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大阪市「廃止」は、如何に「危ない」のか? 「大阪都構想」めぐり学者が公開シンポジウム

 11月1日に大阪市で2度目の住民投票が実施される「大阪都構想」をめぐり、大阪市内で4日、「大阪市『廃止』は、如何に『危ない』のか?」と題するシンポジウムが開催された。主催した「豊かな大阪をつくる」学者の会は、1回目の住民投票がおこなわれた2015年に結成され、多様な分野の学者・研究者108人が参画している。医療における「インフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)」の原則に基づき、府市行政やメディアがイメージや利点のみを喧伝する「都構想」について、そのリスクを喚起することを主な目的に、「住民投票の有権者である大阪市民の理性的な判断形成を支援することを目指す」との趣旨で開催された。

 


 シンポジウムでは、呼びかけ人である藤井聡・京都大学大学院教授(国土計画学・公共政策論)、森裕之・立命館大学教授(地方財政学)をはじめ、川端祐一郎・京都大学大学院助教(公共政策論)、桜田照雄・阪南大学教授(経済学)、河田惠昭・関西大学社会安全研究センター長(防災学)が、それぞれの分野から「都構想」の問題点について報告した。


 はじめに藤井聡・京都大学大学院教授が「都構想の真実 大阪市廃止が導く日本の没落」として問題点の概略を解説した。藤井氏は、「大阪都構想は、大阪市が廃止され、市民が自治(財源と権限)を失うだけの“論外”の代物」とのべ、「そのために3万5000人でやっている大阪市の仕事をキャンセルし、その業務や資産を府と一部事務組合、4特別区に割り振っていくという膨大な行政コストが生じ、大阪市は確実に衰弱する。この過激な改革は一部の党派の存続のために求められているもので、政党間の裏取引や密約で進行しているため正確に事実が知らされていない」と指摘。


 「賛成・反対にかかわらず共有したい都構想の7つの事実」として以下の7点をあげた。


 ①今回の住民投票で決まっても、「大阪都」にならず「大阪府」のまま。言葉だけで大阪を「都」にすることで発展するというイメージが振りまかれているが、特別区設置協定書を見ても「大阪都になる」とは書かれていない。「都構想」が実現しても、大阪府にやってくる財源も権限も大きくはならない。


 ②「都構想」は、大阪市を廃止し、4つの特別区に分割する「大阪市4分割」の構想。グループのなかの大阪市という巨大会社をとり潰し、本社が財源と権限を吸い上げて4つに分社化するということになる。


 ③大阪市民は、年間2000億円分のお金と権限を失う。


 ④2000億円はさまざまに流用され、大阪市民への行政サービスが低下するのは決定的。市から府にとりあげられるお金の使い道を決める権限は大阪府議会、府知事にあり、特別区にはない。


 ⑤特別区の人口比は東京7割、大阪は3割。だから大阪には東京のような大都市行政は困難。人口比率3割の大阪市よりも、7割の大阪市以外の声が反映されるというのが民主主義の鉄則だ。東京23区と大阪4区では、府(都)議会における立場はまったく違う。


 ⑥東京23区には「特別区はダメ、市にして欲しい」という大阪市と逆の議論がある。東京23区の区議会や区長は協議会をつくり、「東京市に戻してくれ」と要望を出している。特別区は権限と財源が乏しいので、最低でも市町村レベルの権限をとり戻してほしいという要求がある。


 ⑦東京の繁栄は「都」の仕組みのお陰ではなく、一極集中の賜(たまもの)。「大阪が東京のように発展する」という触れ込みで都構想が推進されているが、東京が発展したのは首都であり、国会や官庁があり、人口増加と交通インフラの充実によるものであって行政システムによるものではない。


 この「7つの事実」を基に行政学的に解釈した「大阪市廃止の真実」として、「一度やってみて、ダメなら元に戻すことは絶望的に難しい」こと、「大阪都構想という『大改革』をおこなうためのコスト(初期費用240億円、年間維持費29億円)に加え、市職員3万5000人の引継事業という莫大なコストがかかる」こと、そして行政手続きが「四重化」することで住民サービスが確実に低下することなどを提起。「用地買収など長年の経験を蓄積している大阪市都市計画局がなくなるが、大阪府は大都市内の都市計画のノウハウを持たない。必然的に大阪都心のまちづくりが停滞し、日本の至宝である大阪全体が確実に衰退する」と指摘した。


