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『過疎医療はおもしろい!』 著・大森英俊

 人口減少、少子高齢化が進む日本では、団塊の世代がすべて後期高齢者(75歳以上)になる2025年頃には、医療、介護は危機に瀕するといわれている。しかしそれは「過疎地」「僻地」ではすでに以前から進行している問題だ。本書は、茨城県常陸太田市の美里地区という、福島県境の山間にある人口3000人、高齢化率50%の地域で、25年間開業医をやってきた著者が、その実態を知ってもらおうと執筆したものである。

 

 著者は、常陸太田市の中心部にある診療所で外来患者を診るとともに、訪問診療や巡回診療で交通の便の悪い地域の高齢者宅を回っている。著者は、過疎地医療を続けていくことで、医療とはそもそもどういうものなのか、医師はどのような医療を提供すべきかという、一人一人の医師に問いかけられているもっとも根源的な課題と答えが見えてくるという。

 

 医療はこの100年でめざましい進歩を遂げ、各分野はより細かく専門分化してきた。それは先端機器の進歩とともに、人人の健康に大きく貢献している。その一方で電子カルテが当たり前になり、医者は患者の顔ではなくパソコンのデータに集中しがちだ。

 

 しかし過疎地医療を続けるなかで、「患者さんを全体で診る」、つまり診るのは体だけでなく心も一緒、生活のバックグラウンドまで見て患者さん全体を理解する、さらに地域コミュニティ全体まで見ていく、という姿勢が身についたという。

 

 あるとき、80代の老婦人に直腸ガンが見つかった。幸い初期だったので手術を勧めたが、彼女は断った。よくよく聞いてみると、手術の費用を息子夫婦に負担させるわけにいかない、歳とってまで迷惑をかけたくないとの思いからだった。その回答は医学部のテキストには書いてないが、人人のなかにわけいってその解決を求めていくことに喜びもある。また、医療と看護、介護、また地域行政とも有機的に結びついた患者を支える仕組みが不可欠であり、医者が医療以外の分野の仕事を尊敬し連係を深める努力が不可欠だとのべている。

 

 本書の中では、半年交代で研修にやってくる筑波大学の若き研修医たちのレポートもたくさん紹介されている。最初は単位をとるためだけに来ていた彼らも、著者と患者やその家族との深い交流を目の当たりにして、それまでの学部の勉強とは違った価値観を学び、半年後に大学に戻る頃には地域の住民との密接な人間関係ができていることもしばしばだという。

 

 国の医療切り捨て策のなかで、最近、大森医院の病棟は廃止となった。しかし著者はそれに負けることなく、大森医院を複数の医師態勢にしてベースキャンプにし、いくつかの過疎地にサテライト診療所を整備して交代で医師を派遣し、さらに住民の少ない過疎地には巡回診療をおこなう構想を進めている。茨城県の無医地域をゼロにしようと、著者の奮闘は続く。

 (現代書林発行、四六判・184ページ、定価1300円+税

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