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『アメリカとは何か――自画像と世界観をめぐる相剋』 著・渡辺靖

 ドナルド・トランプ前米大統領は、2020年の大統領選挙で敗北したが、前代未聞の連邦議会議事堂襲撃事件を煽動したとして非難されたにもかかわらず、2024年の次期大統領選挙に再出馬する可能性が取り沙汰されている。今、米国の社会や政治はどうなっているのか、それは米国の歴史のなかでどう位置づけられるのかを、慶應義塾大学教授(現代米国論)の著者が提起した。

 

トランプ周辺の極右化

 

 1980年に誕生したレーガン政権は、大企業減税や規制緩和、福祉削減、民営化などを特徴とする新自由主義に舵を切ったことで知られる。同時にこの時期以降は、共和党支持層としてキリスト教右派、とりわけ福音派の影響力が増した時期といわれる。彼らは家父長的な家族のあり方を「家族の価値」とし、人工妊娠中絶や同性婚の非合法化を強く主張した。進化論否定の運動も起こした。

 

 トランプがよく使ったスローガン「アメリカ・ファースト」は、歴史的に見ると、黒人や有色人種を排撃することを目的とするKKK(クー・クラックス・クラン)のスローガンだった。トランプはKKKからの支持を断らなかった。

 

 コロナ禍の下では、マスク着用やワクチン接種、ロックダウンに反対するデモが全米各地で起こったが、これを主導したのがリバタリアン(自由市場主義者)で、これにトランプが加勢した。このデモにはミリシア(極右武装勢力)や白人ナショナリスト、陰謀論者などトランプ支持者が加わった。

 

 Qアノンは「トランプこそ米国政治を裏で操る闇の政府(民主党やリベラル派知識人など)とたたかう救世主」と位置づけている。こうした連中の一部が議事堂襲撃事件を実行したが、それはまるで「破綻国家のクーデター」のようだった。

 

 著者は、こうした連中の支持に依拠しなければならないほど、共和党の支持基盤が崩壊しているとのべている。最近では共和党に失望し離党する議員や政界を引退する議員が少なくない。共和党内でも若い世代は、大企業や富裕層の優遇措置に反発し、雇用創出のための政府支出を支持しているという。

 

労働者は民主党に失望

 

 他方、民主党の支持基盤はそれ以上に瓦解している。著者は、ラストベルト(錆び付いた工業地帯)の典型、ペンシルベニア州ルザーンの元民主党員男性の投稿を紹介している。彼は「何十年もの間、民主党の政治家が町に来て、雇用の回復を公約し、人々は一貫して民主党に投票してきたが、政治家たちは自分の職を得ただけでなにもしなかった。ブルーカラーのペンシルベニア人は、エリート主義的で俗物的な民主党に強い憤りを感じている。トランプ支持に変わったといっても、私たちは人種差別主義者ではない」と訴えている。

 

 ピューリサーチセンターの調査によると、米国民の連邦政府への信頼度は、1960~70年には70%以上あったが、現在では20%を切っている。米キニピアック大(コネチカット州)の世論調査では、76%が国内の政情不安(民主主義の破綻)が米国にとって最大の脅威だとしており、ロシアや中国を最大の脅威としたのは19%にすぎなかった。

 

資本主義衰退と新潮流

 

 以上のようなアメリカ民主主義の破綻、二大政党制の瓦解の背景には、アメリカ資本主義の歴史的な衰退がある。

 

 かつて1929年の世界大恐慌に直面し、米国支配層はケインズ派の理論を採用して、大型公共事業の実施や社会保障制度の創設などのニューディール政策を実行した。それ以来、「大きな政府」による一定の介入が国民生活を保障するものとされた。

 

 だが、1971年の金ドル交換停止(ニクソン・ショック)とベトナム戦争の敗北は、膨大な貿易赤字と財政赤字をもたらした。そこから新自由主義政策に舵を切ったものの、ITバブル崩壊につづく住宅バブル崩壊とリーマン・ショック、またイラン・アフガン戦争の敗北に行き着いた。

 

 グローバリズムによって多くの移民が流入し、低賃金労働が蔓延しており、加えて工場の海外移転によって産業は空洞化し、地方はすっかり寂れ果てた。対外関係においてもアメリカの力の低下は明らかだ。コロナ禍では世界最大の感染国となり、100万人をこえる死者を出したが、それは第二次大戦の戦闘による死者数の3倍に及ぶ。それは新自由主義の犯罪性を暴き出した。

 

 著者は、そのなかで起こってきた2011年の「ウォール街を占拠せよ」運動、BLM運動、2016年以降の民主党予備選挙でのサンダース旋風にふれている。その担い手の中心は、ミレニアル世代(1981~95年生まれ)やその後のZ世代(1996~2010年生まれ)だ。

 

 民主党主流派が新自由主義に転換するなか、彼らはサンダースの国民皆保険制度の導入、富裕層への増税、公立大学の無償化、学生ローンの帳消し、米国の海外軍事拠点を整理縮小し中東の終わりなき戦争を停止する、などの訴えを熱烈に支持した。

 

 彼らにとって「アメリカン・ドリーム」は昔話だ。大学の学費は高騰し、卒業時には3万㌦の学生ローンを背負って社会に出ねばならず、その社会で雇用は不安定化している。物心ついたときから格差社会の歪みや学校での銃乱射事件を目の当たりにしている。アフガニスタンやイラクでの戦争は泥沼化し、厭戦気分は社会に蔓延している。

 

 「こうした問題の根源に資本主義の矛盾を見出し、新自由主義からの脱却を求める声が高まっている。冷戦時代を直接経験していない若い世代にとっては“社会主義”への拒否感は少なく、むしろ“社会正義”とほぼ同義である一方で、資本主義こそ“強欲”や“不正義の権化”に映る」

 

 アメリカ民主社会主義者(DSA)は、2016年に5000人ほどだった党員が、最近では若者を中心に10万人に急増。10年の創刊時にわずか2000部だった季刊誌『ジャコビン』の発行部数は7万5000部となり、オンライン版へのアクセスは毎月300万PVをこえた。

 

 昨年末、著者がアメリカを訪れたとき、世界最大の農業機械メーカー「ジョンディア」で従業員一万人が労使交渉をくり広げ、それに触発される形で全米各地でデモ行進がおこなわれていたという。新自由主義の先進地・アメリカの今は、将来の日本の姿かもしれない。

 

 (岩波新書、212ページ、定価860円+税)

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