 続いて、森裕之・立命館大学教授(地方財政学)が「行財政からみた『大阪都構想』の徹底批判」と題して報告した【下別掲】


 京都大学大学院の川端祐一郎助教(公共政策論)は、大阪府市が「大阪都構想」を推進する理由として「大阪の成長が加速する」と喧伝していることに触れ、「10年間で経済効果1兆円」の根拠としている試算結果(嘉悦大学に委託)のなかで「自治体小規模化による効率化」が最も大きい割合を占めていることに言及。「行政権限が大きいだけ一人当りの歳出は増えるのは当然であり、それをもって非効率とする考え方がおかしい」とし、二重行政の解消効果の試算も「年間3・9億~6・7億円」で都構想初期コスト240億円を差し引けば効果が見合っていないことを批判した。「大阪府市の統合によって、広域インフラ(道路や鉄道の延伸)への投資の意志決定が迅速に進むことによる経済効果も積み上げられているが、知事も市長も“いまの大阪に対立や二重行政はない”とのべており、現行制度内でも意志決定の迅速化は可能。都構想が必要である論拠にならない」と指摘した。

 

「都構想」と絡むカジノ誘致

 

 桜田照雄・阪南大学教授(経済学)は、「都構想」後に経済政策として大阪市と大阪府、国が一体になって進めるIR(カジノを含む統合リゾート)誘致構想の問題点についてのべた。


 「日本は歴史的に賭博をビジネスにすることを禁じてきたが、国はIR推進法を可決した。経済成長には、生産人口、生産性、イノベーション(新産業の創出)の三つの要素がある。だが少子高齢化の日本では生産人口が増えず、製造業はコストの安い海外に移転し、国内はサービス産業が中心になって生産性が向上しない。シャープは台湾企業・鴻海に買収され、パナソニックは倒産の危機が囁かれる企業になり、三洋電機はパナソニックに買収された。イノベーションを牽引する産業が見いだせないなかで、唯一急速に成長したのが観光産業だ。300万人規模だったインバウンドが4000万人をこえる水準に達し、大阪でも黒門市場がペイペイなどキャッシュレス専門になって中国語が飛び交うようになり、道頓堀からどぶ池筋界隈もドラッグストアに急変した」と大阪経済の変遷をふり返った。


 そのうえで「確かにマカオやシンガポールは、IRカジノに各国の富裕層を集めて賭博をさせることで経済成長を遂げた。ちなみにカジノ世界最大手の米ラスベガスサンズが、マカオの売上高の3割を支配している。ここに着目して引き継いだのが日本のカジノ計画だ。大阪ではIR候補地・夢洲(ゆめしま)に1兆円を投資するという。松井市長は知事時代に“今どき一兆円の投資ができる業者がどこにおるんや。目の前にぶら下がったニンジンを食わん馬がどこにおるんや”とあからさまに本音をのべた。関連した鉄道整備事業に1兆円で、投資額は総額2兆円になる。関空と同規模だ。“IR全体で4800億円の粗利をあげ、そのうち3800億円はカジノでもうける。そのうち2200億円は外国人から、1600億円は日本人からいただく”という計画だ。だが、賭博は確率の勝負なのでカジノ業者が受けとる寺銭は、掛け金×7%だ。つまり夢洲で年間5兆円規模(中央競馬の2倍)の賭博をやってもらわないと、年間3800億円の目標は達成できない。ここから15%をカジノ税として国と府がとり、年間570 億円の税収がもたらされるという目算だ。この金額をもって“公共性がある。お金が入るのだから文句あるのか”という理屈で推進しているのがIRカジノ計画だ」と解説した。


