いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

熱海市伊豆山土石流~その発生プロセスから見えてくること 高田造園設計事務所代表・高田宏臣

 静岡県熱海市伊豆山で3日、大規模な土石流災害が発生し、現在も行方不明者の救出活動が続いている。千葉県の造園設計事務所代表・高田宏臣氏は、翌4日に現地に赴いて調査をおこない、その報告を「地球守」のコラムで発信している。その内容を掲載する(現地の写真も高田氏から提供されたもの)。

 

土石流で埋まった熱海市伊豆山の市街地(2021年7月4日・筆者撮影)

 奇しくも昨年の熊本県・球磨川で起きた大水害からちょうど丸一年の昨日、7月3日に静岡県熱海市伊豆山で大規模な土石流が発生し、犠牲者、行方不明者の捜索が今も続いております。まずは犠牲になられた方のご冥福をお祈り申し上げますと同時に、こうしたことが繰り返されぬよう、その真因を明らかにして、安心して住める暮らしの環境を取り戻すために、できることをしていきたいと思います。

 

 災害発生の翌日、7月4日に単独で現地調査に入りました。調査は市内被災箇所とその周辺、そして土石流発生地点からその上部に及びました。

 

 予告なく突然襲う近年の災害。それはここのところますます広域化・多発化しています。その原因について、これまでは常に温暖化に伴う気候変動や、防災インフラ整備の遅れなどのせいにされ、本来見なければならない環境上の理由について顧みられることはあまりありませんでした。

 

 しかし今回は山地開発が土地に及ぼした影響に視点が向きつつあります。土地を傷めないこと、環境の安定を壊さないこと、そのためにはどこに視点を持つ必要があるか。今回の災害が社会において問題の本質への視点を開いてゆくことにつながることを祈り、このコラムを書きたいと思います。

 

 災害を引き起こしやすい脆弱な環境にしてしまった真因は、どこにあるのか、それを正しく知ることからしか、適切な対策を講じ得ないことでしょう。そして同時に、防災対策やインフラ整備によって、かえって土地の健康を損なうものであれば、それは将来に対してより大きな災害の種を残すことになりかねません。

 

 自然界で起こる事象は、たくさんの要因が複雑に関係して生じるもので、それは境界に関係なく、水と空気の循環を通した関連の中で生じるものです。それを「これが悪い」という形で、何か一つの原因に集約してしまえば、そこから先に思考をめぐらすことが難しくなります。それどころか、災害を招いては力学的にそれを抑え込むという繰り返しが果てしなく続き、本質的な問題の解決につながっていませんでした。今回の災害、この教訓を正しく受け止めて、持続する安全な国土、住まいの環境を取り戻すことに繋がればと切に願います。以下、今回の調査から災害の真因について、ご報告します。

 

盛土周辺を起点に崩落

 

 土石流の場合、源頭部の崩壊箇所をのぞき、ほとんど周辺の斜面崩落を伴うことなく、谷筋の一本のラインだけをえぐり取るように土石が流下します。今回発生した土石流も同様に、液状化した土石が一本の谷筋を流れ落ちて、伊豆山の町を切り裂くように流路沿いの建造物を押し流し、大量の泥を残していきました。

 

 この原因と対策を本質的な部分からとらえていくためには、この土石流がどこから発生してどこで収束したかにとらわれず、潜在的に存在する谷筋ライン全体とその流域全体から、環境の健全具合を見てゆく必要があります。

 

 地図の赤線が今回、土石流が生じた谷筋です。土石流はこの一本の潜在的な谷筋ラインを忠実にたどり、そして海岸にまで到達しております。

 

 急峻な山あいばかりの熱海市において、他に危険とされる谷が多数ありながら、なぜ今回ここにだけ大規模な土石流が発生したのか、何が起こったのか。それを流域全体で見てゆく必要があります。

 

 谷筋上部、崩壊起点です。今回の土石流はすでに報道で指摘されているように、谷筋上部に盛土された人工地形に通された斜面横断道路とその周辺を起点にした崩落から発生しました。この残土埋め立ては15年程前にははじまり、10年前にはおおよそ埋設が完了しております。

 

 盛土は、基本的にトンネル等の土木建設工事の際に発生する大量の残土がここに埋められ、造成されたものかもしれません。今回それが崩壊し、ほとんどが流下したことはすでに指摘されている通りであり、実際さらに谷底が大きくえぐられている様子がうかがえます。

 

 ではなぜ、他にも同様の地形がありながら、ここだけが崩壊し、なおかつそれが莫大なエネルギーを有する土石流となったのか、何がどのようにこの谷の環境に負荷を及ぼして不安定な状態を招いたのか、そこに目を向ける必要があります。

