いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『日本人が魚を食べ続けるために』 編著・秋道智彌、角南篤

 本書は冒頭、「私たちはいつまで魚を食べ続けられるか」という問いを発している。といっても、漁獲量の減少、漁師や市場関係者の高齢化をあげつらう悲観論ではない。また、欧米から持ち込まれたIQ・ITQといった資源管理を安易に導入する必要はなく、生産者である漁民の知恵に配慮しないのは机上の空論であるとして、変動する海の生態と経済動向を柔軟にとらえ日本型の資源管理をめざせばよいという立場に立っている。そこから全国の研究者や水産業経営者らが13本の論文と9本のコラムを書いている。

 

 世界の天然魚の年間漁獲量は、1995年に8600万㌧のピークに達し、その後は少しずつ減って8000万㌧前後で推移している。これに対して世界の養殖・畜養生産量は、半世紀前にはわずかだったものが、2014年に漁獲量を上回って年年増加している。しかし大部分は内水面で、海産魚の生産の伸びは大きくない。

 

 世界的に魚の消費量が増大するなか、本書の中では、天然魚を増やすための人工湧昇(深海に溜まっている肥料を多く含んだ海水を生産層内に上昇させ、植物性プランクトンを増やす)の試みや、人工種苗による完全養殖の試みが紹介されている。ただし両者のバランスが重要で、天然の味を持った多様な魚を利用する漁獲と、人人の好みにあった限られた魚種を大量に生産できる養殖の双方の利点を生かすのが最良だという。それが畜産だけになってしまった食肉ではできないことだ、と。

 

 本書のなかでは、各地の漁業振興に向けた努力が目を引く。

 

 たとえば、静岡県駿河湾のサクラエビ漁業が紹介されている。富士川河口沖で、春(3月下旬から6月下旬)と秋(10月下旬から12月下旬)の年2回、夜間にエビが中層に上昇している間におこなう。一つの網を2隻が曳く船曳き網漁で、60カ統・120隻が創業している。加工業者も70社あるという。

 

 だがそれも、最盛期に年間3000㌧獲れていたものが、2000年代に入って2000㌧、1000㌧と減り、エビそのものの小型化も問題になった。そこで漁業者間で操業日数や時間、目標漁獲量、操業方式を決め、総水揚げ高の五%を市場手数料として控除したうえ、残りを120隻に均等分配するプール制を実施している。森・里・海の循環や海底湧水の役割を踏まえた沿岸域の整備も進めている。

 

 また、福井県小浜市は「地域資源を生かした豊かな町づくり」をめざし、その中心に“食”を掲げて、「身土不二」の理念にもとづく地産地消を実行している。すべての小中学校が地場産学校給食を実施しており、海辺の小学校ではコメや野菜に加えて若狭湾で水揚げされたタイやカレイが一匹丸ごと並ぶ。

 

 生産農家と栄養士や給食調理員で協議会を立ち上げ、前月に決まる献立表にもとづいて細かく出荷量を調整するしくみができた。子どもたちは給食の時間に校内放送で生産者の苦労を紹介し、給食感謝祭を開催して生産者や給食調理員に感謝の作文を手渡した。子どもたちの喜ぶ顔が生産者の何物にも代えがたい生きがいとなり、減農薬農業やそのための勉強会の開催にもつながっており、給食調理員も食べ残しが減っていることを喜び、常に地域の学校給食畑を見回るようになったという。

 

 さらに、大分県臼杵市はタチウオ漁が有名だが、水揚げされたタチウオはほとんどが福岡市に共同出荷されるため、市民が臼杵産の魚を購入でき、食べられるしくみづくりを始めた。

 

 大分県漁協臼杵支店が主体となり、毎週土曜日の競りが終わった午前7時半から始まる「うすき海鮮朝市」もその一つで、競り落とされたばかりの新鮮な魚を市民がその場で購入できる。来場者は40人程度と小規模ながら、毎週継続的におこなうことで市民のなかに定着してきた。漁師の奥さんによる捌きサービスが評判で、どんな料理にしたらおいしいかの魚食普及の場にもなっている。臼杵産の魚をふんだんに使ったワンコインの海鮮丼も好評だという。

 

 また、臼杵市以外ではあまり食べられないカマガリ(クログチ)を、カマガリ炙り丼やカマガリバーガーとして売り出している。身がほくほくしておいしいカマガリフライをパンではさみ、臼杵の醤油メーカー二社のソースと臼杵特産のかぼすをかけたバーガーは、大分県のB級グルメ・ナンバー1決定戦で3位に入賞した。

 

 本書のなかでは、大量生産、大量消費を前提にした大手中心の流通こそが資源の無駄な浪費そのものであり、それに対置して、そうした流通に乗らないサイズのふぞろいな、供給量の少ない地場の魚の有効利用も提起している。東京一極集中ではなく、地域から漁業、水産加工業、流通業を興し、地方が主体となって魚食文化を発信していくこと、それを本書の結論として提起している。


 (西日本出版社発行、A5判・262ページ、定価1600円+税

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