 だが「カジノは“負けたのはお前のせいだろ”というビジネスであり、さまざまな社会的分断や連帯が破壊される。だが、生活の質の向上は、必ずしもお金ではないはずだ。松井市長や吉村知事は“経済政策は国がやるもの”としており、自治体としてカジノ以外の経済政策を持たない。だから大阪経済の実態について誰も把握しておらず、どのような企業がどんな問題で苦労しているのかに目を向ける仕組みがない。大手取引先を失った技術力の高い大阪の中小企業は今後どうなるのか。需要が高まる介護ビジネスをどう広げていくのか。地域のなかでお金が回るようなマイクロビジネスの活性化が必要だ。都構想で経済政策を国に丸投げすることによって、私たちの生活の質を支えている大切な仕事がどんどん衰退していくことを深く懸念している」と指摘した。

 

南海トラフ地震を無視した構想

 

 最後に、河田惠昭・関西大学社会安全研究センター長が、防災学の観点から「大阪都構想」に欠落している南海トラフ地震対策について指摘した。


 復興庁が設置する東日本大震災復興構想会議委員でもある河田氏は、「現在、復興庁は東日本大震災の被災地で672の事業をやっている。9年前にはなかったが、復旧復興のために新事業が増えている。今後大阪を巻き込んで起きる南海トラフの巨大地震では、災害救助法に適用される市町村が707にのぼると予測されている。東日本大震災で241。昨年の東日本台風では390あった。阪神淡路大震災では兵庫県だけで20市町村だけだったことからも、いかに甚大な規模であるかがわかる」と前置きした。


 「防災は選挙の票に繋がらないので、政治家は経済、教育、福祉など身近なことにしか関心を持たない。だが、コロナではどうか。誰も起こらないと思っていたが、命を失っては経済もなにもないことをみんなが気付いた。現実に大阪市も府もコロナ対応は素人同然だ。それでも自分たちの対応のまずさに気付いていない。都構想でも専門家の意見はまったく反映されておらず、地震・津波のリスクを完全に無視している」と批判し、以下のようにのべた。


 大阪は近い将来、必ず巨大な南海地震・津波が襲う。過去1500年間に9回起きている。こんな歴史が残っているのは世界でここだけだ。その資料から推測すると、30年以内に80%の確率で起きることは間違いない。地震予測には基礎方程式がなく、その時期を科学的に解明できるものはないが、備えることはできる。だが、政府の対応は「起こらないことにする」だ。維新に至っては完全に無視している。


 名古屋市では着々と南海地震対策を進め、東京でも首都直下地震や高潮、洪水の対策を政府と共同で進めているが、大阪市は都構想で10年間、議会も行政も硬直して防災計画が進んでいない。万博やIR誘致するというが、その後のことを何も考えていない。


 南海地震の津波が来れば、中之島の子ども図書館、大阪市役所、日銀大阪支店も、その他の区役所も水没する。多くがゼロ㍍地帯なのだ。大阪メトロの駅で水没しないのは、谷町四丁目、六丁目、九丁目、阿部野橋だけで、後は全部水没する。大阪市の地下鉄・地下街は合計2500万立方㍍あるが、津波一波で大和川と淀川を結ぶ線で1億8000万立方㍍の水が入る。あらゆる出入口から同時に入って来るから逃げられない。この事実を市民、府民が知らなければならない。


 大阪で予想される巨大災害は、台風の高潮、河川の氾濫、上町断層の直下型地震もあるが、一番危ないのが南海地震と津波だ。この対策で他の地域が躍起になっているのに、大阪では「二重行政が悪い」とずっとやっている。2枚の布を縫い合わせるのに、真ん中を重ね合わせなければ1枚にならない。二重行政というのは、穴が開いて漏れたら困るセーフティーネットがあるからだ。


 コロナ禍のなか西成区で生活保護を受けている人は、1000世帯当り223世帯だ。大阪市全体では50世帯。圧倒的に貧困者の多い西成区と一緒になりたくないので、天王寺区から切り離した。北区もエリートが住んでいるから、此花区や大正区のような地盤沈下して高齢者の多い地域と一緒にしなかった。維新議員の地元を優先するため、極めて恣意的な区割りになっている。


