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『ラテンアメリカの連帯経済 コモン・グッドの再生をめざして』 編・幡谷則子

 かつて「アメリカの裏庭」と呼ばれたラテンアメリカで反米左派政権があいついで誕生し、左派ドミノと呼ばれて注目を集めている。本書は、こうした諸国のもっとも基盤である地域コミュニティのなかで、この数十年間どのような変化が起こってきたのかを研究したものだ。

 

 ラテンアメリカは16世紀のスペインによる征服と植民地化、モノカルチャー経済の押しつけのなかで、長く貧困と抑圧のもとにおかれてきた。戦後はアメリカの介入が露骨になり、1959年のキューバ革命が広範な支持を集めたものの、1970年代のピノチェト軍事独裁政権によってチリは新自由主義の実験場となり、1980年代の累積債務危機を契機に各国に新自由主義改革が押しつけられた。

 

 一方、各国の庶民のなかでは相互扶助にもとづく連帯経済がその間も脈々と息づき、発展してきた。連帯経済はスペイン征服以前の、インディオ共同体における相互扶助活動が起源になっている。連帯経済とは、国家や市場経済に対して一定の独自性を持った、地域を基盤としコミュニティを主体とする、助け合いの理念にもとづくもう一つの経済のことだ。それは民衆の主体性を特徴とし、広範な民衆が主体的に参加することで、労働の尊厳と人間性の回復をめざしてきた。

 

 たとえばメキシコの連帯経済は、その経験の大半が農村を舞台としたもので、国家に対する自立と自治を求める先住民や農民の運動に起源がある。また、ペルーやボリビアでは都市に移住した貧困世帯が生きるために互助活動を展開してきたし、ブラジルの連帯経済はサンパウロなど都市の労働運動を一つの起源として発展してきた。

 

連帯、正義、公正の市場経済 コロンビア

 

 本書では、メキシコ、エクアドル、ペルー、ボリビア、コロンビア、ブラジル、アルゼンチンの連帯経済を6人の研究者が報告している。どれも興味深いが、ここでは最近左派政権がはじめて誕生したコロンビアの場合を概観してみる。

 

 コロンビアでは1920年代、ユナイテッド・フルーツ社のバナナプランテーションでの労働争議と殺戮事件をはじめ、歴史に残る労働争議が各地で展開された。第二次大戦後、1961年の農地改革法にもとづき、上から農地改革が進められると、農民組織は政府に従う穏健派と、土地占拠運動などをおこない、社会変革を求めて左翼ゲリラと結びつく改革派とに分裂していった。

 

 その後、左翼ゲリラが弾圧される過程で、貧困問題の解決をめざす第三の道として、農民の経済自立化と生活向上をめざす連帯経済運動が発展した。それにはカトリック教会が役割を果たした。神父らは各地に農民の社会的指導者養成学校をつくり、そこで農民運動の担い手を育てた。それが農民の協同組合や信用・貯蓄組合の組織化につながった。

 

 1990年代に入ると、コミュニティ基盤の自主管理アソシエーションで、新しい連帯経済の実践が始まった。「アグロソリダリア」は、食料生産、民芸品製作、持続可能なツーリズムなどの分野における、農村部の生産者と都市部の消費者とを結ぶネットワークを軸に、連帯経済を中心としたコミュニティを建設することを目標に掲げる全国組織だ。

 

 アグロソリダリアは、農村部の家族農を単位とした生産者共同体と都市の消費者とを結び、フェアトレードの原則にもとづいた流通ルートを創造・普及することによって既存の市場経済に対抗し、連帯、正義、公正の概念を基盤とするもう一つの市場経済の形成をめざしている。組織運営においては地方分権を旨とし、家族農を単位とする地方レベルでの組織化を重視している。

 

 アグロソリダリアは、農村に軸足を置きつつ、都市の消費者との連携と組織化、意識改革にも力を注ぎ、そのネットワークを食料生産者である貧困農家の自立化につなげようとしている。活動の基本は、食料生産農家による循環型経済回路の形成だ。すなわち、アグリビジネスの大量生産・大量消費と一線を画し、家族農による食料生産を生活の起点に据え、これをもとに生産者と加工業者が連携するもので、自然も人間も持続可能な社会をめざしている。こうした運動の広がりが、人々の意識の覚醒と民主主義の獲得にもつながっている。

 

ブエン・ビビールの理念 アンデスの宇宙観

 

 本書では、この連帯経済の発展と密接に関わって、ブエン・ビビール(善く生きる)という理念が見直されていることにも触れている。それは、アンデスの先住民族の宇宙観のことだ。

 

 編者の幡谷氏は、こうのべている。ラテンアメリカを征服して以降、欧州植民者が持ち込んだ考え方は、自分の充足を求めて他人との際限のない競争に駆り立てるもので、ある人たちの充足のために何百万もの人たちが犠牲にならなければならない、というものだ。これが資本主義的矛盾だ。これに対してブエン・ビビールとは、すべてのコミュニティの充足をめざすものであり、人類だけでなく空気や水、土壌、山、森林や動物を含む視点だ。

 

 エクアドルのコレア左翼政権は2008年、この考え方を新憲法に盛り込んだ。これにもとづく「自然の権利」は、外資による資源の乱開発に対抗する武器となっている。

 

 本書のようにラテンアメリカの連帯経済の理論と実践を俯瞰(ふかん)した研究は、欧米でも日本でもまだ数少ないという。日本の将来を考えるうえで、もう一つの経済・社会のあり方を探るヒントを与えてくれる。

 

 (上智大学出版発行、A5判・354ページ、定価2500円+税)

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