 

 土石流は一般的にその起点となる箇所の崩壊をきっかけに、液状化した土石が谷筋を高速で流下していきます。そして谷底のラインを筋状に掘り下げていき、一定傾斜角以上の川底の堆積物を一気に押し流すところに特徴があります。

 

 土石流の土中のメカニズムは未だに明確に解明されていないのですが、私の仮説を簡単に述べると、急傾斜の谷において川底が泥つまりすることで生じやすくなると考えます。
 平時や通常の降雨時の河川は、谷底に堆積した泥を置いたまま、その上を土石を少し削りながら流下します。そのため、川底に泥が堆積すると、細かなシルトが川底からの水の湧き出しや、伏流水と地表流の行き来を遮蔽してしまうのです。

 

 河川上流域が安定せずに恒常的に谷に泥水が流入すると、この泥の堆積によって川底全体がまるで水柱のように上部から下部までつながり、徐々にその質量を増していきます。豪雨でさらに水を含むと、上部崩落の際の振動や地震などをきっかけに液状化を起こし、谷底の堆積部分から全体が滑り始めます。

 

 谷全体で一本に連なる膨大な質量の泥柱(水柱)が、川底で土石を押し出しながら引きずられるようにすべり動くと、その摩擦によって川底を振動させてますます液状化を加速させ、膨大な土石はまるで水のように軽く高速で流れ出す。それが土石流において谷底で起こっていることと推測しています。

 

 つまり、谷底への泥(シルト)の堆積が、急傾斜の谷筋においては土石流となりやすい条件を作ると考えます。

 

 谷底が泥つまりすれば、山に浸透した水は湧きだすことができず、徐々に流域全体の山林は貯水涵養する機能を低下させて、雨のたびにますます表土を削るようになります。その負の連鎖による川底の泥の堆積を一気に押し出して解消しようとする働きが、土石流と言えるかもしれません。

 

 そう考えると、危険な土石流を発生させないためには、谷底への泥の堆積を防ぐこと、谷を泥つまりさせないことが肝要であり、そのためには流域上部の山林を健康に保ち、安定させることが大切になります。

 

谷底の泥つまりの原因

 

 今回土石流発生の起点となった谷上部には先に述べた通り、大量の残土埋設箇所と、流域最上部の尾根上にメガソーラー事業地があります。そして、盛土された箇所をトラバース(等高線にそった横断)して、メガソーラー事業地に至る道路が作られています。この道路が、7月3日の崩壊を招く起点になりましたが、メガソーラー発電所建設工事の際には、ここが工事車両の通用路になり、工事中の盛土への負荷も今回の崩壊につながる要因のひとつになったと推測します。

 

谷筋上部の盛り土崩壊起点(4日・筆者撮影)

 これらが谷の泥つまりに影響した可能性を検証するには、泥水の流れ込みの有無と規模を見てゆく必要があります。

 

 谷筋上部の盛土埋め立ては10年程前に完了しているようですが、その後、さらに流域上部の尾根筋を削って平坦地を造成し、そこにソーラーパネルを並べたのは2017年以降、つまりはここ数年のことでした。

 

 この開発が、今回の土石流発生に影響した理由は、単純に「崩壊箇所の残土埋め立てが原因」として問題を収束せず、開発地やその周辺の表層流がどのように谷に流れ込み、泥つまりを招く原因となっていったか、つまり谷底の泥(シルト)の堆積が進んでいた原因を、流域環境全体から見る必要があるのです。

 

 何が谷底の泥つまりを招いたか、崩壊箇所から上を見ていきます。今回の崩落箇所のさらに上部、残土埋設・平坦造成された箇所です。

 

 起伏ある山域を平坦造成してしまえば、当然水は浸透しにくくなります。そして大雨の際には、土中に浸み込まない水がむき出しの表土をえぐり、泥を流していることが写真からもわかります。浸透しない雨水は、表土をえぐって泥水となり、谷に流れこみ続けている様子が現地の観察から明らかに読み取れます。

 

 多少の泥水流亡であれば川の自浄作用と水の力で押し流されて解消されますが、実際にその許容量を超えると川底の泥の堆積を増し、谷の機能に影響をきたします。そこを観察することが本来必要なことなのです。

 

 崩壊箇所の上部谷筋を見てゆくと、谷のラインに連なって、比較的新しい電柱が埋設されています。この電柱の設置はメガソーラー発電事業によるものと考えられます。電柱は本来、安定した地盤に設置するものですが、谷筋にボーリングして重量物を埋設すると、谷をさらに不安定にしてしまいます。埋設のために重機等を谷に入れれば、谷自体の泥つまりを加速させてしまいます。谷を傷めてはいけない、泥つまりさせてはいけない。大事なことがこうした工事の中で顧みられず、おろそかにされていることもまた、この土石流発生につながった面もあることでしょう。