 1854年の安政南海地震では、難波から南側はすべて浸かった。私は大阪府防災会議の座長なので、南海トラフ地震の津波被害想定【地図参照】をやると、松屋町筋から西側は全部浸かることがわかった。なかでも此花、西、西淀川、住之江、西成などのゼロ㍍地帯は2回も4㍍以上の津波に浸かる。

 


 それによる死者数は、大阪府で14万9000人、大阪市が12万4000人だ。東日本大震災では、津波浸水域に住んでいた52万人のうち2万人が津波で亡くなった。大阪市内でゼロ㍍地帯に住んでいるのは200万人もいる。東日本大震災と同じ比率なら10万人が亡くなる。絵空事ではないのだ。東日本大震災では、住民の3割が津波がこないと思って逃げずにやられた。さらに建物倒壊、火災、液状化、堤防沈下も起きる。庁舎体制や職員配置も平時のことばかりで津波が来たらどうするかをまったく考えていない。


 今回のコロナでも、業種別の対策がまるでとられず、全部一律に自粛させたために経済が麻痺した。一方、台湾では夕食を家庭ではなく外食で済ませる文化があるが、コロナ封じ込めに成功した。行ってみると、みんな三密を避けて予約制で外食をしている。そのような対策は日本では皆無だ。ただインバウンドに依存して数を頼みにした商売が全部コロナで破綻した。幼稚な発想では長続きするはずがない。
 コロナ禍は、これまでやってきたマネジメントの問題点を考える絶好の機会なのだ。


 本当に大阪市を4区に分けるのなら被害が同規模になるように分けなければならない。都構想の区割りでは、淀川の両岸にまたがる淀川区は大きな被害を受ける一方、内陸部の天王寺区には津波は来ない。こんな不平等では防災も復興もできない。大阪市は過去53回も高潮氾濫災害に見舞われており、「スーパー室戸台風」の浸水は、南海地震の津波想定を超えて、5・3㍍もの高さになると予測されている。


 阪神大震災で最も大きな被害を受けた神戸市、東日本大震災では仙台市がいち早く復興できたのは、都道府県と同格の権限を持つ政令指定都市だったからだ。人口70万人程度の特別区にはそんなことはできないし、なかでも甚大な被害を受ける淀川区や中央区はいつまでたっても復興しないことが想定される。大阪府に助ける能力がないことは、2年前の大阪北部地震の対応からも明らかだ。大阪市は全国の政令市のなかで最も歴史が古い。大阪府にとって目障りな大阪市を解体するのが「都構想」の目的だ。大阪府は損することがないから住民投票をしないのだ。大阪市民が得をするのなら、市長が維新になった隣の堺市も一緒にやればいいはずだ。理屈が通らない。


 防災の専門家としては、党利党略の「都構想」に10年間も行政や議会が支配され、長期的な観点に立った防災を考えていないことに危機感を覚える。かつて維新の志士たちは、自分たちの未熟さを自覚して西洋の近代文明を貪欲に学んで明治維新を成功させた。自分たちを過信し、人の意見を聞かず、ただ目先の利益を追い求める人たちに「維新」を名乗る資格はないと思う。

 

■行財政からみた「大阪都構想」の徹底批判

立命館大学教授(地方財政学) 森 裕之   


 「大阪都構想」には、そもそも制度的欠陥があるうえに、新型コロナ感染症収束の見通しが立たず、これからどれだけ税収が減り、どれだけ歳出が増えるのかもわからないなかで住民投票を実施し、移行作業を始めるという二重の問題点がある。これが前回(2015年)との違いだ。


 「都構想」の財政見通しの基礎データは4年前の2016年の決算額であり、コロナ禍の財政への影響がまったく考慮されていない。


 市民や野党の指摘を受けて、大阪府市は8月11日に財政シミュレーションをやり直したが、「合理的な根拠に基づいた適切な試算は現時点では困難」としたうえで、感染症対策や税収減でいくら負担が増加しても「地方交付税や臨時の交付金等による相応の財源措置が想定される」としている。「国が面倒見てくれるから大丈夫だ」という結論だ。これほど無意味な試算はない。住民投票をやる前に、今後予想される収入と支出のギャップをきちんと試算するべきだという市民の要求にまったく応えていない。

