り、双葉町になると人口7000人のうち3000人は福島県外に避難している。住民は難民のような状態だ。中間貯蔵施設等のために農地を失う農家が大熊町で百数十人、双葉町で約100人にのぼる。故郷を追われただけでなく、今度は「原発立地町」という視線にさらされて肩身の狭い思いをしながら生活している。死亡した双葉町民366人のうち震災関連死は146人と4割にのぼり、4年間の避難生活の残酷さをあらわしている。
  住民が帰れない状況をつくり出して、動いているのは土地の接収だ。双葉町、大熊町では、中間貯蔵施設建設が決まった。13日には、建設予定地への除染廃棄物の搬入が始まった。飯舘村も汚染土の仮置き場と化しているし、村の中心にある広大な土地を廃棄物が埋めている。焼却施設もつくられた。土地提供者には1反当り18万円というコメをつくるよりも遙かに高額な値段が提示され、農業収入のない農家にとっては受け入れるしか選択肢がない。
  福島をこれほどの状況においこんだ者の責任が何ら問われていない。東電の社長はじめ幹部たち、原発を国策として推進してきた自民党の国会議員、経済産業省の官僚たちなど誰一人として処分されていない。それどころか、開き直って再稼働を動かし始めた。これに対する怒りは福島はもちろん、全国的にすごいものがある。4年たってほとんど報道もされなくなったが、ろくでもない国策の姿が福島で暴露されている。
  福島の人たちの再稼働に対する思いはすごい。「もうたくさんだ」「事故が起きれば福島のようになる」「こんな思いをするのは私たちだけで十分だ」と必死に訴えていた。農漁業を生業として1家3世代で暮らしてきたのにバラバラになり、若者は都会に出て行った。仮設に残されるのは年寄りばかりだ。避難先や新たな定住先でも自分が原発近隣の出身だということははばかられ、身分を隠しての生活だ。これほどつらい状況に追い込んでおきながら、首相が世界に向かって「完全にコントロールされている」というから、怒りを通り越して言葉がないといった感じだ。
  原発はメルトダウンして収束どころではない。汚染水があれほどでるのはメルトダウンした燃料を再臨界しないために冷やし続けなければならず、1日400㌧もの水を入れないといけないからだ。メルトダウンした燃料がどこにあるのかもわかっていない。仮に冷却が滞ればまた爆発する危険性も伴っている。引き続き深刻な状況だ。海には流さないといいながら流れているし、流すしか方法がない。タンクにため続けることは不可能だとIAEAも表明したが、ほかに手がない状況だ。ところが、メルトダウンの実態や事故の真相についてはまったく明らかにしないまま、再稼働や輸出を動かし始めた。気狂い沙汰だ。ロボット工場誘致も、廃炉作業の肝心な部分は人間が入ることができずロボットしかできないことと関わっている。あわせて世界的にロボット市場が伸びそうだから便乗して被災地に乗り込んでいる。復興予算や優遇税制のもとで技術開発をおこなって、その成果は企業利益としてとり込んでいくものにほかならない。惨事便乗型資本主義(ショック・ドクトリン)の典型だ。
  再稼働を巡って、川内原発では周辺地域をどこまで含めるか問題になったが、すべてこれまでどおりの手続きでゴリ押しした。福井の美浜原発でも京都や滋賀など反発が強い。大間原発でも対岸の函館が裁判したり反発も強いが、同意が必要とされる地域について従来どおりで押し切っている。しかし、再稼働といっても核燃料サイクルは破綻している。福島事故ではじめて、あれほどの核燃料棒を建屋に隠していたこともわかったが、持って行き場がない。貯蔵といっても地下に埋めるだけで何万年と管理しなければならない。もんじゅが稼働するメドなどなく、最終処分できないから「トイレなきマンション」といわれている。
