いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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ノーム・チョムスキーが語る ウクライナ戦争とアメリカの巨大な欺瞞 スケイヒル氏のインタビューより

 アメリカのオンライン雑誌『The Intercept』(インターセプト)は4月15日、同紙の編集者であるジェレミー・スケイヒル氏が、ウクライナ問題をめぐってマサチューセッツ工科大学の名誉教授で世界的な哲学者でもあるノーム・チョムスキー氏におこなったインタビュービデオを公開した。このインタビューでは、ウクライナ危機に対して交渉による事態の沈静化を図るのではなく、武器供与をはじめ攻撃的な言動で対立を煽り続けて戦闘を長期化させてきた米バイデン政府の姿を浮き彫りにするとともに、戦争終結のための最善策についても言及している。

 
 さらに両者は論議のなかで、アメリカをはじめ欧州など西側の情報を流布しプロパガンダに加担するメディアの欺瞞性についても鋭く切り込んでいる。そして、これまでにアメリカが公然とおこなってきた数々の戦争犯罪について暴きながら、現在対ロ政策をめぐっても国際的な支持が乏しく孤立している現状を映し出している。インタビューをおこなったスケイヒル氏は、インターセプトの編集者。同氏は“殺しのライセンス”を持つアメリカの“影の軍隊”と呼ばれる傭兵企業の実態に迫る『ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業』の著者であり、さらに米国政府が戦闘を続ける理由と米軍による戦闘活動の実態を追ったドキュメンタリー『ダーティー・ウォー』でプロデューサーを務めている。今回のインタビューは、スケイヒル氏がウクライナ問題をめぐって米国内外で起きている問題について提起・質問し、チョムスキー氏が詳しく応えていく形で約1時間にわたって進行していく。インタビューの内容を紹介する。

 

◇     ◇

 

スケイヒル氏

 スケイヒル ロシアによるウクライナ侵攻について議論したい。ウクライナから発信される恐怖、流血、虐殺、殺戮を目の当たりにしてきた。しかし、同時にわれわれは、ヨーロッパにおける米国の武装主義を拡大しようとする主張を目の当たりにし、ヨーロッパ各国政府は軍事設備の増額や、武器商人としての活動を拡大させると公言している。アメリカは現在、世界最大の武器商人だ。同時にチョムスキー教授は、これは国家がおこなった侵略行為であり、2003年のアメリカのイラク侵攻や1939年のソ連とナチスドイツの両方によるポーランド侵攻と並んで歴史に刻まれると指摘している。

 

 まずはじめに、アメリカの左派の反戦活動家たちの間で、プーチンのウクライナ侵攻の決定と私たちが目にしている大量殺戮に対して、公正な対応とはどのようなものかについて多くの議論がおこなわれている。今回、私たちはより広い歴史的背景について話し合う時間をとることができた。教授は他のインタビューでもこのことについて多くの議論を重ねているが、この侵略に対するアメリカ、NATO、EUの対応であなたが正当だと思う点は何か? ウクライナへの武器供与、徹底した経済制裁により、ロシアとプーチンだけでなく、一般のロシア人を完全に孤立させようとする試みは正当だと思うか? そして、アメリカ、NATO、欧州連合によるこの対応に賛成か?

 

チョムスキー氏

 チョムスキー ウクライナの自衛努力への支援は正当なものだと思う。もしそうなら、当然、慎重に支援の規模を調整しなければならない。でないと実際に彼らの状況の改善にはならないし、いたずらに紛争をエスカレートさせ、ウクライナの破壊につながるだけだ。侵略者に対する制裁をこえて、アメリカがイラクやアフガニスタン、その他多くの国に侵略したときにおこなわれた米政府への批判のように適切にすべきだ。

 

 もちろん、アメリカの力を考えればそんな批判は無視するだろうし、実際、それがおこなわれたのは一度だけで、アメリカはただ事実を受け流し、紛争をエスカレートさせただけだった。ニカラグア事件(1984年・アメリカが軍事介入)ではアメリカは世界裁判所に提訴され、不法な武力行使の停止や、賠償金の支払いを命じられても、紛争をエスカレートさせる対応しかしなかったからだ。だから、アメリカが自発的に抑制することは考えられないが、支援の程度を熟慮することが適切だろう。やはり、支援ばかりを強化すればいいと考えるのはちょっと違うと思う。

 

 ウクライナの厳しい運命と、さらなる破壊から救うために、何をするのが最善なのか。それはまさに、交渉による解決に向かうことだ。ほぼ議論の余地のない、単純な事実がある。それは、この戦争が終わるには二つのケースしかないということだ。

 

 一つは、基本的にどちらか一方が破壊される場合だ。この場合、ロシアが破壊されることはないだろう。つまり、ウクライナが破壊される場合だ。もう一つのケースは、何らかの交渉による解決だ。第三のケースがあるとしても、まだ誰もそれを見つけ出してはいない。だから、私たちが今後すべきことを整理するなら、あなたがおっしゃったようなことすべてをつぎ込むことだ。

 

 事実、今ウクライナ人をさらなる大惨事から救うための、交渉による和解の可能性が前進しているように思える(インタビュー当時)。それが最大の焦点となるべきだ。しかしその際、プーチンや彼をとり巻く少数の組織の心の中を覗こうとしてはいけない。推測することはできても、それをもとに多くの決断をすることは得策ではない。

 

 しかし、アメリカの行動方針を見れば、私たちのとるべき方法を明確に示してくれるだろう。このアメリカの方針とは、「いかなる形の交渉も拒否する」ということだ。少し前に遡るが、この明確な方針は、2021年9月1日の共同方針声明で決定的な形となり、その後11月10日の合意憲章でくり返され、強化された。その内容を見ると、「基本的に(ロシアとは)交渉はしない」と書いてある。そして、「NATO加盟のための強化プログラム」と呼ばれるものに移行するようウクライナに要求している。これは、バイデンによる侵略の予告の前だが、ウクライナに交渉の余地をなくすことだった。つまりウクライナへの最新兵器の供与の増加、軍事訓練の強化、合同軍事演習、国境配備の武器の供与を指している。

