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『ルポ 大阪の教育改革とは何だったのか』 著・永尾俊彦

 大阪市立木川南小学校の久保敬校長が昨年5月、大阪市の松井市長に宛てた提言「豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために」は、当時本紙でも紹介したが、地元大阪をはじめ全国で大きな共感を集めた。それは直接には、松井市長が市教委や教育現場に相談することなく小中学校を原則オンライン授業にするという方針をテレビで発表したことに端を発するものだが、それはこの10年間に維新の会が進めてきた教育改革の失敗を明らかにし、教育者として子どもをどう育てるかの原点から問題提起をしたものだった。

 

 ルポライターの著者は、この提言とその反響から始めつつ、その原因となった維新の会の教育改革とはいかなるもので、その結果大阪の教育現場はどうなったのかを本書で報告している。

 

 橋下徹大阪府知事(当時)は2011年11月、「大阪都構想」実現のために府市のダブル選挙に打って出、翌12年3月、松井知事が府議会で大阪府教育行政基本条例を成立させ、5月に橋下市長が市議会で大阪市教育行政基本条例を成立させた。条例は、全国学力テストの成績を学校別に公表することを小中学校に義務づけ、小中学校から学校選択制を導入し、府立高校は3年連続で入学者数が定員割れすれば府教委が統廃合する規定などを盛り込んだ。

 

 条例が理想とするモデルはサッチャー改革だとされ、「競争原理で切磋琢磨することが進歩につながる」と説明された。条例の最大の眼目は、「知事は、府教育委員会と協議して、教育振興基本計画の案を作成する」(第四条)とし、政治の教育への介入に道を開いたことだ。これは2006年に第一次安倍内閣が、教育基本法の「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」を「改正」したことと連動している。

 

低評価の子は個別指導送り

 

 その後、全国学テの学校別正答率の公表(2013年)、大阪市中3統一テストの導入(2016年)、大阪市立中学校の進学実績の公表(同年)、大阪市小学校学力経年テストの実施(2017年)などが始まった。

 

 この経年テストは、小学校3年生以上が対象で、国語、算数、理科、社会、英語(5・6年のみ)を2日間かけてやる。経年テストの前には市教委から過去問題や「振り返りプリント」が送られてきて、テスト対策のために図工や音楽、体育が犠牲にされる。各学校はテストの数値目標を設定し、自己評価し公開する。

 

 その他、子どもたちには「学校生活でしてはいけないこと」がルール化され、3段階で評価されるようになった。一番下のランクになると、1校の廃校にもうけられた「個別指導教室」送りとなる。

 

 教員には5段階評価の人事考課制度がもうけられた。経年テストの結果は校長が教員を評価する重要な要素となる。4段階、5段階の評価の教員の給与を削って1段階、2段階の教員の給与に上乗せするしくみで、教員同士の信頼関係をズタズタにしたと批判が強い。経験のない若い教員が荒れたクラスの担任になり、トラブル続きで評価を下げられ、自信をなくして休職、辞職したりしている。被害者は子どもたちだ。

 

 また、2012年に橋下市長(当時)が、高校入試の内申書を相対評価から絶対評価にかえること、「評価の基準」として府内全中学生が参加する統一テストを実施すること、をうち出した。府教委が問題をつくり、民間業者が採点する。そして府教委は、同テストの各中学校の平均点と府全体の平均点を比較するなどして、中学校ごとに付けられる内申点の平均の範囲を決める。つまり平均点が高かった学校では多くの生徒に「5」がつき、こうして公立中学校が序列化される。

 

 府教委はこの成績も各学校のホームページで公表させている。文教地区の中学校は平均点が高いが貧困家庭の多い地区の中学校は低く、小中学校への学校選択制の導入とあいまって、生徒が急増する学校と激減する学校が生まれているという。

 

ともに育つ教育を取り戻そう

 

 問題は、こうした教育改革の結果、学校現場はどうなったかということだ。それは久保校長の提言が端的にいいあらわしている。
 曰く、「学校は、グローバル経済を支える人材という商品を作り出す工場と化している」「虐待も不登校もいじめも増えるばかりである」「あらゆるものを数値化して評価することで、人と人との信頼や信用をズタズタにし、温かなつながりを奪っただけではないか」。

 

 大阪市の中学生の不登校率は、2010年度は約4・1%(2000人)だったのに、2020年度は約6・1%(3000人)と約50%増加した。

 

 だからこそ久保校長の提言はその後、保護者、教員、市民ら255人が賛同提言を市教育長に提出するなど、大きな反響を呼んだのではないか。2018年8月、全国学テの結果、大阪市の平均正答率が20政令市のなかで最下位だったことがわかると、吉村市長(当時)が「このテストの結果を教員の手当や人事評価に反映させる」との方針をうち出した。そのときにも保護者である「大阪のおばちゃん」たちが運動を起こし、それを中止させた。保護者の一人は、「多様性を受け入れる寛容さを持ち、他者の痛みがわかる人が育っていかないと、日本の未来はない」と語っている。

 

 サッチャー改革やアメリカの教育改革を全国に先駆けて導入しようとした大阪の教育改革は、いまや失敗があきらかとなり、反撃ののろしが上がり始めた。「朝ご飯を食べないで学校に来る子が大阪では少なくない。この背景にある家庭や雇用、貧困の問題を解決せずして学力を上げることはできない」との元大阪市教育委員長の声、「ともに学び、ともに育つ大阪の教育を取り戻そう」との世論の盛り上がりなどにもそれはあらわれている。

 

 久保校長自身の教師としての歩みや失敗談、そのなかから得た「教師は、採用試験に合格したから教師になるのではなく、子どもたちに教えられながら教師になっていくのだ」「学校生活のそれ自体は些細な出来事でも、人生や社会の根本に通じる問題をどれだけ拾えて、子どもたちに返せるかが教師の力量ではないか」といった教訓なども興味深い。 

 

 (岩波ブックレット、71ページ、定価580円+税)

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