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故郷捨て原発難民にはなれぬ 南相馬市と飯舘村の農家

 福島第一原発から広がる放射能汚染は、周辺で暮らす人人の生活をさらに深刻な方向へと追い込んでいる。強制避難となった原発から20㌔圏内だけでなく、「グレーゾーン」とされてきた30㌔圏内外の人人は「自主避難」という生殺し状態に置かれ、それが地域共同体や家庭を崩壊させていること、最終的に故郷を奪われて原発難民となることに強い危機感が渦巻いている。
 原発から20~30㌔圏内に入る南相馬市では、3号機が爆発した15日以後、人口7万人のうち5万人が市内から退避したが、地震から1カ月が経ち、市民たちが徐徐に地元に帰りはじめている。多くが「自主避難」であるため、生活費が途絶えたり、避難所生活に疲労困憊した実情を語る。
 だが、市内では郵便も休業、新聞も届かず、イオンやヨークベニマルなど一五店あるスーパーも閉店。大手運送業者が配達しないため、品物が入らず、開店している店も品薄状態が続いており、生活環境は依然マヒしたままだ。
 さらに政府は、30㌔圏外で累積放射線量が高い浪江町、葛尾村、飯舘村全域と南相馬市、川俣町の一部を「計画的避難区域」なるものに指定し、1カ月以内に他の場所に移転することを促している。さらに、広野町、楢葉町、川内村の全域と田村市、南相馬市の一部については「緊急時避難準備区域」として緊急時に即刻避難できるよう求めた。ようやく再建に向けて動きはじめた市内はふたたび混乱の度を極めている。
 そのなかで、家畜や田畑を抱える農家は避難することもできず市内に残り続けてきた。農家にとって避難することは、田畑や家畜などの生活の糧を捨てることを意味するが、政府も東電も「自主避難」「屋内退避」というだけで補償について具体的な対策を示さない。「逃げるも残るも自己責任」という対応に置かれる農業者のなかでは、「誰のおかげでこんな目にあっているのか」という怒りが渦巻いている。南相馬市、飯舘村の農家に話を聞いた。

 借金だけ残される状態 牛乳も出荷できず

 「生き物を扱う酪農家にとっては、避難どころか一日も家を離れることはできない。政府から出てくるのは、出荷制限や屋内退避命令などの規制だけで、私たちに残された道はますます細くなるばかりだ」。原発から30㌔圏内の南相馬市内で約60頭の牛を飼育する男性は、夫人とともに切迫した実情を語った。
 この地に夫婦で入植して40年、荒れ地を開墾して牧草を植え、酪農や堆肥づくりで生計を立ててきた。いまでは息子も加わった3人で25頭の乳牛と、35頭の肉牛(和牛)を育てている。
 「体調管理が難しい乳牛は、飼料のバランスが変わっただけで弱る。震災で石巻の飼料基地がやられたことや、原発事故の影響で輸送が途絶えて、穀物飼料が入ってこなくなったため、エサの量を減らさなければいけなくなった。獣医も避難して不在だ。しかも、この地域の牛乳は出荷停止になっているので、朝夕2回の搾乳した550㍑を毎日泣く泣く捨てている。乳牛は、搾乳をしなければ廃牛になったり、死ぬこともある。だから、無駄でもエサをやって、労力を費やさなければいけない。だが、エサ不足とストレスで牛はたちまち弱りはじめ、すでに一頭が死んだ」と話す。
 牛が死んだ場合、通常は県の家畜保健所で死亡証明書をもらい、郡山市の畜産保健所に運んで、伝染病(BSE等)の有無を検査し、青森県の処分場に搬送して焼却処分することになっている(費用の5割が補助される)。だが、今回は、県から「今回は自己責任で処分せよ」といわれ、費用も労力もないことを訴えると「自分の畑にでも埋めろ」と指示されたという。
 「あげくの果てには“事故の当事者である東電とそちらで交渉してくれ”という始末。原発事故は東電の責任だが、これを許可したのは国であり、県ではないのか。牛を処分するにも、重機も持たず、次次に死んでいく牛をスコップで埋めていたら家族全員が倒れてしまう。しかも、育てた和牛も競りにも出せず、一円の収入もないなかで、必要経費の支払いだけは迫っている。政府も東電も、牛も酪農家も死ぬのを待っているとしか思えない」と怒りをぶつけた。
 「40年間、家族とともに夜も昼もなく働いてきた結晶である牛も牧草地も失い、残るのは借金だけという悲惨な状態になっている。補償をめぐって裁判などする時間はなく、一時金でももらえなければ首をつる人も増えるのではないか。牛たちが生きているうちに必要な補償対策を示して欲しい」と訴えた。近く、東電本社あてに実情を訴える要望書を送ることにしている。
 同じく40頭の乳牛を飼育する農家の男性は、「汚染による出荷停止で、一日600㍑の牛乳を搾って捨てるのは悔しくて涙が出る。放射能に汚染された草をエサとして与えることはできないので、昨年の春に刈り取った草にビニールをかけて備蓄していたものを使っているが時間の問題だ。家計を支えてくれた牛はすべて生かしたいが、エサは生かす牛を限定して与え、残りの牛は見殺しにするしかない。こうなる前に政府はなぜ、即座に牛を安全な場所に移動させるなど手を打たなかったのか。“ただちに影響はない”といって放置してきたことが許せない。私たちにも正確な情報が伝わっていたら対策はできた」と怒りを露わにした。
 この地域一帯では、山間に広がる田畑を利用した稲作やハウスでインゲンやホウレンソウなどの野菜、花卉栽培、また、減反政策が進むにつれて田を牧草地に転用したことから肥育や酪農などの畜産も盛んになったといわれる。牧草で育った牛は肉質や乳質もよく、肉牛は「石神牛」「飯舘牛」というブランドとして売り出され、知名度が上がってきたところだった。
 飯舘村の肥育農家は、「減反で稲作をやめ、牧草や葉たばこ、豆などにすることで耕畜連携で補助金が上がる仕組みが作られ、何十頭も牛を飼うようになった。コメの値段も落ちてきたが、原発のおかげで肥育もダメになる。これまで大学の先生まで講演会にきて“影響はないレベルだから安心しろ”“ただちに影響はない”といってきたのに、今度はいきなり計画避難といいはじめた。また“想定外”で片付けるのか。野菜はダメ、牛もダメでは生きていけない。補償の一つもされなければ、一歩もここを動くことはできない」と語気を強めた。
 農家の間では、強制的に避難区域となった浪江町などで、置き去りにされた牛馬が飢え死にして死臭が漂っていることや、市議会議員や議長が真っ先に逃げたこと、農家を保護すべきJAの動きが鈍いことなどに強い憤りが語り合われている。
 「自主避難といって農家や地域がバラバラにされている」「個別対応では解決できるものではない」「避難するのなら地域全体、農家全体を行政が責任をもつべきだ」と語られている。

