いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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2006年原水爆禁止広島集会 「米国は核持ち去れ」が多数派

2006年原水爆禁止広島集会(原水爆禁止全国実行委員会)が6日午後1時から、広島市中区のアステールプラザでおこなわれた。広島市内ではメルパルクでの原爆展とともに、1カ月にわたる原水禁全国実行委員会による署名・宣伝行動や平和公園での原爆展がとりくまれ、また1日からは宣伝カーによる「アメリカは核を持って帰れ」の訴えが響き渡り、広島市民の圧倒的な共感を広げてきた。集会には、広島や長崎、下関など全国の被爆者をはじめ、米軍再編とのたたかいをくり広げてきた岩国や広島県西部の住民、沖縄や全国で原水禁運動を担ってきた人人、小中高生平和の旅の子どもたち、飛び入りの市民、アメリカ、イラン、オーストラリアなど世界五カ国から600人が参加。「北朝鮮制裁」といって原水爆戦争にすすむたくらみをうち破る、日本人民の力を確信させるものとなった。
 集会のはじめに、原爆投下で亡くなった人人に黙祷をささげ、劇団はぐるま座団員が原爆詩人・峠三吉の『墓標』を朗読した。その後挨拶に立った倉崎繁実行委員長は「日本と世界を焼け野原にするたくらみを絶対に許してはならない。広島、長崎の悲劇を2度とくり返させてはならない」と力強く訴えた。
 つづいて、平野照美事務局長から集会の基調報告【要旨別掲】が提案された。原爆投下を正当化しつづけてきたアメリカが現在、日本全土を核攻撃基地にしてアジアと日本を原水爆の火の海に投げこもうとしていること、北朝鮮のミサイル問題を大騒ぎして日本政府やメディアが「先制攻撃」すら公言しているなかで、「アメリカは核を持って帰れ」の力を広島から、全国へ強めることが重要な課題になっているとした。

 被爆者が力こめて発言広島・長崎・下関から 
 その後、広島、長崎、下関の被爆者が意見発表をおこなった。原爆展を成功させる広島の会の高橋匡氏は、憲法改正論議や自衛隊海外派遣、米軍再編などをあげ、平和が脅かされていることへの危機感を発言。「米軍岩国基地の強化で、聖地・広島の上空を米軍機が飛び回るなど耐えられない。アメリカは今でも、世界で一方的な戦争をくり広げている。核廃絶は、原爆投下への謝罪とともに、アメリカが率先しておこなうべき。残された被爆者は、広島でほんとうに起きたことを伝えるのが務めであり、次世代の人人が1人でも多く引き継いでくれることを願って、遠くない終点まで私は走ります」とのべた。
 原爆展を成功させる長崎の会の被爆者・永田良幸氏は、「長崎では“祈りの長崎”といわれ、私も60年間原爆のことを話したことはなかった」とのべ、大切な家族を失った体験、思いを語り「どうか平和な日本をアメリカの1つの州にされないように、みなさんで幸せを守り、核戦争のないように協力していきましょう」と呼びかけた。
 原爆展運動を全国の発信拠点としてとりくんできた下関からは、原爆被害者の会を代表して、升本勝子氏が発言。15歳のとき、島根から学徒動員できた広島での被爆経験を語るとともに、1999年から旺盛に原爆展をとりくんできた下関では、昨年以降原爆と空襲展を開催し、「原爆と空襲は1つのものであることがわかった」と語った。そして「体験者みずからが語ることによって真相を明らかにし、若い世代に伝える新しい運動が始まった。語り継ぐことが私たちの使命です」と決意を表明した。
 つづいて、前日から平和公園などで被爆体験を学んできた、小中高生平和の旅の子どもたちが元気よく登壇。この日のために、山口県の各地で街頭カンパや署名をとりくみ、126人の大旅団を結成して広島にやってきた。峠三吉の詩『序』や礒永秀雄の詩『虎』の群読や日本の歌を披露し、旅の成果を報告した。被爆者の思いに触れ、仲間とともに成長してきた姿を、会場全体が喜んだ。
 その後、原爆展全国キャラバン隊の隊員が、広島市内でおこなってきた原水禁全国実行委員会の宣伝活動について報告した。8月1日からは平和公園で街頭原爆展をとりくみ、市内には宣伝カー3台がくり出して「アメリカは核を持って帰れ!」と訴えてきた。共感は強く、宣伝カーに手を振る老婦人、沿道からの拍手があったこと、8月2日からは総勢40人の宣伝隊が八丁堀や紙屋町、各駅などの街頭に立ち、「アメリカ政府に謝罪を求める署名」を呼びかけ、市民の共感は日増しに激しさを増していったことを語った。

