いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『督促OL 指導日記』 著・榎本まみ

 顧客からの電話による商品についての問い合わせやクレームを受けたり、商品を電話で売り込んだりするコールセンターには、現在全国で60万人以上が働いている。その多くがパートやバイト、派遣社員や契約社員といった非正規雇用で、大半が若い女性であり、なかにはシングルマザーや学生、リストラにあった中高年、俳優をめざしている若者などもいる。最近ではネット通販の拡大で、ネット通販事業者のコールセンターが爆発的に増えているという。

 

 著者はある信販会社に新卒で就職し、同社のコールセンターの中の、クレジットカードの支払いを延滞している顧客に支払いを督促する電話をかける部署に配属された。現在は新人オペレーターの教育係兼クレーム対応を代わるSV(スーパーバイザー)で、今までの経験をイラスト付きでルポしたのが本書だ。

 

 コールセンターでは、朝出社してから夜退社するまで、1日中ブースに座って電話をかけ続ける。著者は多いときには朝8時から夜9時まで、1日500本以上の電話をかけたこともある。しかも多重債務者や払いたくても払えない顧客から怒鳴られながら、金を回収する仕事である。

 

 コールセンターのフロアは広く、そこで何百人というオペレーターが1日中電話でしゃべっている。壁には入電数を示す液晶のボードが掲げられ、電話を待っている顧客の人数を「待ち呼」という数字でカウントして表示している。電話が集中すると「待ち呼」の数はものすごいスピードで増えていき、一定数をこえると緑色から注意を促す真っ赤に変わる。すると、すかさず上司の怒号が飛ぶ。

 

 また、コールセンターにかかってくる電話のうち、どのくらい電話に出ることができたかを示す「応答率」という数字があり、日/月/年単位で目標数値が設定されている。応答率をリアルタイムで監視する「応答率担当」がオペレーターに、「電話を取れ!」と叫び続けることになる。

 

 驚くことに、コールセンターでは顧客に失礼になるからと「電話をオペレーターの側から切ってはいけない」という決まりがある。したがって運悪く尋常ならざるクレーマーに捕まったときには、深夜までコールセンターにとり残されたり、電話を切った瞬間にトイレに駆け込むこともしばしばあるという。

 

 最近では1週間や1カ月といったごく短期間だけ設置されるコールセンターがある。発売後に商品に欠陥が見つかった場合などで、そこでオペレーターは毎日ひたすら謝り続ける。その職場の女子トイレには、怒りにまかせて殴ってできた穴が空いていた。

 

 顧客から怒鳴られ、上司から怒鳴られる苦痛に耐えかねて、コールセンターは突然休んだり辞めたりする人が後を絶たない。著者のいた督促の職場では、1年で8割が辞めたそうだ。だから慢性的な人手不足で、年中募集と採用がくり返される。

 

 近代的なビルの近代的なフロアでくり返される、前近代的な奴隷労働--こうしたコールセンターが増えているのは、同じ業務を1カ所にまとめてそれだけをおこなえば効率が上がるという「業務集約」が広がっているからだ。だがその効率化が、現場の当事者にとっては非人間的で耐えがたい職場環境をつくり出している。

 

 最近では、テレマーケティング・アウトソーサーと呼ばれる、コールセンターにかかわるあらゆる業務を請け負うサービス会社が生まれている。企業が効率化のためにコールセンターを外注化するわけだが、そのサービス会社の社員は全国各地を飛び回ることが強いられる。昨年は名古屋の自動車メーカーのコールセンターでリコールの対応をし、今月は埼玉県の保険のコールセンターで事故受付をし、来月は池袋の食品メーカーのコールセンターで苦情対応をするというように。絶え間なく勤務地と仕事内容が変わるため、担当する人間の家庭生活は犠牲にならざるをえないし、精神的な不安定さもいっそう増すに違いない。

 

 著者が描くこのような職場の実態は、大企業のもうけと株主利益のためにコストを極限まで削減した結果、そこで働く人間はいったいどうなるかという一つの典型例ではないか。もちろんそのなかでも著者のように、職場に残ったものが励ましあって、少しでもコールセンターの地位を高めようと努力する人がいる。だが、それを裏返せば、人間の労働力と時間を極限まで搾りとってやまない、金融資本主義の犯罪性が見えてくる。根本的な解決をめざさなければ未来はない。
 (文春文庫、227ページ、定価600円+税

 

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