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『世界からバナナがなくなるまえに』  ロブ・ダン 著 

 著者はノースカロライナ州立大学教授、進化生物学者。本書は、資本を集中投下し、機械化をおこない化学肥料、殺虫剤、殺菌剤、除草剤を大量投与して、遺伝的に均質なたった一種類の作物を大農場で栽培する大規模農業(モノカルチャー)が、人間が生きていくためになくてはならない農作物をいかに危機的な状況に追い込んでいるかを明らかにしている。そして、あるべき自然と人間との関係を考えさせるものとなっている。


 農業のグローバル化は、食物の地域ごと季節ごとの多様性を失わせ、消費される食べ物の画一化を促進した。約1万3000年前の旧石器時代、私たちの祖先は一週間のうちに数百種の植物や動物を食べていた。ところが2016年、人類が消費するカロリーの90%はたった15種の植物から成り立っている。北米の子どもの身体を構成する炭素の半分以上は、コーンシロップなどのトウモロコシ製品からなる。地球上では野生の草原よりも機械化されたトウモロコシ畑の方が面積が広い。


 本書のなかでは、このモノカルチャーが危機に陥れている主要作物として、バナナ、ジャガイモ、キャッサバ、カカオ、小麦、天然ゴムについてのべている。

 

クローンで繁殖するバナナ

 

 たとえばバナナについて。1950年頃、世界のほとんどのバナナは中米から輸出していた。とくにグアテマラは、アメリカのユナイテッド・フルーツ社(現チキータ)が経営するバナナ帝国の核をなしていた。バナナ・プランテーションを経営するため、居住区や生活様式に至るまで労働者を完全に管理し、グアテマラ政府が放棄されたバナナ農園を貧農に分配しようとすると、クーデターを起こして政府を転覆した。


 ユナイテッド・フルーツ社は、生産効率を上げるために、バナナをグロスミッチェルという名の品種に統一した。グロスミッチェルは地下茎から生え出す枝によってクローン形態で繁殖するので、最高のものから得た挿し木を各国に植え直した。こうして世界中で輸出用に栽培されるバナナのほぼすべては、遺伝的に同一のものとなった。グロスミッチェルはどんなバナナより生産性が高く、単位面積当たり最大の収穫量が得られるし、そうすれば大きさも風味もはずれがないからだ。


 だがそれは、生物学的に見れば大きな問題点をはらんでいた。遺伝的に単一の品種は、バナナのどれか一本でも攻撃できる病原体が生まれると、すべてのバナナが殺せる。実際にパナマ病菌によるパナマ病が襲い、中米のプランテーションは壊滅した。ユナイテッド・フルーツ社は、今度はグロスミッチェルに似ていて、かつパナマ病に病害抵抗性を持つキャベンディッシュという品種を広げた。今のエクアドル産バナナをはじめ、各国のスーパーで並ぶ唯一のバナナである。


 だがキャベンディッシュが今、同じ危機に直面している。パナマ病菌の近縁種フサリウムが進化し、グロスミッチェルとキャベンディッシュの両方を殺す能力を持つ病原菌が生まれ、すでにアジアから東アフリカに広がっている。単一の種に特化した生産がいかに病気に弱いかである。

 

稲作壊滅したインドネシア

 

 日本人にとって身近なコメも人ごとではないと、訳者が巻末で報告している。アジアが主産地であるコメは、欧米のような大農場ではなく、零細農家の手でつくられているので関係ないかのように見える。


 インドネシアでは1976年、トビイロウンカと呼ばれる小さい昆虫によって大凶作となり、100万エーカーをこえる耕作地が被害を被った。最初は稲1本当たり1匹以下だった個体数が、稲穂が実るまでに500~1000匹へと爆発的に増加し、稲の養分を吸いとって枯死する稲が続出したのだ。


 農民は空から大量の殺虫剤をまいて退治しようとした。だが殺虫剤は、ウンカとウンカの幼虫を食べ、その数をコントロールしている天敵・コモリグモを殺してしまったため、殺虫剤に抵抗力を持つウンカが逆に急増した。こうして年間300万人を養うに足る35万㌧以上のコメが失われ、農民はすべてを失い、インドネシアは世界最大のコメの輸入国に転落した。


 戦後、アメリカによる「緑の革命」が世界を席巻した。それは、企業から種子を買い、トラクターなどの機械を買い、化学肥料や殺虫剤を買って大量生産する農業である。それによってわずか2、3品種の小麦やコメが世界の至るところで栽培されるようになり、他の作物もそれに続いた。それは、その土地に適応した伝統的な品種が失われていくことを意味した。


 「緑の革命」を推進した科学者の一人、ノーマン・ボーローグは、1940年代にメキシコの小麦を壊滅させた黒さび病退治のために派遣され、それに打ち勝つ新品種を開発したことで知られる。ボーローグの遺言によれば、彼が育種した小麦は永遠のものではなく、1990年代にはそれに組み込まれた病害抵抗性や、殺虫剤に対抗する力を身につけた害虫や病原体が出現するはずだった。そしてそれに打ち勝つ品種改良をおこなうためには、世界中のさまざまな種子を収集し保存しておくことや、歴史的に蓄積された知識が不可欠であるが、それが今、失われつつあるのである。


 あらゆる生物には天敵がおり、害虫や病原体も生まれるし、同時に花粉媒介者など共生生物もいて、その相互関係のなかで生きている。人間はその自然界の法則を握って働きかけることで、食料の生産を発展させ文明を築いてきた。だが今の経済システムは、目先の利益のためにこの自然界の法則を無視し、それによって人類の生存そのものを脅かしている。それは本末転倒以外のなにものでもない。最近の種子法廃止と多国籍企業による種子の囲い込みがいかなる結果をもたらすかも考えさせる。


 (青土社発行、B6判・397ページ、定価2800円+税)

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