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熱帯びる広島での全国交流 体験者の新鮮な怒りを共有

 広島「原爆と戦争展」開催中の広島市中区のひと・まちプラザロビーで5日、広島、長崎、下関の被爆者や、沖縄、愛知などの戦争体験者、原爆展運動を担うスタッフを交えた全国交流会がおこなわれた。ボランティアスタッフとして活動してきた広島の学生や留学生も参加し、今年の8・6を迎えるにあたって全国的に渦巻く戦争阻止の世論の特徴や問題意識を交流。オバマ訪問をめぐる広島市民の世論や、沖縄で広がる島ぐるみの基地撤去のたたかいを結び、戦争体験者の経験を学んで平和のために行動する若い世代と思いを共有し、全国で運動を広げていく決意を固めあう会となった。

 オバマ広島訪問や沖縄新基地建設巡り

 はじめに広島の会の高橋匡会長が「広島では今でも煮えたぎる思いがあるが、今年オバマという人がやってきた。資料館の見学はわずか10分間。そして“空から死が降ってきた…”という原稿を読み、立ち位置も、背後に原爆慰霊碑を入れず、原爆ドームだけが入るように計算されていた。まるで戦勝者であることを誇示するようなもので、手の中には核攻撃の発射ボタンを携えており、慰霊や追悼という気持ちは一切感じなかった。それをほめそやすような風潮があるが、亡くなった人人の霊は何一つ慰められてはいない」とのべ、「今年新たな気持ちで原爆と戦争展が受け止められている。自由闊達な意見交換をお願いしたい」と呼びかけた。

 下関原爆被害者の会の河野睦氏は、「オバマの日本人をバカにした態度や、安倍首相の態度を見ていても歯がゆい思いがある。いつも“首相の地元”といわれるが、そのために山口県はずいぶん苦労している。大金をつぎ込んでつくった人工島も市民が使うものではない。戦争政治を食い止めるために力を貸してもらいたい」とのべた。

 同じく下関の平野兵一氏は、「学校に被爆体験を語りにいくたびに子どもたちや父兄のみなさんもよく聞いてくれ、こちらが涙ぐむほどだ。暇があれば子どもたちの感想文を読み返すが、“食べ物を粗末にしません”と、心を込めて書いている。これを励みにして頑張っていきたい」と語った。

 原爆展を成功させる長崎の会の永田良幸氏は、城山小学校に在学中、自宅で母親と会話をしているときに凄まじい爆音とともに家の下敷きになった経験を語り、「アメリカは広島にはウラン型、長崎はプルトニウム型と2種類の原爆を投げつけて人体実験をやった。私はいまでも殺された家族六人分の仇をとりたいという気持ちがある。この戦争を誰が起こしたのか。それによって日本中の人人が泣いている。国は全く反省しておらず、殴り込みをかけたいくらいの怒りがある。苦しみを味わってきたからこそ平和を守らなければと思う。真剣に語れば、子どもたちは真剣に聞いてくれる。どんなにボロボロになっても生きている間は、母の分も語っていきたい」と涙ながらに決意をのべた。

 沖縄原爆展を成功させる会の野原郁美氏は、沖縄から七人で広島を訪れたことを明かし、「原爆と戦争展に示される人人の力が、日米政府の戦争政治に対抗する大きな力となって拮抗している。尖閣諸島を抱える八重山での原爆展では、米軍基地に土地をとられた人たちが強制移住させられ、ふたたび自衛隊基地建設のために土地を奪われることに直面しており、“また戦争で殺されるのか”“国境の島だからこそ私たちが平和のために頑張ろう”と反対の声を上げている」と報告。

 また、米軍属による女性暴行殺害事件に触れ、「このような事件が起きる度に抗議集会を開いてきたが、“今度こそは最後にさせよう”と島ぐるみのたたかいになっている。“謝罪などの問題ではない。とにかく出て行ってくれ!”というのが全県民の声だ。71年もたって異国の軍隊が駐留していること自体が非常識であり、基地の縮小とか負担軽減という言葉を並べながら、実際には古い基地を返還し、新しい米軍の軍事要塞として辺野古への新基地や高江のオスプレイ基地建設を全国民の税金でつくろうとしている。原爆展は、人人の歴史的な体験を掘り起こし、戦争で誰が犠牲になるのかを次世代に伝えていくたたかいだ。参観者も、どうしたら戦争を止められるのかが共通の問題意識になっている。今年、鉄血勤皇隊の体験者が証言され、沖縄戦は戦争ではなく、米軍による一方的な殺戮であったことが鮮明な認識になっている。より多くの人人のなかにある思いを掘り起こしながら、戦争反対の力をつくっていきたい」とのべた。

 愛知県の元予科練の恩田廣孝氏は、「オバマ訪問についてテレビ報道は、“アメリカが謝らなくても日本人は許した”というニュアンスだった。だが、それは本当なのか? 戦争は勝つか負けるかわからず始めるが、原爆投下は明らかに結果が分かっていて落としている。それを“許さぬ”ということが悪いことかのような風潮が振りまかれている。戦争反対も同じだ。戦争が終わったとき、私は帰る家もなく道ばたの野草を食べて飢えをしのいだ。安倍さんは人間は一人も死なないかのようにいうが、現実には320万人が死んでいる」と怒りを込めてのべた。

 これを受けて広島の被爆者たちからは「“許す”というのは、そのスジの人間だけだ。われわれのなかにはそのような思いはない」「痛みのある人間はみな絶句している」と口口に声が上がった。