 

 断言はできないが、このアメリカ政府の強硬な発言が、プーチンとその周辺への警告から、直接の侵攻へと導く要因になった可能性があると思う。しかし、バイデンのアメリカがその方針を貫く限り、チャス・フリーマン元サウジアラビア大使の言葉を借りれば、「最後の一人になるまで、ウクライナ人は戦え」といっているのと基本的には同じだ。

 

 あなたが提起した疑問は重要であり、実に興味深いものだ。自衛するウクライナ人に自衛のための十分な軍事的支援を与えつつ、大規模な破壊につながるエスカレーションを招かないようにするには、どのような軍事的支援が必要なのか? また、侵略者を抑止するためにはどのような制裁措置が有効なのか? これらを検討することは非常に重要だ。でも、交渉による解決という第一の必要性に比べれば、とるに足らないものだ。それはウクライナの破壊にかわる唯一の選択肢だ。もちろん、ロシアには破壊する力があるからだ。

 

ゼレンスキーの戯画化 欧米メディアの手法

 

 スケイヒル 興味深いのは、ゼレンスキーが特にアメリカや西ヨーロッパのメディアからもてはやされていることだ。さらに、過去の歴史的人物になぞらえて、一種のヒーローのように「戯画化」されていることだ。そしてメディアが、しばしば彼の発言を切りとって、最後まで戦い抜く反抗的な指導者のように「意図的に」見せようとしている点だ。しかし、その行間を読み、ウクライナの交渉担当者の発言や、和平の条件について迫られたゼレンスキーの発言を読むと、彼はあなたが指摘した要因、つまり交渉で終わらせなければならないことを非常に強く意識しているように見える。

 

 そして、ゼレンスキーをまつり上げたこの神話を永続させるために、米国と欧州のメディアが意図している役割について問いたい。このメディアの手法は、ウクライナの交渉担当者やゼレンスキーがニュアンスに富んだ話し方をしているときに、その真剣さを損なわせているような気がする。ウクライナ自身が受け入れるといっている条件に耳を傾けようとせず、一種の戯画を作り出そうとする意図があるように思える。

 

 チョムスキー まったくその通りだ。メディア報道を見ると、ゼレンスキーが政治的解決の可能性についてのべた、非常に明確で明白で真剣な発言のほとんど、特に重要なのは「ウクライナ中立化を受け入れる」といった彼の発言は、文字通り報道されなかった。そして、ゼレンスキーをウィンストン・チャーチルになぞらえたり、その型に当てはめようとした議員や人間によって、彼の持つ本質は、脇に追いやられてしまった。もちろん、彼はウクライナ人が生き残れるかどうかを気にかけていることは明らかだ。それゆえ、事実、交渉の基礎となりうる妥当な提案を次々とロシアにうち出している。政治的解決の内容やだいたいの方向性は、ロシアとウクライナ双方で、以前からかなり明確になっているということに注意しておく必要がある。実際、もし以前からアメリカがそのことを検討する気があったならば、今回の侵略はまったくなかったかもしれない。

 

 侵略の前、アメリカには基本的に二つの選択肢があった。一つは、先ほど説明したような強硬な姿勢を貫くことで、交渉を不可能とし、戦争に発展させること。もう一つは、利用可能な選択肢を追求することだった。実は、戦争によって可能性は弱まっているものの、その基本的条件はかなり明確なので、まだある程度は実現できる場合もある。

 

 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は侵攻の初めに、ロシアには二つの主要な目的があると発言た。それは、ウクライナの「中立化」と「非武装化」だ。もちろん非武装化といっても、すべての武器の所有を放棄することではない。NATOとの相互作用により、ロシアを標的にした「重火器」武装を排除するということだ。

 

 ラブロフの言葉が基本的に意味するのは、ウクライナをいわば「メキシコ化」することだ。メキシコは、世界において自分の道を選ぶことができる、ごく当たり前の主権国家だ。しかし、もしメキシコが中国が主導する軍事同盟に参加して、先端的兵器や中国製の武器をアメリカとの国境に配備したり、人民解放軍と共同軍事作戦を実施したり、中国の指導者から訓練と最新兵器を受けるなどという状況が起きたとしたら、アメリカは絶対に許さない。実際、そんなことは考えられないので、あえて誰も口にしないが。もしそのような動きが少しでも起こったら、次に何が起こるかすぐにわかるから話す意味はないということだ。

 

 つまり、考えられないということだ。基本的にラブロフの提案は、こういっていると考えるともっともらしく解釈できるだろう。「ウクライナを“メキシコ化”してしまおう」。そして、それは実現可能なオプションではあったのだ。しかしアメリカは、自分自身が「そんなことは絶対に許さない」と考えていることを、ロシアに対してやろうとしたのだ。

 

住民殺害続くドンバス 8年間で1万5000人死亡

 

 チョムスキー だが、これがすべてではなく、他にも問題がある。そのひとつがクリミアだ。実際のところ、今クリミアはテーブル上の議論に乗ってはいない。アメリカは望まないかもしれないが、クリミア人は非常に満足しているのではないかと思う。しかしアメリカは「われわれは決して譲歩するつもりはない」といっているのだ。それが永遠に続く「紛争の火種」となるのだが。しかし、ゼレンスキーは賢明にもこういっている。「この問題は、今後の議論として先送りにしよう」と。それは理にかなっている。

 

 もう一つの問題は、ウクライナ東部のドンバス地域だ。この地域は八年間、双方にとって極端な暴力がおこなわれてきた地域だ。ウクライナの砲撃、ロシアの砲撃、地雷だらけ、暴力だらけだ。OSCE(欧州安全保障協力機構)やヨーロッパのオブザーバーが現地にいて、そこでの状況が定期的に報告されている。

 

ドンバス内戦におけるウクライナ軍の爆撃によって蜂の巣となったドネツク空港(2015年)