 

 泥水をなぜ発生させてはいけないか。泥を含まないきれいな水は大地を削らず、水脈を詰まらせることもないのですが、泥を含んだ水は表土を削る破壊力を持ち、その細かな粒子が水脈を閉塞してしまうという、環境を荒廃させてゆく負の連鎖を招くからです。

 

 実際、電柱周辺の谷では地すべりを起こした跡が見られ、表土の流亡もまだ収まっていない様子が確認されます。上部盛土から降雨の度に泥水が流入したことに加えて、電柱埋設で安易に谷筋を傷めてしまったこともまた、関係していることでしょう。

 

 この谷筋の尾根筋には今、ソーラーパネルが並んでいます。造成のために頂部を削った土で小さな谷を埋め、尾根筋に広い平坦地が作られました。当然、それまで土中に浸み込んでいた水は、浸透せずに周辺に流れ出します。浸み込まずに表層を流れた水は、表土を削りながら大半は土石流発生渓流へと流入していきます。土石流発生後の今もなお、その流亡は降雨の度に続いていることでしょう。ここは静岡県の検証が待たれます。

 

 ここではソーラーパネル設置後も、調整池すら設けられていないため、降雨の多くは泥(シルト)が濾過されることなく、直接山林に放流されます。写真上、造成地中央部右側の谷へと放流され、問題の谷へと合流させていることが推測できます。

 

崩壊箇所から下流へ、土石流の爪痕を臨む。この谷筋をえぐりながら土砂は海まで流れ落ちた(4日・筆者撮影)

 表層を流れる膨大な泥水が、降雨の度に谷筋に流れ込めば、谷は泥詰まりを加速させてしまうことは容易に想像できることでしょう。

 

 今回、原因はメガソーラー発電所か、残土埋め立てか、という論調が聞かれますが、問題の本質はそんなことではありません。脆弱な土地の状態を作り上げてしまい、災害の規模を雪だるまのように膨らませてしまった原因は、土中環境への視点を欠いた土木造作にあります。山や谷の健全性を保つにはどうあるべきか、その視点を取り戻すことが必要なことでしょう。

 

環境を読みとった先人

 

 今回の土石流で被災した谷筋は、伊豆山地区における古くからの集落であり、それを見守るように尾根筋には伊豆山神社が鎮座しています。そして伊豆山神社のすぐ下が、被害の集中した箇所となりました。

 

谷と平行する尾根を登った上部にある伊豆山神社(4日・筆者撮影)

 谷と平行する尾根を登った上部には、伊豆山神社本宮社が鎮座しています。やはりその位置は、谷を見下ろす小山の頂部で、今回の土石流の起点はちょうどこの本宮社のそばで発生しております。

 

 土石流の起点と終点、一連の谷筋、そして鳥居から本殿へ続く参道と奥の院本宮。まさにこの谷を見下ろす位置に本宮があり、ここが集落にとって大切な環境の要であることを、暗に伝えているようです。

 

 こうしたことからも、土地や環境を読み取って、それを大切に守り育んできた先人の姿勢と視点を感じ、現代社会もまた、それを取り戻す必要があるように感じます。本来、土地の安定と豊かさを保つ適切な積み重ねが美しい風土を作り、土地にあった暮らし方や文化を育み、その土地の価値を育んできたのですから。

 

 今回の土石流発生に際し、静岡県知事の川勝平太氏は、山林開発の影響が原因として考えられることを言及され、開発との因果関係を検証してゆくことを明言されました。このことは、災害の真因を把握する上で、とても大きな前進と言えるでしょう。

 

 今回の災害を、単に残土埋め立て業者やメガソーラー事業者のせいにして終わらせるのではなく、土地を傷めないこれからの開発の在り方、インフラ整備の在り方に目を向け、健康で安全な国土環境を取り戻す必要に気づき、意識を向けることに繋がっていけばと切に思います。現代忘れられた土地環境との適切な向き合い方、持続できる社会はそこにあるのですから。

 

 

---------------------------

 たかだ・ひろおみ  株式会社高田造園設計事務所代表。1964年、千葉県生まれ。東京農工大学農学部林学科卒業。2003~2005年、日本庭園研究会幹事。2016~2019年NPO法人ダーチャサポート理事。2016年~NPO法人地球守代表理事。国内外で造園・土木設計施工、環境再生に従事。土中環境の健全化、水と空気の健全な循環の視点から住宅地、里山、奥山、保安林等の環境改善と再生の手法を提案している。著書に『土中環境』(建築資料研究社)、他。

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。