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劇団はぐるま座『原爆展物語』 新鮮な衝撃与えた東京公演

 劇団はぐるま座『峠三吉・原爆展物語』東京公演(主催/実行委員会)が8日、墨田区の曳舟文化センターで、9日、江東区文化センター(昼夜2回)でおこなわれ、東京空襲体験者や戦争体験者をはじめ、町会関係者、老人会、背広姿の会社員や作業服の労働者などの現役世代、小・中・高校生、大学生、親子連れ、「原爆と戦争展」全国キャラバン隊で出会った人人など約500人が観劇し、新鮮な感動を呼んだ。また、北海道、群馬、栃木、茨木、千葉、神奈川、埼玉、名古屋、福岡、沖縄など各地から駆けつける人も見られた。
 東京空襲の慰霊の時期に開催された今回の公演には、空襲のもっともひどかった江東区、墨田区、台東区の東京空襲体験者を先頭に、戦争体験者、町会関係者、中小企業家、福祉関係者、大学生らが実行委員となり、下町の人人の手で並並ならぬ思いでとりくまれてきた。
 当日の会場には、この日を心待ちにしていた世代を超えた人人が誘い合って詰めかけ、ロビーで展示された「原爆と戦争展」パネルに真剣に見入った。
 開演に先立って実行委員会を代表して東京空襲体験者の辰尾昭義氏(墨田区公演)、鈴木清次氏(江東区公演)がそれぞれ挨拶。
 辰尾氏は、「公演のとりくみと志に大変感銘を受けた一人だ。歴史上二度と見られない広島の惨状は若い人たちにぜひ語り継いでいかなければならない。1945年8月6日、9日、広島と長崎にB29の原爆投下によって一瞬にして数十万の人人が殺された。これがアメリカの残虐極まりないものである」「私も学童疎開先から卒業式のために東京に帰った夜、大空襲にあい、辛うじて生き延びたが同級生の8割が亡くなった。この大空襲も広島、長崎と同じようにアメリカを象徴するような残虐行為であり、そのことを忘れてはいけない。平和で豊かな明るい日本を築いていくためにこの演劇を見ていただき、そういう社会を築いていきましょう」と力を込めて呼びかけた。
 鈴木氏(八二歳)は、「私は66年前の昭和20年3月9日、15歳のとき東京大空襲に遭遇し、家族が全滅した戦災孤児である。世界最大級の爆撃、B29300機による爆撃で、推定10万人以上の東京住民が犠牲になった。そのなかに最愛の家族がいた。翌朝、下町の惨状は凄まじいものだった。道路という道路には黒焦げの死体が転がり、50㍍間隔で掘られていた防空壕のなかでたくさんの人が死んでいた。なかでも子どもを守るようにして死んでいた母親の姿は今でも涙があふれる。川という川に人人が飛び込んだが、川は熱湯になっていて死体が累累と浮いていた。つるはしで死体をひっかけてトラックに放り込んで積んでいく光景は子ども心に強烈に覚えている恐ろしいものだった」と身を震わせながら体験を語った。
 また、「私はこの体験と歴史的事実を後世に未来永劫に語り継いで、二度と起こらないようにしていかなければいけないと思う。それが残された私の使命だと思っている。今日の劇を観て、平和は宝物であり、私たちが持ちうる最大のものだということの再確認と確信の意を新たにしてもらいたい」と訴えた。
 幕が上がると、客席は静まり返って舞台に引き込まれ、被爆体験や空襲、戦争体験が語られる場面ではすすり泣きが聞こえ、1幕が終わると力強い拍手が鳴り響いた。休憩時間には峠三吉の原爆詩集や台本が次次と買い求められ、「峠三吉を初めて知った」「自分たちが耳にする沖縄とは全然違いますね」(清掃労働者)と共感を語る姿もあいついだ。
 第2幕では、戦場場面に固唾を呑んで見入り、その後の下関空襲展や長崎、広島場面と舞台の進行とともに客席からも相槌や語り合う姿があった。エピローグでは笑いが起こるなど細かい反応も見られ、カーテンコールでは高揚した共感の鳴り止まぬ拍手が響きわたり、激励のかけ声も寄せられた。
 終演後、見送りに出た劇団員に「とてもよかった」「これからもずっと続けてほしい」と語る体験者をはじめ、固い握手を交わしながら口口に感想を語る姿が続いた。