 報告書は公開されているので誰でも読むことができる。だが、彼らは暴力の原因を解明しようとはしない。それは彼らの任務ではないからだ。しかし、彼らはその過激さが日に日に増していることについて語っている。

 

 私の記憶が正しければ、「マイダン革命」以来この8年間の紛争で、この地域と周辺住民約1万5000人が殺されたと推定されている。ドンバスについては、何か手を打たなければならない。適切な対応策は住民投票だろう。これはロシアも受け入れるだろう。

 

 国際的に監視された住民投票で、地域の人々が何を望んでいるかを確認すべきだ。侵攻前に可能だったのは「ミンスク2合意」の実施だ。この合意では、より広範なウクライナ連邦のなかで、この地域に何らかの形で自治権を認めることが定められている。スイスやベルギーなど、連邦制が敷かれている地域のように、紛争はあっても連邦制のなかに組み込まれているような形だ。その可能性はあっただろう。それがうまくいくかどうかはやってみるしかないのだから。

 

 しかし、アメリカはそれをおこなおうとせず、超好戦的な立場を公式の立場として主張した。間違っていたら教えてほしいのだが、主要なマスコミのどこにも、一度としてこのことに言及しているのを見たことがない。時折、紙面の余白で、2021年9月1日のアメリカの例の「交渉拒否」の公式見解や、11月の綱領でのこの再提示や拡大について、何らかの言及があったのは知っているが……。

 

 保守系雑誌の『American Conservative』誌でひとつだけ言及されているのを見た。もちろん、左派の人々もそれについて話している。しかし、アメリカはその超好戦的な立場を主張した。でも、その逆を選ぶという選択肢もあっただろう。主たる目標をウクライナの「中立化」と「非武装化」に置く。つまり、メキシコ式の秩序を選ぶという選択だ。


 そしてクリミアに関しては、今は対処できない、と主張するゼレンスキーの賢明な立場を受け入れよう。ドンバス地域に関しては、そこに住む人々の意見に基づき、国際的に監視された住民投票によって、自治権をともなう何らかの枠組みを決定するよう努力しよう、ということだ。

 

 ロシアがこの提案に同意するかどうかはわからない。アメリカは賛成しただろうか? それもわからない。わかっているのは、それを公式に拒否していることだけだ。では、アメリカに受け入れるよう仕向けることは可能か? それもわからないが、やってみるしかない。それが私たちが望める唯一のことだ。

 

 つまり、私たちが心に留めておくべきある種の原則がある、ということだ。どんな問題であっても、もっとも重要なことは「私たちは、それに対して何ができるか?」であって、「他の誰かに何ができるのか?」ではないのだ。その点についてこそ、話す価値がある。

 

 もっとも初歩的な観点からすると、主要な問題は「私たちは、それに対して何ができるのか?」なのであって、少なくともアメリカの政策については、他のこととは違って、私たちは原理的に多くのことができるということだ。

 

ロシアを潰す戦争計画 バイデン政権の発言

 

サリバン米国家安全保障顧問

 スケイヒル バイデン政権関係者の、ここ数日のいくつかの発言について聞きたい。先日、テレビのトークショーでサリバン国家安全保障顧問とブリンケン国務長官が、ロシアの根本的な弱体化を図ることを目的とした、明らかに戦争計画に近いものをうち出し、ウクライナでの戦争はロシアを深刻に弱体化させるという目標の達成に有効なものだ、と話していた。『私たちが見たいのは、ウクライナのパニックを終わらせ、ロシアを弱め、孤立させるために、西側が一致団結して、より強い意志決定をすることだ』(サリバン国家安全保障担当大統領補佐官)。今、ウクライナで目撃されているアメリカの行動は、最終的にモスクワのプーチン政権を崩壊させることを、どの程度目指しているのだろうか?

 

 また、バイデンが「こいつはもう辞めたほうがいい」と発言したことで騒ぎになったことがあった。『この男をこのままにしておいてはいけない』――。しかし、バイデンの行動は公衆目視の場でくり広げられている。そして、多くの人は、バイデンのこの種の特定の映像に影響されすぎていると思う。彼は意図的に発言したのかもしれないが、彼が何かをいおうとしているのか、そうでないのかは今の状態では判断がつかない。それはさておき、今のアメリカの立場の大きな特徴は、ウクライナ戦争を絶好の機会と捉え、そこにプーチンの血の匂いを嗅ぎとっているのではないか。これが今の私の感想だ。

 

 チョムスキー さまざまな行動がそれを示していると思う。しかし、行動には別の重要なことがともなっていることを忘れてはいけない。すなわち「不作為」(=行動しないこと)だ。つまり、アメリカは「何をしていないのか?」だ。前述したような政策を、いまだ「とり消していない」のは、アメリカのマスコミがわざと国民に気づかせないでいるからかもしれない。でも、ロシアの情報機関が、ホワイトハウスの公式サイトに載っているものを読んでいるのは確かだろう。明らかに。

 

 つまり、アメリカ人には秘密にしておいても、ロシアはとっくに読んで知っているかもしれない。そしてロシアは、このアメリカの無策の一つをアメリカが変える気などないということを知っている。

 

 もう一つの不作為は、アメリカが交渉に参加しようとしないことだ。今、外交的解決を前進させる力を持つ国が二つある。実現するとはいわないが、前進する可能性を高められるとはいえる。その一つは中国で、もう一つはアメリカだ。中国はこの役割を拒否したことで当然批判されている。一方、アメリカに対する批判は許されないので、アメリカはこの役割を引き受けようとはしていない。さらに、先日のトークショーであなたが引用した発言が示すとおり、この役割をより避けるような行動については、アメリカは批判されない。

 

 アメリカがプーチンとその周辺をどのように動かそうとしているのか、何をいっているのか、そして、どんな意味として解釈しているのかを想像してみてほしい。「ロシアにできることなど何もない。さあ、好きなだけウクライナを破壊してくれ」「結局、ロシアは世界から退場することになる。そして、確実に未来がないようにしてやる」「ロシアは崩壊して破綻した方がいい」。先日のトークショーでの雄叫びはそういう意味なのだ。

 