 農家食い物にした東電 原発周辺地域

 また、原発周辺の地域は山間部が多いことから「福島のチベット」と呼ばれ、「農漁業や産業が育たず、出稼ぎ農家が多かったことから東電が原発立地の白羽の矢を立てた」といわれる。今回の事故によって「汚染地帯」となった30㌔圏内の農家もあいまいな政策のもとにおいて雲散霧消させ、農業をできなくさせることで地域の自活力を奪い、さらなる破滅に導くことが危惧されている。
 農家の一人は、「大熊町では、住民税をとらず、一年に1万円が町民の口座に振り込まれたり、双葉町では電源交付金で立派な施設がつくられたりしたが、気がつけば全国で5番目の財政赤字を抱える自治体になった。マスコミも東電は特別扱いで、不正を叩かない。浪江町などでは、ヤクザがらみの人材派遣業者が入り込んで、作業員を原発に派遣するようになった。日当は一日7万円というが、孫請け、ひ孫請けの現場労働者には1万5000円しか払われない。今回の事故後は日当が40万円にも膨れあがったというが、ピンハネされて作業員の手取りはほんの少しだろう。これまでも被曝事故で亡くなった家庭には、法外な現金を積んで口を封じたこともあった。農業だけでは食べていけないことにつけ込んで、人の命を金で買っているようなものだ」と語った。
 また、東北電力が2020年稼働の目標で浪江・小高地区に原発建設を計画してきたことにも触れ、「双葉町の現状を見ている私たちは、みんな反対で農業を守ろうと話し合ってきた」と語気を強めた。
 飯舘村で林業を営む男性は、「山間地の多い飯舘村は林業が盛んだったが、海外からの輸入が増えていくなかで、林業で生計をたてていく人は東北地方全体でも減っていった。このあたりで切り出した木を保管する場所も石巻の港にしかなく、津波で流されたため木の持っていき場所がなくなっている」と話した。
 「東電の社長が福島県を訪問し会見しているのをニュースで見たが、涙の一つも流さず淡淡とインタビューに応じていて許せない。地震や津波で亡くなった人のなかには原発の影響で捜索に入れず、助けられるはずだった人まで殺している。津波や地震は天災だが、東電の原発事故は人災で大罪だ。このままだと暴動も起きかねない。政府は避難と簡単に口にするが2、3日避難するのとは意味が違い、一度避難するともう戻ってこれなくさせられるのではないか。農業機械販売の大手クボタは倉庫のなかにある機械や資材をトラックで運び出した。だが、私たちは故郷を捨てて、原発難民になるわけにはいかない」と話した。
 原発から半径30㌔圏内の世帯に対して、県から5万円、国から35万円の補助が出ることが決まっているが、「具体的な線引きが決まっておらず、すぐに配給はできない。このままの状態が放置されると住民はみんな市外へ出て行くことになる」(南相馬市)と語られている。

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