 

 そして、大阪市は9月9日、来年度(2021年度)の財政見通しを637億円の赤字と発表した。この収入と支出の差額が行政の負担になる。一番大きいのが税収の減少で、約500億円減る見通しだ。大阪市は法人関係の税が大きいので、コロナの影響が大きい。あとは大阪メトロが39億円の赤字になって配当金が下がるとか、コロナ感染予防や経済対策、生活保護の増加による支出増だ。この赤字を自治体の貯金である財政調整基金で埋めれば、大規模イベント開催のために貯めてきた大阪市の財政調整基金は半分に激減する。


 このような結果が出ながらも、府市は依然として2016年度の決算に基づいた「都構想」の財政計画を見直さないまま、11月1日に住民投票をおこなうという。

 

未来永劫自治権を失う

 

 「大阪都構想」とは、政令指定都市である大阪市の廃止だ。大阪市は地図上から消滅する。四つの特別区への分割も、単純に4つに分かれるのなら淀川市や天王寺市になるのだが、そうではなく大阪府の特別区(=従属団体)にしてしまう。大阪府に権限と財源が握られるので、自分で稼いだお金の使い道を自分で決定できないのと同じだ。自分の収入を他人に握られ、使い道も金額も限定されたうえで、毎年配分されるのが本当に「自立」といえるだろうか。それは自治を失うということだ。これだけでも大阪市民が反対するに充分な根拠だと思う。


 ところが今回は、公明党が賛成に回った。維新サイドと以下の4条件で合意したので不安は払拭されたという。だが、その内容は噴飯物だ。


 1つ目は「住民サービスを低下させない」。ここには期間や規模について具体的な確約はまったくない。住民サービスは財政制度上、確実に低下する。大阪府が握ったお金を配分するのは大阪府であり、そこで「特別区がかわいそうだからずっと多めにあげる」という論理は通用しない。


 2つ目は「特別区設置コストを最小限にする」。初期コストは当初600億円だったが今回は240億円まで削減させた。その結果、後述するように歪な庁舎体制になった。行政運営だけでなく防災の観点から見てもあり得ない体制だ。


 3つ目は「現行の区役所の窓口機能を維持する」。市民の利便性を確保するため、特別区移行後も現在の24区を「地域自治区」とし、その窓口を利用するという。ここまで複雑怪奇になると住民はどこに行けばいいのかわからなくなる。府と市の「二重行政」を問題にしながら、大阪府・一部事務組合・特別区・地域自治区の「四重行政」になる。しかもこれは区の財政負担が重くなるので、すぐに統廃合されていく。「都構想」の制度設計は、始まったときだけで、後はどんどん悪い方へ変わっていく。それは市町村合併の経験からも明らかだ。


 4つ目は「全特別区に児童相談所を設置する」。これは現行の大阪市で簡単に実施できることであり、大阪市の廃止と何の関係もない。しかも大阪市はすでに4つの児童相談所をつくるという計画を持っている。

 

   
 特別区設置の初期コストを240億円に削減したことによる歪みは、庁舎体制に出ている【図・特別区の本庁職員の配置参照】。新庁舎を建てずに現在の区役所を改修するとし、現在の大阪市本庁舎(中之島庁舎)を「北区」の本庁舎にするという。だが、そこで働く「北区」の職員は640人だけで、同じ庁舎に「淀川区」の職員880人、「天王寺区」の職員580人が間借りすることになっている。そして「淀川区」の本庁舎にはわずか80人、「天王寺区」の本庁舎には150人しかいない。例えば、東大阪市役所に八尾市や四條畷市の職員が何百人もいるような状態だ。こんな庁舎は日本中どこにもない。


 「中央区」の本庁舎も150人だけで、残りの680人は住之江区のATC(南港エリアの商業施設)に行く。南海トラフ地震で真っ先に津波被害を受ける場所であり、常識的に考えて防災上あり得ない。

 

区財政のひっ迫は決定的

 