 日本の核基地化許さぬ 沖縄・岩国・宮島 
 沖縄から家族ぐるみで参加した被爆2世の金城辰也氏は、4年前に肺ガンで亡くなった父が、沖縄原爆展を成功させる会の初代会長として並並ならぬ情熱を注ぎ、使命感をもって死の直前までがんばっていた姿に誇りを感じたこと、その死後、講演記録などを読み返すなかで、あらゆる屈辱や米軍の圧政、悔しさに耐え、沖縄で原水禁運動に身を投じた思いを知った。「平和の旅と原水禁広島集会へ参加して、私は人生の目標をつかんだ。それは亡き父の遺志を受け継ぎ、原水爆を禁止し、真の世界平和を実現するために、幾千万大衆とともに生涯奮闘することだ。“原爆と峠三吉の詩”“沖縄戦の真実”の原爆展運動が全国、全世界の人人の良心に訴える重要な役割を果たす活動だと確信している」と決意をのべ、会場は大きな拍手で包まれた。
 原水禁岩国地区実行委員会の森脇政保氏は、米軍再編とたたかってきた岩国市民の歴史的な苦難と屈辱の経験にふれながら発言。「岩国市民は広島湾一帯の住民とスクラムを組み、全国の人人と団結することによって勝利の展望を切り開こうとしている。愛国正義のために立ち上がった人民を何人といえどもおしとどめることはできない」とのべた。
 米軍岩国基地の強化反対運動にとりくんできた宮島町から、元宮島総代会会長の正木文雄氏が発言。宮島では米軍空母艦載機の移転案が浮上して以後、全島民あげての署名活動がおこなわれ、人口の98%にあたる反対署名が集まったこと、古い歴史と豊かな自然を守ってきた宮島で、官民一体の運動になってきたことを発表した。

 現役世代が熱込め決意・外国人も意見発表 
 その後、原水禁運動を受け継ぐ現役世代の意見発表に移った。
 原爆展を成功させる広島の会の宇田浩規氏は、昨年の広島市民原爆展を参観し、原爆投下の実態、投下者の狙い、沖縄戦の真実などを知り愕然としたこと、戦後日本はアメリカ従属下にあり、関係を断ち切らない限り永久に問題が解決しないことを知ったとのべた。広島各地の原爆展や被爆体験を語る交流会に参加するなかで、真剣勝負でとりくむ会の姿勢や、パネルを見る人人の反応の真剣さに触れ、被爆体験を受け継ぐ1人として確信を深めてきた。「“アメリカは核を持って帰れ”は原爆展参観者や世界中の平和愛好者とも共通の要求です。若い者たちが先頭に立って、最後まであきらめずに元気にがんばっていきましょう!」と迫力をもって訴えた。
 山口県萩市の教師・阿部喜久恵氏は、広島修学旅行をとりくんだ子どもたちの成長を喜びをもって報告。2度と戦争を起こさせないという強い思いを受け継ぎ、保護者や学校のみんなに報告会をおこなってきたこと、クラスがこれまでになく勢いをもって成長をとげ、体育面や知育面でも力を発揮していることをのべた。
 アメリカ・シカゴ大学のジョー・ハンキンズ氏は、「2年前の広島市民原爆展を参観してすごく感動した。広島・長崎についてほとんど知らず、自分の国がどのような悲劇を起こしたのか、はっきりわかった。自分の目で見て、聞いて、ほんとうに許せないと思った。何かしなければならないと決心した」と語った。シカゴ大学に戻って、3カ月間中央図書館で原爆展を開催し、今年6月にはテキサス州で暮らす家族と日本に来て被爆体験を一緒に聞いた。「アメリカ南部にいる私の保守的な家族も泣き、何かしなければならないと決心した」といった。「核のことをアメリカ国民の記憶に残すことが私の責任。2日間原爆展に行ってあらためて決心した」と表明した。
 会場からは岩国の被爆者が思わず挙手をして発言。あふれる思いを語った。
 その後、集会アピールが読み上げられ、基調報告、スローガンが満場の拍手で採択された。会場には、飛び入り参加する市民が目立った。
 デモ行進では、灼熱の太陽が照りつけるなか、小中高生平和の旅の子どもたちを先頭に、峠三吉の詩を群読しながら、道行く市民に訴えた。沿道の市民からは「政治団体が年年姿を消していくが、このデモはすごく元気がいい。若い人も多い」などの声が聞かれた。

                「実行委員長挨拶」        倉崎 繁
 61年前の今日、アメリカが広島に原子爆弾を投下した。この空の上にせん光がひらめいて、一瞬にして20数万人が亡くなった。こんなにむごい、悲しいことがあろうか。私はまだ小学生だったが、だんだん真実を知るにつれて怒りがこみあげてきた。
 みなさん、よく聞いてほしい。原子爆弾が落とされて30年間は草木も生えないといわれてきたが、なんとか草木も生え人人はよみがえった。そして現在の地を見ることができる。しかし考えてみれば、この広島を再び焼け野が原にするだけではなく、世界を焼け野が原にしようというたくらみが、アメリカで着着とすすんでいる。絶対に許すことはできない。
 原爆を2度と使わせてはならない、このことだけは訴えたい。広島、長崎の悲劇を2度とくり返さない、くり返させないことをみなさんと誓って、あいさつにかえたい。