 同じように、例のゼレンスキーをチャーチルになぞらえた発言も、実は、「ウクライナを滅ぼせ!」という意味だ。仮に一般アメリカ人には気づかれないようにしていても、ロシア人は認識済みの、その好戦的な方針を変えることをアメリカは拒否している。一つは、この不作為をやめるべきだ。もう一つは、中国が「やらない」ことを非難している政策を、アメリカ自身が「やる」ことだ。つまり、中国を通じて「お前たちにはもう逃げ道はない。すでに崖っぷちに立たされているのだ」と伝えるのをやめ、外交的解決を前進させるための努力に、アメリカ自身が直接関わることだ。これは実行可能なことだ。

 

意図的な戦争巡る報道 メディアの実態

 

 スケイヒル では次に、メディアの報道についてお聞きしたい。まず最初に、私たちはすでにウクライナで恐ろしい数のジャーナリストが殺害されるのをまのあたりにしている。実際、私の友人で映画監督のブレント・ルノーは、ウクライナで最初に殺されたジャーナリストの一人だ。メディア関係者のなかには、直接殺害のターゲットにされたと思われる人もおり、恐ろしい限りだ。だから、最初にいっておきたいのは、ウクライナから信じられないほど勇敢で重要なジャーナリズムが発信されており、その多くはウクライナの記者たちによっておこなわれているということだ。そして、この報道は西側に利用されることなく、それ自体で独立している必要があると思う。

 

 だが、ワシントン、ベルリン、ロンドンのスタジオに戻ると、全く別の形のメディアによる政治活動が起こっている。特に権力のある放送メディアで働く多くのジャーナリストは、いま自分たちのしていることが、米国NATOの立場を支持し、偏った結果や行動を伝えるこのメディアのプロパガンダに協力することではないか、と考えているように思える。

 

 〈アメリカ政府・記者会見での映像〉『ポーランドで物資や何かを攻撃した場合、本当に自動的にNATOの軍事的な強硬対応になるのか。それとも単に同盟国の間で対応方法について話しあうだけなのか?』『バイデン大統領は、プーチンに対して十分な強さを示しているのでしょうか?』――。

 

 スケイヒル そしてこの動きは、バイデン政権が未検証の情報を表に出し、化学兵器の使用計画に関する自分たちの情報をメディアに押しつけることによって、メディアを操作してきたことと同時に起きていることだ。

 

 〈米NBCのニュース映像〉 『ある米政府高官は、“われわれの発表する内容が、確かな情報である必要はない”“プーチンが何かする前に先手を打つことが重要だ。それが抑止になるからだ”とのべました』――。

 

 スケイヒル アメリカ政府のこのような行動は、特に目新しいものではない。ただ、私が異常というか興味深いと思うのは、政府は今、情報を所有するだけでなく、自国のニュース・メディアと強力なジャーナリストを利用して、戦争協力の一環として広めることができるのを喜んでいることだ。

 

 チョムスキー おっしゃるとおり、これは決して新しいことではない。これと同じことが、第一次世界大戦でイギリスが情報省を設立したときに、広範囲かつ組織化された形でおこなわれたことがわかる。それが何を意味するかはわかっている。情報省の目的は、ドイツの戦争犯罪に関する恐ろしい物語を広めて、アメリカを戦争に参加させることだった。ウッドロウ・ウィルソンが大統領のときだったが、その企みは見事に成功した。当時のアメリカのリベラルな知識人の考えを推し量れば、彼らはうまくとり込まれたのだ。そうとわかって受け入れたのだ。彼らはこういった。「そうだ、イギリス情報省がわれわれを惑わすためにでっち上げた、この恐ろしい犯罪を止めなければならない」と。ウィルソン大統領は、国民をうまく騙しこむために、公共情報省を設立し、アメリカ人がドイツにかかわるあらゆるものを憎むように仕向けた。ボストン交響楽団はベートーベンを絶対に演奏しないとか…。

 

 その企みはこう続く。レーガンは、いわゆる「広報外交室」を持っていた。つまり、自分たちがしていることについて、国民やメディアを丸め込むための機関だ。情報操作をすることなど、政府にとって難しいことではない。その理由は1954年、アメリカがグアテマラの民主的な政府を転覆させようとしたときの経緯を、ユナイテッドフルーツ社の広報担当者が、かなり明確にのべていた内容で知ることができる。

 

 その後、何十万人もの人々を殺すことになる凶悪で残忍な独裁政権は、アメリカの支援を受けて樹立された。彼はメディアからこう聞かれた。「この独裁政権を支持するようにジャーナリストを利用しようとしたあなたの会社の活動をどう思いますか?」。すると彼はこう答えた。「ええ、利用しましたよ。でも、ジャーナリストたちが、どれほどこの体験に熱狂していたかを忘れないでください」「難しくなどなかったですよ。だって彼ら自らがそれを望んでましたから。餌としていろんなニセ情報を与えましたよ」「ジャーナリストたちは、国家とその暴力とテロを支持したかったので、むしろ喜んでいたくらいです」と。しかし、ここでいわれるジャーナリストとは、現場のジャーナリストたちの話ではない。

 

 あなたがいうように、「ジャーナリズム」は2種類に分類される。どの戦争にもいえることだ。1980年代のニカラグアや中米の戦争では、現地に優れた記者がいた。そしてベトナム戦争でも、真剣で勇敢な仕事をし、そのために多くの現地ジャーナリストたちが苦しんでいた。ところが、現場から遠く離れたオフィスの報道室に行くと、ジャーナリズムはまったく違って見える。これが「メディア」というものの真実だ。しかし、私たちは遠い過去を振り返る必要はない。ニューヨーク・タイムズを見てみるといいだろう。ニューヨーク・タイムズは世界最高峰の新聞社だが、そこでの仕事は決してハードルの高いものではない。ある論説委員のひとりは、真面目な記事を書く思想家で、1日か2日前に、「戦争犯罪人にどう対処すればいいのか?」という記事を書いた。「どうすればいいのか? 私たちはお手上げだ。戦争犯罪者がロシアを動かしているのだ。どうやってこの男と付きあえばいいんだ?」と。

