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『闇バイト――凶悪化する若者のリアル』 著・廣末登

 今年の早春、「ルフィ」や「キム」を名乗る人物を指示役とした広域強盗事件があいついだ。1月19日に東京都狛江市で起きた強盗事件では、事件前日に「老人とか関係なく殴ることはできるか」というやりとりが指示役と実行犯の間でかわされ、当日は金品が奪われたうえ90歳の女性が殺された。さらに4月から5月にかけて、銀座の時計店や上野の貴金属店などであいついで強盗事件が起こった。

 

 その後、実行犯が逮捕されてわかったのは、彼らがSNSで集められ、「闇バイト」に応募した即席の混成犯罪集団であったことだ。

 

 著者は、犯罪心理学が専門の社会学者として大学に勤務するとともに、法務省の福岡県更生保護就労支援事業所長として保護観察対象者などと面談してきた。その著者が、闇バイトの元当事者たちから話を聞き、また彼らと接してきた保護観察官からも意見を聞いて、その実態を本書にまとめた。

 

 闇バイトの存在は、オレオレ詐欺など特殊詐欺事件が急増した一〇年以上前から知られていたが、最近増えてきたのが闇バイト強盗事件で、2021年夏から2022年2月8日までに50数件、60人以上が逮捕されている。

 

 そして著者によれば、闇バイトにリクルートされる人間の多くは、暴力団などに属していたわけではなく、大学生や会社員、なかには高校生や10代の少年という一般人なのが特徴だ。そこには「コロナで仕事(またはバイト)がなくなり、お金に困っていた」「借金がある」、あるいは「楽に金を稼げる仕事がしたい」など、さまざまな背景があるという。

 

コロナ禍での困窮も背景に

 

 彼らが犯罪に巻き込まれるのは、闇バイトはSNSでリクルートしており、スマホで「高額案件、即金、仕事」などと打ち込むと簡単にアクセスできるからだ。これまでも高齢者をだます特殊詐欺グループが、大手求人サイト「インディード」「エンゲージ」などに闇バイトの求人広告を堂々と出し、「高収入」「回収のアルバイト」などと謳って現金受けとり役を集めていたことがわかっている。なかにはオンラインゲームのなかでおこなわれるボイスチャットで闇バイトに勧誘され、逮捕された大学生の例もある。

 

 本人たちは「一度きりの仕事で、金銭的な困窮や急場をしのぎたいだけ」と思っていても、実際には応募時に免許証や健康保険証の写真を送るよう要求され、やめたいというと「個人情報をネット上にさらす」「警察にたれ込む」と脅されて抜けられないシステムになっている。だから、コロナ禍で生活に困窮して犯行に加わった若者や、無知ゆえに巻き込まれた未成年も少なくないという。

 

 そして、闇バイトを退職できるのは逮捕されたときだ。指示役や統括役、組織に投資して利益を得るだけの「金主」は、彼らが捕まれば切り捨てて逃げるだけ。つまり彼らは捨て駒でしかない。

 

 また著者は、特殊詐欺や強盗をするうえで重要になるのがターゲットの住所、氏名や所得を記した闇名簿であり、それを統括役は名簿屋から買っていると記している。そして「闇名簿の個人情報(納税情報を含む)は、役所からとるのが一番大きい」「自治体からの情報の漏洩、または販売は絶対ある」と、捜査関係者らが証言している。だとすると、マイナカードへの個人情報紐付けなどとんでもないということになる。

 

 数年前、受験産業ベネッセの名簿流出事件があった。グループ会社の社員が、顧客の個人情報を持ち出して名簿屋に売っていた事件だ。これは正規の合法的な名簿屋である。しかしそれが、カネのために悪い方に流れていくケースもあるという。

 

 元実行犯は、「相手の資産状況を聞き出すのは簡単だ。○○テレビの池上彰の番組です。老後2000万円問題が話題ですが、備えはできてますか? と電話アンケートをすればよい」といった。

 

逮捕されれば再就職も困難

 

 もちろん、「困窮して仕方なく」、あるいは「無知ゆえに」といったところで、彼らがやったことは高齢者などを襲う許しがたい犯罪であり、それはいかなる理由によっても正当化できない。

 

 ただ、著者はこうのべている。悪事を企てた首魁には司直の手が伸びず、捨て駒を補充さえすれば、次の新たな犯罪に着手することができる。その一方で、闇バイトで集められ、軽い気持ちで犯罪に加わった無分別な彼らは、逮捕されれば確実に実刑となって刑務所送りになり、職や大卒資格を失い、金融機関などに登録されることで出所後も銀行口座は開設できず、各種契約も再就職も困難になる。使い捨てされたにもかかわらず、刑期を終えると再び裏社会に戻り、新たな被害者を生み出すことになるのである。

 

 目を向けなければならないのは、こうした犯罪を再生産する社会的土壌である。教育機会均等といいながらその家庭の収入によって学歴が決まり、働く者の4割が低賃金の非正規雇用で、そこからこぼれる者はワンストライクでアウトとなり、社会から排除される自己責任社会――そうした社会の土壌を改めなければ犯罪を根絶することなどできないと、著者は問題提起している。

 

 (祥伝社新書、220ページ、定価930円+税)

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