  なぜこれほどの事態を引き起こしておきながら原子力を推進するのか、誰もが疑問に思っている。日米原子力協定につながれ、アメリカの要求に従って押しつけられているものだ。四年間で原発は五四基が稼働していないのに電気は足りた。電気が足りないから原発を建設してきたのではなくて、アメリカのエネルギー戦略、軍事戦略とセットになって地震大国に林立させてきた関係だ。これを引き続きやらせようとしている。
  アメリカはリーマン・ショック以後、グリーン・ニューディールといって原子力ルネッサンスを掲げていた。地球温暖化を世界的に騒ぎ立てて、CO2削減のために原子力を導入していく、その巨大な市場を獲得するとともに排出権を金融商品にするものだ。原子力については日本を前面に立てながら担わせる戦略で、日立とGE、東芝とWHといった枠組みで日本企業を隠れ蓑にしつつ実権は握り、肝心要の技術部分についてもブラックボックスにしながら、いざ事故が起きたときは日本企業が損害賠償責任を被る関係だ。

 惨事便乗型資本主義 被災地食い物にする姿

 E 原発と法人税減税、消費増税、TPPなど新自由主義政策の徹底は震災前からアーミテージとか米国シンクタンクの幹部連中が主張していたことだ。それを震災後は創造的復興を掲げて被災地で真っ先に実践していった。経団連や海外シンクタンクが目の色を変えて、「こうすべきだ」と提言をくり返した。植物工場や水産特区、道州制への移行、農業や漁業の企業化、企業への優遇税制、ゲノム医療の推進など、復興とは何ら関係のない政策をぶち上げて実行していった。共同体を基礎にした生産の復興、住民生活そのものの復興は置き去りにして、企業天国にしていく方向が被災地の外側からあらわれた。
 法律を盾にして規制をかけ、例えば津波に襲われた浸水地でも建築規制がかかって何も手がつけられない。法律は現実に即して緩和するなり柔軟に対応するものであって、暫定措置法でもつくってやらせれば良いのに、やらせなかった。それは、東北の被災地を舞台にして別の目的を実行するためだったからだ。
  宮城県でも、復旧はまったくといっていいほど進んでいなかった。石巻の水産加工団地でも、4年たって再建した会社は増えたように見えるが、実情はひどいものだった。企業は経営を軌道にのせようと必死になっている。しかし震災のブランクのあいだに販路を失っていた。慢性的な人手不足の問題も深刻だ。また震災前よりも設備の規模を巨大にしている会社も多いため、よけいに厳しい状況に追い込まれている。牡鹿半島や雄勝など僻地に行くと、沿岸は外見すら変わっていない。ほぼ四年前のままの状態だ。まったく手がつけられていない浜もある。石巻の市街地も引き続き建築規制がかかっている。高台移転の造成工事もまだまだこれからだが、完了するころには住民はいなくなっていた、という事態にもなりかねない。「復興」施策が住民や困っている者を視野に入れていないのが特徴だ。
 そんななかで、宮城県でも浜ではワカメ収穫やカキ養殖がおこなわれており、生産活動に意欲的にとりくんでいるところは活気があった。ただ、補助金をうけて船や資材・設備をそろえたが、これから自己負担分の返済が生じてくる。本当のたたかいはこれからだといわれていた。補助金依存では本当の復興にはならず、生産者としてみずからの腕で魚を獲ってきて、それで生計が成り立つかどうか、生産者として立ち上がっていけるかが大きな問題になっているようだった。補助金依存、つまり寄生的な状態に馴らされていたのでは漁師ではない、生産者としての誇りを回復しなければならないという思いが語られていた。
  「復興」は誰のためのものかを鮮明にしないといけない。今進んでいる復興は、福島、宮城、岩手で避難生活を送る22万人をどうするかがまるで眼中にない。復興予算は26兆円にものぼるが、そのような大金を突っ込んでなにをしようとしているのか。少なくとも4年たってみて被災者や住民が元に戻って生活できるようにするためにはなにもやっていない。復興予算も46%しか使っておらず余っているという。そして財界や外資の要求する施策には使っている。