 演劇関係者の婦人は、「大変感動した。戦争や原爆をテーマにした作品は、演じる側の感情が押し付けがましく感じられがちだが、きょうは日ごろの活動のなかで感じたり、つかんでこられたことがつくりものでなく自然に表現されていて、とても感動した。リアリズムですね」と語った。
 被爆者の男性は、「長崎の被爆者が沈黙を破って語り始めたところが印象に残り、平和公園での原爆展を見た外国人アンケートを聞き救われた思いがした。エピローグがとくに感動した」と語りかけた。
 50代の清掃労働者は、「感動しすぎて言葉にならない。頑張ってほしい」と涙をにじませて語り、30代の男性は、「これを伝えたいという心が第一声からぎっしり詰まっていてストレートに胸にドンと来た」と固い握手を求めた。別の30代の男性は、「若者がもっと頑張らなければという力をもらった。今後も東京でぜひ公演を続けてほしい。自分に協力できることがあれば、ぜひやります」と高揚して語った。また、70代の男性は「原爆と戦争展パネルをぜひ私も展示したい」とパネルを買い求めた。

 継続的な運動構築切望 体験者も若い世代も 

 終演後、ロビーでおこなわれた感想交流会は、東京空襲体験者や戦争体験者、福祉関係者、大学生などが参加し、体験や現代へのうっ積した思いが熱く語り合われた。
 90歳代の婦人は、「私も戦争を体験した者だが、あの通りだった。ちょうど駅に切符を買うために列をつくって並んでいる人たちに向けて、操縦士の顔が見えるほどの高さから目の前で機銃掃射をしてみんなやられた。戦争は二度とやるものではない」と話した。
 70代の男性は、「山梨の甲府に疎開していて空襲で焼け出され父は病死、母も家族を養うための栄養失調と過労で亡くなり、兄弟だけが残された。ひきとり手がなく、辛うじて親戚にひきとられたが居心地が悪く、自力で苦学して生きてきた。60年安保もたたかった。劇の進行とともに描かれる場面で、自分の体験したことが次次と思い出された。これが平和運動の原点だと思った。日本中に広げてほしい」と興奮の面持ちで語った。
 元特攻隊の男性(名古屋市)は、「“戦後は天皇も財閥も政治家も新聞もみな平和主義者だったような顔をしてアメリカに媚びへつらっていった”というセリフがあったが、まったくその通りだ。戦争は国民がやったのではない。みんな反対していた。天皇をはじめとする戦争指導者が戦争をやったのであり、国民みんなが戦争をやったなどは甚だしい。マスコミは今も欺瞞とごまかしで本当のことを報道しない。最近、米国務省のケビン・メア日本部長(前駐沖縄総領事)の発言があったが、あれがアメリカの本性だ。民主党も公約は全部破り、やったことといえば消費税を上げて法人税を下げただけ。このままでは日本はなくなる。また日本人の血が戦争で流れかねない状況になっている。戦前戦中派の思いをよくぞ描いてくれた」と語気を強めて激しく語った。
 茨城県高萩市から来た70代の男性は、「労働組合が平和運動を取り組まなくなったのが、大きく影響して今の政治のやりたい放題の状況になっている。平和運動の原点に立ち戻り、労働運動をそのような質をもったものに再構築していかないといけない」とのべた。
 若い世代からも真剣な感想と衝撃が語られ、自分もこのような運動に参加したいと意欲的な発言があいついだ。
 女子大学生は、「平和のとりくみが市民レベルでやられているということにとても感動した。戦争で犠牲になったのも市民、その市民が中心になって平和運動をやっているというのに感動する。自分も参加できる運動だ。“歴史を創造する主人公は人民大衆。人民に奉仕する思想でいけば戦争をやろうという勢力に立ち向かえる”というセリフがとくに印象に残った」と語り、男子大学生は、「一党一派でなく、民衆が力を出して平和を実現するということに共感する。民衆が立ち上がらないと平和は実現しない、そこを描いていた。私もそのために行動しないといけないと思う」と話した。
 また、「日本中を回って戦争体験者から直接話を聞いている劇で、真実を伝えている。自分も平和の担い手になりたい」(男子大学生)、「学校の教科書で習っていないが、今日の劇は体験者の生きた証言。それが衝撃だった。やはり自分は知らなかったし、視野が狭かったことに気づかされた。もっと学んでいきたい」(男子高校生)と語った。
