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『農業消滅――農政の失敗がまねく国家存亡の危機』 著・鈴木宣弘

 日本の四季を象徴する田園風景はかつての色彩の変化を失い、荒れた休耕地、山林だけが目につくようになった。これが自然の移ろいではなく、国の農業政策の結果であることはだれもが認めることである。そのうえ、政府の後押しを受けた特定企業によるバイオマス・太陽光・風力発電による利権目当ての勝手気ままな森林伐採や自然破壊が横行している。

 

 食料自給率は38%という世界が驚く低水準までに陥った。これは戦後続いてきた農業を犠牲にした貿易の自由化によってもたらされたものだ。すでに関税を撤廃したトウモロコシの自給率は0%、同じく大豆の自給率は7%である。日本の野菜の関税率はおしなべて3%程度で、国際的にもきわめて低い関税の農産物が9割を占める異常な国になっている。そのうえ、グローバル化・規制改革のもとで海外からの「安い食品」が市場に出回るなかで、食の安全が深刻な社会問題となり、とくに子どもを持つ親世代の不安を増大させている。

 

食料自給こそ安全保障  コロナ禍で見えた国の危機

 

 コロナ禍で国際的にさまざまな輸出規制がおこなわれ、サプライチェーンが寸断したこと、とくに中国からの業務用野菜やアメリカの食肉などの輸入が減小したことは、食料が自給できない日本社会の存立基盤の危うさを突きつけることになった。著者はこのような日本の農政に委ねたままでは、2035年には国民全体が大幅な食料自給率の低下と飢餓に直面すると警告している。しかし、政府は農業従事者を苦しめ消滅に追いやる政策の舵を切る素振りさえ見せず、行く末への危機意識の片鱗も見られない。

 

 このような日本の農と食の深刻な危機がどのようにして引き起こされたのか。そしてそのような異常な事態がなぜまかり通るのか。著者は農政の面から歴史的構造的に迫り、それがとくにアメリカとの2国間交渉、TPP、日欧EPAなど貿易自由化と密接に関係していることを詳細なデータで浮かび上がらせている。

 

 そして、それが「農業が弱くなったのは国による過保護のためだ」というウソをメディアを総動員してふりまいてきたことを、各国の農政との比較で検証している。

 

 著者の農政批判はアメリカのいいなりになって、また自動車の輸出など工業を優先して農業を犠牲にすることに向けられている。だが、それは短絡的な政策変更の要求ではない。日本の為政者の国民の食料保障に真剣に向き合う姿勢の欠落、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の浮ついた農業観を根底から批判し、本来の公共のための協同を基本とする生命力のある農業を再興させるための建設的な提言となっている。

 

本書から、誤った戦後農政のもとで「食料こそが国民の命の源」であるという至極当然な道理が崩されてきたことに気づかされる。そのもとで、農業問題が「農家の問題」に切り縮められ、担い手不足や限界集落に象徴される農業存続の危機がなによりも国民の命の危機、国家存亡の危機であることを覆い隠すやましい力が働いてきたことも。

 

命よりも米国企業の利益優先  「オスプレイはかじれない」

 

 著者はそこから、農業政策とは「農家保護政策」ではなく国民の安全保障政策であることを、あらためて国民的に共有しあう意義を強調する。そして、国民の命と地域の暮らしを守る真の安全保障政策としての食料の国家戦略を確立することを、農政の要の位置に据えるよう求めている。

 

 食料の確保が軍事、エネルギーと並んで国家存立の重要な三本柱の一つであることは国際的な常識であり、各国とも当然ながらそのような政策をとっている。しかし、日本の戦後農政はその根幹部分を欠落させてきた。それは、国民の命よりもアメリカの国益、企業の利益を優先することが当然であるかのような農政として体現されてきた。

 

 コロナ対応はもとより、近年の水害など自然災害でも政府の対応は遅れに遅れているが、大統領の一声でアメリカの戦闘機の購入には間髪を入れず、「安全保障」を大義名分に巨費を投入するのである。しかし、「食料がなくて困ったからといって、オスプレイをかじることはできない」(著者)のだ。

 

 農協解体がアメリカによるマネー収奪であり、「地方創生」「コンパクト・シティ」「スマート農業・デジタル化」「森林法・漁業法の改定」などが多国籍企業の利益のための地ならしであることも見えてくる。それは、グローバル種子企業の最後の草刈り場として日本の市場を提供し、それこそ「命の源」であり公共のものである種子を営利追求の具にとって変え、農家をさらに撤退に追いやる種子法の廃止・種苗法の改定につながっている。

 

 企業の営利第一で、日本国民の安全は二の次という態度はGM食品、ゲノム編集食品、グリホサート、成長ホルモンなど安全が確かめられていない食品や農薬、飼料などに各国が規制を強めるなか、日本をそのはけ口にしていることにもあらわれている。著者はこうした農政を決定づけてきたアメリカと日本の関係から、「安保によって日本は守られている」というのは幻想にすぎず、在日米軍基地の存在は日本を犠牲にしてアメリカを守るためのものであると、踏み込んで論じている。

 

 (平凡社新書、240ページ、880円+税)

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