 広島の婦人被爆者は、「子どもは、原爆の被害にとどまらず、なぜ原爆が落とされたのか? 日本の政府はどんな態度をとったのか? と鋭い質問をたくさんぶつけてくる。子どもの態度も年年変わってきており、私もおろおろ泣いている時代ではないと感じる。戦争の表だけでなく裏の部分、真実を求めている。原爆投下は事前に予告されていたものを日本政府がもみ消したことが明らかになっている。これほど重大なことに誰が責任をとるのか。安倍さんもかっこいいことばかりいうが責任をとらない。8月になると熱が出るほど腹が立ってくる。オバマ訪問もパフォーマンスに広島を利用しただけであり、アメリカ兵を褒めそやして、亡くなった何十万もの市民の魂はどこに葬るのか!」と激しく語った。

 精力的に体験を語ってきた広島の男性被爆者は、「権力者・安倍のいうままに、ほとんど意見をいうこともなく従っていく情けない政治家が増え、マスコミもこれだけ戦争反対、核兵器の廃絶、原発の廃止を求める圧倒的な国民世論のなかで、“内閣支持率の上昇”などと作為的なお膳立てをやる。多くの人がそれに怒っており、一人一人と語りあい、日本の将来にとってなにが一番正しい道なのか、平和の大切さをしっかり考えていきたい」とのべた。

 沖縄の被爆者や、多良間島出身の年配婦人からも米軍の機銃掃射を受けた経験が語られ、婦人の1人は「沖縄では戦争前夜といえるたたかいが進行している。それが全国ネットで報道されない。20歳の女性が米軍属に殺害されたことで“警備を強めて県民を守る”といいながら本土からたくさんの機動隊や警察が送り込まれたが、その警察は今辺野古の基地建設を進めるため県民を排除している。実態を一人でも多くの人に伝えて、みんなの気持ちを安倍政府に向けていきたい」と切実な思いを込めて呼びかけた。

 若い世代の発言 誰が戦争起すかに迫る

 体験世代の発言を受けて、原爆展スタッフとして活動してきた若い世代も意見をのべた。
 留学生のベトナム人女性は、展示活動のなかで「アメリカ、オランダ、ドイツなど各地の外国人もパネルを見て“すばらしい”という。広島、長崎に原爆が投下されたことは知っていたが、被爆者と戦争体験者の声に触れて感動している。米国で歴史を教える先生も、“本に載っていない情報が得られ、違う方向からの戦争を知ることができた。学生にも別角度からの歴史を伝えていきたい”といった。一般の米国民も、“自分の国がやったことに責任を感じる”とか“恥ずかしい”という感想も書いていた。国がどうあれ、一般の国民同士が理解しあうことでこの運動も成功すると思っている人は多い。戦後世代が知らない戦争の恐ろしさをもっと知らせていきたい」と意気込みを語った。

 広島県内出身の男子学生は、「学校の図書館でのパネル展示で、知らなかった事実を知り、被爆者の体験を直に聞くことができた。小中学校の授業では被爆者の体験を聞くことはなかった。もっといろんなことを知り、次の世代に伝えていけるように頑張ろうと思ってスタッフに加わった」とのべ、「オバマが来たことについても、自分はこれで本当にいい方向に進んだのか? と疑問だった。オバマを見に行って歓声を上げている人たちは、なにを求め、なんの歓声なのか? と腑に落ちなかった」と率直な実感をのべた。

 さらに「今日は慰霊式典の前日だが、原爆ドームの対岸にライブ会場がもうけられ、大音量で歌を歌っている。あれは平和と関係あるのだろうか。式典をなにかのお祭りと勘違いしているのではないか。原爆ドームも観光スポットの飾りのようになり、それを目当てに人が集まるが、記念写真を撮ったり、原爆について真剣に考える場になっていると思えない」と疑問をのべた。

 それに対し、体験者たちからは「原爆ドームを観光都市のシンボルにしている」「お祭り騒ぎを奨励する市の責任が大きい」「指導者の責任だ。国民を欺して戦争に引きずり込んでおきながら、敗戦後は“一億総懺悔”といった。国会議員が偉そうな顔をしていう資格などない」「何も考えず、原爆ドームの前でピースをして写真を撮る若者がいる。そのような光景を見たら“ここは苦しんで死んでいった人たちの墓場だ”といってほしい」など、オバマ訪問の延長線上で、戦争犯罪を免罪し、原爆記念日をお祭り騒ぎにする軽薄なムードへの嫌悪感が口口に語られた。

 東京から訪れたジャーナリスト志望の男子学生は、「広島には多くの外国人が訪れているが日本の同世代にももっと原爆や戦争について関心を持ってもらいたい。日本の軍部は東京に近い硫黄島で敗北しながら、沖縄戦まで長引かせ、そこで敗北しながらも、自分たちの保身のために降伏しなかった。それがアメリカが原爆を投下する口実になった。アメリカも加害者だが、日本にも加害者と被害者がいると思う。自分にとって戦争は過去のものだが、体験された方にとっては戦争は現代のものであり、その苦しみを背負って生きておられる。その思いをもっと学び、これからの勉強に生かしていきたい」と決意をのべた。

 交流は熱を帯び、政府やマスコミが総力をあげたオバマ訪問や、沖縄で民意を無視して力ずくで新基地建設を進める日米政府の戦争策動が、逆に被爆地をはじめ全国世論を沸騰させていること、戦中・戦後の経験と揺るぎない新鮮な怒りを全国が共有し、若い世代と切り結んで力強い平和運動を発展させていく決意を固めあって会を閉じた。

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