 東京公演実行委員会では、今後も継続した活動がしていきたいと意欲が語られている。最終実行委員会は12日(土)午後6時30分から墨田区みどりコミュニティーセンターでおこなわれる。
 
 現代史の常識覆す真実 東京公演アンケートより

 ▼子どもの頃の戦争体験を思い起こさせられました。頭の上から機銃掃射、B29の急降下の音など二度と後の世の人人に味わわしたくありません。明治座の近くの神社の写真を見て思い出しました。私の歯科の先生は、明治座の前へ逃げて転び失神しました。そこへトタン板が雨あられの如く落下して、身体中火傷を負われました。仕事で使う手が全部ついてしまい、それを手術でようやく離し、私たちに素晴らしい技術を施してくださった。冬のひきつれて血のにじむ先生の手を今でも思い出します。あの先生の冬にひび割れた手を、二度と誰にも味わわせたくないです。二度と戦争をしないこと、これが私の思いです。(墨田区、77歳、女性)
 ▼力強く心に訴え、行動を考えさせるものだった。セリフの一つ一つが心にしみた。「自分たちの側からでなく、市民の側から…」などなど。全国キャラバンに感謝。大事なときに停滞している平和運動に輝かしい灯りがついたような気がする。この光を全国に広げよう!!(71歳、男性)
 ▼大変感動しました。子どものときの苦しい生活を思い出したりしていました。「天皇さんもアメリカも憎くて憎くて心が痛む」「沖縄は日本の縮図」など、たくさんのセリフが私の心の声となって発せられているように思いながら聞きました。若者たちに声が届くことも願っています。(鎌倉市、70歳、主婦)
 ▼第2幕、終盤の各国の原爆展を見た人たちのアンケートは、外国人にも非常に理解された。それに続いてフィナーレは特に素晴らしかった。現実を、真実を見なければ今の現代は見誤る。全国に展開!!(武蔵野市、被爆者、男性)
 ▼方言も正しく、気迫がこもって大変感動しました。3月10日の東京大空襲の場面、その日を明日に控え、戦争のむなしさを改めて感じ、アメリカの考え方に疑問を持ちます。平和を願い、日本の改革に向かって大いに活躍されることを期待し、応援します。(千葉市、六八歳、男性)
 ▼平和ボケしている私たちに考えることを教えていただきました。実は私は、66年前の3月10日に平井の地で大空襲にあっています。母が2歳の私をおんぶし、五カ月の弟を前からおむつを2枚かけ、その間に入れ、抱きかかえて戦火の中を逃げのびてくださって今があります。今日はその弟と2人で参加しました。「死んだ人が帰ってこないのなら死なないために、死ぬ気でたたかおう」。戦後、日本人として誇りをなくし、このままではいけないと学習しております。(多摩市、68歳、女性)
 ▼上演前の協賛者の方のお話がとても印象的でした。そのあとに続く劇にひきこまれるようなご挨拶でした。江東区と墨田区、台東区の戦火の様子が今日の芝居でよくわかりました。東京育ちの私が、父親にずっといわれ続けた言葉は「隅田川の向こうは絶対行くな! あそこは戦争のとき追いつめられた人たちが川に飛び込み、大勢亡くなったところだから」と。(66歳、女性)
 ▼現代史の常識をくつがえす内容で、私のみならず多くの人に見てもらいたい内容でした。(戦争体験者の)「…私たちには時間が無い!」このセリフは、この社会の状態をも意味するもののように痛感しました。今後も東京での公演、関東地域での公演をお願いします。(豊島区、62歳、男性)
▼原爆にしても空襲にしても、アメリカは冷酷な目的を持って行ってきている。今も同じであり、アメリカという国をもっと冷静に見る必要がある。自由な国は他国のギセイの上に成り立つ国である。個々の人間同士の交流が世界を変えていく原動力になるのでは。(59歳、清掃労働者)
 ▼私は広島の人間です。昭和60年に主人の転勤で初めて広島を離れてとても驚いたことは、広島、長崎の原爆のことを他の県の人たちがなにも知らないということでした。昭和3年生まれの私の父は、江田島の海軍兵学校にいて助かりましたが、家は中島町にあって父、母、弟は亡くなりました。「戦争体験者が本当のことを話してくれたら日本は変わりますよ」「(長崎)市内中の原爆の痕跡が消されてしまっていた」「長崎には隠されていることが多い」「本当のことを語りたくても広島の市民は語ることができなかったのです」。私も本当にそう思います。ぜひこういう劇は続けていってください。中、高、大学生に必ず見て欲しいと思います。こういう真実の声は一人でも多くの人が知るべきです。(江東区、52歳、保育士、女性)
