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ダイヤモンド・プリンセス号船内でのずさんな感染対策 岩田健太郎教授が問題点を指摘

 昨年12月に中国湖北省武漢で新型コロナウイルス(COVID-1 9)の発生が報告されて以来、日本をはじめ世界各地で感染の報告が続いている。日本では横浜港に着岸した大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」(英国船籍)船内での集団感染が確認され、感染者の医療機関への搬送が連日続いている。また、ウイルス検査で陰性だった3700人は船内に強制隔離され、そのうち乗客443人が14日間の健康観察期間を終えて19日に下船した。船内での感染対策を管轄する厚生労働省が情報を出さないなか、船内に入った専門家が感染者が拡大している船内の感染対策のずさんさについて強い警鐘を鳴らしている。

 

乗客が撮影した船内の様子(Twitterより)

 ダイヤモンド・プリンセス船内にいる新型コロナ感染者数は、5日時点では10人だったが、検査結果が発表されるたびにその数は増し、19日現在で621人以上(うち322人は無症状)にのぼっている。中国以外では最大の感染者数となり、検疫官、看護師、20日には船内で事務作業をしていた厚労省と内閣官房の職員計2人(いずれも30代)にも感染が確認された。また同日、入院して治療中だった乗客の80歳代の男女2人が死亡した。

 

 このなかで18日、感染症の専門家でアフリカでのエボラ出血熱や中国のSARS発症現場での活動経験を持つ岩田健太郎・神戸大学病院感染症内科教授が、前日に乗船許可をもらって入った船内の状況を「ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機。なぜ船に入って1日で追い出されたのか」と題する動画(後に削除)にして発信した。

 

 岩田医師は動画の中で、船内に「(日本)環境感染学会が入り、FETP(国立感染症研究所の実地疫学専門家養成コース)が入ったが、あっという間に出て行き」、日本政府が情報を出さないため、「中がどうなっているかよく分からないという状態」であったが、現実には「どこが危なくてどこが危なくないのか全く区別がつかない」「常駐しているプロの感染対策の専門家が一人もいない」悲惨な状態であることを明かして改善を求めた。この告発を受けて政府は「最大限感染が広がらないように対応している」(菅官房長官)と反論し、加藤厚労相も「船内の分離はできている」と正当性を主張したが、現実に乗客や医療従事者の感染に歯止めはかかっていない。以下、岩田医師の報告と指摘を概括して紹介する。

 

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動画で状況を語る岩田教授(youtubeより)

 感染症対策の現場では、ウイルスがいない「グリーンゾーン」と、ウイルスが存在する可能性がある「レッドゾーン」を明確に分離することが鉄則だ。レッドでは、PPE(防護服)を着用して完全に防護をする。グリーンでは、ウイルスが付着している可能性がある防護服は脱がなければならない。この区分けを明確にし、防護服の着脱もこの間できちんとやることが基本だ。だが、クルーズ船内ではグリーンゾーンで防護服を着て歩いていたり、レッドゾーンでも普通の服のままマスクだけで歩いている人もいる。

 

 感染の可能性がありながら医療用マスクを付けずに歩いているクルーもいる。また熱のある人が自室から医務室に歩いて行くことも通常で、患者の搬送場所でも感染者の隣を背広の人間が歩いている。レッドとグリーンが混在するという時点で、もう誰が感染してもおかしくない。これは感染症の集団発生に対する対策として一番危険な状態だ。

 

 船内で従事するDMATや厚労省職員、検疫官たちがPCR(法の検査)で陽性になるのも当然といえる状態だ。私自身も感染の可能性を排除できない。船内のスタッフに聞くと「自分たち感染するなと思っている」といわれて驚いた。感染症の現場でミッションに出るときはまず医療従事者の身を守るというのが大前提であり、自分たちのリスクを放置して患者や一般の人に立ち向かうというのは御法度だからだ。環境感染学会やFETPが入って数日で撤退したのも、彼らがみずからの身を守れないと判断したからではないかと考えられる。

 

 そもそも常駐しているプロの感染対策の専門家が船内に一人もいない。意志決定をしているのは厚労省の官僚たちで、専門家がいても進言できないし、進言しても聞いてもらえない。私も厚労省のトップに相談すると「なんでお前がこんなところにいるんだ」と冷たい対応をされた。会議で体制の見直しを提言しようとしていたところ、突如連絡が来て「お前は出て行きなさい」ということになった。

 

 DMATの職員は災害医療チームであり、感染症のプロではない。専門領域が違うので感染対策がわからないのは無理もない。感染を防ぐ方法があるのだが、それが知らされず、彼らは耐え難いほどのリスクの状態にいる。医療従事者である彼らは、帰れば自分たちの病院で仕事をしなければならず、このままでは院内感染が広がってしまいかねない。アフリカや中国と比べても全然ひどい感染対策をしている。アフリカのシエラレオネなんかの方がよっぽどマシだった。

