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『豆の歴史』 著・ナタリー・レイチェル・モリス

 著者は食と文化の研究者で、米国アリゾナ州の地産地消をおし進める「グッド・フード・ファインダー」の創設者である。人間と豆との9000年の歴史や世界各地の珍しい豆と料理法を、豊富な写真付きで解説している。

 

 豆は、日本人が太古の昔から常食してきた五穀(コメ、麦、キビ、粟、豆)の一つで、おせち料理には黒豆、祝い事には小豆の赤飯、夏のビールには枝豆がつきもの。豆の加工食品である納豆や豆腐、味噌、醤油は、日本の食生活に欠かせない。

 

 マメ科植物は、約1万7000種が属する被子植物最大の科の一つ。現在世界に広く流通している、ピント・ビーン(うずら豆)、ネイビー・ビーン(白いんげん豆)、キドニー・ビーン(赤いんげん豆)、ブラック・ビーン(黒いんげん豆)の4種類は、いずれも南北アメリカ大陸原産のいんげん豆属だ。

 

 アフリカには、ささげ、キマメ、フジマメなど、アフリカ発祥の多くの豆類があり、ホッピンジョン(黒目豆とベーコンの炊き込み料理)は有名。メキシコでは、どの家庭でも3食必ず豆が登場するほど食生活に浸透しており、イタリア・トスカーナ地方の名物料理、ファジョーリ・アル・ウッチェレット(白いんげん豆のトマトソース煮込み)やファリナータ(ひよこ豆の粉のパンケーキ)では豆が大きな存在感を放っているらしい。豆は高級食材ではないが栄養の宝庫で、タンパク質、食物繊維、炭水化物、そしてカルシウムやビタミンB1、B2を豊富に含み、すべての人にとって、とくに糖尿病や心疾患を患っている人にとって有益な食べ物だ。豆に含まれる食物繊維は高血圧や循環器系疾患の予防に役立つ。

 

 本書を読むと、自然界において豆が果たしている役割に目が開かれる。

 

 人類が狩猟生活から農耕生活に移行した新石器時代のこと。穀物の栽培や動物の家畜化は大きな進歩だったが、耕作と放牧がむやみにくり返された結果、土地はやせていった。当時はまだ、同じ作物を毎年同じ場所に植えると土壌の栄養分が枯渇し、その結果穀物や野菜の成長が阻害されることはわかっていなかった。

 

 ここでマメ科植物がはじめて舞台に登場する。それは豆が小麦や野菜の成長を促すことが認識されたからだ。他の作物の近くに植えられたマメ科植物は天然の肥料供給源になる。

 

 というのも、植物の三大栄養素は窒素、リン、カリウムだが、そのうちもっとも量的に必要とされるのが窒素で、しかも多くの植物は大気中の窒素を直接利用できない。しかし、マメ科植物の根茎にびっしりとくっついてくる根粒菌という土壌微生物は、空気中の窒素をとり込んで、土中に固定することができる。他方、マメ科植物は光合成して得た栄養(炭水化物)を根を通して根粒菌に与える。共生する両者の働きによって、やせた土地に栄養を与えて地力を回復させるのだ。こうしてマメ科植物は農耕が開始された頃から、土を肥やすために習慣的に植えられてきたといわれる。そして、穀物と豆を一緒に食べることが相乗効果を発揮して、人間に必要な栄養をあまさず供給してくれていた。

 

化学肥料で姿消す

 

 ところが第二次世界大戦後、畑からマメ科植物の姿が消えた。戦争中は欧米諸国の武器製造に利用されてきた合成窒素が、戦争が終わるとあり余ったため、米国政府がその合成窒素を農業で使うよう奨励したからだ。こうして世界の食料供給は、大企業の化学肥料に依存するようになった。それまで天然の窒素供給源として頼りにされてきたマメ科植物は、はじき出された。

 

 化学肥料のおかげで農業の生産性は急上昇したが、農家はトラクターやコンバインなどの大がかりな機械を売りつけられ、やがて大規模農家が零細農家を駆逐し、こうして工業型農業が支配的になった。大量生産された余剰農産物は世界各国に輸出されるようになり、各国の生殺与奪の権を握ろうとする食料戦略が生まれた。

 

 その行き着いた先が、1996年にモンサントが売り出した、除草剤ラウンドアップに耐性を持つよう遺伝子組み換えされた大豆である。今ではラウンドアップの発がん性を認める判決があいつぎ、ラウンドアップの主成分であるグリホサートを禁止する動きが世界各国で広がっている。

 

 また、最新のフードテクノロジーを応用してつくった大豆由来の「インポッシブル・バーガー」なるものが登場した。開発・販売しているインポッシブル・フーズ社は「本物の牛肉の味、香り、食感、すべてを再現している」と謳うが、FDA(米国食品医薬品局)が「人類はいまだかつて大豆由来のこの成分を摂取したことがない」と健康被害が起こる可能性を指摘した。しかし同社は昨年、ファストフード最大手のバーガーキングとの業務提携を発表している。

 

 これは、もうけのためには人間の健康も自然環境も破壊して恥じない、工業型農業の反社会性をあらわしている。

 

 著者は、イタリアが国を挙げて豆などの希少な在来種の保護にとりくんでおり、豆の原産地では豆祭りも開催されていることや、フランスには食品の安全性と品質保証の目印である「赤ラベル」など、独自の食の保護システムがあり、それによって複数の在来種の豆を守っていることも報告している。世界的に安全な食と農業のあり方への関心が高まり、グローバル企業の規制に動いていることがわかる。

 

 なお、巻末には世界各地の豆料理のレシピが掲載されている。

 

原書房発行、四六判・186ページ、2200円+税

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