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『二極化する学校―公立校の「格差」に向き合う』 著・志水宏吉

 イギリスのサッチャーによる新自由主義改革を真似て、この20年間、小泉・安倍政府が教育に市場原理や成果主義を持ち込もうと動いてきた。小・中学校をめぐっては、全国一斉学力テスト(2007年開始)をおこない、その成績を公表し、その結果によって子どもや保護者が自由に学校を選べる学校選択制(2000年の東京都品川区が最初)を導入するというのが柱の一つだった。だがその後、テストの成績の公表は「不必要な序列化につながる」という批判が強く、大阪府を除いて慎重な対応がとられており、学校選択制は当初かなりの自治体で採用されたものの、10年もたたないうちに下火となり、その後廃止や見直しをおこなう自治体があいついでいる。

 

 著者は全国の学校の調査や聞きとりをもとに、この20年あまりの教育の新自由主義改革の問題点を明らかにするとともに、今後の公教育のあり方として「在日外国人を含む日本に暮らすすべての人に無償の普通教育を」という方向を提起している。

 

格差固定化した学校選択制

 

 イギリスやアメリカを手本にした教育の新自由主義改革は、日本では中曽根内閣のつくった臨教審が「画一化から個性重視へ」のスローガンで開始した。学校選択制を日本ではじめて導入したのは東京都品川区で、2007年のこと。当時の教育長・若月秀夫の強力なリーダーシップのもとに、小学校では区を四つの地域に分け「ブロック選択制」とし、中学校では区全域の学校を選択できる「自由選択制」とした。

 

 開始後五年間の調査では、小・中学校とも全生徒の三割が校区外の学校を希望するという結果になった。まだ全国一斉学力テスト導入前なので、その理由は「学校の近さや通学のしやすさ」「子どもの人間関係(いじめや荒れなど)」が多かった。そして「一貫して流入者の多い学校」と「一貫して流出者の多い学校」、つまり「選ばれる学校」と「選ばれない学校」との二極化があらわになった。

 

 別の調査では、「選ばれない学校」が「選ばれる学校」に転じる例はほとんどなく、格差が固定化していること、「選ばれない学校」のなかには閉校や廃校に追い込まれる学校も出たこと、子どもたちの移動によって地域と学校との関係がどんどん切り離されていったこと、大量の転出入で教育活動にも大きな不安定要因になっていること、競争的な場としてのイメージを強め、子どもたちに大きな精神的負担をかけていること――が明らかになった。

 

 開始後10年以上を経た2012年の調査では、すでに全国の学校選択制導入の勢いはストップし、新たに採用する自治体はなくなった。実施していたのは全体の15・2%、234自治体にとどまり、その後、廃止や縮小を決定したところが出始めた。前橋市や長崎市、東京都杉並区や江東区、多摩市などがいったん採用した選択制の廃止、または大幅縮小を決定した。北区、中野区、世田谷区、大田区は採用しなかった。

 

 例えば2010年度で廃した前橋市は、廃止理由として「地域自治会や子ども会など、居住地域との関係が希薄化する」「登下校の安全確保が困難(集団下校の見守りなど)」「生徒数の偏り(減少する学校が固定化)」などをあげている。これは他の自治体にも共通するもので、改めて子どもは地域のなかで育つということを確認させるものだ。

 

 品川区も2020年度から、選択制の内容を修正した。

 

時代に逆行した大阪の事例

 

 これに逆行したのが大阪市で、2014年度から学校選択制を始めた。市長は橋下徹である。

 

 大阪市の学校選択制は、学力テストの結果の公表とセットになっているのが特徴で、2013年から市内の各小・中学校の校長にはホームページ上での成績公表が義務づけられた。これは学校現場への大きなプレッシャーとなったが、それでも実際に校区外の学校に進んだ子どもの比率は一ケタにとどまり、品川区と比べてもかなり少ない。そこには子どもや父母の無言の抵抗があったようだ。

 

 著者はこの大阪に立ち入って調査をおこなっている。茨木市では、全国学テがスタートした直後から「一人も見捨てへん教育―すべての子どもの学力向上に挑む」を開始。全市の学校関係者が一つになり、すべての子どもの学びの土台となる力を丹念に育み、低学力層の子どもたちの力を伸ばし、全体としての学力が向上した。

 

 それと対照的なのが大阪市だった。たとえば貧困家庭が多く、高校に入っても途中でやめる生徒が多い大阪市西成区では、2014年と2019年を比べると、「流入者が多く人気のある中学校」3校は成績が上がり、「流出者が多く人気のない中学校3三校は成績が低下した。つまり「勝ち組」と「負け組」の差がますます拡大した。しかし「負け組」といわれる学校の出身者で、後に飲食店で成功したり土木建築の現場で活躍する子どもは少なくないという一面もある。

 

 以上のことは、教育に市場原理や成果主義を持ち込んで差別・選別と序列化を進め、格差を拡大し続けるかぎり、さまざまな分野で国の将来を担う担い手を育てることはできないこと、貧富の差なく平等に教育を受けさせることがいかに大事かということを示している。また、それを求める世論がいかに強いか、である。

 

 大阪市も今年度末には大規模な保護者アンケートを実施し、学校選択制に対する抜本的な見直しを図ることをうち出しており、その行方が注目される。

 

 (亜紀書房発行、四六判・326ページ、定価2000円+税)

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