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パレスチナ・イスラエル紛争の背景について《2》 現代イスラム研究センター理事長・宮田律

イスラエルによる民間人の密集居住区への無差別爆撃がおこなわれているパレスチナ自治区ガザ(8日)

■イスラエルのアパルトヘイト体制を放置し、ハマスは「残虐」と非難する欧米の無責任(10月11日)

 

宮田律氏

 イスラエルのネタニヤフ首相は9日、「ハマスはISだ」とし「世界がISを打ち負かしたようにイスラエルもハマスを打ち負かす」と述べた。アメリカ国防総省高官は、ハマスによる前例のない攻撃について、「その野蛮な残酷ぶりは、ISに匹敵する」と非難した。(BBCニュース)

 

 しかし、イスラエルによる長年にわたるアパルトヘイト体制を放置してハマスにはIS並みの残虐ぶりがあるとアメリカをはじめとする欧米が主張するのは無責任だ。むろん、パレスチナ独立国家を認めず、ガザを封鎖し、アパルトヘイト体制を敷いてきたネタニヤフ氏がハマスを「残虐」と形容する資格は微塵もない。イスラエルのアパルトヘイトは現在も継続する事象で、イスラエルは2007年以来ハマスが支配するガザ地区を封鎖し、そこにパレスチナ人を閉じ込めて、イスラエル人との一切の交流がないようにしてきた。

 

 国際的人権団体である「アムネスティ・インターナショナル」「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」はイスラエルを「アパルトヘイト国家」と形容している。アパルトヘイトが世界人権宣言(1948年)や1973年11月30日に国際連合総会が採択した「アパルトヘイト罪の鎮圧と処罰に関する国際条約」など国際法に違反することはいうまでもない。(アパルトヘイトと国際法の関連については家正治「アパルトヘイトに対する国際連合の活動」などをご覧頂きたい) https://core.ac.uk/download/pdf/83078905.pdf

 

 2018年7月、イスラエル国会は、同国が「ユダヤ人の民族的郷土」であり、ユダヤ人の言語であるヘブライ語が国語であると規定し、東西エルサレムをイスラエルの首都とする法案を可決した。イスラエル国内には20%のアラブ系市民がおり、ヘブライ語を国語としたことは、イスラエルが公式にアラブ人を「二級市民」とするアパルトヘイト国家になったことを明らかにした。それはあたかもアメリカが白人のクリスチャンの国家であることを宣言し、アフリカ系やヒスパニック系の人々を排除して、英語を唯一の公式言語とするようなものだった。

 

 かつてイスラエルを構成するユダヤ人たちはヨーロッパ・キリスト教世界で「二級市民」として扱われていたが、同じ「人道上の罪」をアラブ人に対しておこなっている。2002年に発効した「国際刑事裁判所ローマ規程」ではアパルトヘイトを「人道に対する罪」と規定した。

 

 少々古いデータだが、イスラエルの「ハアレツ」紙が2012年10月にイスラエル人500人余りにおこなった世論調査によれば、回答した3分の2以上のイスラエルのユダヤ人が、ヨルダン川西岸がイスラエルに併合された場合、パレスチナ人には選挙で投票する権利を否定すべきであると回答した。

 

 また、4分の3がイスラエル人とパレスチナ人の道路を分けるべきだと考え、58%がパレスチナ人に対するアパルトヘイトがすでに存在するとしている。さらに3分の1がイスラエル国内にいるパレスチナ人の投票権が取り消されるべきであると答えた。また、およそ4割がパレスチナ人と職場や学校を共有したくないと回答している。正統派のユダヤ人たちの70%はパレスチナ人が投票することを禁じるべきだと考え、95%がパレスチナ人に対する差別を正当化した。

 

 ジミー・カーター元大統領は『カーター、パレスチナを語る――アパルトヘイトではなく平和を』(邦訳は2008年出版)と題する本を著し、米国内の親イスラエル・ロビーから激しい反発を招いたが、イスラエルには現にアパルトヘイト体制が存在することはこの世論調査からも明らかだった。カーター氏はイスラエルにアパルトヘイトがあると認めて、訴えた米国で、最初の唯一の大統領経験者で、イスラエルの占領地における入植地の拡大が中東地域の安定や平和にとって重大な障害であると説いた。南アフリカの反アパルトヘイト運動の指導者ネルソン・マンデラ氏は「パレスチナ人の自由なしにわれわれの『自由』も不完全だ」と述べた。

 

 南アフリカでは、アフリカ人の土地所有権をわずかな不毛の地「保護区(Reserve)」に限り、ここから流出するアフリカ人を無権利な外国人扱いとして、氏名、部族等を明記し、雇用者のサインで有効となる「パス」によってコントロールしていった。パスを携帯しないだけで犯罪となり、アフリカ人たちは社会生活では住宅地から公共施設まで分離されるようになり、反アパルトヘイトの活動家たちには恣意的な逮捕や拷問までもおこなわれた。イスラエルが2007年からガザを経済封鎖し、パレスチナ人の政治犯を逮捕、またヨルダン川西岸の水資源の85%を支配している。(アルジャジーラによる数字)

 