 大阪市廃止によって大阪府に移譲される事務は膨大だが、そのうち東京23区でも問題になっているのは都市計画(用途地域)の権限を失ってしまうことだ。例えば、学校の隣にパチンコ屋や風俗店ができるとまずいので行政が土地の用途を規制する。これを現在は大阪市がやっている。この権限が大阪府に行くので、特別区が「用途を変えたい」と思っても変えられない。また「今のままの用途を残してほしい」と思っていても大阪府の都合で変更してしまうことも可能だ。まちづくりを巡って特別区と府の利害が対立した場合の主導権は知事にある。


 そして、市町村がやる介護保険やそれに関係する予防事業などの事務は、四つの特別区でつくる「一部事務組合」で共同管理する。だから区民の意向だけでは決められない。介護保険料を上げたい区もあれば、下げたい区もあるので合意は難航する。議論の場は予算・決算の年2回くらいでほとんどできない。「ニア・イズ・ベター」(住民の要望を行政が汲み上げやすい)といいながら住民からどんどん遠ざかる。


 現在の大阪市の財政制度は、住民が納める税金(個人・法人住民税、固定資産税など)だけでは足りないので、国から地方交付税交付金をもらっている。日本の自治体の95%が同じように国から交付を受けている。そういう制度設計だ。大阪府内の不交付団体は、関西国際空港がある田尻町だけで、財政規模が小さいうえに膨大な空港の固定資産税が入るから自主財源だけでやっていける特殊な例だ。


 大阪市は毎年900億円、さらに財政が厳しい大阪府は4000億円ほど国から交付を受けている。だが特別区になると国からの地方交付税は大阪府に入る。特別区の税収は個人住民税だけになり、市町村なら自主財源になるはずの法人住民税や固定資産税は大阪府のものになる。これでは特別区はまったく行政ができないので、大阪府から財政調整交付金が毎年配分される【図参照】。

 


 現在の大阪市の一般財源8600億円のうち3分の2が大阪府のものになり、そのうち特別区に配分される財政調整交付金600億円を除く、2000億円は大阪府が別の事業に流用することになる。この配分割合は毎年大阪府議会が決めるもので、「未来永劫固定される」などという確約などなく、大阪府の財政状況や議員構成から必ず削られる。それ自体は、大阪府のお金の使い道は府議会で決めるのが民主主義の制度である。


 しかも「都構想」は大阪市の財政規模で制度設計されているが、特別区になると大阪市のときよりもお金が必要になる。大阪市が政令指定都市として持っている港湾や交通などの大規模行政の予算は大阪府に移譲され、特別区には市に与えられる分だけのお金が配分されることになっているが、1つの市が4つの特別区になるため当然コストが増す。


 首長が4人になるが、給料を4分の1にするわけでもない。同じように議会も施設も部局もそれぞれ4つある。この分割による加算分が制度設計には反映されていない。


 そして今度は未来永劫、特別区同士で問題が起きる。特別区の間にできる財政力の格差を、府が配分する財政調整交付金を増減させて均等化することになっているが、特別区の収支状況を見ると、大企業が多く裕福な北区や中央区は、単独の自治体である場合(財政調整前)の税収の方が、特別区になったときの歳出額よりも多い。逆に他の区は税収が少ない。


 すると北区や中央区の住民からすれば、自分たちが納めた税金が自分の区で使われず、貧しい区の行政サービスに回されることになる。当然「他区に回すよりも自分の区のインフラ改修やサービス向上に使え」という議論が生まれてくる。


 そこで大阪府市は、前回資料で示していた財政調整前の特別区の歳入額を今回の資料では削除した。この事実がバレると都合が悪いからだ。


 実は東京23区でも同じことが起きており、「財政調整を廃止してくれ」という議論がある。それでも一極集中によって多くの区はお金持ち(地方交付金の不交付団体)だから大問題になっていない。だが、大阪4区は基本的にお金が足りない状態なので、府から配分される財政調整と事務分担をめぐって血みどろの争いが特別区の間で延々とくり広げられることになる。


