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『食べものから学ぶ現代社会:私たちを動かす資本主義のカラクリ』 著・平賀緑

 丹波の農村での畑を耕す生活や、香港の国際金融センターでの仕事を経験し、有機農業運動やアグロエコロジーなど幅広い市民運動にも参加して、経済学者が見落としてきた領域も含めて社会問題にとりくんできた著者が、食べ物から説き起こして現代社会のカラクリを明らかにするユニークな本だ。

 

 どの章も興味深いが、ここではとくに印象に残った二つの問題についてのべたい。

 

 一つは、ウクライナの戦争にともなう小麦の高騰についてだ。ウクライナで戦争が始まった直後から、小麦価格の基準となる「シカゴ相場」は急騰し、ロシアやウクライナから大量の小麦を輸入していた中東やアフリカの国々ではパンを買えない人が急増した。


 しかし冷静に考えてみると、世界には200近い国があるのに、たった2国からの輸出が滞ったことで世界がどうして食糧危機に陥ってしまうのか? ロシアとウクライナからの小麦の輸出が増加したのは、せいぜいここ十数年の話なのに。

 

 それに、すでに輸入され倉庫に入っていた小麦が消えたわけでもないのに、戦闘開始翌日に小麦の値段は急騰した。しかも戦闘が始まった2月までに、ウクライナからの小麦の輸出シーズンは完了していたそうだ。そのうえ、海上輸送の寸断や農地の爆撃などによる供給量の減少は数カ月後に影響してくるはずなのに、逆に4カ月後には、シカゴ相場の小麦先物価格はほぼ侵攻前の水準に戻っていた。

 

 そこには、まず、小麦、コメ、トウモロコシというたった3種類の作物が世界人口のカロリー摂取の半分以上を占めていること、その小麦の半分近くを中国、EU、インドが生産し、また輸出ではEUとロシアが半分近くを占めるという事実がある。歴史的には、資本主義経済を支える労働者の胃袋というまとまった市場が生まれ、そこに販売する商品としての小麦を特定の国で大規模に生産し、世界に市場を広げ、その過程で小麦を取り扱う商社や食品加工企業も巨大化し、市場を独占してきた過程がある。

 

 もともと人類は、世界各地のさまざまな気候や自然環境のなかで、その地域で食べられる多種多様な食物を食べて生きてきたが、それは過去のことになってしまった。

 

 それに加えて、最近では投機マネーの動きが大きな影響を与えるようになった。世界の小麦の価格に影響を与える「シカゴ相場」は、米国シカゴにある商品取引所での取引によって決まる値動きのことだが、小麦や大豆などを含む商品の先物取引契約のうち、実際に穀物の流通をともなったものは2%以下であり、食や農にまったく関係のない投資家たちの短期的なもうけ目当ての取引が全体の9割以上を占めているという。

 

 こうして実際の需要や供給よりも、「これから小麦価格が上がるかもしれない(もうけられるかも!)」と思わせるきっかけから起こるマネーゲームによって、取引価格は大きく左右され、食料危機すら引き起こされる。

 

タンパク質産業が加熱 群がる投資マネー

 

 もう一つは、稲作や酪農を気候危機の原因として悪者にする動きについてだ。

 

 現在、酪農・畜産業がCO2の一大排出源になっているとして、攻撃の標的にされている。いわく、「石油由来の資材を大量に使って生産したトウモロコシや大豆粕などをエサとして大量に牛や豚に食べさせて、その大量に排出される糞尿の処理をして、そのエサも肉もあちこち輸送して貿易するために膨大なエネルギーを費やし、CO2やメタンガスなどの温室効果ガスを大量に排出する」、と。

 

 だがこれは、大量生産・大量消費の波に乗るよう、畜産業を工業化、大規模化していった結果にほかならない。

 

 こうして畜産業を攻撃し、それに対して「環境と健康」「持続可能」「食料危機と気候危機の解決」などのキーワードをまとって登場するのが、植物由来の代替肉や細胞から培養した培養肉などの「タンパク質産業」だと著者は指摘する。いまや「タンパク質産業」は、食と農の分野におけるイノベーション(技術革新)の目玉であり、巨額の投機マネーが群がっているのだ、と。

 

 その一例として、京都府がフードテック・スマートバレー構想を進め、京都大学発の企業が「ゲノム編集技術を活用し超高速品種改良したマダイをスマート養殖」したこと、このマダイが京大の生協食堂で「京大バーガー」となって提供されたと報告している。

 

 そしてこのタンパク質産業に、タイソンやカーギルなど既存の飼料・畜産大企業に加え、ビル・ゲイツなどの超富裕層や、三井・三菱・住友などの日系資本やイスラエル系の資本、またこれまで食と農に関係のなかった機関投資家や金融資本などが巨額の投資をおこなっている。タンパク質産業の商業化は数年先のものが多いにもかかわらず、2020年末までに3億5000万㌦をこえる投資が集まっているそうだ。

 

 また、同じく注目と投資を集めているのが「アグテック」と呼ばれる農業のイノベーションで、それはIT技術やセンサー技術、ロボット技術、バイオテクノロジーなどを駆使して農業の生産性を向上させることを謳っている。

 

 そしてアグテックの注目点は、農機具のあちこちに組み込まれたセンサーなどによって、田畑の土壌データ、降雨量や土の中の水分量など水関係のデータ、気候や温度のデータ、そしてその栽培環境のなかで農家が実際にいつ、どんな作業をおこなったか(長年の知識とスキルと経験にもとづいて作業するノウハウ)などの情報を集めることができることだ。農機具やサービスを提供した企業はそれをビッグデータとして蓄積し、農薬や肥料などの新商品開発に利用することができる。そうなると農民は、企業の生産活動の部品になるほかない。

 

 ウクライナ戦争でも、戦闘が激化するとアメリカの軍需企業の株は急騰した。投資家たちにとっては、戦争で人々がどんなに殺されようが、またタンパク質産業によって既存の農漁業が潰されコミュニティが破壊されようが知ったことではなく、短期で莫大なもうけを手にできればそれでいいのだ。なにが「SGDs」か、である。

 

 (岩波ジュニア新書、194ページ、定価940円+税)

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