いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『甘いバナナの苦い現実』 編著・石井正子

 果物のなかで、われわれ日本人がもっとも多く食べているのはバナナである。そして日本人が食べるバナナの7~9割は過去40年以上、ずっとフィリピン産で、その98%がミンダナオ島の広大な土地で生産される、キャベンディッシュという種類のバナナだ。フィリピンの人たちにとっては、自給用作物が植えられていた土地が奪われて自分たちが食べない商品作物の栽培に変えられ、彼らはそこで働く低賃金労働力となって貧しい生活を強いられている。

 

 立教大学教授の著者は2015年、フィリピンのドール社が経営する日本輸出用バナナ農園で、農薬散布の仕事をする現地の労働者が全身ひどい皮膚病にかかっているというので調査を依頼された。依頼主は、多国籍企業を介さないフェアトレードを進める、オルター・トレード・ジャパン社(複数の生協組織が株主)だ。そこから5年間にわたって調べたフィリピンバナナの物語を、6人の研究者の協力を得て一冊の本にした。

 

 現在、国際的に取引されているバナナは、途上国の農家が裏庭などで栽培したものではなく、多国籍アグリビジネスが輸出用に大規模なプランテーションで生産したバナナか、または多国籍アグリビジネスに販売するために契約農家が栽培したバナナだ。フィリピンでは、1960年代にドール、デルモンテ、ユナイテッド・ブランズ(後にチキータ・ブランズ・インターナショナル)という三つの米系多国籍企業が、バナナの栽培と日本への輸出を始めた。現在では、ドール・伊藤忠商事、デルモンテ、ユニフルーティー(チキータ)、スミフル・住友商事の四つの多国籍企業が生産と輸出を牛耳っている。

 

 たとえばスミフルは、ダバオ近郊の総面積1万2000㌶(山手線内側の2倍)のバナナ・プランテーションを管轄下に置き、3万人を雇い入れ、栽培、収穫、箱詰め作業から輸送船舶の運航までを含む体制を構築している。2018年10月、このスミフルの梱包作業所の労働者がストライキに突入した。彼らは最低賃金が一般労働者の3分の1で、1日の労働時間はしばしば15時間をこえ、しかもスミフルと雇用関係にありながら仲介機関の社員であるとする偽装請負で労働条件を切り下げられていた。最高裁は是正勧告を出したが、スミフルはスト参加者を全員解雇している。

 

 この四つの多国籍企業は、日本国内では、1990年代からの小売業の規制緩和のもとで、流通・小売事業も垂直的統合を進めた。

 

 輸出用バナナは、産地で熟度が70度程度、すなわち青い未成熟のまま収穫され、その状態で13・3~13・8度の低温で保管され、日本に輸出される。そして通関手続きを終えたバナナは、ムロと呼ばれる追熱加工を施す部屋に送り込まれ、ムロの温度を上げてバナナが目覚めるときにエチレンガスを入れ、バナナみずからが出すエチレンガスで自然に熟成するよう促す。この過程はこれまで卸や仲卸がやっていた。それを今では多国籍企業直系の業者がおこない、市場外流通でスーパーやコンビニに直送するという。

 

 もう一つの問題が、バナナの農薬問題である。フィリピンでは農業労働者が農薬の空中散布を浴び、視神経にダメージを与える有機リン系農薬で失明したうえに解雇された。だが失明と農薬との因果関係が立証できず、何らの補償も受けられていない。

 

 ミンダナオ島のバナナ農園周辺では、農薬の空中散布で水源の水が汚染され、住民は毎日の生活で飲み水や調理用の水を購入しなければならない。また、頭に水がたまった状態の水頭症で生まれ、5歳になっても歩くことも立つこともできない子どもがいる。地元の医師は、有機塩素系殺虫剤エンドスルファンが原因としか考えられないという。この農薬はアメリカ国内では使用を禁止されたものの、輸出は認められている。

 

 一方、輸出先の日本では、東京都健康安全研究センターがそのバナナを調べたところ、有機リン系農薬であるクロルピリフォスが多くから検出された。これは欧州食品安全機関(EFSA)が「小児に遺伝毒性や神経毒性の影響が出る懸念を確認した」として、今年から禁止している農薬だ。また、ネオニコチノイド系殺虫剤の成分であるクロチアニジンとチアメトキサムもバナナの果肉から検出された。ネオニコチノイド系農薬は子どもたちの発達障害との関係が指摘されるもので、EUやアメリカでは全面禁止されているものだ。しかしこうした内容は、日本では消費者にわからなくされている。

 

 本書の後半では、多国籍企業を介さず、生産者の労働環境や自然保護を考慮した適正な価格で直接生産者から購入するフェアトレード運動や、中南米地域から有機栽培バナナを輸入する運動が広がっていることを伝えている。

 

 スウェーデンでは、映画監督フレドリック・ゲルテンらが、ニカラグアのドール社のバナナ農園で労働者たちが農薬の健康被害を訴えているドキュメンタリー映画を完成させたところ、ドール社が名誉毀損だとして裁判に訴えた。しかし監督たちは巨大企業の脅しに屈せず、超党派でドール社に対する訴訟のとりさげを求める請願署名も広がって、ドール社は訴訟をとりさげた。すると、それまで市場全体の5%だったフェアトレードバナナのシェアが、50~60%に急増したという。

 

 身近なバナナをつうじて、多国籍企業の工業型農業の弊害を明らかにするとともに、これを規制する運動が世界的に、急速に広がっていることがわかる。    

 

コモンズ発行、B6判・386ページ、¥2500+税

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