 A 福島でも宮城でも、為政者の側が被災者を戻れないようにした。「復興させる能力がない」以上に、復興させない力が働いてきた。津波に襲われた浜でも建築規制などかけなければ早くに戻って地域コミュニティーに頼りながら復興が進んでいたはずだ。岩手県宮古市で田老地区の高齢者が語っていたが、昭和の津波のときは翌日からみんなで瓦礫を運び、学校で炊き出しをして支えあって復興したようだ。住居も1年目はバラックだったが、生活をとり戻すなかで徐徐に建て替えていったと。津波は逃げるしかない。これは被災地では常識的な認識になっている。中途半端な嵩上げをしたところで乗り越えてくる。田老では巨大堤防が破壊されたし、乗り越えて市街地を襲った。自然に対して人間の願望や、最高と見なしている建築技術などまるで無力だったことを証明した。ゼネコンが巨大堤防をつくるからといって、人命が守られるわけではない。しかし、堤防ありきで何も進まない状態に置いている。被災者が元の生活をあきらめて、土地を投げ出していくのを待っているような状態だ。
  政府というのが、国民の生命・安全を守ってくれるという信頼が崩壊した。守るどころか、このさい被災地を奪いとってしまおうとしている。安倍晋三は原発輸出といって、三菱や日立などをつれて海外セールスに走り回ったが、そこで吐き出される原発のゴミ・使用済み核燃料は引きとらなければならない。国内の五四基というだけでなく、世界に輸出した原発のゴミもすべて受け入れる。そのために、福島の広大な土地をみな接収してしまおうとしているなら説明がつく。放射線量だけなら、広島、長崎の原爆の方がはるかにひどい。しかし、戦後は野菜をつくったり、被爆地を復興させてきた。福島の場合、「危険だ」「もう住めない」といって追い出したまま放置して帰れないようにしてしまった。
 D 災害復興住宅もほとんど建っていない。除染や復旧工事に全国から土木業者が集まっているが、東京オリンピック誘致で人手を奪われて労働力が足りない。オリンピック村をつくるぐらいなら、災害復興住宅をつくった方がはるかに有益だ。国がやる気になればいくらでもできる。全国の無駄な事業を削ってゼネコンや傘下の企業が総動員でかかったなら、実力はすごいと思う。政府が「やれ!」と号令をかければ一気に進むことだ。しかし、それをやらない。
 E 地域共同体を引き裂いて、結束させるような場をつくらせない力が働いている。企業が乗り込むのはそれが一番手っ取り早い。ショック・ドクトリンでも指摘されてきたが、平常なら政治的にできないことが、災害に便乗して政策的にできるようになる。それを格好のチャンスと見なしているのが財界だ。カトリーナにしても、インドネシアの津波にしても、建築規制で漁民を帰らせないようにしてリゾート観光都市にしたり、そんなことを平気でやってきた連中だ。
  東北がTPPや地方創生の近未来をあらわしている。水産加工でも「労働力がない」というが、外国人研修生は震災前よりも増えていることが発表された。そして研修期間を三年から五年に変えるといっている。多民族国家の先どりだ。そして「強い農業」「もうかる漁業」といって企業参入を促進する政策を持ち込んだ。商社が販路を抑えたり、災害便乗型で東北を食い物にしている。東北を見たら「地方創生」で全国がどうなっていくのかが見えてくる。イオンが進出して地域の商店がなぎ倒されている釜石の問題や、東北大学にメディカル・メガバンク構想の拠点が置かれ、遺伝子研究のために被災者から「健康診断」と称して遺伝子情報(ゲノム)を集めていることなども問題になっている。ゲノムビジネスで盛り上がっているのが東芝とかNTTドコモなどの大企業で、社会実験みたいなものだ。震災というパニックに便乗して、こうした「先端医療」の実験台にする動きもあらわれている。

 新自由主義との対決 全国団結に斗争の展望