                    基調報告 (要旨)
 61年前の8月6日と、9日、アメリカはもっとも凶悪な兵器・原爆を、広島と長崎の、一般市民をめがけて投げつけました。それによって幾10万もの人人が、瞬時に、地上から姿をかき消され、もだえ苦しみ、つぎつぎに命を失っていきました。すべての原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止は、唯一原爆の被害を受けた日本民族の悲願です。
 許せぬことに現在、日本全土をアメリカの核攻撃基地にし、再び日本とアジアを原水爆の火の海に投じようとしています。「アメリカは核を持って帰れ」の力を広島から、全国へ轟かせることが重要な課題になっています。
                       一
 現在、日本政府とマスメディアは、北朝鮮のミサイル問題を大騒ぎして、「先制攻撃」すら公言しています。それは、かつて「横暴なシナを懲らしめる」といって、中国への全面的な侵略戦争に突っ走り、320万もの日本人を死地に追いやり、日本を破滅に落とし込んだ同じあやまちの道です。
 広島、長崎への原爆投下はすでに日本の敗戦は決まっており、戦争終結のためにはまったく必要のないものでした。アメリカは、ソ連の参戦に焦って、単独で日本を占領するという目的のためだけに、なんの罪もない人人を無差別に焼き殺したのです。
 北朝鮮のミサイル問題は、もともとアメリカと北朝鮮の関係であり、アメリカが攻撃をするなら、報復されるのは日本であり、アメリカ本土は無傷という無謀な企みです。岩国や沖縄の米軍基地は、米兵のシェルターへの避難、米兵家族の国外避難訓練などが頻繁におこなわれ、アメリカが日本を守っているのでなく、日本をアメリカの盾にしていることが暴露されています。米軍基地の再編は、岩国基地に米空母艦載機を移転し、広島湾岸一帯を核攻撃基地として増強するもので、被爆地を冒涜するものです。日本とアジアを原水爆の戦場にさせないためには、なによりもその原因をつくりだしているアメリカに核を持ち帰らせることです。
                       二
 原爆の惨状を伝える「原爆と峠三吉の詩」パネル展示は、下関からはじまって広島と長崎の被爆市民の激しい共感を呼び、東京、沖縄をはじめ日本全国で原爆投下と都市空襲、戦地の真実が明らかにされるなかで、日本の平和運動に大きな力を与えています。原爆投下も沖縄戦、東京、大阪をはじめ各都市への空襲による大量虐殺も、丸腰で戦地にかりだされ病気と飢え、空爆でアメリカのなすがままにされた体験も、すべてがアメリカが天皇を従えて戦後支配する野望に貫かれたものであったことが事実をもって明らかにされ、原水爆反対の深い思いが湧き起こっています。
 米軍岩国基地への厚木基地機能の移転をめぐる住民投票や市長選に示された岩国市民の憤激と基地撤去の固い意志は、米軍が日本を守るためのものではないという歴史的な体験に根ざしたものです。それは、江田島や宮島などをふくむ広島湾岸の怒りと気持ちをひとつにし、全国の人人を励ましています。
                        三
 日本全国からアメリカの核基地をなくし、原爆の使用を許さない力のある原水爆禁止運動を起こすことは国民的な課題です。そのような運動を起こすには、1950年の8・6平和斗争の原点に立ち返ることです。私心なく献身的にたたかわれたこの運動は、たちまちにして燎原の火のように全国に広がり、5年後には世界大会を広島で開催し、アメリカの手足を縛り、朝鮮戦争でもその後のベトナム戦争でも原爆を使わせない力へと発展していきました。
 その第1の教訓は、広島、長崎の新鮮な怒りを共有し、広島、長崎の本当の声を、若い世代に、世界に語り伝えていくことです。
 第2に、アメリカの原爆投下が、戦争を終結させるためではなく、日本を単独占領するためであったという目的をはっきりと暴露することです。
 第3に、現在進行しているアジアと日本を原水爆戦争の戦場にするアメリカの戦略を打ち破る力を結集することです。
 第4に、この運動を発展させるためには、平和運動の側からアメリカを擁護してきた欺瞞的な潮流と一線を画すことです。北朝鮮やイランなどの核拡散にだけ反対し、世界最大の核保有国であるアメリカにはいっさい口をつぐんで擁護しています。
 第5に、この社会を動かす力をもつ生産人民、労働者が運動の中心に立ち、政党政派、思想信条をこえて、青年、婦人、農漁民、勤労人民、文化・知識人、教師などすべての階層が団結することです。
 第6に、中国、朝鮮、イラクをはじめ、アジア、世界の人人と友好、団結を強め、世界的に連帯した力を結集することです。
 本集会を契機に、アメリカに核を持ち帰らせる日本民族の決意と力を結集した原水爆禁止運動を全国各地でまき起こしていく決意を固めあい、アジアと日本を原水爆の戦場にする企みを打ち破りましょう。
 スローガン
◎ 広島、長崎の新鮮な怒りを全国、世界に伝えよう!
◎ アメリカは原爆投下の謝罪をせよ!
◎ 原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止!
◎ アジアと日本を原水爆の戦場にするな!
◎ アメリカは核を持って帰れ!
◎ 中国、朝鮮、アジア近隣諸国と敵対でなく友好を!
◎ 峠三吉の時期の私心のない運動の原点にかえり、力ある原水禁運動を再建しよう!

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