 イスラエルは占領地であるヨルダン川西岸と東エルサレムに70万人のユダヤ人たちを住まわせ、彼らは厚くて、高い分離壁によって護られて暮らしている。ヨルダン川西岸には320万人のパレスチナ人が居住するが、イスラエルはパレスチナ国家を認めず、彼らに「国籍」を与えていない。ヨルダン川西岸におけるパレスチナ人の移動はかつての南アフリカのように、「パス(身分証)」によって制限される。パレスチナ人たちには基本的な人権も、労働の自由も、組合運動、教育の保障、言論の自由も与えられていない。まさにかつての南アフリカのアパルトヘイト政策で、国際社会の声が南アフリカのアパルトヘイト撤廃に力をもったように、パレスチナのアパルトヘイトにも同様な声を上げていくことが求められている。

 

イスラエルの爆撃による死者が増え続けているパレスチナ自治区ガザ(12日)

■イスラエル軍のガザへの地上侵攻はイスラエルに安全をもたらさない(10月12日)

 

 ハマスの攻撃を受けてイスラエル軍がガザに地上侵攻する可能性が指摘されるようになった。イスラエルが地上侵攻しても達成されるものはほとんどなく、暴力はさらなる暴力の連鎖を生むだけだ。

 

 記憶にあるのは2014年のイスラエル軍によるガザ空爆と地上侵攻だ。この攻撃でパレスチナ人が2300人以上犠牲になったが、ハマスの暴力はいっこうに止むことなく、今回のようなハマスによる大規模な奇襲攻撃となり、イスラエル人にも1200人以上の犠牲が出た。ネタニヤフ政権が繰り返してきたガザ攻撃がイスラエルの安全保障に役立ったということはまったくなく、イスラエルの度重なる空爆や攻撃がガザ社会のいっそうの急進化をもたらしてきた。実際、パレスチナには武装集団に入る若者たちが絶えないし、若い世代による新しい武装集団も生まれるようになった。

 

 2007年以来続くイスラエルの経済封鎖によってガザでは、空爆の負傷者たちの医薬品や、その搬送のための救急車のガソリンも不足するようになっている。今回、イスラエル軍は病院や救急車まで攻撃目標にし、まさに人道に対する罪を犯すようになった。

 

 イスラエル空軍(航空宇宙軍)はボーイングAH-64アパッチ攻撃ヘリ、F-15、F-16、F-35というジェット戦闘機を保有し、その空軍力は2023年の世界ランキングで9番目の規模とされる。(ちなみに日本の自衛隊は8番目、日本政府がしきりに脅威を強調する北朝鮮は44番目・https://www.wdmma.org/ranking.php

 

 それに対して、ガザのハマスなどの軍事部門がもつのはカラシニコフ銃などの小火器、手作りのロケット弾や爆弾ぐらいしかない。しかし、地上侵攻になったら、長年の経済封鎖で希望がもてないガザの武装集団は自爆攻撃など捨て身の攻撃を多用し、イスラエル軍に対して必死の抵抗を試みるだろう。ガザ住民はもちろんのこと、ハマスに人質にとられたイスラエル人、そしてイスラエル軍兵士たちにも相当な犠牲が出るに違いない。

 

 イスラエルが輸出する兵器の性能は、繰り返されてきたガザ攻撃で試されているとも見られ、ガザはイスラエルの軍需産業の実験場ともなってきた。イスラエル国防軍は軍需産業にその兵器の性能や成果を報告してきた。まさにイスラエルの軍産複合体の癒着構造である。

 

 2022年に、イスラエルの武器輸出が増加したのは、アラブ諸国とのアブラハム合意と、ウクライナ戦争が背景にある。爆弾やミサイルなどの軍需品を輸出する国は42カ国から61カ国に増えた。サイバーセキュリティ関連の輸出は67カ国から83カ国に増加している。

 

 今回、ハマスの攻撃を受けてイスラエルはガザに過去最大規模の空爆をおこない、10日現在で700人のパレスチナ人が犠牲になった。ガザの発電所への燃料の供給が止まり、ガザの住民たちは電力なしの生活を余儀なくされている。電力がなければ、病院の医療機器も稼働できない。

 

 イスラエルがガザを地上攻撃するのは、ハマスなどの武装集団がつくったガザのトンネルを破壊するという目的もある。トンネルは武装集団の司令部が置かれたり、兵器庫あるいは戦闘や物資の輸送のために掘られたりしている。ハマスやイスラム聖戦など武装集団は、ベトナム戦争の際に民族解放戦線(通称ベトコン)がとったゲリラ作戦に戦術から教訓を得て、ガザに張り巡らしたトンネルからイスラエル軍を攻撃するに違いない。イスラエルは、ハマスのメンバーたちを殺害するか、あるいは捕らえてイスラエルで拘禁したり、イスラエルから遠く離れた国々に送ったりして、イスラエルの安全保障にとっての脅威をできる限りなくすことを考えていくのだろう。

 

 1982年のイスラエルのレバノン侵攻によって制圧され、レバノンでの活動の終焉を余儀なくされたPLO(パレスチナ解放機構)はチュニジアなど遠く離れた地域で活動するようになったもののパレスチナ人の支持を決して失わなかった。1994年にアラファト議長がチュニスから帰国した際に熱狂的に迎え入れられたのも、その政治力がパレスチナ人の間で決して低下していなかったことを表していた。

 

 抑圧と占領がレジスタンス(抵抗)をつくり出すことは世界の近現代史をひも解いても明らかで、米軍もイラク戦争ではスンニ派の武装集団を、またアフガン戦争でもタリバンの活動を根絶することはできなかった。地上侵攻による軍事的制圧は、ハマスなど武装集団の求心力を高め、結局はイスラエルの安全を損なうことになるだろう。多くの犠牲者を出す地上侵攻はイスラエルの安全保障のためにならず、やはり止めたほうがいい。

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