 

 私は船内に入るまで、日本にCDC(疾病予防管理センター)がないとはいえ「専門家がリーダーシップをとって、もう少しちゃんと感染対策のルールを決めてやっているだろう」と思っていたが現実はまったく違った。感染対策を完全に仕切るチームや指揮系統がなく、すべて厚労省にお伺いを立てなければならない。指揮系統の中心に専門家がいないのだ。

 

 アフリカでのエボラ対策のときは、感染の予防チームが専門家で構成され、専門家の提案がそのまま意志決定につながっていた。行政や事務方はあくまでロジスティックスな物資や資金を集めてくることでそれをサポートする。専門的な意志決定を官僚自身がとり仕切るという仕組みはない。これが本来あるべき感染対策だ。

 

 アフリカのエボラ対策と比べてもストラクチャー(構造)が全然できていない。CDCは中国にも韓国にもある。日本にも専門家組織(CDC)をつくって、専門的見地から科学的に正しい対応をするべきであり、そこに政治的な思惑が入らないことが非常に重要だ。

 

 クルーズ船内で起きていることについて日本政府はまったく情報を出さない。私が2003年のSARSのときに北京にいて大変だったのは中国政府が情報公開を十分にしてくれなかったことだった。だが、そのときですらもう少し情報は出ていた。少なくとも今回の船内のカオス状態よりははるかに楽だった。現在の中国は世界の大国として、今回のウイルスについてもオープンネス(開放性)とトランスペアレンシー(透明性)を大事にしているという風にアピールしている。それがなければ大国としての国際的信用を勝ちとりえないことを理解しているからだ。一方、日本では全く公表されず、専門家チームも派遣されていない。この差を国際社会はものすごく冷たい目で見ている。

 

 院内感染が起きているかを調べるには、発熱のオンセット(発症日時と温度)を記録して、それから(流行の詳細を示す)カーブをつくっていくという統計手法「エピカーブ」があるが、船内ではそのデータを全然とってないということを知った。PCR検査をした日をカウントしても感染の状態は分からない。モニタリングを続ける必要があり、二次感染が確認されたならば、さらに2週間の隔離を続けなければならない。それを厚労省の方に申し上げたが、まったく対策されていない。対応のまずさがバレるのは恥ずかしいが、それを隠ぺいすることはもっと恥ずかしいことだ。

 

 米国、カナダ、オーストラリアなどは、ウイルス感染が確認されず下船する自国籍の乗客について、下船後もさらに14日間の隔離を続ける措置を取っている。米国は、熱などの症状が出ず、ウイルスが検出されないことが確認されるまで本国に向かう旅客機への搭乗を認めない方針を示している。

 

 これは二次感染のリスクが払拭されていないからであり、国際社会が船内における感染対策を信用していないということを意味する。日本政府が基準にしている遺伝子検査では、ウイルスの量が少なく、気管内のウイルス量がさらに少なければ偽陰性になる可能性がある。後になって感染が見えるようになり、その人が感染力を持ち、発症するかもしれない。なのでウイルス検査は無症候の人が感染していないことを保障するものではない。科学的にも論理的にも間違っており、日本国民だけが安全であるという科学的根拠はなにもない。

 

 だが、日本政府は下船した乗客を最寄り駅に運び、そのまま公共交通機関での帰宅を推奨し、自由行動を認めている。厚労省は「二次感染は起きていない」「対策に成功した」という成功物語に固執し、失敗のシナリオ、つまり想定される最悪の事態に備えることを考えていない。とくにデータも根拠はないが、自分たちが持っている一番楽観的なシナリオを自動的に採用している。それを正当化するためには現実を見ない、データをとらないのが一番いい。そして感染が拡大しても「頑張ったけど仕方なかったよね」といういつもの見解に落ち着く。専門家としては、逆に最悪のシナリオを想定し、同じ間違いでも、より感染が広がらない方の間違いを選択する。

 

 日本における感染者は非常に限定的であり、日本全国に広がっていない段階で抑え込まなければならない。誰も情報公開しない以上、ここまでやるしかなかった。

 

 まずはこの悲惨な現実を知っていただき、気の毒な状況にあるダイヤモンド・プリンセスの中の方々、DMATやDPAT(災害派遣精神医療チーム)や厚労省の方々、検疫所の方がもっとちゃんとプロフェッショナルなプロテクションを受けて、安全に仕事ができる環境を整えてもらいたいという自分の問題意識を共有するために動画をあげた。

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