 財政調整交付金は間違いなく減らされていくので、各特別区ではこれまで以上の行政改革や予算削減が求められ、最大のターゲットは予算額の大きい福祉・教育・まちづくりが中心となる。なぜならこのような必要最低限の権限しか特別区には残されていないからだ。


 大阪府市は「都構想」=「二重行政の解消」による削減効果額を、今回は「改革効果額」と名前を変えて出している。前回あまりにも嘘が多かったからだ。


 だが、改革効果額のなかで大半を占めているのも、一般ゴミ収集や焼却処理の民間委託の拡大などで、二重行政や大阪市廃止とは無関係なものばかりだ。大阪市廃止による二重行政の解消で浮くのは、産業技術総合研究所・工業研究所の統合(3100万円)、公衆衛生研究所・環境科学研究所の統合や専門学校廃止(800万円)だけ。合計で4000万円だ。


 都道府県と市町村がある限り二重行政になるのは当然なので、「二重行政を解消する」というのなら本来は範囲を限定しなければいけない。そうでなければ「どちらかを完全に消滅させてしまえ」ということになる。

 


 これまで府市が問題にしてきた児童館とキッズプラザ、ドーンセンターとクレオ大阪など用途が重なるハコモノなど具体的な項目を見れば、改革効果額はゼロ円となっている。二重行政はゼロなのだ。イメージだけで捉えてはいけない。

 

     

 私以外の試算でも、「都構想」による無駄の削減は年間で1億円とか6億円などといわれている。一方、「都構想」の初期コストは、システム改修、庁舎整備、移転費その他で240億円だ【表参照】。仮に年間1億円浮いたとしても、初期コストを回収するまでに240年かかる。厳密に見て、削減効果が4000万円なら600年だ。「無駄が解消」されるのはいつの時代なのだろうか。しかも、特別区を維持するランニングコストで29億円が毎年かかる。こうなると効果額が1億円だろうが3億円だろうが、それをはるかに上回る無駄を生むことは明白だ。

 

関西圏全域が陥没する

 

 大阪市廃止は大阪市だけの問題ではない。大阪府、さらには関西全体に影響する。「大阪市のお金が周辺自治体に回ってきて、周辺自治体は豊かになる」というのは大きな誤解だ。


 関西の経済構造は特殊で、大阪市によって支えられているといっても過言ではない。大阪市は夜間人口に比べて昼間人口が大きく増える都市で、その昼夜人口比率は東京23区をこえる。日本一大きな母都市であり、それだけ強い磁力を持っている。6割が大阪府内の周辺市町村から、それ以外は兵庫、奈良、京都などから働きに来る。大阪市の活発な都市経済での経済活動のなかで所得を得て、居住地に持って帰り、近隣の自治体のサービスを支えているのだ。


 大阪市が衰退すれば、経済活動が劣化して所得が減り、周辺自治体の税収も落ちるため住民サービスの低下に繋がりかねない。つまり関西圏は大阪市と運命共同体の関係にある。だから大阪市がなくなることは、大阪府民、周辺自治体にとっても自分のこととして考えなければいけない大きな問題といえる。

 

リスクを理解し判断を

 

 私たちが病院で大手術を受けるさいには、手術の効果、術後の予測、術中・術後の危険性を充分に理解し、納得したうえで手術に同意するはずだ(インフォームドコンセントの原則)。都構想は、この手続きが欠落しており、共同通信の調査でも「都構想の説明が十分でない」という人が71・9%いる一方で賛成が半分を占めている状態だ。


 私たちが大阪・関西の将来に責任を負う市民であるためには、大阪市の廃止・解体・特別区化(=従属団体化)という歴史上類を見ない大手術の「危険性」(リスク)を充分に理解しておかなければいけない。ましてコロナ禍のどさくさに紛れて拙速に決めてよいことではないはずだ。


 最後に、私の恩師である宮本憲一氏(大阪市立大学名誉教授・元滋賀大学学長)のメッセージを紹介したい。


 「歴史的に形成されてきた大阪市を二度と再生できなくなるような住民投票にかけるのは歴史を否定する暴力です。市民には、ニューヨーク市やロンドン市をなくすような国際的な屈辱的事件だということをわかってほしいと思います。
 市民が長い歴史の中でつくってきた都市共同体をなくすというのは市民の自殺で、ニューヨーク市や京都市などの誇り高き都市でならば考えられぬことです。この当たり前の自治体論をわかってもらいたいものです」。