  4年たってこの状態で、あと5年なり10年たってどうなるのか。神戸も、創造的復興路線によって、長田町は閑散とした街になってしまった。阪神大震災から20年たったが、被災者を追い出して、企業パラダイスの「復興」をやった前例だ。しかし東北はもっとひどい状態になろうとしている。震災当初から、南相馬市でボランティアを続けてきた男性が、「この地域は震災前よりかなり深刻になっている。それは津波や原発災害以上に政策がもたらしたものだ」といっていた。
  知識人のなかでも論議になっているが、必要なのは堤防ではなくて、被災者の必要に基づいた政策であることが強調されている。行政のなかでは、「地元意見の相違があって難しい」というのもあるが、被災者の側からどうしていくのかを考えればみな一致する。被災者なり地域にとって必要でない目的を外から持ち込み、しかもその是非を巡って二分するから、ぐちゃぐちゃになっている。国が予算投入にさいして示した復興プログラムは、植物工場の誘致とか自然エネルギーとかで彩られている。震災前以上の街づくりといって、実際には震災前以下の捨てられた地域になろうとしている。
 B 津波が来たら逃げるしかないとみながいっているのに、防潮堤をつくるといって譲らない。被災地全体で、総延長370㌔㍍にもなるものだ。では工事自体が進んでいるのか? といえば、「ここまでの高さになりますよ」という目印が示されているだけで、本当に建つのか、いつになったらできるのかは曖昧だ。そうしているあいだに人は居なくなっていく。
 防潮堤は復興サボタージュの材料にされている。石巻の渡波に避難塔(避難タワー)がつくられていたが、「これでいいんだ」と現地の人人はいっていた。巨大な防潮堤をつくるよりもはるかに避難しやすく、現実的だと。九㍍の津波が襲ったところに、2㍍とかそれ以下の防潮堤を延延とつくること自体がばかげている。
  被災者みなが苦しい思い、悔しい思いをたくさん持っている。だが、ばらばらにされてその怒りや苦しみを持って行く場がない状況におかれている。被災者の必要性から復興を動かさないといけない。この四年間の復興は根本的に誤っているし、抜本的にあらためさせるよう斗争を挑まなければやられる。東北被災地でもっとも今の政治との矛盾が噴出している。
 しかし全国のおかれている状況も共通で、今時は国民の生命・財産など屁とも思っていないのが政府を司っている。「イスラム国」に2人の人質が殺害されたが、捕虜になっていることをわかっていて挑発するのが首相で、むしろ集団的自衛権といって米軍の身代わりになって、自衛隊を肉弾にしようとする。邦人の命を危険にさらすようなことばかりする。
 そしてやっているのがアベノミクスで、日銀を使って株主である外資を喜ばせ、大企業天国づくりには巨額の国家予算を投入している。国民生活を支えるのが政府の役割なのに、株価を支えるのが政府の仕事くらいに思っている。被災地へのひどい対応もみなつながっている。
  震災では「絆」という言葉が何度もとりあげられてきたが、人人の連帯と団結、地域の共同体のつながりがもっとも強い威力を発揮してきた。1人1人は過酷な境遇に置かれているし、その差異もあって世論が分断された状況もある。そのなかで、地域全体の復興のために被災者の生活再建など眼中にない復興路線をひっくり返す斗争が切実に求められている。
  宮城県では漁業者の斗争もあって、企業参入による水産復興特区、漁業権の民間開放の動きは頓挫して、村井知事の願望通りにはならなかった。被災地でむき出しの新自由主義政治があらわれているが、たたかわなければやられるのが現在の情勢だ。全国にとっても他人事ではない。邦人の生命や国民生活をないがしろにして、もっぱらアメリカや大企業、外資に奉仕する政治を叩きのめすことが、被災地と連帯する道だ。

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