 

 この記事の興味深い点は、それが出たことよりも、世論がそのような記事を期待していたから嘲笑を誘わなかったことだ。実際、それに対するコメントはなかった。私たちは戦犯の扱い方を知らないのか? いや、もちろん知っている。実際、つい2、3日前にそれを明確に報道して見せていたのだから。

 

イラク戦争開始を命じたブッシュ大統領

 アメリカにおけるもっとも代表的な戦争犯罪者の一人は、アフガニスタンとイラクへの侵攻を命じた人物だ。戦争犯罪者として、それをこえる人間はいない。実は、アフガニスタン侵攻20周年に当たる2021年10月に、その男へのマスコミのインタビューが一件あった。インタビューをしたのはワシントンポストだった。その功績は大きい。このインタビューは一読の価値がある。そこでは、愛すべきおっちょこちょいの爺さんが、孫たちと遊んでいる様子、幸せな家族、彼が出会った素晴らしい人たちの肖像画を披露している様子が書かれている。つまり、アメリカは戦犯の扱い方をよく知っている。とはいえ、このコラムが世界最大の新聞に掲載されたこと自体興味深いのだが、実は読者から一言のコメントも投稿されなかったことの方が、はるかに興味深い。

 

 ユナイテッド・フルーツ社の広報担当者だったトム・マッカンの言葉は、あなたが先ほどいった問題に見事に答えている。「奴らは、ジャーナリストとしての経験値をいかに上げるかにしか興味がないんだ。それがプロパガンダかどうかなど、実はどうでもいいことなんだ」。政府はさまざまな認知制御システムで狡猾に防御する。しかし、現場の編集者レベルではいつでもドアは開かれているのだ。この事実は、遥か昔から現在まで変わっていない。だから、あなた自身がやろうと決断すればいいのだ。

 

世界一のならず者・米国 大量殺戮の特権保持

 

 スケイヒル チャーリー・サベージは論説委員ではないが、ニューヨーク・タイムズの優れた国家安全保障担当記者だ。この記事は、国際刑事裁判所(ICC)の問題に対するアメリカの巨大な偽善のために、アメリカが直面した課題を分析したものだ。国際刑事裁判所に対するアメリカの問題を把握していない人たちのために、少しお話ししておきたい。要するに、アメリカは自国の行為を管轄する国際的な司法機関には、一貫して断固反対してきたということだ。実際、2002年にジョージ・W・ブッシュ(息子)は、後に「ハーグ侵攻法」として知られるようになった超党派の法案に署名した。ちなみに、誰でもオンラインでその法案を読むことができる。そしてこれは未だアメリカ合衆国の国内法だ。

 

 しかし、その法律の条項の一つにはこう書かれている。「米軍は、戦争犯罪の容疑、あるいは戦争犯罪の捜査のために国際刑事裁判所のあるオランダのハーグに連行された米軍兵士を解放する目的として、オランダで軍事行動をとることが許可される」。そのため、多くの活動家や市民的自由主義者は「ハーグ侵攻法」と呼んでいる。しかしおかしなことに、バイデンはプーチンは戦争犯罪人であると公言し、戦争犯罪裁判を要求している。これは明らかに矛盾した発言だ。アメリカは、ユーゴスラビアやルワンダを被告とした国際刑事裁判だけは支持したが、実はロシアと同様、アメリカは国際刑事裁判所の設立に関する条約の批准をいまだに「拒否」している。

 

 教授も私も、ウクライナで今まさに大規模な戦争犯罪がおこなわれていることは確かだと認識していると思う。確かにロシアは圧倒的な軍事力を持っている。そして、いまおこなわれている戦争犯罪の大部分がロシアによるものだとしても、私は一秒たりとも驚かない。ただしウクライナによる戦争犯罪がないわけではない。ウクライナとロシア、両方の確かな証拠映像があるからだ。しかし、ここではっきりさせておきたいのは、ロシアがウクライナで組織的な戦争犯罪を犯しているということだ。しかし事実として、アメリカ自身が国際刑事裁判所を弱体化させ、条約の批准さえ拒否しているのはありえないことだ。にも関わらず、バイデンはどうして戦争犯罪裁判を呼びかけるなどという矛盾した発言ができるのか? ヘンリー・キッシンジャーはいうに及ばず、ディック・チェイニーやジョージ・ブッシュが、自由に歩き回ることが許されているのは、明らかにおかしなことだ。アメリカ自身が、世界のすべての権力者に対して等しく持つべき、国際刑事裁判所の管轄権を認めていないのだ。

 

 チョムスキー 今あなたがのべた、二つの質問と事実のポイントについて、まず戦争犯罪の圧倒的な大部分は、ロシアによっておこなわれたということ。そのことに異論はない。これらのほとんどは明らかに戦争犯罪だ。そして、アメリカ自身が国際刑事裁判所の権威を完全に「無視」していることも事実だ。しかし、それについて目新しい変化が何もないことに注目すべきだ。実はもっと重大な事件があり、その「無視」の態度はさらに強められた。アメリカは、国際刑事裁判所、つまり世界裁判所の判決を拒否し続けている世界で唯一の国だ。

 

 かつてはアルバニアのホッジャとリビアのカダフィの2人がアメリカの仲間だったが、2人とも地上から消えた。1986年、アメリカの小さな犯罪の一つで、ニカラグアに対する戦争(ニカラグア事件)についての世界法廷の判決を拒否したことで、今やアメリカは世界で完全に孤立している。この判決は、アメリカがしたことを「不法な武力行使」、つまり「国際テロリズム」と断罪し、アメリカにその停止と多額の賠償を命じた。その時、レーガン政権と議会はこの判決に反発した。

 

ニカラグア事件。米軍の違法な軍事介入に対抗するサンディニスタ軍(1981~1984年)