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この記事へのコメント

  1. 福西 陽子 says:

    なぜに、このように大切な情報が、大阪市民の耳や目に届かないのか。TV番組でどんどん放映されないのは、維新一党独裁の大阪市長や、大阪府知事が情報を意図的に弾圧していることの証拠である。
    民意だと、言っているが、5年前も1年前のダブル選挙時にも、おお阪市民は、大阪市廃止に反対とする候補に賛成の維新票を上回る499377票をとうじている。この時の維新の総数は474040票で、25000票を上回った。2度も大阪市廃止に反対の意思表示を示した市民によくもまあ、嫌がらせが市民税を投じて行えたものだ。失われた10年で維新が無駄に都構想推進室に投じたムダ金は、60億を下らない。この費用を防災基本計画や保健センターの専門職に投じていたら、今回のコロナの死者数を確実に防げたものと、推察される。
    維新の反省の言葉は、5年前も今も、全くない。
    政令指定都市自治権を手放すプランは、あまりにもリスクが高い。
    このコロナ禍で、住民投票を強行するのには、理由がある。
    時間をかけて、説明責任を果たすと、賛成票が減ずることが明かであるからだ。
    投票行動が、制限されるこの時期だから勝算があると、維新の背景にある、怪しげな投資マネーをもつお友達企業の面々に、尻を叩かれているからだ。
    コロナ禍で、スーパーシティ法案が通過したのも、日本国を、北海道のように切り売りして、国民の自治権まで奪うこと。これこそが金品を儲けさえすればよいとの、目先の利権に目が眩んだ竹中率いる改革派の面々だ。
    コロナ禍で、市民が求めているのは、安心と安全と安定である。
    この十年維新市政は、真っ黒の黒歴史を残した。
    市民を欺き、マルチ商法まがいの住民説明会で、市民の口を封じ、部外者の吉村知事は、説明会で、堂々と嘘までついた。
    そして、それを、明らかとしないように、質疑応答部分は、市のホームページから、削除してされており、全市民がその事実に触れる機会さえ奪っている。
    此が維新のやりかたである。見かけけの給食費無料、保育料無料、と謳っているが福祉医療の補助金は大幅にカットされた。
    バブル時代の投資のつけを二重行政の為と決めつけたが、都構想が実現すれば、もっと大きな負債を大阪府は抱えることになります。
    そして、失敗した暁には、市長を辞するだけと、嘲笑して見せた松井市長は、5年前にこう言った。「これが最後です。、否決したら政界を去ります。」と、大嘘をついています。
    イソジン吉村の言うことに真実は有りません。背後に誰がいるのか。
    関空の運営権は竹中平蔵のオリックスに格安で売却されました。
    箱ものの負債だけを、残して。
    関西電力の大株主であることをいいことに、松井市長は社外取締役に橋本徹を推薦した。応じなければ、株主代表訴訟もと政界から足を洗った筈のお友達をこれまた利権の優遇ポストにごり押しした。
    二重行政廃止とうたい統廃合の末、大阪市立高校の一等地を大阪府に譲渡したのちに、売却し、大阪府の債務に当てられた。
    2018年まで起債許可団体であった大阪府が、立ち直れたのは、大阪市の宝くじ財源をむしりとった。ことも。どれだけ、大阪市の財源をあてにし続けたこの10年。極み付けは、
    大阪市の広域行政(都市開発整備)を取り上げ、市税の四分の三を大阪府に吸い上げる、詐欺協議法案。
    大阪市民の力を財源も知力もろとも打ち砕く愚案のために、毎年6億もの税金をぬけぬけとお友達の面々に横流しし続けていたわけだ。
    真実を書いてくれるこの長周新聞は貴重だ。
    大手の新聞社が何故に取り上げないか、市民、国民には、知る権利を簡単にはあたえられていない現実を知らしめる必要がある。

     

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