いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『砂戦争』 著・石弘之

 もしもビルのなかでこの文章を読んでいるのなら、まわりの壁や床、天井となっているコンクリートの7割は砂でできていることを想像してほしい。砂の最大の用途は、セメントに混ぜてコンクリートをつくる骨材だ。また、目の前にパソコンがあるなら、その中に入っている半導体の原料は砂の石英からきている。砂や岩石を精錬・精製して抽出したシリコン(ケイ素)でつくられる、ウェハーと呼ばれる薄い円盤の上に回路を焼き付けたのが半導体だ。

 

 首都圏を空から見たとき、地上を覆うビル群や道路、東京湾の埋め立て地、そして地下にもぐると、地下に網の目のように張り巡らされた地下鉄や地下街には、莫大なコンクリートが使われている。この都市化が現在、途上国の主要都市で一気に進もうとしている。また、半導体の需要はますます大きくなるばかりだ。そこから、これまでありふれていたはずの砂が、21世紀の最重要資源の一つになるとともに、その枯渇が心配されるようになった。元東京大学大学院教授で国連環境計画上級顧問の著者が、この砂をめぐる争奪戦の全体像をまとめた。

 

砂市場の規模は25年で6倍           

 

 国連の報告書によると、現在世界で毎年470億~590億㌧の砂が採掘され、そのうち7割が建設用コンクリートに混ぜる骨材として使われている。それは過去20年間で5倍になった。そして砂の市場規模は世界全体で約700億㌦、取引総額は過去25年間で6倍に急上昇した。

 

 原因は、急速な都市化と人口集中が進んだからだ。人口が集中する都市は平面に広がるのには限界があり、上へ上へと伸びて、高層のコンクリート建築が急増した。日本でも木造住宅からコンクリート建ての集合住宅にかわり、今ではマンションの老朽化と建て替えが問題になっている。

 

 他方で国連の報告書は、世界の主要河川の50~95%で、過剰な採掘から砂資源が枯渇しつつあると警告している。砂は川の上流から運ばれて補充されるが、その2倍を上回る速度で採掘が進んでいるからだ。また、世界で大小80万以上のダムがつくられ、川を遮断して砂の補給を断っていることがもう一つの原因だ。

 

 そこで、以前は河岸などで露天掘りをしていたのが、資源の枯渇とともに川底や海底に採掘場所を移し、浅瀬ではパワーショベルですくいとり、深い場所では船に吸引ポンプをつけパイプを伸ばしてとっている。

 

 「でも、砂漠にはいくらでも砂はあるじゃないか」と思うが、砂漠の砂はコンクリートの骨材には使えない。なぜなら砂漠の砂は風で運ばれる途中で、砂の粒子がぶつかり合って細かく砕かれるうえ、均一になって表面がつるつるに磨かれる。セメントに混ぜるには細かすぎるし、角がないため砂同士がからみあうことができず、コンクリートの強度が得られない。川砂の場合は一粒ずつ形が異なり、ジグソーパズルのピースのように複雑に絡み合うので、セメントに混ぜるとがっちり固定される。

 

 そして問題は、これだけ重要な資源であるにもかかわらず、砂の採掘・使用・取引を規制する国際条約がないことだ。そのため、砂の不足から違法な採掘や取引がはびこり(約70カ国で確認)、「砂マフィア」が暗躍し(12カ国で確認)、生業を守るために砂の保護を訴える地元住民やNGOの活動家などがたくさん殺害されている。

 

インドやケニアでの実態        

 

 著者は、各国の採掘や取引の現場でなにが起こっているかを報告している。

 

 インドのムンバイ(人口1980万人)は、同国のビジネスの中心地で、アジア有数の金融センターだ。ムンバイは今、ビルや高速道路、港湾、空港、ダム、鉄道などの建設ラッシュで、建設用骨材の量は2000年から3倍になり、2020年には14億3000万㌧と見込まれている。

 

 ここではインドの砂マフィアが、貧しい漁民や農民ら7万5000人を雇って、監視の目を逃れるために夜間に潜って川底の砂を採取させている。彼らは裏で警察とつながり、これに反対するジャーナリストやNGO活動家を何十人も殺害しているという。

 

 2013年にはヒマラヤの麓ウッタラーカント州で、集中豪雨と雪解けのために洪水と地滑りが発生し、約6000人が死亡、11万人が避難する災害が起こった。現地を調査した米国ユタ大学の研究者チームは「インフラ建設のために大量に砂をとられて、水の流れが大きく変えられて災害を悪化させた」と報告書で結論づけた。

 

 次に、ケニアの例はこうだ。首都ナイロビの人口は1963年に独立して以来10倍になり、現在では470万人をこえた。高さ約300㍍のアフリカ最高層のツインタワービルをはじめ、高層ビルや大型ショッピングモールが次々と建設されている。

 

 砂はいくらあっても足りない。そこで大手建設会社は、ナイロビに近いマクエニ郡のムーオーニ川に目をつけた。河岸に手つかずの砂が眠っているからだ。貧しい地元住民を雇って砂を採取し、都市の建設現場に運び始めた。

 

 だが、ケニアでは近年、全土で干ばつが断続的に続き、住民や家畜が渇水に悩まされており、井戸を掘り地下水を汲み上げてしのいできた。にもかかわらず河原や浅瀬の砂をとりつくした採取業者は、堤防を破壊することで川面を広げて川の水位を下げ、川底のより深い部分からも砂を採取し始めた。そのため地下水の水位が下がり、井戸は涸れて、水不足はもっと深刻になり家畜も飼えなくなった。

 

 ここではすべてを紹介できないが、砂ビジネスによって途上国の人々がいかに苦しめられているかがわかる。今、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの主要都市で、米日欧のゼネコンや中国、ロシアなどがインフラ受注をめぐって争奪戦をくり広げている。その裏で、こうした無法状態が放置されていることを見逃すことはできない。

 

 さて著者は、「地球温暖化による海面上昇で沈む国・ツバル」についても書いている。島に一つしかないホテルの部屋が一杯になるのは、潮位がもっとも高い大潮のときだけ。このとき島の各所で海水が噴き出すので、欧米のテレビ局がそれを狙って取材にやってくる。

 

 実は、原因は温暖化ではない。第二次大戦末期に米軍がここに侵攻したとき、1500㍍滑走路をつくったが、滑走路を舗装するコンクリートのために島のあちこちで大量の砂を採掘した。そのときできた採掘穴は、現在は水たまりやゴミ捨て場になっており、大潮になるとこの穴を伝って海水が噴き出すのだ。周辺の島では海面上昇は見られないし、ツバルそのものも面積が増えている、との研究結果を著者は提示している。  

 

 (角川新書、250ページ、定価900円+税

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