 当然、マスコミの反応もあった。ニューヨーク・タイムズ紙はその社説で、「裁判所の判決は無意味だ。裁判所自体が敵対的な立場だからだ」と主張した。「裁判所が敵対的な立場だった」とは、いったいどういうことか? 裁判所がアメリカの犯罪を敢然と非難したからだ。しかし、このニューヨーク・タイムズの社説で問題は解決したことになるのだ。

 

 これを機に、アメリカは犯罪をよりエスカレートさせていく。ニカラグアは当時、国連の安保理決議の議長を務めていた。この決議はアメリカには言及せず、すべての国に国際法を遵守するよう呼びかけただけだったが、アメリカは拒否権を発動した。アメリカは安保理に対して、なんと「国家は国際法に従う必要はない」と発言したことが記録に残っている。しかし、その後に開かれた総会で、同様の決議が圧倒的多数で可決された。反対したのはアメリカとイスラエルだけだった。「国際法など遵守する必要はない」と考える二つの国家だけが反対したのだ。

 

 アメリカに関する限り、そのようなことが歴史のすべてではないが、共和党によれば、国民の分裂を招き、気分を悪くさせるからそういう歴史は教えるべきではないそうだ。そして、教えないのだからあえて誰かにいう必要もない、という論理だ。だからそれは記憶されていない。事実上誰もそのことを知らないのだ。そして問題はこの時だけにとどまらない。

 

 チョムスキー 1940年代、アメリカは「米州機構」のような主要な条約に署名するとき「ただしアメリカには基本的に適用されない」という留保を付けた。実際、アメリカはどんな条約に対しても、それに完全な形で署名することは非常に稀だ。私がここで「条約」といっているのは「批准」の意味だ。アメリカが何らかの条約を批准する場合、ほとんど「アメリカを除外する」という留保をつけている。

 

 実はアメリカは、「ジェノサイド条約」に対しても同じ態度をとった。アメリカは条約が採択されてから約40年後にようやく批准したが、この時も「アメリカには適用されない」という留保を付けた。つまり、なんと今も「アメリカだけは、大量殺戮をおこなう権利がある」ということだ。しかしその状態で国際裁判になり、問題になったことがある。ユーゴスラビア法廷だったか世界法廷だったか、セルビアへ大規模空爆をおこなったことは戦争犯罪であるとして、ユーゴスラビアがNATOを告発したことがあった。NATO列強は、裁判所が開廷に踏み切ることに合意したが、アメリカは拒否した。結局のところ、アメリカはこの自己免責留保を主張し「ジェノサイド」の罪から「免責」されたのだ。つまり、裁判所はアメリカの主張を受け入れざるを得なかった。「国家は裁判所の裁判権を受け入れた場合に限って、裁判の対象となる」という論理だった。

 

 これが「アメリカ」という国なのだ。アメリカだけは、例外的な特権を持ち続けることができる。実はアメリカこそが「ならず者国家」なのだ。しかも、巨大な規模の「世界一のならず者国家」であり、誰もその足元にも及ばないのだ。それなのに、他人の戦争犯罪裁判は平気で要求することができる。有名なコラムニストでさえ「戦争犯罪人をどう扱えばいいのだろう?」などという呆れたコラムを掲載することができる。世界でもより文明的とみなされる一部の人間が、この手のすべての出来事への反応を見るのは、実に興味深いことだ。でも、アメリカ一般世論の基本的な反応はこうだ。「これが何か悪いとでもいうのか?」「いまさら、何を騒ぐ必要があるんだ?」。

 

 あなたからの指摘で「戦争犯罪」をテーマにしてきた。バイデンはプーチンを戦争犯罪者と呼んでいる。これこそまさに「類は友を呼ぶ」という好例だろう。アメリカは実は、なぜ世界の一部しか経済制裁に加わらないのかを理解していない。それは、世界地図を見て「制裁国一覧マップ」を自分でつくってみれば一目瞭然だ【図参照】。英語圏の国々、ヨーロッパ、そしてアパルトヘイトの南アフリカが「名誉白人」と呼んでいた人々、つまり日本、および旧植民地の数カ国。たったそれだけだ。その他の国々はこう思っているだろう。「ああ、また酷いことが起きてるな。でも、これまでと何が違うんだ? 何を騒いでいるんだ?」「なんでお前らの偽善に巻き込まれなきゃいけないんだ?」「なんでアメリカにはそのことが理解できないんだ?」「まあ、奴らもわれわれと同じように犯罪を非難しているけれど、奴らはわれわれがしない『一歩』に踏み込んでいる」と。

 

 つまり、アメリカには、やらなければいけないことがたくさんあるということだ。自国の文明のレベルを上げて、過去の被害者の立場に立って、世界を見ることができるようにならなければならない。アメリカ自身がそのレベルに達することができれば、ウクライナに関しても、もっと建設的な行動をとることができるはずだ。

 

「衛兵国家」で中国包囲  米国と印中の関係

 

 スケイヒル 次に、特にインドと中国に対するアメリカの姿勢をどう見ているか。あるいはどう分析するか? アメリカが、この世界の人口の大部分を占める二つの巨大な国、インドと中国の両方に今かけている経済的圧力や、アメリカの姿勢が、両国に今何をもたらしているか?

 

 チョムスキー まず、それぞれに違いはあるが、ひとつはアメリカは今、インドを非常に強く支持している。実はインドはネオ・ファシスト政権だ。モディ政権はインドの民主主義を破壊し、インドを人種差別主義者に変えようとしているからだ。ヒンズー教の独裁国家にし、イスラム教徒を攻撃し、カシミールを征服しようとしている。もちろん、インド自身は一言もいっていないが、アメリカはインドのすべてを非常に強く支持している。そして、インドはイスラエルの緊密な同盟国だ。つまり、アメリカの仲間であることも好都合なのだ。

 

 ただインドの問題は、それが十分に進んでおらず、アメリカが望むほどには、ロシアに対する攻撃にも参加していない。それと、南半球諸国が「インドが中立的なゲームをしているのは犯罪だ」と非難しているが、インド自身は、西側のゲームに関与するつもりはない、といっている。

 