 ▼被爆者、空襲体験者、沖縄の人人の話を聞いて胸が苦しくなった。自分が戦争のことをまったく知らないんだと思い、日本人として恥ずかしく思った。戦争の真実がまったく語られていないことがわかった。今後もこのような公演を続けて、戦争の真実を若い世代に語り継いでもらいたいです。(40歳、清掃事務所、男性)
 ▼原爆のことは子どもの頃からいろいろと勉強してきたつもりでしたが、まだまだ知らないこと、今日初めて知ったこともありました。ウソだらけの情報だということも…。なぜ今まで戦争体験を語る人があまりいないんだろうと不思議に思っていましたが、今日わかりました。いろいろなことを考えさせていただきました。(江戸川区、34歳、女性)
 ▼今までの活動内容のプロセスを一つ一つ丁寧につむいでいき、その形を演劇を通して人人に見せていく、一つの完成した形を見せるのではない形にとてもひかれました。今日初めて見せていただきました。演劇の役者一人一人の個性、全体の統一性、とても美しかったです。(相模原市、33歳、男性)
 ▼戦後の教育を受けた若い世代は真実を知りません。ぜひ頑張っていってください。「日本を変えなければ、死んでも死にきれん!」のセリフ。GHQにより日本人を「腑抜け」にするためにつくられた現在の教育制度や政府では、すべてにおいて限界があります。戦争の真実をぜひ今の若い世代にお伝えください。今こそ一人一人が立ち上がり、国境を越え、世界をよりよいところにしていきましょう! 今こそ世界維新を!! ぜひ、そのための起爆剤となってください。応援しております。(江東区、31歳、男性)
 ▼すごく勉強になる作品でした。原爆の恐ろしさを改めて知るとともに、今まで知らなかったことについて触れられ、自分の戦争に対する見解が広がるように思えました。自分の好きなことばかりにとらわれていては、外側から侵略され、いずれ自分の運命さえも支配されてしまう。全国各地での公演、本当にお疲れ様です。平和への関心をより高めることができたことを光栄に思います。ありがとうございました!(二一歳、大学生)
 ▼とても考えさせられる内容でした。小学校の教師を目指す私にとってとても意味のあるものだったと思います。子どもたちに、自分の考える戦争ではなく、言葉や現実を伝えていかなければいけないと強く感じました。戦争についてもっともっと考え、学んでいきたいと思います。(20歳、大学生)
 ▼原爆によって、また戦争によって何が起きたのか、歴史の真実をありのままに伝えて下さる劇だったと思います。劇を見て核反対の思いがより深まりましたし、その反対への確信も強まりました。真実を知ることの重要性を、平和への思いとともに強めることができました。これからまた、自分自身で原爆、戦争、またその後の歴史について学んでいきたいと思います。一人一人の思いを大事に、平和のために働こうと改めて決意できた劇でした。(19歳、女子学生)
 ▼民衆の力で国家を変えていこうという精神に共感しました。キャラバン隊を続けていく中で常に順調ということはなかったでしょう。意見の対立もあったと思います。しかし「平和」という課題は誰にも共通のものです。一人ひとりの声が集合体になったとき、その声は人人の心を動かします。私自身も思案を重ね、民衆として社会を支えていく人になっていきたいと思いました。(19歳、大学生)
 ▼一人一人の体験者の方方の話が心に染みました。一言一言がとても深いと思いました。戦争というのは本当にあってはいけないことだと改めて感じさせられました。背景の絵がとても繊細できれいだったので、場面ごとに感情移入することができました。兵士の人が死んでいくところの話がとても残酷だと思いました。(16歳、女子高校生)
 ▼ものすごくよかったです。沖縄のみんなのがんばりがすごくよかった。感動した! (江東区、10歳、小学生男子)

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