いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』 著・ブレイディみかこ

 「人間の尊厳とは何か」という質問が、11月の国会審議の場で首相に向けられた。食事も医療も必要なときにアクセスすることができ家族が平和に暮らすことができること―と首相はいった。つまりそれは人間にとってあたりまえの権利だ。ところが、現実はそのあたりまえが事欠いた場合、「自分が悪いから」とか「努力が足りないから」と自分自身を責めなければならないような自己責任の冷たさがこの社会を覆っている。

 

 本書は2014年にロンドンで実際に起きたホームレス・シェルターに住んでいたシングルマザーたち(E15ロージズ)による占拠事件をモデルとした小説。

 
 地方自治体の予算削減のために退去を迫られるが、人種や世代をこえて女性たちが連帯して立ち上がり、公営住宅を占拠する。彼女たちの行動が生み出したものは何だったのか、「人間の尊厳」とは何かを問いかける。

 彼女たちの運動はオリンピックに端を発する下町のジェントリフィケーションへの抵抗であり、反緊縮運動の象徴でもあった。「ジェントリフィケーション」とは都市で、低所得の人々が住んでいた地域が再開発され、お洒落で小ぎれいな町に生まれ変わること。「都市の高級化」とも呼ばれ、住宅価格や家賃の高騰を招き、もとから住んでいた貧しい人々の追い出しがおこなわれた。

 

 グループのリーダー的存在のシングルマザー・ジェイドは出産前は保育士の仕事をしていたが、子どもを持てば自由に働くことはできないし、民間住宅の家賃などとても払える給料ではない。退去を迫られた20代のシングルマザーは、「こんなことになるまで、こういう問題を真剣に考えたこともなかった自分に腹が立つ。こんなにこの国がひどいことになっているなんて考えたこともなかった」と。

 

 黙っていることをやめた彼女たちは、街頭に立って訴え、区長と面会したり、ロンドン市長に嘆願書を出したりするが何も動かない。だったらもう自分たちでやるしかないと、ロンドンの中に大量に放置されているある公営住宅を占拠したのだ。その行動がニュースでとりあげられ、タクシー運転手などの労働者たちから食料の差し入れがあったり、公営住宅地に住んでいる古い住宅の改装や配管工のプロによる講習まではじまった。一人一人が出せる情報やスキルを持ち寄った。「自分たちでやってやれ」という精神(DIY)と、相互扶助(助け合い)だ。

 

 一方、日本の新聞社ロンドン支局記者の史奈子がふと占拠地を訪れ、元恋人でアナキストの幸太もロンドンに来て現地の人々とどんどん交流が広がっていく。史奈子は当初、シングルマザーたちの行動に関心を持ちながらも、「『占拠』は所有権の問題としてどうなのか」と心のなかに少しだけ冷ややかな感情が同居していた。

 

 ところが幸太はいった。「自治体は、いわば公共サービスを提供するための事務作業をやっている。ジェイドたちはサービスを受けようと役所に行ったら『あなたに提供できる家はない』って言われた。でも、彼らは空き家をたくさん持っている。……それなのに修繕して住民に提供することもできないという。これ、一言で言えば無能じゃん」。

 

 彼女たちの占拠運動に、10代の高校生も関心を示す。それは「ジェントリフィケーションはロンドンだけの問題じゃない」からで、「都市をリッチな人々に買い占めさせない運動には、僕たちティーンの未来もかかっている」という。

 

自己責任社会へもの申す

 

 多くの人が生活の不安を強いられ、もし路頭に迷ったとしても「自己責任」で片付ける今の社会。働いても働いても生活が向上しない状況に対して「自分で家も借りられないなら子どもなんて産むな」「恥知らずのバカ女たち」「自分がもっと頑張れば」と思わされてしまう空気が覆うなかで、彼女たちの行動は、「いったいイカれているのは社会なのか自分なのか」を読者にも静かに問いかける。

 

 幸太が彼女たちの行動にかかわり、高揚して語る言葉が印象的だ。「自分たちでできることを、できないって思い込めば思い込むほど、支配する者たちの力は強大になる。俺らに任せとけって勝手になんでもかんでも決めるようになる。そうやって権力は、俺らがつまり人間が本来持っている力を削いでいくんだ」「政治は俺らの生活と直結している。むしろ、暮らしこそ政治の場なんだ。それを体現しているからE15ロージズのシスターズはめっちゃクールなんだ。……『自分たちでやれる』っていう姿を人々に見せることで、俺らが持っているのに持っていないと思い込まされている力を思い起こさせようとしている」。

 

 物語は最終的に区長が謝罪し、母親たちの住居を確保するように動く。だが区や市や国や社会を回している格差を生み出すシステムは根本的には変わっておらず運動に終わりはない。運動で得たものは「住居」だけではない。母親たちの訴えに呼応して人々が集まり、自分が持っている物、それは物品だけではなく知恵や情報やスキルを持ち寄り、生きることをサポートしあう場所や繋がりであり、それが人間の尊厳を守る社会をつくっていくうえで不可欠なものであるということを記している。

 

 「リスペクトのないところに尊厳はないから。尊厳のないところで人は生きられない」(ジェイド)。行動することによって人間の尊厳を守ろうとし、公共の役割を社会に問いかけた母親たちと人種、世代をこえた女性たちの記録。

 

 (筑摩書房、273ページ、1450円+税)

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。