 もうひとつは、バイデン政権が「中国包囲網」と呼ぶ戦略にインドはアメリカが望むほど積極的には参加していない。ロシアの問題は実は副次的なものであって、現在のアメリカの最重要戦略は中国を包囲することだ。かつての「封じ込め作戦」はすでに時代遅れの戦略で現在は中国の脅威から身を守るために、大規模な攻撃能力で武装した「衛兵国家」で中国を包囲しようとしている。「衛兵国家」が、日本、オーストラリア、インドで、このうちインドは積極的には参加していない。

 

 そこで、バイデン政権はつい最近、中国を標的にした高精密なミサイルをインドに提供すると発表した。またオーストラリアに対しては、英国とともに原子力潜水艦を提供する約束をしており、実戦配備されれば、誰にも発見されずに中国の港に入り、2~3日で中国の艦隊を破壊できると公言している。

 

 中国はいまだ前時代的な艦隊しか持っておらず、原子力潜水艦は未開発で、あるのは古風なディーゼル型潜水艦だけだ。一方、アメリカはその防衛能力を着々と高めている。これまでのところ、アメリカにはトライデント級原子力潜水艦が配備されている。これは一隻の潜水艦で世界のどこでも200近くの都市を、核で破壊することができる。しかし、それだけでは十分ではないため、アメリカは現在、より高度なバージニア級という潜水艦の配備に移行しており、はるかに破壊力のあるものになるだろう。これが現在のアメリカの対中軍事戦略だ。

 

 また対中経済政策もある。アメリカは最近、以前では考えられなかった超党派の支持で改善法を可決したところだ。これは、自国の技術や科学のインフラを改善するための法律で、まさに中国と競争するためのものだ。

 

 地球温暖化のような問題や、パンデミックや核兵器のような問題に対処するために、もう中国と協力するのはやめよう。中国と競争して打ち負かせるようにしよう。そして常に彼らより進んだ位置に立っていよう。それが最重要事項なのだ。病理学的に見て、これほど狂気に満ちた戦略はないだろう。

 

 ちなみに中国の脅威とは何か? 実は「非常に残忍で手強い中国政府」ではない。アメリカは、そんなことなど気にしていない。それくらいのことなら、簡単に対処できてしまうからだ。中国の脅威については、オーストラリアの政治家で有名な国際政治家かつ元首相のポール・キーティングによる興味深い記事がある。彼は中国の脅威のさまざまな要素を検討し、最終的に「中国の脅威は、中国が存在していることにある」と結論づけている。私は彼は正しいと思っている。中国が存在すれば、アメリカの命令には従わない。しかしそれは許されないことだ、と考えているのだ。でももし従わなければ、困ったことになるぞ、といっている。実はヨーロッパもアメリカのキューバやイランに対する制裁を軽蔑し、強く反対しているのだが、ゴッドファーザーのつま先を踏んではいけないという理由から、米国の制裁を黙認しているのだ。

 

 しかし、中国は違う。中国はかつて国務省がアメリカの政策に対して「成功した反抗」と呼んだことに従事している。これは1960年代のことで、アメリカ国務省がなぜキューバを虐げ、核戦争になりそうなテロ戦争をおこない、非常に破壊的な制裁を課し、60年経っても全世界から敵視されるのかを説明していた時のことだ。国連総会での投票を振り返ると184対2。この2票は、米国とイスラエルだ。

 

 リベラル派の国務省が1960年代に説明したように、1823年のキューバが米国の政策に反抗することに成功したため、アメリカはそれを実行しなければならない。「モンロー主義」は、アメリカが南半球を支配する決意を表明したものだ。当時のアメリカは、それほど強くはなかったが、それが政策だった。しかし、キューバはそれに見事に逆らった。中国はキューバとは違って遥かに大きい国だが、アメリカの政策にうまく逆らっている。だからといって、どんなに残酷なことをしても、誰も気にしないのだろうか?

 

 他の残忍な国家は、常にアメリカから支援されているが、アメリカの政策に反抗しているわけではない。それゆえ、中国を衛兵国家で包囲し、中国に照準を合わせた高度な武器を持ち、それを維持しアップグレードし、中国周辺にあるものを確実に圧倒する必要がある。それがアメリカの公式戦略の一部なのだ。それは、2018年にバイデンに引き継がれたトランプ政権にいたジム・マティスによって策定されたものだ。

 

 アメリカは、中国、ロシアと二つの戦争をして勝てるようにならないといけないが、それは狂気をこえた話だ。中国とロシアのどちらかと戦争するという意味は、つまり「知り合えてよかった。文明よ、さらば。私たちはおしまいだ」ということだ。そして今、バイデンは中国を包囲する衛兵国家を拡大させようとしている。衛兵国家には、より高度な兵器を提供し、一方でアメリカもより巨大な破壊力をアップグレードしなければならない。200都市しか破壊できないような貧弱な原子力潜水艦などもういらないというくらいに、もっと上を目指そうと。

 

 プーチンは今回、アメリカにとびきりの贈り物を差し出した。ウクライナでの戦争は犯罪であるだけでなく、プーチンの視点から見れば、まったくもって愚かなことだった。彼はアメリカに願ってもない贈り物をした。欧州を金の皿に載せて、アメリカに差し出したのだ。冷戦の全期間を通じて、国際情勢における最大の問題のひとつは、ヨーロッパが国際情勢において独立した勢力になるかどうか、いわゆる第三勢力になるかどうかだった。おそらくド・ゴールや、ソ連崩壊時のゴルバチョフがまとめた線に沿って、軍事同盟のない「ヨーロッパ共通の家」や、ヨーロッパとロシア間の協力、経済的にも平和な世界を創り出せるかどうか、などが考えられただろう。

 

