いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『BLACK LIVES MATTER』 著・河出書房新社編集部

 10人を上回る日本とアメリカの知識人の論評、およびニューヨーク在住の高祖岩三郎とマット・ピーターソン両氏の関係者へのインタビューや現地報告をまとめたもの。新型コロナのパンデミックのなかで、全米に広がるブラック・ライブズ・マター(BLM)運動に参加している人々の声や実際の運動を通じて、アメリカ各地の窮乏化と連帯と抵抗の実情を伝え、アメリカ社会にどんな変化が生まれているのかを提示している。

 

 たとえばニューヨークの例。ニューヨーク州知事がコロナ緊急事態宣言を発令したとき、ニューヨーク市ではウッドパインと呼ばれるコミュニティ運動が住民の食料危機を救うために機能した。ウッドパインはウォール街占拠運動をひき継いで2013年にできた社会センターで、本屋兼カフェのトポスブックスとともに地域の相互扶助の中継基地となり、田舎の農場の友人たちと連携して安全安心安価な野菜の販売などをおこなってきた。それが緊急事態宣言下では共有食料庫に変わり、野宿者の支援などにも動いた。人と人とのつながりは1000人規模に広がったという。

 

 3月からは『フリー・リッジウッド』という広報誌の出版を開始。ニューヨークのさまざまなコミュニティ運動の紹介、さまざまな人種の移民商店のインタビューなどで構成されている。

 

 全米にこのウッドパインのような相互扶助的基地が出現しており、コロナ禍のもとで、住民の健康問題や失業、借金、住居問題などにとりくむ共同体の力を強めている。それは「災害連合主義」と呼ばれているが、こうした連携が左翼の支部にかわって住民運動の根拠地になるだろうといわれている。

 

 そこに起こったのがミネアポリス市の黒人殺害事件(5月最終週)で、1968年以来といわれる全米でのBLM運動の爆発となった。ウォール街占拠運動より前は、大規模な集会やデモは上から下に組織され、活動家によって形式化された委員会が重視されたが、今では運動は水平的に組織され、より直接的に行動を組織しているという。

 

 この運動は幅広い人々を巻き込みつつ、そのなかで「アメリカ国家社会と資本主義の成立に根底から挑戦する二つのラジカルな論議が起こっている」(マット・ピーターソン)という。一つが警察の廃止、つまり囚人を搾取する刑務所ビジネス=獄産複合体の解体である。もう一つが、「新世界」「新大陸発見」「奴隷解放」「自由で民主主義の社会」などアメリカ建国にまつわる神話を抜本的に問い直すもので、それが植民地主義と奴隷制の暴力を担ったコロンブスやセオドア・ルーズベルトなどの銅像の引き倒しになっている。この意識と運動はヨーロッパにも広がっている。

 

 BLM運動の全米の支持率は、2014年の40%から、今では60%に達している。それはより多くの人々が、この権力と資本主義への挑戦を、自分のものとして受け入れ始めたことを示していると論議されている。

 

 ここ数年、黒人や先住民が警官によって殺害される事件が多発しているシアトル市では、夜間外出禁止令にもかかわらず、住民が抗議のために毎晩警察署を包囲するなか、警察は6月に警察署から出て行くことを発表した。警察を擁護した市長や市議会議員、メディアの本性もあばかれた。その後、住民たちはキャピトル・ヒル自治区をつくって自主的に運営している。これについて、現地にいる2人の住民へのインタビューが掲載されている。

 

 自治区では黒人の解放と警察の解体が一致した考え方になっているようだ。そこには公式のリーダーはおらず、さまざまなワーキング・グループが役割をひき受けている。診療所があり、十分な量の食料があり、ゴミ収集の体系があり、貧困層は日々直面してきた警察の暴力から自由だ。毎日昼の3時に全体集会が開かれ、誰かが問題を起こせば、周りにいる誰かが考え得るかぎりのベストな方法で仲裁に入り、必要なら助けを呼んだりしているという。

 

 運動は古いものを壊して新しいものを生み出す発展途上にあり、事態は混沌としているようだ。ただ、末期症状を示すアメリカ資本主義のなかで、相互扶助を旨とする住民パワーの力強さは感じることができる。

 (河出書房新社発行、B6判・207ページ、定価1800円+税

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