いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『主権なき平和国家』 共著・伊勢﨑賢治、布施祐仁

 著者の1人である伊勢﨑賢治氏は、2003年から日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を担った。本書は、布施氏が伊勢﨑氏にインタビューした内容がたたき台になっている。

 

 米国は2001年からアフガニスタンへの侵略戦争を始め、13年をへて軍事的勝利を挙げられないまま撤退することを決めたさい、アフガン国軍の訓練のためなどで小規模の米軍を駐留させることにした。アフガニスタンの「独立」後なので、外国軍隊駐留のための地位協定が必要になった。できた地位協定は、同国民の激しい反米感情を背景に、刑事裁判権も基地管理権もアフガン側に譲るものだった。では日本の日米地位協定はどうなのか? 本書は日米地位協定とNATO加盟国同士の地位協定、とくに同じ敗戦国であるドイツやイタリアの地位協定、さらに韓国やフィリピン、アフガニスタンやイラクの地位協定を比較し、世界のなかでもっとも主権が奪われた日本の現状を明らかにしている。憲法9条を問題にする前に、日米安保条約と地位協定を議論すべきだ、というのが著者の意見である。

 

 本書は日米地位協定をめぐって、刑事裁判権、基地管理権、全土基地方式と思いやり予算、国連PKO地位協定について検討している。

 

 まず刑事裁判権である。日本国内で日本の刑法に違反する事件を起こした米兵は、日本の裁判所で裁かれるというのが国際法の「属地主義」の原則である。だが実際には、米兵が日本国内で凶悪事件を起こしても、基地に逃げ込み米国本国に逃げ帰れば罪に問うことができないという治外法権状態が、激しい憤りとともに何度も問題にされてきた。発端は、講和条約発効後の1952年の日米行政協定に、「米兵に対する刑事裁判権はすべて米国側が持つ」という占領時代と変わらない規定が入ったことだ。国会でも「安政の不平等条約以下だ」という論議が起こり、翌年から改定交渉が始まるが、米側の改定案は「とくに重大な場合以外、米兵・軍属・家族の第1次裁判権の行使を日本政府は希望しない」というもの。日本側は公式議事録に載せないよう頼み込み、「密約」として決定した。

 

 1960年に新安保条約とともに締結された日米地位協定は、公務執行中の米兵に限り米国側が優先的に裁判権を行使できるとした。他方、公務外で事件を起こせば日本側に第1次裁判権があるが、その場合でも米国側が被疑者の身柄を最初に確保すると、日本側が起訴するまで米国側が被疑者を拘禁できる。結果、日本側は被疑者を逮捕して強制捜査ができず、十分な証拠集めができないため、不起訴になるケースが多い。米軍の「拘禁」も、「外出禁止命令」(基地内なら自由に行動できる)といった緩い処分も含まれ、その間に証拠隠滅や口裏あわせ、本土への帰国となってしまう。

 

 その後今日まで、米兵が凶悪事件を起こしても日本側が第1次裁判権の大半を放棄しているという事実がある。米軍が駐留している世界各国の裁判権放棄の平均は約60%だが、日本は90%以上の事件で裁判権を放棄しており、日本の裁判所で裁かれた事件の大半も罰金か執行猶予である。日本政府がみずから進んで主権を投げ捨てているのである。

 

 対照的なのがタイである。タイはベトナム戦争中、米軍の最大の出撃拠点となった。米軍がベトナムから撤退した1973年、タイでは学生革命が起こって軍事独裁政府が倒れ、自由選挙で誕生した新政府は「中立外交」「1年以内の米軍撤退」を表明した。米軍は4000人を残留させたいと要望したが、タイ政府が「米兵には特権を認めない。刑事裁判権はタイ政府が握る」と主張。結局、約5万人いた米軍は263人の軍事顧問団だけ残して撤退し、基地もすべて返還した。

 

 日米地位協定には「全土基地方式」と呼ばれる規定がある。米国側は日本のどこにでも基地や訓練区域の提供を求める権利があり、日本側はこれを拒否できないというものである。これと同様の規定はNATO地位協定やボン補足協定にもないし、米軍撤退前のフィリピンの地位協定にも、アフガニスタンの地位協定にもない。

 

 昨年の日露首脳会談で問題になったように、ロシアが北方領土を日本に返還したとして、その後米国が北方領土に米軍基地の建設を要求してきたら、日本政府は拒否できない。つまり主権国家が主権国家として、独自の判断で2国間交渉に臨むことができない。

 

 対照的なのがノルウェーである。ノルウェーは2004年まで、ロシアと国境を接する唯一のNATO加盟国だった。しかしノルウェー政府は自国領内に外国軍隊を駐留させないというのが国是で、ノルウェー国会は核兵器の持ち込みを全面禁止することを宣言している。米国が「ノルウェーが攻撃され、集団的自衛権が発動された場合に備える」という名目で米海兵隊の武器の保管を要求したが、これも拒否した。こうした独自外交の結果、ロシアとの間で北極圏のバレンツ海(原油や天然ガス、漁業資源が豊富)の海域をほぼ二等分する合意を実現している。

 

 そのほか本書のなかでは、日本政府の米軍駐留経費の負担額は、同じく米軍が駐留する他の同盟国と比較してもダントツ1位で、日本を除く他の26の同盟国の負担額をすべて足したものよりも多いと暴露している。その負担の中身が、当初は基地提供のための民有地借り上げ料や基地周辺対策費だったものから、その後「思いやり予算」として、地位協定に義務のない新施設や住宅の建設費や改修費、基地従業員の人件費、学校や病院、ゴルフ場などの建設費、米軍住宅の光熱水費までに広がり、15年間で30倍をこえ2500億円規模に膨らんでいる異常さも明らかにしている。

 

 来年は明治維新150年である。当時、全国の百姓や町人は腐りきった徳川幕藩体制を打倒しただけでなく、日本を植民地にしようとやってきた欧米列強から民族主権を守り抜き、明治に入ってからアジアでもっとも早く治外法権の撤廃を実現した。今、日米地位協定を覆すのも国民の団結しかないし、国の独立と主権の問題に右も左もないはずだ―という著者の訴えには説得力がある。
   
 (集英社クリエイティブ発行、B6判・272ページ、定価1500円+税

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