 もうひとつの選択肢は、NATOが実行した「大西洋主義プログラム」と呼ぶものだ。アメリカが命令し、欧州がそれに従う。これが「大西洋主義プログラム」だ。もちろんアメリカは常にこれを支え勝利してきたが、今回、プーチンは米国のためにそれを解決したといえる。彼は「欧州ではなく、アメリカが問題だ」といった。アメリカはヨーロッパを従属させるんだ。ヨーロッパを国境から30㌔㍍離れた都市さえも征服することができない軍隊(ロシア軍)から守るために常に前に進ませ、牙をむくように武装させるのだ。したがって、このロシアの非常に強大な力の猛攻から自らを守るために、NATOは鋭い牙のように武装しなければならないという。

 

 もし誰かが宇宙からこれを観察していたら、笑い転げることだろう。しかし、ロッキード・マーティンのオフィスでは違う。彼らはこれを素晴らしいことだと思っている。エクソンモービルのオフィスではもっと喜んでいるだろう。そこが興味深いところだ。

 

権力者とメディアの今 欧州の危険な動き

 

 スケイヒル ここ数日、ホワイトハウスが8130億㌦をこえる記録的な軍事予算を検討している。この戦争の間に、アメリカとNATOの観点から、実に多くの非常に重要なことが起こった。その一つが、ドイツがGDPにおける国防費の予算比率の上限を撤廃したことだ。また、ヨーロッパ諸国の多くは、軍事システムの増強に深く関与することを非常にためらっている一方で、NATOの恒久基地をさらに増やすという議論もおこなわれている。そして重要なことは、プーチンは、どんな理由でウクライナ侵攻を決断したにせよ、結局、アメリカが長い間望んできた武装主義に関するヨーロッパの意志決定について、アメリカが完全に支配するための条件をつくり出したということだと思う。そしてまた、軍需産業にとって莫大な無駄遣いでもある。化石燃料産業も。そして、ウクライナで起こっている人間破壊と大量殺戮の恐怖を見ながら、私たちは自分たちの政府の行動がもたらす長期的な結果について考える方法を見つけなければならないと思う。

 

 残念なことに、あなたや私が提起しているまさに今、アメリカのメディアの状況下では、ネオ・マッカーシズム的な反応一色に染まり始め、支配的な報道や、権力者の動機に疑問を呈することは、反逆行為、裏切り者、プーチンの手先、ルーブルで報酬を得ている人間として扱われるようになっていることだ。これは非常に危険な傾向で、国家に疑問を呈することが、公然と、かつ常に「売国奴」と同一視されてしまっている。それは、昔からある話だ。さらにソーシャルメディアによって、多くの人が自分のコメントを拡散できるようになり、メッセージの結束が非常に強まってきた。私がいいたいのは、それが今、私たちの文化のあらゆる側面に浸透しており、権力者に疑問を呈することはジャーナリストの仕事であり、民主主義社会で責任をもって考える人々の仕事のはずだということだ。しかし今や、そうした行動が基本的に反逆行為として攻撃されるようになってしまっている。

 

 チョムスキー いつもそうであったように、私たちの目の前にその劇的な例がある。「ジュリアン・アサンジ(『ウィキリークス』創設者)」だ。これは政府が封印したい情報を国民に開示するという仕事をしたジャーナリストの完璧な例だ。その情報には、米国の犯罪に関するものもあるが、それ以外のものもある。彼は何年もの間拷問(国連機関の拷問判定による)を受け、現在は厳重警備の刑務所に収容され、アメリカに引き渡される可能性がある。アメリカでジャーナリストがすべきことを勇気を持っておこなったために、厳しい処罰を受けるかもしれないのだ。

 

 では、この件に対するメディアの反応を見てみよう。まず第一にメディアはウィキリークスが暴露したものすべてを喜々として利用し、大金を稼ぎ評判を上げた。今その同じメディアは、アサンジを支持し、ジャーナリストとしての名誉ある義務を果たし、今拷問されている人物への攻撃に対して何らかの擁護をしているだろうか?

 

 私が見た限り、まったくそうではない。支援なんかされていない。やったことは利用するけれど、足元にへばりついているジャッカルと一緒だ。これは今起こっていることだ。では、少し昔にさかのぼってみてみる。ベトナム戦争のピークである1968年は、本当の大衆的な民意が形成されていた頃だ。ケネディとジョンソンの国家安全保障顧問であったマクジョージ・バンディが、権威ある雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に書いた興味深い記事でこういっている。「アメリカがベトナムでおこなったことの一部には、戦術的な誤りや、もう少し違うやり方をすべきだったといった正当な批判がある」「しかし戦術的な問題を踏みこえて、アメリカの政策に疑問を呈する野人たちもいる。ひどい奴らだ。だが、アメリカは民主主義国家だ。彼らを殺すことはない」と。まず、この野人という概念を排除しなければならない。

 

 一方、1981年、カークパトリック国連大使は、「道徳的同等性」という概念を考案した。彼はこういった。「もしあなたが果敢にもアメリカを批判するなら、あなたは道徳的同等性という罪を犯していることになる」「(道徳的に世界でもっとも優れた)アメリカを批判する人間は、スターリンやヒトラーと同じ道徳レベルしか持ってない」との論理だ。だから「誰もアメリカを批判する権利はない」と。

 

 今、もうひとつ使われている言葉がある。それが、「What aboutism」(ホワットアバウティズム)だ。過去の過ちを挙げて、今アメリカがやっている行動を批判することは、ホワットアバウティズムに当たる(論理的に間違っている)といわれてしまい、相手にされないのだ。

 

 私たちには、ヒトラーやスターリンが持っていたような道徳性などがあるわけではない。そこで、私たちは「順応性」という力を武器にすることができる。そうすれば、ある種の似たような結果を得ることができる。そして、あなたのいうとおり、それは自ら克服しなければならないのだ。

 

 私たちは今起きていることに対処(順応)しなければならない。そしてそれは、アメリカが今ウクライナに対しておこなっていることを含んでいる。私たちが議論してきた「不作為」と「行動」の両方によって、アメリカは今、最後のウクライナ人まで戦わせようとしているのだ。そして、もしあなたがウクライナ人のことを少しでも気にかけているならば、この事実を批判するのは正しい行動だ。もし、あなたが彼らのことを何とも思っていなくても構わない。ただ黙っていればいいのだ。

 

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